第2話―2

「………んで、ご主人。こっからはどう出るよ?」

「先ずは、乗り物だね」


 ギョーサダンに向かうためには、ここからだと港に向かう必要がある。

 港町バロメアまで、馬なら2日ほど。そこから船で、更に3日かかる。


 兎人ラヴィたる私や、強化魔術を使えるロッソの脚なら馬と同じかもう少し早く着くだろうが、しかしそれは、ぶっ続けで走れればの話だ。

 流石に疲れるし、荷物だってある。乗り物が使えるのなら、それに越したことはない。


「っつうことは、馬? けど、あの魔術師が何か策を講じてるんじゃないですかね?」

「ま、そうだろうね」


 街道は一本道だ。そこを行けば当然目につくし、罠を張るのも容易い。

 逆に街道以外を行けば、道も悪いし盗賊やらに出会す可能性も高い。危険としてはともかく、時間はかかる。


 足止めに遭うか、自ら時間をかけるか。結果としてはほとんど同じで、ベルフェたちには最高の結果である。


「んじゃあどうするんすか? それに、足止め程度ならまだしも、直接かち合ったら多分死にますよ俺ら?」

「多分じゃない、絶対死ぬ。けど、追い抜くかせめて追い付かなきゃ話にならない。だから………

「ふうん、まぁ、安全なのを頼みますよ」











「なあなあご主人。俺、って言ったよな?」

「聞いたよ。それが?」

「これは安全じゃあねぇだろ?!」


 叫ぶロッソの前には、カプラ蔦の籠。

 小柄な人間で、四人。

 大柄な熊人間ベアーなら二人は乗れるくらいの大きな籠が、無造作に置かれている。


 私はため息を吐きながら、少年の背後を指差した――山のように折り重なった籠を。


「それが気に食わないなら、ほら、

「籠の問題じゃねぇよ?!」

「いやいや、馬鹿に出来ないよそういうのは。最後の最後に自分を助けるのは、そういう拘りだ。

 ………アドバイスするなら。なるべく古いのを選びな」

「………何で?」

「新しいのは、


 或いは、汚れだ。

 


 何れにしろ、事故の結果として修理ないしは交換があるのだから、古いものは逆に、安全に年月を重ねてきたという証明になるのだ。

 この、便には、事故は付き物だから。


「それに、あまり騒がない方が良いと思うな。ほら、


 私の言葉に同意するように、籠の山の向こうでが上がる。


「全て、彼らにお任せなんだからさ。気持ち良くもらった方が良いよ?」

「ははは、いやあ俺、ディアも大概だと思ってたけど。あんたの方がぶっ飛んでるよ、ご主人。………


 クエー、という高い声が響く。

 


 街道を行っても駄目、街道以外を行っても駄目。なら――使

 余計な障害は、飛び越えるに限る。


「ギャハハ、成る程、兎らしくひとっ跳びって訳だ!」

漢字スペルが違うっしょそれ?! 解ってんすか鞄先輩、あんたも一蓮托生ですよこういう場合?」

「だから、諦めな坊や。お前さんが乗った船は。沈みたくなきゃあ前へ前へと漕ぐしか無いぜ? それとも、自ら海に飛び降りるかい?」

「………ちっくしょー。一応言っとくけど俺、運とか悪いっすからね?」


 肩を落として籠へと歩み寄るロッソ。

 その背を見ながら、私はポツリと呟く。


「………確かに、運は悪そうだよね。私が選んだ方が良いかな?」

「お前さんも、似たようなもんだぜ? 一応言っとくけどな」


 まあ、確かに。運が良い奴が、暗殺者なんかする訳もないか。

 良く誤解されるが、生き残るのは運の良い奴じゃあない、要領の良い奴だ。運が良い奴は多分さっさと足を洗う。

 そして私は、長いことこの世界に入り浸っている。幸運に恵まれているとは、言えないだろう。


!!」

「っ!?」


 割れんばかりの大声に、私もロッソも、ロック鳥までもが振り返った。

 ロッソたちは誰だろうかと疑問に思い。

 私とバグは


 聞き覚えのある声だ。そして、振り返った先に居るのは、見覚えのある姿。

 白過ぎる程に白い肌、視力矯正用の眼鏡、ざっくばらんに切られた銀髪。特徴的なパーツといい、端整な目鼻立ちといい、全く見事に見覚えがある。


 私の知る限り、同じパーツを持つのは

 【大家】アロメ、【薬屋】サロメ、【呪師】カロメ、そして………。


 空色のパンツスーツに、飾り紐のブーツ。

 旅行好きとうそぶく癖に、持ち運ぶのはいつも水玉模様のトランクただひとつ。

 何処に行くにも、何をするにも。どう見ても準備不足な印象を拭えないような彼女。


 【町外れの四姉妹ローカル・カルテット】、その末妹。


「【作家】、パロメ………」











「その通り、パロメだ!」


 豊満な胸を張る彼女の姿に、バグが珍しく、深いため息をこぼした。


 彼女の個人情報パーソナルデータ、それに基づく評価としては、何よりバグのその反応だけで事足りるだろう。

 他の三人が家から出ないのに対して、彼女だけは外に出る。ガンガン出る、グイグイ出る。


 とにかく旅行に出掛けるのが趣味で、そこでのインスピレーションで本を書いているらしいが、良く知らない。

 私は、あまり本を読まないのだ。同じように視力を使うのなら、絵や歌劇を観る方が性に合っている。


 まあ、売れているらしい。姉妹たちがそれぞれ法外に稼ぐから、印象としては趣味の色合いが濃いのだが。

 そこそこ評判で、熱烈なファンも居るとアロメが迷惑そうに話していた――そのファンも不作法にも家を訪ねて、残念ながらファンがと過去形で話すことになったが。


 そんな彼女が、ここ、【ロック鳥配達】を訪れたということは。

 まさか。


「うん、事情はともかく! パロメもクロナと同じだ! バロメアまで、急いでいきたいのさ!!」

「馬を使えよ、へぼ作家」

「そうしたかったがね、ずだ袋君? あいにく何故だか、


 私は舌打ちし、ロッソは口笛を吹いた。


「中々強引な手段ですねぇ、野郎共。はは、待ち伏せどころか、追わせもしないって訳ですか」

「馬鹿………!」


 あ、とロッソが口を閉じたが、もう遅い。

 観察と推察に関してパロメに敵う者は、この世には居ない。


「ほうほうほうほう。どうやらクロナ、パロメの牧歌的な旅路は、君のせいで台無しになったようじゃあないかな?」

「………あぁ、まぁ、そうとも言えるね」

「とするとだ。君はパロメに、こう、代わりを提供する義務があるんじゃないかな? バロメアまでの、旅を可能にする何かをさ」


 私は肩を落とす。あぁ、こうなったらパロメも他の姉妹と同じ。言い出したら聞かなくなってしまうのだ。

 あとは2つに1つだ、残念ながら――同じ籠に乗って辿り着くか、それとも、同じ籠で地面に落ちるかだけ。


「さあ、時間がないのだろうクロナ。君はいつでもそうだからね。大体が急いでいて、そしてとても面白い仕事」

「………ま、急いでるのは確かだよパロメ。ところで、1つだけ確認していいかな?」


 私はニヤニヤと笑うパロメの矮躯を抱えて、籠の前に向かい、尋ねる。


「………?」

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