まだかな 

 

 耳たぶに小さなかさぶたができていた。

 かりかりって爪でひっかいてみると簡単にとれた。

 親指と人差し指をこすり合わせると、その小さなかけらは落っこちて見えなくなった。

 風が吹いていない。

 空を見上げる。

 雲はほとんど流れていなかった。


 アパートの下、一階の通路と外を分ける白い柵につかまる。

 猿みたいにしがみついて体重をかけても柵はびくともしない。

 そのままのけぞって空を見上げる。

 青一面の中に白い雲たち。さっきの雲はどれだろう?

 腕が疲れたから土の上におりる。

 手のひらには、はがれたペンキのカス。

 顔を近づけると鉄のにおいがした。


 コンクリートと土の境目に小さい花が咲いていた。

 真ん中が黄色くてさわると指も黄色くなった。

 花びらは白くてかわいらしかった。

 揺れるところも見てみたいけれど風が吹いていない。

 キズつけないくらいそっと息を吹きかけてみた。

 小きざみにふるえる花びらがやっぱりかわいかった。


 地面をよく見るとアリが歩いている。

 何かを口でひっぱって一生懸命下がっていく。

 私から見たらビスケットからこぼれるカスくらいに小さいそれは、アリにとっては自分の頭くらい大きい。

 それでも負けない彼をじゃましないように追いかけて応援する。

 無事に巣穴へ入っていくまで見とどけて安心した。

 ふと見るとさっきの花はけっこう遠くになっていた。


 アパートの入口の段差に座って目の前の道をながめる。

 ときどき通りすぎる人や自転車が少しがっかりさせる。

 ひざに白い汚れがついていることに気づいて指で落とす。柵のはがれたペンキ。

 靴のそばに石ころが落ちていた。

 つまむとそこのコンクリートに字をかいてみる。


  ま だ か な


「――あら、どうしたの? こんなところで」

 顔をあげるとママがいた。

「ママ! おかえりなさい!」

 うれしくて思いっきりだきついた。

「あらまぁ……もしかしてカギを忘れたんでしょう?」

 ママは笑いながら髪をなでてくれる。

 空はいつの間にかオレンジになっていた。

 ママがドアを開けていっしょにただいまを言う。

 ランドセルを部屋におくと机の上にカギがあった。


 やっといつもみたいに手を洗う。

 手のひらに顔を近づけると、いまはセッケンのにおいがした。

 

 

 

 

 

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