小さな靴 

 小さな靴は

 半身をさがしていた。

 たくさんの車が行き交う道路の真ん中で。

 

 幼い子供が歩道を歩くたびに、小さな靴は左足をさがした。

 あの日、お母さんに抱っこされて車道を横切ったとき、小さな小さな右足から落っこちてしまった。

 遠ざかっていく左足を見ながら叫びだしたい気持ちになった。

 

 すぐ傍を車が走りぬける。

 大きな風に運ばれないように必死でこらえた。

 ここに居れば、きっとあの子は戻ってきてくれる。

 そうすれば離れ離れになってしまった左足にもまた会えるから。

 

 ある日雨が降りだした。

 小さな体を冷たい水が叩いていく。

 溶けた泥が洗い流されていく。

 少し寒いけれどいいさ、きっともうすぐあの子が迎えに来てくれる。

 

 ある日太陽が照りつけた。

 片側だけカラカラに乾いていく。

 日焼けして色が変わってきた。

 少し恥ずかしいけれどいいさ、きっとそのうちあの子が迎えに来てくれる。

 

 ある日鳥がおりてきた。

 興味深そうにつついている。

 傷ができてしまった。

 少し痛かったけれどいいさ、きっといつかあの子に見つけてもらえる。


 

 ある日星の光を数えた。

 この繋がっている夜空のどこかで左足も淋しい想いをしているのかな。

 今頃ゲタ箱の中で休んでいるんだろうな。

 とても数えきれなかったけれどいいさ、きっと明日も続きができるから。

 

 

 ある日雪が降ってきた。

 汚れた雲の中から奇麗な白い粒が舞ってくる。

 とても不思議だなと思った。

 少しずつ体に降りつもっていく。

 やがて誰にも見えなくなるだろう。

  

 なにもかも白く染まった頃、世界はとても静かに思えた。

 小さな隙間からそれを眺めながら、だんだんと眠くなってきた。

  

 きゅっきゅっと雪を踏み固める音が聴こえて、そっと見上げる。

 暖かそうな服を着たお母さんに抱っこされながら幼い子供がそばを通り過ぎていく。

 両足でゆれる可愛らしい新品の靴。

 あの子だった。

 

 ふたりは何も気づかずに道を渡りきると、静かな雪原の中を遠ざかっていく。

 ゆっくりと眠りに落ちながら半身のことを想った。

 いつかもう一度会いたかったな。

 一緒にあの子の両足を守りながら

 焼けたアスファルトの上を保育園まで歩いたり

 公園の土の上で飼い犬を追いかけたり

 遊園地でパレードを見上げたり

 雨上がりの水溜りをよけたり

 玄関に並んで眠ったり...

 

 雪はやがて止むだろう。

 朝がくれば全て溶けて流れるだろう。

 この体は黒ずんで汚れてしまうだろうけれど、もう心配しなくていいんだ。

 本当は分かっていた。

 半身を失った左足はきっと、もうあの子の家にはいないのだろう。

 もし何処かで同じような想いをしていたとしても、この広い世界で再び会えることなんてないだろう。

 それはとても淋しいことだけれど

 でも胸の中にあるたくさんの思い出はずっと一緒にいてくれる。

 地面を踏む時にいつも聴こえた

 あの色とりどりの音と一緒に。

 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る