トジコロダンジョン 八人の冒険者たち

相田サンサカ

第一章:最初の犠牲者

01

 冒険者アドヴェンチャラーと呼ばれる者たちがいる。

 彼らは複数人でパーティを組み、互いに協力しながら、危険な地下迷宮ダンジョンに挑んでいく。

 怪物モンスターを討伐し、お宝を手に入れ。やがて、迷宮の奥に眠る秘密を解き明かす。

 それが冒険者という職業の典型例だ。


 しかし……

 はるか遠くの異世界・アンヴェルダのダンジョンでは、それと全く異なる光景が繰り広げられていた。

 戦士ファイター魔法使いメイジ盗賊ローグ……その他、多数の冒険者たちが、ダンジョンの床に倒れている。

 ピクリともうごかない。

 辺りには、むっと鉄の匂いが立ちこめ、赤い水溜りが床を濡らしていた。

 かといって、その場には、凶暴なモンスターがいるわけでもない。

 立っていたのは、ただ一人、刀を携えた男だけだ。

「はぁ、はぁ……っ!」

 ずるっ。

 と、刀を引き抜くと、犠牲者は倒れ、赤いものが彼の顔にかかる。

 彼は、ダンジョンに生きて立っている、最後の冒険者になった。

『……おめでとう、お前はダンジョンの秘密を解き明かした』

 と、男の周囲で、そんな声がどこからともなく響いた。幼い女の子のような声。

 男は、周囲を見渡し、

「……女神か?」

 と、つぶやいた。

『お前が勝者。……でも、まさか、冒険者どうしの殺し合いになるなんて』

 「勝者」という言葉が出ると、男は胸を押さえ、クツクツ笑い始める。

 やがて、それは哄笑に変わった。

 女の子――女神がまだ何か言っているのに、聞いていない。

『冒険者どうしで、最後の一人になるまで殺し合う……か。うん……冒険者とモンスターを戦わせるより、そっちのほうが面白そう』

 そんなことを、彼女は口調ひとつ変えず言ってのける。 

『……良いアイディアを教えてくれて、ありがとう。冒険者』 

 それっきり、女神の声は、どこへともなく消えた。

 男は血まみれの刀と着物を携えて、いつまでも吠えるように、喉をつまらせながら笑い続けていた。


 それから数年後。

 長らく人の足が入らなかったそのダンジョンを、探索する者たちがいた。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 ダンジョンの狭い通路に、少年の声が響き渡った。 

 石造りの床が蹴られ、みしみしと揺れる。

 彼の両手には、武器が保持されていた。

 ただし、剣とか、斧とか、そういうオーソドックスで見栄えもする武器ではない。

 フライパンが、二丁。

 ――本来は調理器具なそれを、彼は一気呵成に振り下ろした。

 びちっ!

 という音がして、フライパンが怪物モンスターをぺしゃんこにする。

「うわっ!?」

 ……だが、少年はかえって飛びのいてしまった。

 なま温かい、どろっとしたものが、口にこびりついたのだ。

「うえぇーっ……気持ち悪い!」

「あはははははっ! 人間ヒューマン、二枚目になったじゃん!」

 と、後ろにいたエルフが大笑いする。

 さらに、もう二人のパーティメンバーである地精霊ノームと、竜人ドラコも、エルフほど露骨ではないが、苦笑いしていた。

「……ちょ、ちょっとエルフさん! 俺はいちおう、アンヴェルダを救おうと、真面目に戦ってるんですよ!?」

「真面目にやってそれだから、面白いのさ。あははっ♪」


 異世界・アンヴェルダは、争いも、災害も、病気も一切ない平和な世界。

 ――だった。

 しかし数年前、「魔王」という存在が出現し、ダンジョンを根城として、モンスターを解き放ち始めた。

 それで、困ったことになった。

 何しろ、アンヴェルダの人々は、「戦い」という概念さえ知らなかったのだから。

 そこで、女神ロリ=リロの神託により選ばれた八人の冒険者を遣わし、そのダンジョンを征服することとなった。


 いざダンジョンについてみると、内部の通路は、彼らが考えていたより狭かった。

 大所帯で冒険したら、お互いの鼻先を切り落としかねない。そこで、四人ずつの二パーティに分け、最初の探索をすることにしたのだった。

 ヒューマンの少年は、エルフ、ドラコ、ノームと共に、第一パーティを構成している。

「……んで、酔っ払いが酒場の床に吐いたアレみたいなそれ、一体なに?」

「いやな例えをしないで下さいっ!」

 エルフの表現に顔をひそめつつ、少年は、顔にべっとりこびりついたものを払った。

「うぅっ……!」

 ダンジョンの床に、それがびちゃっと叩きつけられる。

 それは、紺色のような、濃い灰色のような粘液だった。

 その粘液自体が、モンスターだったのだ。

「これは……スライムってやつですね」

「スライム?」

 エルフは、緑色の澄んだ瞳をぱちくりさせた。

「はい。まぁ粘液なんですけど、それが命をもって、こうダンジョンを這いずりまわってるんです」

「……へぇ」

「ああでも、こいつは所詮、雑魚モンスターなんで。俺でさえ、負けようがないですね」

 あはは、と少年はかわいた笑いを発した。

 エルフ達も笑うだろう――と思っていた彼だったが、しかし、その予想は外れる。

「ヒューマン……君、どうしてそんなに詳しいんだ」

「え?」

「あたしは、このダンジョンにくる前から、ずっと冒険家やってんだけど……。こんなおかしなイキモノ、海辺でも平原でも、もちろん酒場でも、一回も見たことないぜ?」

「そう……ですかね」

「そうさ。もしかして……ひょっとして君は……前にも、ダンジョンに入ったことがあったりするの?」

 少年はなぜか、髪の生え際に汗がにじむのを感じる。

 とにかく、何か言おう――と、口を開きかけた時、

「あ、あれは……なんでしょうか?!」

 と、ノームがわなわな震えて指差した。

 そこには、十体ちかい死体の群れがいた。

 ゆっくりと、冒険者たちのほうへ歩いてくる。 

「あれは……ゾンビです!」 

 少年は、すぐさま答えた。

「陛下、お下がりを」

 ダンジョンに入ってからドラコは始終無言だったのだが、その時はじめて喋った。盾を構えて、エルフをかばうように立つ。

 そこまで気張るほど、ゾンビは強いモンスターではない……はずだった。

 が、ゾンビがかすれたような叫び声をあげると、エルフは呆気にとられ、ノームは顔を青くする。

「……大丈夫です、任せてください!」

 少年は、フライパン二丁を抱えて突進した。

 一体、孤立ぎみに先行していたゾンビの頭を、思い切り殴りつける。

 ゾンビは、よろめいて数歩後退した。

 ……けれど、致命傷を負ったわけではないらしく、すぐに前進しはじめる。

(やっぱり、体育苦手な俺の腕力じゃ、限界あるか……! うぅ~、手しびれる……!)

 腕にわずかな痛みが走り、少年は顔をしかめた。

(倒れるまで、殴るしかないか……!)

 さらに数度、ゾンビにフライパンを叩き込む。

 しかし、少年は、不用意に接近しすぎていたらしい。

 ゾンビが振り回した腕が、少年の助骨のあたりにめりこんだ。

「うっ!?」

 一瞬、息が止まる。

 少年はよろめき、フライパンを落としそうになった。

 その隙に、ゾンビの牙が少年の首もとに迫る。

 が、

「無理をするな」

 とつぜん横合いから、少年とゾンビの前に巨体が立ちはだかる。それは、全身鎧と盾を装備した騎士ナイト、ドラコだった。 

 ドラコは、巨大な盾でゾンビを殴った。それは吹っ飛ばされて、派手に倒れる。

 そしてドラコは、もう片手の大剣で、ゾンビの胴体を真っ二つに切り裂く。

 ゾンビは叫び声をあげ、跡形も無く消滅した。

「はぁ……助かった」

 少年は、胸をなでおろした。 

 ドラコは無言で、少年に手を伸ばした。その手を掴み、少年は立ち上がる。

 そのまま持ち上げられてしまうのではないか? というくらい、ドラコは力が強かった。

「どうも……ありがとうございました」

「礼には及ばない」

 ドラコは短く言った。

「それより、来るぞ」

 残っているゾンビの大群が、二人へゆっくりと迫る。

 だが……

 その瞬間、二人の後方で呪文が聞こえた。

「「解呪ディスペル!」」

 エルフとノームが、同時に唱えたようだ。

 その二人の呪文により、ゾンビたちが白い光に包まれる。その体はどんどん薄くなり……やがて、完全に消滅した。

 エルフの職業は、司教ビショップ

 そしてノームの職業は、僧侶プリーステス

 二人とも、女神ロリの加護のもと、聖なる呪文を唱えることができる。

 ゾンビのような不死アンデッド系モンスターであれば、瞬時に倒すことも可能なのだった。

「やった、あたしらの勝利ね!」

 エルフが、パチンと指を鳴らした。

「はぁ~~っ、助かった! あんなにいっぱい、相手しなきゃいけないかと思った……!」

 ゾンビの圧力が目の前から消えて、少年は腰の力が抜けてしまった。ダンジョンの床に、へたり込む。

「ヒューマン様、お怪我はありませんか? かなり、強く打たれていたようですが」

 と、ノームが駆け寄ってきた。

「ええっと……あっ、イテテテ!」

 殴られた肋骨のあたりが、ひどく痛んだ。少年は、起き上がるのを諦めて、床に寝転がる。微妙に、涙が目にたまってしまった。

「リアルに殴られると、けっこう痛いんだなぁ……。ゲームの中なら、あんなに簡単なのに……うぅっ!」

「『ゲーム』? それは、何のことでしょう……? ともかく、動かないで下さい。いま、治療いたしますから」

 ノームが回復呪文を唱えると、次第に少年の痛みは退いていった。

「ふぅ……どうも、助かりました。あ~、死ぬかと思った……」

「いいえ」

 ノームは、口に手を当ててクスッと笑った。

「女神様は、いつもあなたの傍におられますよ」


 戦闘がひと段落し、四人はダンジョンの閉所で休息をとる。

「――今のは、ゾンビです。やっぱり、ダンジョンの浅い階にしか出ない、雑魚ですね」

 少年は、請われてモンスターの解説をしていた。

 すると、エルフは眉間にしわをよせる。

「ねぇ、ヒューマン……いま、何気に重大なことを、サラッと言わなかったか?」

「え、何がです?」

「『ダンジョンの浅い階』とかなんとか、だよ。……そもそも、このダンジョンは、何階も地下まで続いてるものなの?」  

 エルフは、じっと少年に目を合わせた。

 空気が固まったかのように、彼は指先一本動かせなくなってしまう。

「ええと……まぁ、そうですね。多分、このダンジョンも、かなり地下に潜らないと、魔王はいないと思います」

「どうしてそう言える?」

 エルフは、少年を見下ろした。

 彼女は、少年より頭一つぶん高い。彼女の胸が、少年の目の前にある形だった。

「ええっと……」

 少年は、目をバタ足で泳がせる。

「勘違いしないで。どこでそんなことを知ったのか、気になってさ。ほら、あたしも根っからの冒険者だけど、こんなダンジョン、見たことも聞いたこともなかったし」

 と、エルフはぱっちりウインクする。

 少年は、曖昧な笑いを返した。

 だがそれでも、自分の出自を正直に話すことはできなかった。

 なんといっても、彼はこの世界――アンヴェルダの出身ではない。

 ほんの数日前、地球から、このアンヴェルダへ転送されたばかりだった。

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