かばんちゃんはサーバルキャットの夢を見るか?
楠樹 暖
追憶売ります
ジャパリバスに轢かれるサーバルちゃんを見て、かばんちゃんの脳内に忌まわしい記憶がよみがえる。
しかし、意識に浮上する前に、かばんちゃんはその記憶を無意識の底へと押し込んだ。
フトシは猫を飼っていた。みかん色の毛に黒い水玉模様。スポット柄のその猫は、動物図鑑で見たサーバルキャットに似ていたのでサーバルと名付けられた。ある日、フトシが遊びに出かけたとき、玄関のドアを開けっぱなしにしてしまった。初めての自由を手に入れたサーバルは一心不乱に道路へ飛び出し、そして車に轢かれた。
幸い一命は取り留めたものの、サーバルは意識を戻すことはなかった。
「この延命措置は情動制御器官により苦痛を取り除き、常に幸せな気持ちにさせるものです。見て下さい、安らかに眠っているでしょう」
「じゃあ、サーバルはたのしいゆめをみてるんだね!」
「ああ、きっと夢の中で本物のサーバルキャットになってサバンナを走り回っているかもね」
「でもひとりぼっちじゃない?」
「大丈夫だよ。この装置は他にも寝たきりのペット達の夢を繋げているからね。みんな同じ夢の世界で楽しく過ごしているよ」
「すごーい! たのしそー! ボクもいきたい!」
「もう少ししたら夢の世界へ繋げる装置もできるからね。ちょっと待っててね」
この動物病院では死を待つペットの脳を繋げて、一つの仮想の世界を作り上げている。
ペット達はその夢の世界で余生を楽しく過ごすのだ。
そして、このシステムはいずれ人間へも適用されるための動物実験だったのだ。
図書館へと辿り着いたかばんちゃんとサーバルちゃん。
かばんちゃんの目に止まったのは一冊の絵本だった。
黒黒い猫がカバンを持っている表紙絵のタイトルには『King Felix』と書かれている。
かばんちゃんはこの本に見覚えがあった。
動物病院の待合室にあった本だ。
そのとき、かばんちゃんの視界がピンクの光に包まれた。
「……おもいだした。ボクは……。サーバルを……」
かばんちゃんは、その名前の由来となった大きなカバンを降ろし、中の荷物を取り出そうとした。
「やめて! 出さないで!」
サーバルちゃんの制止する声を無視して、かばんちゃんはバスタオルに包まれたモノを取り出した」
バスタオルを広げると一匹の猫。
みかん色の毛に黒い水玉模様。フトシが飼っていた猫である。
さっきまで一緒だったサーバルちゃんの姿はもうない。いや、かばんちゃんの両手の上の猫こそが本当のサーバルちゃんなのだ。同じ存在は同じ場所に同時に存在することはできない。
「いままでいっしょにあそんでくれてありがとう……」
ライブラリに収納されたペットの記憶は飼い主が再生することができる。
死ぬ間際に体感した夢の世界。
苦しみのない楽しい世界。
飼い主はライブラリの維持費さえ払い続ければ、いつでもペットの夢を再生することができる。
このシステムはペットを対象としたビジネスだけでなく、やがて人間を対象としたビジネスへと発展することだろう。
人間をシステムに接続する臨床実験はおおむね良好だ。
飛び出した飼い猫を追って車に轢かれたフトシのおかげで。
(了)
かばんちゃんはサーバルキャットの夢を見るか? 楠樹 暖 @kusunokidan
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