異世界の恋愛メソッドで君もモッテモテ

むに丸

領主閣下の自慢の馬車#1

あらかじめ伝えておく、彼は転生を失敗した。





 ここは、アレナロゥズ大陸<教国>の片隅に位置する第17辺境領<ストール>

 その領主が所持する館の馬車倉である。

 転生者であるところの彼は諸君が知る聖人よろしく、

一年と少し前にここで第二の生を受け、

 日の目を見ることなく、時を過ごしている。


 視界の片隅では、彼を引く役目を持つ強靭な馬が、

飼葉のロールの上に腰掛け報紙(新聞のようなもの)を流し読みし、

ぶもうと辛気臭い鼻息を漏らしていた。




 読むかい?と蹄の先に畳んだ報紙を持ち、こちらに向けてくる馬。

 それを『いや、いい』と断ると、馬はそれを手ごろな大きさに千切り

、飼葉を巻いて火をつける。




 地方領で相次ぐ資金着服、領民へ課税深刻化、

そういった不景気な情報が馬の草臭い吐息とともに、

煙となって虚空に溶けて行く。

 けだるい日の入り、もうすぐこの地を照らす太陽が地平線に沈み、

とっくに見慣れた赤の月がこの蔵を照らすことだろう。


 何をするでもなく、何を思うでもなく、

お互い無言で時を過ごす輩との感覚を<転生者>は嫌いではない。

 この無口な白馬も、同じように思っていてくれたらうれしい。




 そして月が明り取りから姿を消すころに、共に寝息をたてる、それが彼らの変わらない日常。



 しかし、その日は少しだけ、日常と違った事件がやってきた。

 かねてより<転生者>が会いたがっていた、小さな命を公爵が連れてきたのだ。









「おぉ、こらやめなさい響天ぎょうてん号!

今日は小さなお客さんを抱いているのだから」



 愛馬にべろんべろんと顔を嘗め回されている、其の二十代半ばの青年、

 名をムルジム・ストール。


 <転生者>である彼と、其の輩である響天ぎょうてん号の持ち主である。

「待ちに待たせたな、我が馬車よ。

 今日この日、君に倅を紹介できることをうれしく思うよ」

『無理を言ってすまなかったムルジム卿、さあ自慢の跡継ぎの顔を見せてくれ』


 御者台の上に座り、腕に抱く赤子の肌掛けをめくるムルジム。

 父と馬、そして転生者が覗き込む中、其の赤子は穏やかな寝顔。

 自然と二人の顔がほころぶ中、<転生者>はひそかに安堵する。




 ―――――――邪悪は、感じない。




「かわいいだろう?この子が生を受ける瞬間に立ち会えなかったことは、わが生涯最大の後悔だよ」

『だが、この子は君の腕の中で眠っている

 心休まる存在と認めているのだ。

 卿よ教えてほしい、この子の名前を。

 私はこの少年を、なんと呼べばいい?』

「ああ…………テリオス、テリオス・ストール。

かの超文明世界から名前を取った!

大きな存在になりそうだろう?」



『テリオス…………テリオスか…………』





 転生者は<本来生まれるはずだった>赤子の名前を呟いた、いい響きだ。

 彼は転生を失敗した、

目の前で眠る公爵の息子としてではなく、






 彼は公爵家の<馬車>に転生してしまった。








 親愛なる本作品を御覧の諸君、

ここからは本作品の<転生者>の来歴を語りたい。

 もしかしたら君の隣を通りすがったかもしれない、

君が名も知れぬ青年の凡庸な生涯と、存外にあっけない其の終わり。


 君とさして変わらぬ、凡庸で善良な青年の一人は、

路地裏でどてっぱらに鉛弾を食らってしまった一人の女と対峙してしまった。

「おぉ……貴方……日本人ですカ…………」

「どうも」

 ジャパニーズ・スタンダードな挨拶を交わす青年、

どう見ても日本人でない彼女は思った以上の納得を得られたのか、微苦笑。


「ワタシ…………お願いあります。

このメモリーカード、名前沢山あります……人身売買公社の社員……これ、ポリスや、偉い人に届けて……」

 果たして、ちょっとコンビニのバイトから上がったばかりの青年に、

課せられる重い使命。


 だがしかし彼も、ともすれば同じ境遇にあった諸君と心同じように、

一つ頷いて彼女の手を握るだけだ。


「……わかりました」

「…………アリガト…………アリガト――――――」


 そして、女の手から力が失われて少し。

 にわかに輝く繁華街から

『どう聞いても日本語じゃない喧騒』が響き始めるころに。


 手早く事切れた女の身支度を整えた青年が、

手にしたメモリーカードをぐっと握りこみ。

 ネオンが照らし出す表通りにその一歩を踏み出した

その背を見たものは、神々しさに目がくらむほどであったろう。



 絶望的な暴力の渦中にその身をさらす決意をした、運命に見放された一人の青年、だが捨てる神があれば拾う神も有る。

 路地裏からその身を投げ出した青年の真横から、めちゃめちゃデカいトラックが飛び出して彼の体を跳ね飛ばした




「アッーーーーーーーーー!!」




 それが、現世における青年の最後であった。







 次に青年が目覚めたのは、地平線まで続く草原の真ん中。

 優しい風が草葉を揺らす其の場所で、

ゆっくりと穏やかにまどろみから浮かぶ意識。



「天国にしても、地獄にしても殺風景なところだな…………」



 どっこいしょと上半身を起こすと、

どうやら太陽を遮って自身に大きな影を落とす<なにか>が背後にいるらしい。

 青年は振り向いた、振り向いた上にさらに見上げた。




 逆光になっていて詳しくはわからないが、デカイ。

なんか7メートルはありそうな巨大な青い光の塊が自身を見下ろしている。





『目が覚めたか?ごく普通のコンビニ店員の割に、

壮大なアクションムービーの主役を張って、命を落とした君…………』

 聞くだに渋面です、といったような声だった。

「いえ、実はまだ夢を見ているんじゃないかと

いぶかしんででいるしだいですが、あなたはいったい…………」


『私は転生をつかさどる巨神の一柱

…………勇気有る人間の魂を見定め、新たなる世界へ送る者』

 巨大な蒼い光球はまさかの神様でした、青年は居住まいを正す。




「あの、神々しすぎてどこを見上げればわからなくなりそうなお姿ですね」

『いや、私よりも君のほうが何者だと問いただしたい

――――――その、君は勇気がありすぎる』



 いや過ぎたことかと、神と人とが探り探りの対話は続く。

「とにかく、自分が死んだあとあのメモリーカードは無事でしたか?」

『いや、すまん規則で君が去った世界のその後は、

詳しく伝えることができない…………未練が残るからな。

ともあれ、君の親類縁者に害が及ぶ事はなかった、

全うに生きて寿命を迎えることは私が保証しよう』

「やあそれはどうも」




 平伏する青年、いやいやとその声を遮って転生神は話を続ける。

『それよりも君自身の話だ。

 その、あのまま姿を悪漢どもにさらしたならば、

君には万に一つも生還する目がなかった。

 ゆえに勝手だが、あの輪廻転生用の機鋼を差し向けたのは自分だ』




 青年の傍らに腰を下ろす巨球

 ゆっくりと青年に頭(?)を下げる。




「それはまあ、しょうがないですね」

 過ぎたことである。

 青年はどこに顔を向ければわからない光の塊に笑いかけた。

 凡人ならば自身の死にかかわった相手に、悪態の一つもつこう物だが、

彼の場合は運命のめぐりが悪かっただけだ。




 それに、この巨神に対して好感を持ってすらいた。

だって態度に反比例して笑えるほどにでかいんだぜ?




『ご容赦痛み入る。

いや、私のことより君の今後についてだな。

 手前勝手な話で恐縮なのだが、

これから新たに発見された<ナロゥズ>という世界に、君を導きたい』

「あの、それは剣と魔法の世界でしょうか?」

『う、うむ…………』


 青年は目を輝かせた、生活費が逼迫している前生、

課金がうなるソーシャルゲームに手を出すことままならず。


 社会人として最低限これくらいは、と入手したスマートフォンは主に、

電子書籍と小説投稿掲示板のリーダー専用機であった。


「ばっちこいでございます!」

『どうしようこの青年との距離感がつかめないぞ!?

――――――失礼、心の声が出た。

ともあれだ、これから君が転生するのは

<ストール伯爵領>という辺境貴族の家、其の長男だ。

本来死産となる予定だったが、

そこにわれわれが介入する

……とここまでは君も良く知るお約束だろうが…………』




 巨神はほんの少しの間言いよどんだ、しかし覚悟を決めて二の句を告げる。

『実は其の世界、案の定というか悪神の一柱が目をつけている』

「神の名をもって命ずる、汝神を撃て、とこういうわけですか!?」

『いやいい!君は無理をしなくていい!!

 なんというか、その、不安だ!!』




 握りこぶしを口元に当てたかのように、

何度も咳払いしながら青年をチラ見する巨神。

『君の其の、有り余る勇気は世界に強大な影響力をもたらす。

本来ならわれわれは部署が違うので干渉が憚られる場所なのだが、

君が向かってくれれば影に日向にだな、力を行使できる。

ありえないような時空のゆがみ、

破滅に向かう運命にも対抗できるというものだ』


 あえて蛮勇といわないのが神の配慮である。


「しかし、そんな物騒なことを言われては自分もやきもきして……もぅ!」

『もぅ!ではない、もぅ大丈夫なんだ。

君がかの地に舞い降りてさえくれれば!!

 それにほら、いろいろあるだろう、

第二の人生なのだからやりたい事とか。

 本来なら悪神から身を守るために何か、

チート的な能力を授けるところなのだが、君になら何をあげてもいい。

 たとえば商才とか、英知とか…………』

 あ、だめだ内政チートにしか結びつかない、と頭を抱える巨球。

 こういうときに気の利いたモノが思い浮かばない堅物なのだ、

彼の仲間達からも評判である。


「で、ではお言葉に甘えて…………」

『ああ、何だ?何がほしい!?



ちょっと声が裏返ってるぞ?』



 青年のこわばった視線と、若干引き気味な巨球の視線(?)がぶつかる。

「自分は生涯幾つもの<モテる男の秘訣40>

とか<解決!男と女のせめぎあい>といった

モテ系バイブルを読んでまいりました」

『ああ…………

ああ、そうか女性と仲良く過ごしたいのか。

わかった、君のその恥ずかしい過去を暴露した勇気をたたえて

無駄にモテる系のチートを…………少し苦手だが…………』

「いや、そうではなく!意味もなくモテて何がうれしいんですか!!

だから其の無駄に培った知識を総動員してね、

女の子と仲良くなるのを、見守っていてほしいのです」




 <モテモテ御免>


 それこそが青年のフロンティアスピリット。



『それは、何も与えていないのと同じなのではないかと思うのだが』

「いやそう言ってもね、世界の危機と女の子、

後者をとってもOKってそれはとても大きいと思うのですが」

『否、結局それはつながっている』

 巨球はぐるりとまわり、青年の顔をしかと見た。


『つまりだ、あらゆる創作物、物語、神

話にいたるまではボーイ・ミーツ・ガールから端を発している。

 人があらゆる困難を乗り越え、

正しき道へ至ろうとするならば他者の評価が筋道を立てるのは必然、

異性のものはなおさら強い。


 そんな正道を独力で挑もうとする其の心、非常に尊いと私は思う。


 では私からも頼む、来世ではは二度とワーキングプアですから女性を養えませんなどといってくれるな。


 これから君が降り立つ世界には、まだ資本主義などという縛りはない。

 君の生き様が正しく評価されるよう願うと共に、

 たった今良い能力を思いついた、きっと君の願いを後押ししてくれるだろう』


 巨神は青年の背に有る水面を指差した、そこには真空の宇宙に囲まれた、

地球に負けぬほど美しい星がある。


『話はわかった、さあ、行け新たなる転生者よ

――――――君は愛の道を進み、其の願いを貫くのだ。

大丈夫結局あのエージェント女氏も今わの際には

一目ぼれした君のことが忘れられずンンッ、

君の有り様なら悪いようには転ばんッ!!




 存分にモテるのだ!!』

「ありがとう神様!刺されて死んだらカンベンな!?」





 その心配があったか!?と頭を抱える転生の巨神を尻目に、

青年――――――<転生者>は水面に移る世界に頭から飛び込んだ。







 そして、<転生者>は<ナロゥズ>の中心に位置する

アレナロゥズ大陸へと舞い降りる。

 ゆっくりと、蛍のようなスピードで、

これから生まれくる世界の端から端までを魂に刻み付けるように見下ろした。


(美しい大地だ…………この大陸にきっと、

幾多のネコ耳・エルフ耳が……おわすッ!!)


 よろしくお願いします、よろしくお願いしますと

不規則にゆれながら光球が自由落下。

 おそらく頭を下げているのだろうと思われる。



 だがしかし、

そんな希望に満ち溢れたスカイダイビングも長くは続かなかった。

 途端に稲光孕む暗雲の中、

見よ!彼の<転生者>を追い越して、地表に向かう黒く禍々しい光の球を!!


(なにッ!!おまえはまさか神の言っていた悪神!?)

『ヴァファファ!いかにも、われこそは時空妖催シャガルス!

憎き観測者の手駒よ、矮小なる魂よ!!

貴様の得るべき体を則って、この地に混乱と破滅を振りまいてくれるわ!』




 早速か悪神!

 転生ぐらいゆっくりとさせてくれよ!!



 このまま悪神の思うようにさせては、かの地に魔王が誕生してしまう。

(させるか!時空妖催シャルガス、転生するのは自分が先だッ!!)

 気合一線、蛍のようだった彼の魂は光の尾を放ち、

 我先にと地表へ向かう。

 だが、彼の後を追い迫る悪意はあまりにも巨大。

 それどころか、転生者の魂は触れられたら掻き消えるだろうという質量すら、

ともなっているのだ。


(クッ!まさか転生間際にこれほどの窮地を迎えようとはッ)

『ヴァファファファファ、そうれお目当ての屋敷が見えてきたぞぅ…………』


 豆粒のようだが、確かに見えてきた。


のどかな農村地の中心。

 領主の館にしてはこじんまりとした、

しかしどこか荘厳さを感じさせる石造りの建物、あれがストール辺境伯の屋敷!


 だが、すでに悪神の気配は彼の魂、其の尻を焼くほど転生者に肉薄。

 いや、魂ゆえに肉も尻もないのだが、其のぐらいせまっているのだ!

 窮地、命を失ってなお絶体絶命に追いやられた転生者。




 だがしかし、新たな命として生まれる前ですら、転生者がそこにいる時点で。

 神の威光はアレナロウズの地に届いた。

 見よ諸君、薄桃・水色・黄緑・そして金に輝く四つの光が螺旋を描き、黒い悪意の質量に横合いから突き刺さる!





『グワーーーーーーーーーーーー!』

(何だ?まばゆい光!?)

『急げ転生者、ここは"われら"が引き受ける、

早くお母さんのおなかからやり直すのだッ!!』

(字面はひどいが感謝する、君たちはあの巨神の仲間か?)

『ああ、今生またあおう!モテたい男よ

このフラグテイカーズも君を見守っているぞッ!!』



 神にしては俗っぽいチーム名だが、転生者の感謝は本物だ。

 強大な意思同士がかき鳴らす、どこか金属音に似た衝撃を背に、

今度こそ一目散に地表へ向かう転生者!

『ええい離さんか雑魚共がァァァァァァ』

 そして悪意の大部分を削がれながらも、

まばゆい光の制止を振り払い、時空妖催も彼の後を追う!




(ハァァァァァァァァァァァッァァ!!!!!!)

『ぬぅぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!』





 この夜、アレナロウズの地に落ちた光は五つ。


 薄桃・水色・黄緑の光は<法国><武国><教国>三箇所の中心である大平原の中心地へ。

 金の光はそこから大きく離れたとある森の中


 黒い光の飛沫はストール領主婦人の寝室へ。



 そして、取るに足らない小さな光は、黒い光に弾かれて傍らの馬車倉に落ちた。

 ――――――落ちてしまった。

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