第44話「ネオ・ヘルヴァニアの落日」

 【1】


「そうか……私は敗れたのか」


 通信の向こうから、ネオノアが力ない声を出す。

 その言葉に返答をしたのは、〈雹竜號ひょうりゅうごう〉のコックピットにいるフィクサだった。


「兄上。あなたの敗北は必然だった」

「必然だと?」

「兄上は運命を待つばかりに、自ら行動を起こすということに消極的だった。自ら運命を切り開こうとする、裕太くん達が勝つのは必然だったんだ」

「わかったことを言うな、我が弟よ。私の力が足りなかったことが敗因だ。それ以上でもそれ以下でもない」


 ハイパージェイカイザーの周囲に浮かぶ機体たちから、黒い物質が消えてゆく。

 自由になったキャリーフレームや重機動ロボだったが、戦いを再開する素振りは見せなかった。

 ネオノアが搭乗する〈ブラッド・ノワール〉が倒れたことで、ネオ・ヘルヴァニアの敗北という形で決着がついたことを理解しているのだろう。


「私は敗北を認め、裁きを受けよう」

「兄上……それでは────」


『ご主人様、緊急事態です。宇宙要塞の高度が低下し始めました』


 ネオノア兄弟の会話に割り込むように、ジュンナ放つ冷静な報告。

 しかし、その内容はとんでもない一大事。

 裕太は急いで、ジュンナが表示した報告に目を通した。


「少しずつ……だけど要塞が火星に近づいていっている!?」

「重力に引かれ始めてるってことぉ? でもどうして!?」

『おそらく、先程のエネルギーのぶつかり合いによる爆発の余波で、静止衛星軌道から離れてしまったものと思われます』

「エネルギーのぶつかり合い……あれか!」


 ジェイカイザーから放たれたツインドラゴニックランチャーと、〈ブラッド・ノワール〉が放出したクインテッド・ダークネス・キャノン。

 人知を超えたパワーのぶつかり合いは、たしかにあのとき宇宙を震撼させた。


「そんな……そんな……!!」


 この事態に、真っ先に動いたのはキーザの搭乗している重機動ロボ。

 落下しつつある要塞を持ち上げようとしているのか、要塞底部に張り付く〈ディカ・ノン〉。

 しかし両腕を失った状態で胴体を押し付け、バーニアを吹かせるだけでは要塞を支えることなど不可能である。


「あの中にはドクターが、私の娘たちが、私の部下たちがいるのだぞ!!」


 悲痛な叫びをあげるキーザ。

 その声を聞いて、裕太はいても立ってもいられずにペダルを踏む足に力を込めた。


『裕太!?』

「見捨てられねーだろうが! あれが落ちたら、真下にいるカーティスのオッサンたちも、タダじゃすまねえ!」

『ですがご主人様、我々だけでも要塞を支えるには出力が不足しています』

「それでも、やるんだよ!!」


 要塞の下へと潜り込み、両手で壁面を掴んだままバーニアを吹かせるハイパージェイカイザー。

 その隣に、内宮が乗っている〈エルフィスストライカー〉が同じ様に要塞に手を添えた。


「内宮!」

「うちかて、目の前で人がぎょーさん死なれるのは見てられへん!」


 次々と、無事だった機体が要塞の下部に集まり、持ち上げようと手で支えバーニアを吹かせはじめた。

 援軍とばかりに、〈Νニュー-ネメシス〉から出撃した数機の〈ザンク〉達が。

 要塞の格納庫から出てきた〈ザンドール〉が。

 次々と要塞へと張り付いていくものの、落下速度は僅かずつだが増す一方であった。


『キャリーフレームがいくつ集まっても、要塞の質量が大きすぎて支えられてません』

「ジュンナ、どれくらいパワーがあったら持ち上がるんだ!?」

『概算ですが……通常のキャリーフレームの出力にして3千機は必要かと』

「そんなに……!?」


 絶望的な数字だった。

 それだけの数のキャリーフレームなど、この宇宙空間に存在はしない。

 火星中からかき集めれば十二分に揃うであろうが、今から招集をするには時間がなさすぎる。

 こうしている間にも、刻一刻と要塞は火星へと近づき加速しつつあるのだ。


「せやかて……このまま諦めろ言うんはナシやで……!!」

『……! 〈エルフィスストライカー〉の支える力だけが、他のキャリーフレームより高い数値を出しています』

「そら、こいつはビーム・スラスター言うてビーム発射の反動で加速しとるから……そうや!!」


 内宮が思いついたことは、裕太にも理解できた。

 それは、武器を発射したときの反動である。

 本来、ビーム発射などの反動は反対側から対になるエネルギー噴射やバーニアをあわせて打ち消している。

 しかし、その打ち消す力をなくし、100%の反動をその身に受ける。

 その勢いは直線的な上に制御が効かないため移動には使えないが、ただのバーニア噴射に比べれば何倍もの力がある。


「ジュンナ! ハイパージェイカイザーの……」

『ハイパージェイカイザー・ドラゴニックモードと呼んでくれッ!』

「んなこと言ってる場合か! ダブルフォトンラ……」

『ツインドラゴニックランチャーだッ!!』

「なんたらランチャーの発射反動を使って押し出したらどれくらいの力になる!?」


 ジェイカイザーの訂正をガン無視して問いかける裕太。

 ジュンナは少しだけ沈黙してから、返答した。


『ハイパージェイカイザーの最大出力で、キャリーフレームのバーニア千機分に相当する出力が得られるでしょう。そして、他の38機のキャリーフレームが同様に携行火器の反動を利用すれば、あわせて千機分ほどの出力になります』

「それでも足して2千機分……。あと千機分が足りねえのかよ……!!」

「せめて、もう1機ジェイカイザーがあれば良いのにぃ……!!」



 【2】


「パパ、わたしたちも手伝いにいかないと!」

「そうだねぇ……ん?」


「ゼロ・セブゥゥゥン!!」


 唸り声を上げながら、〈デルタ・ヘルヴァ〉の巨大な腕でレーナの乗る〈ブランクエルフィス〉へと掴みかかるナイン。

 故障したスラスターで逃れることもできず、激しい衝撃がコックピットを襲う。


「ナイン! あんたまだ……!」

「貴様だけは、貴様だけは潰す!!」

「もうやめて! わたし意味もなくあなたと殺し合いたくなんてないのよ! だって、わたし達……血のつながった姉妹じゃない!」

「しま……い……?」


 ナインが狼狽する声とともに、〈デルタ・ヘルヴァ〉の動きが止まった。

 レーナは何が地雷になるかわからないBLの話を避け、彼女の心を揺さぶれる事柄を必死に考えた。


「あなた、Νニュー-ネメシスでわたしのこと、お姉ちゃんって言ってくれたのよ! だからわたしは、あなたが妹だって気づけたの!」

「ううっ……!?」

「ねえ覚えてる? あなたの顔をお化粧してあげたこと。わたしと同じ血を引いてるだけあって元が綺麗だから、お化粧をしたらすごく可愛くなったのよ」

「化粧……」

「それからジャガイモの皮を上手に剥いて、格納庫で整備の手伝いもしたわよね?」

「……ああ、そうだな」

「わたしはただ、あなたと一緒に暮らしたいだけなの。わたしずっと天涯孤独だと思っていたから……血のつながった家族と一緒に過ごしてみたかったの」

「家族……か。確かに私は、あの戦艦の中で過ごした出来事は、不思議と不快ではなかった。あのとき私の心が、なんというか暖かさを感じたのが貴様の言う家族だとするならば……私はもっとその暖かさを感じてみたい」


 心がゆらぎ始めているのが、手にとるようにわかる。

 レーナは後ひと押しだと確信しつつ、説得の言葉を探した。


「だから……」

「ゼロセブン、貴様の言いたいことはわかった。だが、それはそれとしてクニ攻めなことは譲れん!」

「じゃあその良さをわたしに教えて! 一緒にお気に入りの本を見つけましょ! 姉妹だもの、好みが違うことだってある! だけど、その違いを擦り合わせることだってできるはずよ! だってそれが、家族なんだから!」


 この発言は、もはや賭けだった。

 触れないようにしていた事象に対し、プライドを保ちつつ融和の提案。

 ゴクリと息を呑み、反応を待つ。


「…………」

「ナイン……!」

「……そうだ、な。家族か……悪くない、な」


 モニター越しに映るナインの顔がフッと穏やかになり、巨大な腕が〈ブランクエルフィス〉を解放する。

 結局BLの話でカタがついたのは気になるが、ひとまず和解はできたようだ。


「……あっ! こうしちゃいられない! 要塞を持ち上げないと……」


 ペダルを踏み込み、〈ブランクエルフィス〉のスラスターが小さな爆発を起こす。

 そういえば故障していたんだったと思い出し、この状況で何もできないことをもどかしく感じた。


「ナイン! あの要塞にはまだ妹がいっぱいいるんでしょ! 助けなきゃ!!」

「だが……我々が行ったところで、あの質量を支えることは不可能だ……」


「そんなことはないわよぉ!」


 横やり的に入った通信から送られてきた映像越しに、エリィからの声が送られてきた。

 といっても、映像に写っているものは、裕太の後方に見える彼女の生足なのだが。


「お姫様!? 脚しか見えてませんよ!」

「あらやだ! ちょっと裕太、カメラこっちに向けてよ!」

「無茶言うな、そのまま喋れよ!」

「んもう! えっとね、計算によると要塞を支えるのにあともう1機ジェイカイザー並の機体が必要なの!」

「あの機体をもう1機って……そんなのどこに?」


「待て……あの機体に匹敵する存在は、ひとつだけ存在するじゃないか」


 ナインが、オーバーフレームの指で一点を指し示す。

 そこには、戦いに敗れ宇宙を漂う〈ブラッド・ノワール〉の残骸。

 傷跡が魔法で形成された氷によって塞がれた状態で、ハイパージェイカイザーによって切り裂かれたダメージが痛々しく残っている。


「でも……あいつが協力してくれるかな?」

「してくれなきゃおしまいよぉ!」


「……仕方ないなぁ。僕が話をつけてみるよ」

「パパ!?」


 レーナが驚く間に、場を離れネオノアの元へと向かうナニガン。

 その背中を止めることもできず、ただ見守ることしかレーナにはできなかった。



 【3】


「ネオノア様っ、このまま終わっちゃうんですか!?」


 コックピットの中をバタバタと飛び回り、慌てふためくフリアをそっと手で抑える。

 ネオノアにとって、敗北という結果に終わった今この世界への興味が薄れつつあった。


「見苦しいぞ、フリア」

「だって、だって! ネオノア様、こんなに頑張ってたのに……あっけなさすぎるじゃないですか!」


 彼女の言いたい気持ちもわからなくはない。

 決してこの計画は数ヶ月や数年などという月日ではなく、十余年もの歳月をかけて準備を進めて来たものである。

 しかし、土壇場でこのような形で終わったのであれば、これも運命だと諦めるほかなかった。


「運命が私に傾いていたならば、SD-17が自ら命令に背くことも、処分したナンバーズが敵となることも、この機体に抗える力を持つ機体が存在することもなかったのだ」

「だからってもう諦めちゃうんですか!? これまでネオノア様に尽くしてきた私の立場はどうなんですか!?」

「君の立場か……」


 考えたこともなかったな、とネオノアは頭の中で苦笑した。

 黒竜王軍とのつながりを生んでくれた彼女への感謝は尽きはしない。

 だが、それに対してどう報いれば良いのかが、ネオノアにはわからなかった。


「計画が破綻した今となっては、私はどうすれば良い? フリア、君は私に何を求めているのだ?」

「わ、私は……」


「女の子に言わせることじゃないだろう、それはさぁ」


 不意に入ってきた通信と、表示される中年の顔。

 その顔は、ネオノアにも見覚えがあった。


「ナニガン・ガエテルネン親衛隊長か……」

「覚えてくれてるとは光栄だね、ネオノア・グー皇帝?」

「もはや私は王ではない。闘争に敗れた主君に価値など無いからな」

「……本気でそう思ってるのかい?」

「なに?」


 気になるナニガンの発言に、背もたれに寄りかかっていた身体を起こす。

 そのまま前かがみになり、意味深な言葉を放った男の顔へと視線を近づけた。


「別に君はさ、政争に負けたわけでも、他国に敗れたわけでもないじゃないか。ただちょっと相性の悪い宇宙海賊にこっぴどくやられただけだろう?」

「フ……だから何だというのだ?」

「ちょっと負けただけで、慕っていた民を見捨てて臣下を無下にするなんてさ。王の器がどうこういう人間のすることじゃないよ」

「…………何が言いたい?」

「今、君が根城にしていた宇宙要塞がどうなっているかは知っているだろう?」

「ああ」


 静止軌道を離れて火星へと降下中。

 それは周囲のセンサーから送られてくる情報で察していた。

 しかし、たとえ機体が動こうともネオノアの力でそれを止めることなど、できはしない。

 それがわかっているから、何一つとして行動を起こす気はなかった。


「私が行ったところでどうなる? 私は王の器ではなかった、ただの人間だぞ?」

「器がどうこうはさておいて、少なくとも君はただの人間からは程遠いよ。これだけの規模の組織を作り出し、維持してきたカリスマがあるじゃないか」

「それは……」

「それに王の器かどうかは君が決めるんじゃない。君を慕う者たちが決めるんじゃないかなと、僕は思うんだよねえ。ねえ、妖精ちゃん」

「はひっ!? 私ですか!?」


 急に話に巻き込まれて、狼狽するフリア。

 彼女は慌てたことで羽ばたきが乱れたのか、フラフラと高度を落として肘置きへと腰を下ろした。


「どうかな妖精ちゃん。戦いに負けたネオノアくんは、君の目から王様にふさわしくないかな?」

「そ、そんなことはないです! 私だって、こんなところでネオノア様に止まってほしくないです!」

「フリア……」

「私だけじゃないです! 町の人達だって、兵士たちだって、ネオノア様に王様をやってほしいはずです! そうじゃなかったら、とっくに逃げ出してますよ!」


 ネオノアはそのとき初めて、他者から自分への想いを聞いた。

 今までは計画の進行につきっきりで、下の者から自分への想いなど聞くことは一度もなかったのだ。


「パンを売ってたコネルさんも言ってました! ネオノア様はきっと住みよい世界を用意してくれるって! 同じようなことはみんな言ってましたよ! 兵士のミマールさんも、運び屋のウンパンさんも、農家のタガースさんも! それなのに……それなのにネオノア様が諦めちゃうなんて、あんまりです!!」

「聞いただろう? ネオノアくん。君がどう思っているかはさておき、周りの人は君を信じているんだ。それを裏切ることこそ、王の器としてどうかと思うよ?」

「私は……私は……」


「ネオノア陛下、私からも一言よろしいでしょうか」


 ナニガンの隣に表示される、ゼロナインの顔。

 心が揺れ動きつつあるネオノアには、彼女の真剣な表情は少しならぬショックを与えた。


「な、何だね?」

「あの要塞には、まだ生まれてもいない我々ナンバーズの妹たちが居ます。私からはうまく言い表せませんが、彼女たちが失われることはとても悲しいことなのではないかという思いが私の中に渦巻いているのです」

「…………悲しみ、か」

「どうか……我々の家族を救うために、助力を願います」


 モニター越しに頭を下げるナイン。

 生まれてはじめて、ネオノアが他人に頼られた瞬間であった。


 いままで、ネオノアはその生まれも有り付き従うものは無数に居たが、身分を超えて頼み事をされるようなことはなかった。

 それは自分が王の血族だから、指導者だからと、ネオノアは思っていた。

 自分にとっては道具に等しく思っていたナンバーズから、頭を下げられ頼まれる。

 頼られるということの心地よさが、自分の中で膨らんでいく。


「フ……この世から裁かれる前に、ひとつ人助けというのも乙なものだろう。ナニガン・ガエテルネン、〈ブラッド・ノワール〉にまとわりつく氷を剥がしてもらおうか」

「もっと頼み方ってものがあるだろう。自由にしたらトンズラしたり襲いかかったりしたら困るから聞くけど、その言葉は心から出たものかな?」

「どうせ捨てられる命だ。ここで醜く抵抗するほど、私は愚か者ではない」

「はいはい。そのセリフを信じますよっと……」


 ナニガンの乗る〈ラグ・ネイラ〉が、懐から取り出したビームセイバーで〈ブラッド・ノワール〉の断面を覆う氷を焼き始めた。

 いかに魔法の氷といえど、ビームの熱量は堪えきれないらしく、あっという間に蒸発し霧散する。

 すべての断面が氷の呪縛から開放されると、ネオノアはコンソールを操作した。


「甦れ、〈ブラッド・ノワール〉!」


 宇宙空間の暗黒物質ダークマターを吸収し失われた部分を再構築してゆく。 

 切り落とされた手足が生え、翼が張り変わり、角が鋭さを取り戻す。

 完全に復活したことを確認してから、ネオノアはペダルを踏み込んだ。



 【4】


「力を貸そう、光の勇者」

「ネオノア、お前……!」


 徐々に落下速度が増してゆく要塞の下部に、突然現れた意外な人物に裕太は驚愕した。

 しかしエリィは彼が来ることを信じていたようで、手早く要塞を持ち上げる手順を説明する。


「……なるほど。攻撃の反動で持ち上げる、と」

「計算によれば、ここにいるみんなとあたし達で十分な力が確保できるはずなの! だから、お願い!」

「わかった。指定されたポイントへと向かおう。合図は任せたぞ」


 黒い翼が羽ばたき、言うとおりの場所へと移動する。

 彼の素直な姿を見て、感嘆の声を上げたのはフィクサだった。


「兄上が人の言うことを聞くの、初めて見たかもしれない」

「人間、修羅場をくぐれば変わるもんだ。なあ、グレイ?」

「なぜ俺に振る、笠本裕太!」

「うふふっ、そうよ。人間って変われるものなのよぉ!」

『微笑ましい会話は結構ですが、間もなく要塞の落下速度が危険域に突入します』

「っと、ネオノアの方もオッケーみたいだな。ジェイカイザー、フォトンリアクター全開!」

『おう!!』


 残りエネルギーをすべて使い果たすつもりで、フォトンエネルギーを全開にする。

 両肩にジェイブレードを接続し、ランチャーへと推移。

 同時に指示を出し、ネオノアや他キャリーフレームのパイロットたちにも攻撃の準備をさせる。


 次々とキャリーフレーム達が背を要塞の底部につけ、各々の射撃武器を火星へと向け構える。

 向こう側へと行った〈ブラッド・ノワール〉もまた、必殺技を撃つ準備を整えていた。


『ご主人さま、総員攻撃準備完了しました』

「よし、全員一斉発射!! 銃身が焼き付いても撃ち続けろォッ!」

『ツインドラゴニックランチャー、発射だァァァッ!!』


 裕太の合図と同時に、要塞の底部から無数のビームが放射された。

 ネオノアの〈ブラッド・ノワール〉も、漆黒の5連竜巻を同様に放射する。

 ネオ・ヘルヴァニアも、宇宙海賊も、皇帝も、勇者も、皆が一体となっていた。

 一体となり、要塞の中に住まう命、地上に生ける人々を救うために。


 しかし……。


『ご主人さま、降下速度は低下しつつありますが、依然として落下は続いています』

「どうしてぇ!? パワーは十分なはずよぉ!」

『裕太! 他のキャリーフレームのエネルギーが持たないようだぞっ!!』

「クソぉっ!! ダメなのかよ!」


 要塞を持ち上げる前にエネルギーが尽きる。

 それは想定内だったとはいえ、あまりにも早すぎた。

 このままでは力が足りずに要塞が落下するという事実からは逃れられない。


「何か……何か手はないか!?」


 裕太は周囲を見渡した。

 トリガーを握る手から手を離さず、冷や汗の垂れる顔を左右に揺り動かした。

 そして、要塞から少し離れた場所に浮かぶ、〈Νニュー-ネメシス〉が視界に入った。


「艦長! 〈Νニュー-ネメシス〉で要塞を支えましょう!!」

「無茶を言うな! 船体が潰れるだけだぞ!」

「だからって、何もしないんじゃネメシス海賊団の名折れですよ!!」


 通信越しに聞こえる艦橋の喧騒。

 その時、エリィが「ああっ!!」と大声を出した。


「なんだよ、いきなり耳元で叫んで!?」

「裕太、フォトンを使ってみんなにエネルギーを伝送してあげればいいのよ!」

「伝送ったって、そんなエネルギーをどこから!」

「んもうニブチン! 〈Νニュー-ネメシス〉から分けてもらうのっ!」

「……そうか!!」


 裕太は急ぎコンソールを操作し、一時的にフォトンエネルギーを腕へと回した。

 そのままフォトン結晶を細長く伸ばし、〈Νニュー-ネメシス〉へと接触させる。


「遠坂さん! ネメシスのエネルギーをフォトン結晶へと送ってくれ!」

「……突然ですね。そんな事が可能なんですか?」

「いいから俺を信じてくれ! 時間がないんだ、早く!!」

「わかりました。操舵長、艦上部を結晶の先端へ向けてください。クラスタービームの発射口から直接エネルギーを伝送します」

「了解ッ!」


 グン、という勢いで回転を始める〈Νニュー-ネメシス〉。

 そのまま上部を裕太たちへと向ける形まで向きを変え、細長いフォトン結晶の糸へと砲身をつける。

 直後、ジェイカイザーのエネルギー量がとんでもない勢いで跳ね上がりだした。


『裕太! はち切れんばかりのエネルギーが来たぞッ!!』

「よし、フォトンエネルギーは結晶の生成に回せっ!」

『フォトン結晶、展開します』


 ハイパージェイカイザーの背面から、まるで要塞の底面に沿って水が流れるように結晶が伸びていった。

 その緑色に輝く道は、要塞を支えようとするキャリーフレームの背部へと次々と繋がり、戦艦から送られたエネルギーをくまなく送信していく。

 緑色に輝く膜が、要塞の底部を覆い尽くさんといったところで、転機が訪れた。

 ビームが切れ切れになっていた各機の武器が、元気を取り戻すように勢いよくビームを再び放射し始める。

 同時に、要塞の落下速度が徐々に落ちていき、やがてマイナスへ……上昇へと転じていく。


「みんな、もう一息だ! 頑張ってくれぇぇぇ!!」

「「「「うおおおおおおおっ!!!」」」」


 無数の光の帯が、要塞を持ちあげるために伸び続けた。

 勢いで機体がひしゃげ、形状が歪もうが皆ビームを撃ち続けた。


 そして────






『要塞より伝達。自力での軌道修正可能域へと到達、これより静止軌道へ調整を開始する……とのことです』

「「「よっしゃぁぁぁぁつ!!」」」


 もしも宇宙で音が伝わるならば、歓声がこの宙域を包み込んでいただろう。

 ここにいるすべての者達で掴み取った“勝利”だった。



 【5】


 火星の地表。

 地上にそびえ立つ古びた砦、あるいは城と形容される要塞内。

 その玉座の間にネオ・ヘルヴァニアに関わる全員が集められていた。


 その先頭に立つネオノアが、裕太たちへとひざまずく。


「この度のことは、私の主導により起こったことである。私は地球へ向かい、然るべき裁きを受けよう。しかし我らの民に、どうかその罪を問わないでいただけるとありがたい」


 その言葉は心からのものなのか、あるいは定型文を発しているだけなのかはわからない。

 しかし、要塞を支えることに協力してくれた後となっては、本心からのものだと思いたくなるのが人情である。


「たとえ私が極刑となろうとも、民達の命は……」

「それに関してですが、少々事情が複雑なので私からよろしいでしょうか?」


 ネオノアの前に立つ深雪。

 ナンバーズたちを除くと最年少にも関わらず、その威風堂々たる姿は頼もしささえ感じられた。


「まず、今回の事件が公になると地球やコロニーに住まうヘルヴァニア人たちへ、いらぬ悪感情を抱くものが多く発生する可能性が非常に高いです。現に、地球には愛国社を始めとする反ヘルヴァニア人団体が存在します」


 深雪の言っていることは、地球人と共に平和に暮らすヘルヴァニア人たちへの配慮に他ならない。

 どうしても人間というものは、個人を見ずにカテゴリーでものを考えてしまうくせがある。

 ネオ・ヘルヴァニアという組織が地球に対し破壊兵器を向けようとしていた事実は、ヘルヴァニア人たちへの迫害に繋がる可能性が非常に高いのだ。


「それに、火星圏の国々への配慮も考えると、ネオノア氏に公正な裁きを行うというのは非合理的です」

「では、無罪放免をするとでも言うのか? 私が地球へと牙を向けた大罪人であることを、帳消しにするというのか?」

「そこに関して、フィクサさんからひとつ提案があるそうです。どうぞ」


 深雪に促されるままに、ネオノアの前に立つフィクサ。

 彼はその場でかがみ込み、実の兄へと自らの目線を合わせた。


「兄上。ネオ・ヘルヴァニアの民たちは緑あふれる地上に住処を求めているんだったよね?」

「私はともかく、その目標を掲げてネオ・ヘルヴァニアは活動を行っていた。だからこそ、地球への侵攻を考えていたのだが」

「多少遠い場所になるけれど、ネオ・ヘルヴァニアの人たちが全員住める、緑あふれる大地が存在するんだ」

「……何だと? どこの惑星だ? 近隣の居住惑星は旧ヘルヴァニアの植民惑星しか無いはずだが」

「地球のどこでもなく、宇宙のどこでもない場所。……タズム界、つまりは異世界だよ」


 フィクサの言葉を聞き、ネオノアの背後の人たちがざわめき出した。

 ネオノアは彼らの動揺の声を片手を上げて制止させ、再びフィクサへと向き直る。


「……我々に、タズム界へと移住しろと言うのか?」

「ただの移住じゃない。同時に黒竜王軍を編入し、新たな組織として立ち上がってほしいんだ」

「何だと……?」

「タズム界は今、人類共通の敵であった黒竜王軍が力を失ったことで、人間の国々による争いが始まっている。黒竜王軍を建て直さなければ、世界全体が戦火に包まれてしまうんだ」

「だから私に、新・黒竜王軍を率いる魔王になれ……と?」

「そうだ」


 先程よりもより一層大きなざわめきが、玉座中に響き渡る。

 突然、異世界への移住を持ち出された上に、そこで悪の軍団になれと言われれば無理もないだろう。


「フィクサよ。お前は自分が何を言っているのかわかっているのか? 我々人間を、かの世界の者たちが受け入れてくれるはずがないだろう」

「僕は人間だけど黒竜王軍のトップになれた。彼らは人種云々よりも、力があるか否かで判断するんだ。そこで、黒竜王の力を掌握している兄上ならば必ず黒竜王軍を率いる新たなリーダーになれる。高度なテクノロジーで武装した軍隊は、必ず黒竜王軍の頂点に君臨できるんだ」

「そうなれば、お前はどうなる? 今の首領はお前ではないのか?」

「僕は補佐にでも落ち着くよ。どうも、中間管理職には向いてるけどかしらを張るには向いてないみたいでね」

「……本気で言っているのか?」

「ああ、本気さ。僕が思う、ここにいる全員が幸せになれる唯一の方法だと自信を持って提案している」

「……そうか」


 ネオノアがゆっくりと立ち上がり、そしてざわめきの止まらない民たちの方へと体ごと振り向いた。

 そして両手を高くあげ、口を開いた。


「ネオ・ヘルヴァニアの民たちよ! 望むなら我々は緑あふれる大地を得るため、この世界を離れ異世界への移住を目指す! 異なる世界への移住は並大抵のことではなく、困難にあふれていることは明白である! だとしても、私とともにタズム界へとその住処を移すことを認めるか!? 今こそ皆に問う!!」


 一転して、静寂が空間を包み込んだ。

 数秒か、あるいは数分の沈黙であっただろうか。

 その無音の空間を、はち切れんばかりの歓声が肯定を示す返答としてネオノアへと返ってきた。


「火星だって切り開けたんだ! 異世界がなんだ!」

「緑の大地を手にできるならば、私達はなんだってやります!」

「ネオノア陛下、バンザーイ!!」

「「「「バンザーイ!!!」」」」


「……兄上、立派に王の器を持っていたんじゃないか」

「いや。今より私は、器にふさわしい男へとなるため精進を始めるのだ。いつか、自他とも認める真の王となるために」

「ネオノア様! このフリアもいつまでもお供いたします!!」



 ※ ※ ※



「……終わったの、ですのね」

「ああ、そうだなロゼ」


 新天地への思いを馳せるヘルヴァニア人たちの傍らで、カーティスはロゼを抱き寄せた。

 こうやってまた、人種も生まれた星も違うふたりで一緒に居られるようになったのは、もしかしたら奇跡なのかもしれない。


 しかし、奇跡だとしても自らの手で勝ち取った奇跡である。


 一人の女性の真意を問うために、宇宙に出て、火星まで行って、戦って、そして成し得た奇跡。


「どうしましたの? カーティス……」

「ん? ああ……今更だが、お前は記憶を失っている間のこと、どれくらい覚えてるのかなって思って」

「……正直に言うと、曖昧な部分が多いのは確かですわ。けれども、一緒に居て幸せだったことはしっかり覚えていますわ。だから、こうやってあなたのそばに居ますのよ」

「……そうだな。ありがとよ」


(あぶねー……)


 心のなかで、カーティスはほっと胸をなでおろした。

 ロゼが記憶喪失であることを良いことに、同居したての頃は家の中でけっこうセクハラ行為を楽しんでいたことがあったからだ。

 割とすぐに彼女を女性として意識し始めたために数週間でやめたのだが、それについて咎められたらかなわないなと思っていたところだった。



 ※ ※ ※



「とほほ、なぜ俺だけこんな目に……」


 縄でぐるぐる巻きにされ、座らされているヤンロンが足元で愚痴る。

 この幸せ全開の中でひとり手荒な扱いをされているのが気に食わないのだろう。

 うだうだ言われたままなのも鬱陶しいので、シェンは彼の脇腹あたりを軽く蹴りつけた。


「おぐっ」

「うるさいのう、ヤンロン。おぬしをしょっ引いて連れ帰れというのは、姉様あねさまの要求じゃ。光国グェングージャからの迎えにそなたを引き渡したら、わらわはやっと地球観光に戻れるのじゃ」


 懐から手帳を取り出し、地球でやることリストに目を通す。

 携帯電話の購入や文化調査、書籍類の収集など、やりたいことはいくつもある。

 そうやって地球で得た知識や経験を元に、光国グェングージャを太陽系に住むひとつのコロニー国家として馴染めるようにしようというのが、シェンの考えだった。


「ふふふ。これだけ恩を売れば、裕太たちは断れまい。せいぜいわらわのために、地球案内をしてもらおうとするかの!」


 ペンで手帳に色々と書き込みながら、シェンはにやりとほくそ笑んだ。



 ※ ※ ※



『ハッピーエンド、なのだろうか?』

『見方によってはタズム界へと、新たな魔王を出荷したようにも思えますが』

「いいんじゃねーの? みんなが幸せになれるんだし」

「そうよぉ! みぃんな丸く収まって、めでたしめでたしなんだからぁ!」


 エリィが動かした視線の先には、仲睦まじく手を繋ぐカーティスとロゼの姿。

 そして、幼いナンバーズ達に囲まれ困り顔をしながらも笑うキーザとドクター・レイの姿があった。


 この歓声も、彼らの幸せそうな姿も、そして寄り添うエリィも、裕太達が一丸いちがんとなってネオ・ヘルヴァニアへと立ち向かったことで得られたものである。

 裕太は、ここにいるすべての人達を幸せにするために貢献できたことを、心から誇りに思っていた。



 【6】


「ええっ!? キーザさんとドクターがわたし達の遺伝子上の親だったの!?」


 別れを前に、〈Νニュー-ネメシス〉の前に集まった面々。

 その中で、レーナがナインと共に驚愕の表情を浮かべていた。


「あくまでも遺伝子上だけだ。私とて、ドクター・レイから突然言い出されて状況を受け入れきれずにいるのだ。未婚の独身男が、知らぬうちに百児の父だぞ!?」

「だからこそ、キーザ将軍と私で彼女たちの本当の親になれるよう、努力をしていこうと考えています」


 白衣姿のドクターが、無表情ながらも嬉しさを内に秘めた顔でキーザへと寄り添った。

 その姿は、見ようによっては夫婦と言っても否定はされないだろう。


「ドクターもドクターだ。私は、まだ気持ちの整理ができていないというのに」

「まずは友達から、とでも言いますか? この娘たちと共に少しずつ理解を深めていきましょう。ゼロセブンとゼロナインは……私達と一緒は嫌ですか?」


 遺伝子上の親に尋ねられ、困った表情を見せるレーナ。

 その隣でナインが、キリッとした顔つきのままで口を開く。


「私とゼロセブンはネメシスでともに暮らすことに決定した。家族というものを、我々はあの艦の中で探していこうと思っている」

「ナインったら、わたしのことレーナお姉ちゃんって呼んでくれてもいいのよ?」

「それは断る。貴様がクニ×ムネのカップリングに墜ちるまではそう呼ぶつもりはない!」

「もう、頑固なんだから……」


 響き渡る笑い声。

 ほほえましい家族の姿が、たしかにそこに存在した。


 そっと、エリィがキーザの元へと歩み寄り一通の封筒を彼に手渡した。


「エリィ姫、これは?」

「アトーハおじさんとスーグーニおばさんから預かってた手紙。いつかキーザさんに会った時に渡してくれって頼まれたんだけれど、あたしの私物は没収されてたから」

「すまないな。なになに……喫茶店の地図が描いてあるな」

「ふたりともキーザさんのこと心配してたのよぉ。だから今度、顔出しに行ってあげて」

「ううむ……しばらくは難しいな」


 手紙を懐にしまいながら困り顔を浮かべるキーザ。

 彼の反応にエリィは首を傾げて「どうして?」とその理由を尋ねる。


「我々はしばらく火星に残り、タズム界への移住作業を手伝うつもりなのだ。要塞内に残る未誕生のナンバーズも大勢いることだしな」

「未誕生のナンバーズたちに関しては、要塞内で成長促進をさせず、自然成長を見守ろうと思っています」

「えーっと……たしか生まれてないのが50人だっけ? まだまだどんどん大家族になるわねぇ」

「勝手に大黒柱にされた身としては、こんなに大人数を養うことができるのかが不安だ……」

「安心してくださいキーザ将軍。研究費用を貯めた私の資産がありますから。それが尽きるまでに生計を立てれば」

「結局足りないかもしれないんじゃないか……」


 がっくりと項垂れながらも、どこか笑みを浮かべるキーザの姿は、やっと居場所を見つけたといった風だった。

 そんな彼の元へと、内宮がスキップで近寄り背中をドンと平手で叩いた。


「よっ、色男! ようやっと人並みの幸せを手に入れられそうでええこっちゃ! めでたいめでたい!」

「内宮千秋……お前にもいろいろと苦労をかけたな」

「ネメシス時代のことか? まあいろいろあったけど、今となってはいい思い出や」

「そうか。お前も幸せになれよ」

「あー、うーん……まあ、その。ボチボチな」


 内宮の妙な歯切れの悪さに疑問符を浮かべるキーザではあったが、その裏に失恋が秘められていることに気づいているのは、おそらく裕太だけだろう。

 彼女に申し訳無さを感じつつも、幼いナンバーズたちと言葉をかわすエリィの手を、裕太はそっと握り引いた。


「エリィ、そろそろ出発の時間だ」

「そうねぇ。キーザさん、またいつか……手伝いでもしに遊びに来るから!」

「しばらく来ないで良いぞ~~」


 言葉とは裏腹に笑顔で手を降るキーザたちに見送られながら、裕太たちは〈Νニュー-ネメシス〉へと続くタラップを登る。

 艦内に入り、扉がしまった後も窓の向こうへと手を振り続けるレーナとナインの姿が、とても印象的だった。



 【7】


 積もった雪が太陽の光を照り返す昼間。

 厚手のコートに身を包んだ裕太は、夜空を見上げて語るカーティスの話から耳をそらしていた。


「……んでだ。俺が安風俗でひでー目にあってゲンナリして帰るとな」

「ロゼさんと同棲しながら風俗店に行ったのか、とんだクズだな」

「まあ聞けよ、そしたらロゼの奴が裸エプロンで出迎えてよ。どうも嬢たちに対抗意識を燃やしてるみたいでさ。かわいいだろ?」

「何で俺はオッサンの、品の無いのろけ話を聞かなきゃならないんだ……」

『いいじゃないか裕太! それでカーティスどの、ロゼどのとはその後……!?』

「はいストーップ、そこまでよぉ!」


 スパーンと、エリィの振るった丸めた雑誌がベンチに座るカーティスの頭でいい音を出す。

 叩かれたエロオヤジはというと、大げさに痛がるリアクションをしながら彼女の方へと顔を向けた。

 

「いってぇなあー」

「んもう、往来でなんて話をしてるのよぉ!」

『止めないでくれエリィどの! これから大人の夜の話へとシフトし……』

「それをやめてって言ってるのよぉ! これからシェン達と一緒にパーティの買い出しをするんだから、問題ごとはダメッ!」


 渋々といったふうに立ち上がるカーティスに続くように、裕太も立ち上がる。

 今夜は、シェンとレーナ、それからナインが地上に遊びに来るので、歓迎会を含めたパーティをする予定なのだ。


 あれから……ネオ・ヘルヴァニアとの戦いから1ヶ月が経過した。

 火星での戦いは関係者に配慮し、広くは語られない事になった。

 実際、都市伝説や噂として語られることはあれど事件そのものは大衆に知られていない。


 結果、地球を救うための死闘に勝利した裕太達も英雄ともてはやされることもなく、今もこうして取り戻した日常生活を謳歌している。


「待っておったぞ、裕太たち! さあ、わらわ達をハンカガイへと案内するがよい!」

「あれ? 進次郎さまはどこ?」

「ゼロセブン、彼ならば会場で料理作成に従事していると聞いているが」

「もー、ナインったら早くレーナって名前覚えてよ! あとお姉ちゃんって呼んで!」

「断る」


「あいかわらず、姉妹仲が良いわねぇ」

「本当だよ。一ヶ月前は敵味方だったとは思えないぜ」

「おいお前たち、無駄話しねぇでさっさと買い物済ませちまおうぜ。寒くってかなわん」

『ところでこの若人わこうどの集まりに、なぜカーティス殿が同行しているのだ?』

『彼には出資者としての役割がありますから』

「俺は財布役だってのかよ、ったく……」


 ぼやくカーティスをよそに、繁華街へと向けて歩き始める裕太たち。

 何気ない、けれどもかけがえのない平和を楽しみながら、脚を踏み出していった。



 ※ ※ ※



「バカな、こんなことが……」


 座っていた椅子を弾き飛ばさんばかりの勢いで立ち上がる訓馬。

 兄の残した地下研究所で、彼は自身が導き出した推論に、思わず額を抑えた。


「兄上、いや……デフラグ・ストレイジ……! あなたはこんなとんでもないことを、しようとしていたのか……!?」


 思考の中で繋がる点と点。

 これまでの疑問が、一つ一つ論理として結びついてゆく。


「これが真ならば、ジェイカイザーとは……!!」


 この考えが誤りであることを願い、訓馬は情報の言語化をすべく、コンピューターへと向き直る。

 世界がこれから迎える運命に勘付いていたのはいま、この一人の老人だけであった。





───────────────────────────────────────



登場マシン紹介No.44

【ハイパージェイカイザー・ドラゴニックモード】

全高:14.7メートル

重量:不明


 ハイパージェイカイザーがフォトン結晶を用い、雹竜號ひょうりゅうごうを背部に合体させた形態。

 エネルギーというカテゴリーにある存在ならば掌握し増幅することができるフォトンの特性を用いた無理やりな合体なため、設計上想定された合体ではない。

 それでも問題なく動作がするのは、ハイパージェイカイザーに元々別のマシンとの合体が予定されていたためにシステムだけが合体に対応できる仕組みになっていたためである。


 氷属性の魔法エネルギーが循環しているため、機体から放射されるフォトン結晶の輝きが緑色から空色へと変化している。

 とはいえ、魔法エネルギーは不安定な存在であるため、雹竜號ひょうりゅうごうの中からエネルギーのコントロールが必要となっている。


 この形態ではジェイブレードの刃に氷が形成され、切断面を凍結する追加効果が付与される。

 これにより、断面から再生を行うブラッド・ノワールに致命傷を与えることができた。

 また、ダブルフォトンランチャーもエネルギーの性質の変化により、魔法エネルギーの放射攻撃となるツインドラゴニックランチャーへと変化し、破壊力が増大している。


 なお、合体のためには断面を固着化され胴体部だけとなった雹竜號ひょうりゅうごうが必要である。

 そのため今後この形態が使われることは、状況的に難しいと考えられる。


───────────────────────────────────────



 【次回予告】


 いつか、こうなるのではないかと、誰かが思っていたのかも知れない。

 真実から目を背け、今ある幸せを当たり前だと思っていたから。

 だからこそ、知りたくない現実が目の前に現れた時、彼らは己の無力を悔いた。


 次回、ロボもの世界の人々第45話「終末の光」


 ────最終章が、幕を開ける。

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