第43話「血塗られし漆黒」

 【1】


 赤焼けた火星の空に、砦の裏手から飛び上がった黒い影が一つ浮かび上がった。

 漆黒の翼を広げ、大きく羽ばたきながら空の彼方へと昇り、消えていく巨大な影。


「な、何だぁ……ありゃあ?」


 地上でシェン達と合流していたカーティスは、空を見上げながら呟いた。

 遥か遠くなれど、黒い影から放たれる重圧はわずかにでも感じ取れた。


「あれはなんじゃ? この惑星に巣食うモノノケか何かかの?」

「……わたくし以前、格納庫で組み立てられているのを見たことがあります。確か、ネオノアの機体だと……」


「なるほどね。行こう、グレイ」

「……ああ」


 ロゼの言葉を聞いて納得したように、〈雹竜號ひょうりゅうごう〉なる機体に乗り込む黒竜王軍のふたり。

 カーティスは二人組の内、フィクサの方の服を引っ掴んで彼を止める。


「おいおいおい。おめぇさん、何勝手に納得してんだよ。あれが何か知ってるって感じか?」

「……知っているというか、目的の一つだからね。兄上があの力を使う前に止めなきゃいけない」

「あの力?」

「時間がないんだ。すまないが僕らを信じて待っていてくれ」


 手を振り払い、グレイの後に続き〈雹竜號ひょうりゅうごう〉へと乗り込むフィクサ。

 翼を広げ、天高く飛び上がる青い機体を、カーティスたちは見上げることしかできなかった。



 ※ ※ ※



「レーナさん、苦戦していますね……」


 映像越しにレーナの戦いを見ながら、深雪はボヤいた。

 もとより数では下回り、機体性能と経験の長さだけを武器にひとりで20機以上の軍団に向かっていったのだ。

 むしろ相手を半数以下まで減らし、それでもなお戦えているのが異常と見るか。

 幼い自分よりも更に、実年齢が下のレーナの力には、経緯を通り越して畏怖すら感じる。


「艦長! 支援砲撃をさせてください! お嬢を見殺しにするつもりですか!?」

「砲術長の言うとおりです! 支援してあげましょうよ!」

「……できない。射線上に要塞がある以上、クラスタービーム以外での援護は危険だ」


 浮き足立つネメシスのブリッジクルーを、低い声で制止する。

 深雪も、遠くで眺めるだけじゃなく直接援護したい気持ちは多いにある。

 しかし、レーナと戦っているナインの動きが巧みだった。

 艦を移動させようとも、必ず戦場をネメシスと要塞の直線状に誘導しているのだ。

 ナインだけでなく、配下のナンバーズ達ですらも優秀なExG能力者。

 この戦艦の動きを捉えていないはずが無い。


 もっとも、あぶれた敵がこちらに向かってくるような気配も無いのにも理由がある。

 意識下か無意識かは定かではないが、レーナはこちらへ敵を通さないように敵を誘導しているのだ。


 傍目から見てはわからない水面下の攻防の中で、この膠着状態が成り立っているのだ。


「……ナニガン副艦長、あなたならこの場合──」


 恥を忍んで年の功に頼ろうとして、傍らの席にナニガンがいないことに気づく。

 戦いを見守るのに集中しすぎて、ブリッジ内の動向も見えなかったのかと、深雪は自らの額に拳を打ち付けた。


「オペレーター、副艦長の所在は?」

「トイレに行くって言ってたッスよ」

「どれくらい前だ?」

「5分くらいッスかね……んん!? 格納庫ハッチ開きます!!」

「何っ!?」


 慌ててモニターに視線を移す深雪。

 そこにはアサルトランサーを担ぎ、今にも出撃しようとしている〈ラグ・ネイラ〉の姿があった。

 あの機体は、かつてロザリー・オブリージュが乗っていたもの。

 3ヶ月前に彼女を地球に送り届けたあとも、テクノロジー研究や売却用資産にと理由をつけて格納庫の奥にしまい込んでいたものであったのだが。


「命令無視をして出撃しようとしているバカがいるな! あのバカは誰だ!!」

「はいはい、バカバカついでに親バカですよっと」

「ナニガン副艦長!?」


 コックピット内から送信された映像に映る姿に、深雪は驚愕した。

 よりによって最も命令違反をしてほしくない相手。

 深雪はヘラヘラ笑いを浮かべる副艦長へ向けて、半ば感情に任せて肘置きを殴りつける。


「あなたはキャリーフレームの操縦訓練は積んでいないでしょう! 死にに行くつもりですか!? 自殺願望なら後に叶えてください!」

「別に、死にゆくつもりは毛頭ないよ。まだ髪はあるけどね」

「くだらないことを言ってないで戻ってきてください! あなたは、もっと聡明な方だと思っていたのに……!」

「……娘の危機を目の前にして、見守れるほどできた親じゃなかったのさ」


 初めて見る、真剣なナニガンの顔。

 年老い、ほうれい線が増えた彼の顔の奥から、かつてヘルヴァニアの親衛隊長だった頃の気迫が浮かび上がっていた。


「大丈夫だ。僕向けの調整はしてもらったし、この機体のベースは昔に乗った親衛隊機だ。それじゃ、帰りが遅い娘を迎えに行ってくる……! ナニガン・ガエテルネン、行くぞっ!!」


 スラスターから放たれる光の尾を引いて、ブリッジの正面を通り過ぎる〈ラグ・ネイラ〉。

 事ここに至って、何もできない自分の無力さに、深雪は唇を噛んだ。



 【2】


「ジュンナ……お前、辛くないか?」


 静かな宇宙要塞の廊下を歩きながら、裕太ジュンナに問いかけた。

 腕が千切れた肩から火花を放ち、エリィに肩を借りる形で歩く彼女へ。


「心配は無用です。痛覚があるわけではありませんから」

「そうじゃなくて……」

「んもう、ジュンナったら。笠本くんは内面の事を聞いてるのよ」

「内面、ですか?」

「ああ。ネオノアの命令を破るの、かなりの無茶だったんだろう?」


 裕太の懸念はそこだった。

 プログラムされていた命令の優先権。

 それを自らの力で打ち破るのは容易ではないはずだ。

 そこから自らの腕を千切り裕太を救ったジュンナ。

 心身ともに傷つき、痛々しい姿の彼女を裕太は労りたかった。


「不思議な人ですね、ご主人様は。私はアンドロイドです、心を持たぬ機械ですよ?」

「俺はそうは思ってねぇよ」

「……といいますと?」

「さっきも言ったろ。お前は十分に人間だって。体が機械だろうと、お前もジェイカイザーも、立派な人間だと俺は思ってるからな」

「……お言葉ですが、私は機械であり、生命体ではありません。そこの区分を曖昧にすることは、ご主人様にとって弊害が生じるかと思っているのですが」

「良いんだよ。俺が勝手にそう思ってるから」

「ご主人様……」


 口を閉じ、沈黙するジュンナ。

 その沈黙の裏でたとえジュンナがどう思っていようが、裕太は自分の発言に誇りを持っていた。


 次に彼女が口を開いたのは、それからしばらく廊下を進んでからだった。


「……ご主人様、遠方よりこちらへ向かって足音多数。兵士たちが物理的な方法で、隔壁を突破した模様です」

「えっ、それってヤバいんじゃないのか!?」

「せっかく合流できたのに捕まるのは嫌よぉ!」

「敵はこちらの位置を特定していないはずです。ひとまず、この部屋に隠れましょう」


 裕太をかばうように前に出て、白い扉の前で腕のガトリングを構えるジュンナ。

 足元をふらつかせながら扉を開き、暗い部屋へと飛び込む。

 全員が入ってから扉を締め、廊下を複数の足音が走り去るのを聞き終えてから、裕太はほっと胸をなでおろした。


「……誰ですか?」


 暗い部屋の奥から聞こえてきた女性の声に、裕太はとっさに拳銃を構える。

 闇の中から姿を表したのは、白衣を着込んだ眼鏡の女性。

 裕太は、3ヶ月前に彼女がドクター・レイと呼ばれていたことを思い出した。


「あなたは……」

「エリィ姫様じゃないですか。そしてこちらは……久しぶりですね。たしか、姫のフィアンセ君でしたかね?」

「フィアンセって言われるには早いけど……まあそんなところだよ。それよりも……」


 徐々に目が暗闇に慣れ、部屋の全貌が見えてくる。

 壁際に並んだ液体に満たされたカプセル群の中で、一糸まとわぬ姿で目を閉じ浮かぶ無数の少女たちの姿。

 一度は見た光景であるが、やはり納得のいかない状況であった。

 不意に、ジュンナがカプセルの方へと銃口を持ち上げる。


「ご主人さま。この少女たちはナンバーズの幼体だとお見受けします。後顧の憂いを削ぐためにも、ここで始末したほうが良いかと」

「やめろ、ジュンナ! クローンだろうが、まだ生まれてなかろうが……人間だ」

「へぇ……?」


 裕太の発言が意外だったのか、感心したように頬に手を当てるドクター・レイ。


「フィアンセ君、前に会ったときはあんなに“生命の冒涜、許せない!”みたいな感じだったのに。どういう心境の変化があったのかしら?」

「……レーナが、その後で姉妹がいた事に感動しててさ。それを見て、作られたとしても生きてるんだって思って……」

「ご主人様が止めるのなら仕方がありません。ですが、この者が兵士を呼ぶ前に……」

「ここには兵士たちは来ませんよ。彼らはナンバーズたちを気味悪がってますし、私は嫌われてますから」

「嫌われてる……? 仲間じゃないのぉ?」

「昔話をしましょうか」


 椅子に腰掛け、まるで子供に読み聞かせでも始めるかのような雰囲気を放つドクター・レイ。

 どのみち、兵士達が通り過ぎるまでは身動きがとれないので、裕太たちは彼女の言葉に耳を傾けることにした。

 もちろん、傍らでは彼女が何か行動を起こした瞬間に撃てるようにと、ガトリングを構え続けるジュンナの姿があるのだが。


「半年戦争が起こった当時、ヘルヴァニアの地球侵攻を危惧してという名目で、ある研究が推し進められていました」

「ある研究?」

「当時、軍兵器への転用の道を歩んでいたExG能力。その才能が優秀な遺伝子をもとにクローン兵士を作り出す研究」

「それって……」

「そう、ナンバーズ製造の大元となった研究。私は遺伝子のサンプルとして、その研究に協力していました。天涯孤独の身でしたからね、他に居場所は有りませんでした」


 ぼうっと、ドクターが天井へと視線を移す。

 悲しい表情を、こちらへと見せないようにするように。


「結果から言うと、半年戦争がカウンター・バンガードの勝利により早期に終わったため名目が失われ、かねてより非人道だと非難されていたこの研究は中止となりました」

「中止……それなら、ドクターは……」

「研究チームが解散し、私は世界に放り出されました。頼れる者もおらず、私は辺境のコロニーの孤児院に預けられました。それは私にとって、地球人に捨てられたようなものです」

「けれど、今こうやってナンバーズを作ってるじゃないか」

「研究を一人でできるように、身を粉にして勉学に励んだんですよ。ただ単に、意地になっていたのかもしれませんけれど」


 立ち上がり、目尻の涙を白衣の袖で拭うドクター・レイ。

 彼女の姿は、苦労に満ちた人生を体現しているようだった。


「そうやっているうちにネオノア様に拾われて、こうやってのびのびと娘たちを作れるようになりました。けれどナンバーズを除けば、ネオ・ヘルヴァニアに地球人は私一人です。地球に恨みを持つヘルヴァニア人たちにとっては、人間を作り出す私は気味の悪い存在だったのでしょう。それが、私が嫌われている理由です」

「ドクター・レイ……」

「同情は要りません、今は幸せですから。さあ、そろそろ兵士たちも通り過ぎたころでしょう。どうぞ、お行きなさい」

「止めなくて良いのか? 言ってしまえば俺たちは敵だぞ?」

「私が止めて止まるような人たちではないでしょう? その物騒な拳銃もガトリング砲も、私は受ける気は有りませんから」

「そうか……」


 促されるままに扉を開き、足音がしないことを確認してから部屋を後にする。

 ドクター・レイの身の上話を聞いて、俯いているエリィの姿が気がかりだった。



 【3】


 コックピット内に、絶え間なく鳴り続けるアラート。

 すでに〈ブランクエルフィス〉の片腕は千切れ、ガンドローンは全滅。

 機体を動かすエネルギー残量も僅か。

 周囲に浮かぶ、20個余りに及ぶ〈クイントリア〉のコックピットブロックが、レーナの撃墜スコアそのものである。

 しかし今、その記録も途絶えようとしていた。


「ゼロセブン、よくひとりでここまで戦った。だが────」

「まだよナイン。わたしは、まだ負けちゃいないわ」


 レーナはレバーを握りしめ、〈ブランクエルフィス〉の残った腕に握ったビームライフルを構える。

 ナインの乗るオーバーフレーム〈デルタ・ヘルヴァ〉も無傷ではないにしろ、攻撃能力の損失は殆どない。

 ディフェンスドローンは1機健在しているが、それだけでも単発のビームくらいなら容易に無効化してしまう。


 このような絶望的な状況でもレーナが諦めていないのは、背後の母艦を守るためでもあるが、自分の妹達を止めたいという思いからでもある。

 考え方が違ってもいい。

 自分に懐かなくてもいい。

 それでもやっと見つけた家族の絆を断ち切りたくない。

 あの僅かな時間、ナインと共に笑いあえたあの日をもう1度。

 その想いが、レーナを突き動かしていた。


「終わりだ、ゼロセブン!」


 敵のガンドローンが背後へとまわり、〈ブランクエルフィス〉のジェネレーター部を狙う。

 咄嗟にペダルを踏み込み回避行動に移ろうとして────できなかった。


「スラスター動作不良!? しまっ───!!?」


 身動きがとれないまま、光り始めるガンドローンの銃口。

 その瞬間、別方向から飛んできた弾丸がガンドローンを貫き、爆散させた。

 不意の方向から放たれた横やりに、ナインが憤慨する。


「鹵獲された機体……海賊軍の援軍か!? 無関係な者に邪魔はさせん!」

「ところがなぁ、娘とその妹が殺し合いだなんて父親としては無関係じゃないんだなぁコレが」


 レーナとナインの間に割り込むように、1機の〈ラグ・ネイラ〉が槍を構えながら滑り込む。

 その機体から発せられたナニガンの声に、レーナは驚愕した。


「パパ!? パパがどうして!?」

「帰りが遅い娘を心配して迎えに来たんだよね。ついでに、姉妹喧嘩の仲裁ってところかな」

「ふざけるなッ!」


 ナインの怒号と共に、周囲を浮遊していたガンドローンが一斉に火を吹く。

 ナニガンが搭乗する〈ラグ・ネイラ〉が、〈ブランクエルフィス〉の腰に腕を回した状態でスラスターを吹き、その攻撃を素早く回避した。


「危ないじゃないか。やめておこうよ、お互いに怪我をしたら嫌だろう?」

「我々の邪魔をするなと言った!」


 より一層、攻撃が激しくなり幾重にも連なる光の帯が真っ黒な宇宙空間に広がってゆく。

 それをナニガンはレーナの機体を抱えているにも関わらずに、巧みに〈ラグ・ネイラ〉を操り回避する。


「パパ……すごい。けど、このままじゃ」

「わかってるが……ガンドローンを全部壊すのも骨だし、どうしたものかなあ」

「……もしかして、何も考えずに助けに来たの?」

「お恥ずかしながら、そうなんだよねぇ」

「パーーパーーー!!」



 ※ ※ ※



「どうした、内宮千秋。回避ばかりしていては私は倒せんぞ?」

「そうなんよなぁ~。困った困った」


 周囲を飛び回りながらミサイルを回避し、撃ち落とすことに徹し続ける〈エルフィスストライカー〉。

 〈ディカ・ノン〉のコックピット内で、キーザはまるで緊張感のない内宮の声に歯ぎしりをした。


「時間稼ぎか、それとも私をバカにしているのか?」

「ちゃうちゃう。その機体、クロノス・フィールド積んでないやろ? どうやったらキーザはん傷つけずに戦いを止められるか考え中なんや」

「生殺与奪を握っているとおごっているのか!?」


 怒り混じりに、ミサイルの発射スイッチを連打する。

 腕部ランチャーから放たれるミサイル群が内宮の〈エルフィスストライカー〉へと誘導され、噴射する煙で宇宙に弧を描く。

 しかし、その尽くが敵機の頭部バルカンにより撃ち落とされ、残った数発はビームセイバーで弾頭を切り落とされ無力化。

 こうした攻防を、ふたりは戦いが始まってからずっと続けていた。


「貴様たち地球人はいつも、我々ヘルヴァニア人を見下す!!」

「少なくともうちは見下したい気持ちなんかあらへん! うちのExG能力がビンビンに感じるんや! キーザはんの中から“死にたない”っていう気持ちをな!!」

「私が……死にたくない、だと!?」


 ハッと脳裏をよぎるドクター・レイと自身を父と慕うナンバーズ達の姿。

 ヘルヴァニアのために命をかけようと生きてきたこの身が、無意識のうちに命惜しさに弱気になっている。

 指摘されて気がついた事実に、キーザは納得しかねていた。


「私はこの戦いに勝利し! ネオ・ヘルヴァニアの未来のため……!!」

「嘘や! せやったら、キーザはんから感じるこの気持は何なんや!? 生きて帰って、やりたいことがあるんちゃうか!」

「私の中に入り込むなぁぁっ!!」


 小娘に心の内を読まれることは、何よりも屈辱だった。

 気がついていない感情に気付かされるのは、悔しかった。


 ──ドクターとナンバーズ達で食事に行こう──


 心の奥底で、いつの間にか戦う理由と置き換わっていた言葉を振り切りながら、操縦桿そうじゅうかんを握りしめる。


「この私が、元三軍将の一角にしてネオ・ヘルヴァニアの将軍である私が命惜しさなど!!」

「……素直になれや、キーザはん」


 低い内宮の声が聞こえると同時に、〈ディカ・ノン〉の両腕が切り離された。

 素早いビームセイバーの剣撃が関節部を溶断し、吹き飛ばしたのだと気づくのはそれから数秒後だった。

 そのまま背後に回った〈エルフィスストライカー〉が、残った肩部を羽交い締めにするように〈ディカ・ノン〉の背中へと張り付き動きを封じる。


「こうなっては終わりや。こないな状態でミサイル撃ったら二人まとめてお陀仏になるからな。うちの機体はパイロット保護が十分やから、キーザはんだけが無駄死にすることになるで!」

「コレが、私を傷つけずに戦いを止めるということか!?」

「満点とはいかないやろうけどな。笠本はんやったら……もっとうまくやれるかもしれへん。うちには、コレが精一杯や」

「くそうっ……くそぉっ!!」


 ダメージアラートが響くコックピット内で、キーザは悔しさに肘置きを殴りつけた。

 じんと痛みだけが走る拳が、なんとも虚しい。

 その時だった、声が聞こえたのは。


「────あれだけ威勢を張った割には、情けない姿だな。キーザ将軍」


 機体内に伝わるネオノアの声。

 同時にコックピット内へと黒い粒子のようなものが入り込み、キーザの四肢へとまとわりつく。


「なっ……!? ネオノア閣下、これは一体!?」

「なんやこの黒いの!? 身動きが取れへん!?」


 通信から、内宮も同様の状態になっているようだった。

 まるでロープでパイロットシートに縛り付けられたかのように、黒い粒子によって手足の動きを封じられる。

 手足を動かして抵抗しようにも、縛り付ける力は強く抗うことはできなかった。


「ダークマター、暗黒物質とも呼ばれているか。宇宙を満たす謎多き物質だよ」

「せやけど、そないなもんは目には見えへんし実体は無いて……」

「この機体の力で“闇”を操っているのだよ。この……〈ブラッド・ノワール〉の力でね」

「ブラッド……ノワール!?」


 周囲を映すモニターに現れた黒い影。

 それはまるで、黒い竜を鎧としてまとった巨人のような風貌をした異質な機体。

 

「なんやそれ……まるで、グレイはんが乗ってた〈雹竜號ひょうりゅうごう〉みたいや……」

「黒竜王子の魔術巨神マギデウスか。確かに君の言う通り、そっくりだろうな。なにせ、彼のマシンもこの機体も、同じく竜の亡骸より作られた魔術巨神マギデウスだからな」



 ※ ※ ※



「あらあら、困ったなあ。動けないや」

「ナ、ナイン……! この黒いの、あなたの仕業なの!?」

「私ではない! 現に私も、この謎の物質によって身動きがとれない……!」


 突如コックピットハッチの隙間から入り込んだように現れた黒い物質。

 レーナも、ナインも、ナニガンも、周囲の戦闘可能なナンバーズ達も皆、それぞれ手足を縛られ身動きを取れないでいるようだった。

 搭乗者だけではない。

 機体も、ガンドローンも、まるで黒いワイヤーに縛られたかのように、その動きを封じられていた。


「せっかくここから、レーナに“パパかっこいい”って言われる大立ち回りするつもりだったのになあ」

「んもう、パパ! どうしてそんなに緊張感がないの!?」

「だって敵も味方も動けないんじゃ、どうしようもないじゃないか」

「それは、そうだけれど……」


 事態が飲み込めないまま、レーナはため息を付いた。



 【4】


「ふむ。力のコントロールが不安定故に、敵味方問わず動きを封じてしまうみたいだな」

「好都合ですよ、ネオノア様! 動けないうちに海賊のマシンを一個ずつ潰しましょう!」

「そうだなフリア。ではまず、このなんたらエルフィスとやらから」


 ネオノアは操縦レバーに力を入れ、剣を抜くイメージを機械へと送った。

 〈ブラッドノワール〉の手のひらに暗黒物質ダークマターが集まり、黒光りする一振りの剣を形成してゆく。

 その剣を握り締め、キーザの機体に張り付く地球の機動兵器へと、ゆっくりと移動した。

 

「卑怯や! ズルや! チートや! 身動き封じて勝って、嬉しいんかこの馬鹿ダボがぁっ!!」

「何とでも言うが良い。勝利のための戦いに、手段を選ぶ意味はないだろう?」


 身動きの取れない機体へと近寄り、剣を振り上げる。

 その時だった。


「デュアルブリザードッ!!」


 火星の方向から突如放たれた冷気の竜巻。

 真空の宇宙で論理法則を無視して放たれた攻撃は、紛れもなく魔術巨神マギデウスのもの。

 ネオノアは驚きもせず、眉をピクリとも動かさず、ゆっくりと攻撃の放たれた方向へと視線を運んだ。


「フフ……来たか」

「あれは……〈雹竜號ひょうりゅうごう〉です! どうしてこんなところにっ!?」


 肩の上で慌てるフリアの頭を指で撫でてなだめながら、ネオノアは口を開く。


「黒竜王子グレイ。思ったより遅かったじゃないか」

「フン。貴様が地上にいるものと思い、寄り道をしていたのでな」

「私に歯向かう理由は、やはりこの機体かね?」

「それもある……が、連れの用事を先に済ませよう」

「連れだと?」


「兄上!」


 通信越しに聞こえた懐かしい声に、ネオノアは口端を上げた。


「フィクサ……わが弟よ。黒竜王軍についた人間が、本当にお前だったとはな」

「兄上、率直に尋ねるよ。あなたは本当にヘルヴァニアの民を導くつもりがあるのかい?」

「……ほう?」

「兄上はヘルヴァニアで治世の才を自ら否定し、父や僕のいる母星グリアスを離れていた。そのような男が突然、血筋を使い使命感に燃えるのは不自然ではないかい?」

「クックク……フィクサよ。私という男をよく理解しているじゃないか」

「兄上の計画は余りにも杜撰すぎる。兵士の士気を高めもせず、まるで形式だけでいくさをしている様にも見えるほどに」


 フィクサの言葉に、ゆっくりと頷きを返しながら、ネオノアは語る。


「フィクサよ。私はな、自らの役割を探しているのだよ」

「役割だって?」

「私はヘルヴァニアを離れ、様々な植民星で多くのことをしてきた。ある時は労働者に、ある時は研究者に、教師、兵士、牧師だったこともあるかな? そのすべてが、私という器には合わなかった。その時だ、地球という惑星からの反撃でヘルヴァニアが壊滅状態にあるという知らせを聞いたのは」

「地球では半年戦争と呼ばれているあの戦い……」

「グリアスへと向かう道中。爆散したグリアスから流れてきたネコドルフィンとすれ違い、父とお前の死を……ヘルヴァニアの敗北を察した」

「では、なぜ兄上は地球圏に?」

「地球という惑星に興味を持ったのだよ。あのヘルヴァニアを、滅ぼすことのできる人間と、彼らを育てた世界をね」

「地球に……」

「地球人はヘルヴァニア人を受け入れたつもりであったが、融和を拒む者たちもいた。私は彼らと出会ったときに求められたのだ。ヘルヴァニアを再び、とね」


 納得ができないといった表情を見せるフィクサ。

 かれの態度を意に介さず、ネオノアは言葉を放ち続けた。


「それからは簡単だった。摂政の息子という血筋で人が揃い、物資が揃い、戦力が揃った。そして異世界タズム界へと繋がる存在、フリアとの出会いを経て、私は確信したのだ。私は王になる器だとね」

「兄上の計画は杜撰だらけだよ。現に、たかが宇宙海賊の一団に敗北を喫する寸前まで追い詰められている」

「それが世界の選択であれば、私はこの地位を退こう。しかし、生憎あいにくとまだ敗北はしていないのでね。この黒竜王の亡骸より作りし魔術巨神マギデウス〈ブラッド・ノワール〉ある限り、敗北はないのだよ」


「やはりそのマシーンは、黒竜王から作ったものか」


 今まで沈黙を続けていたグレイが、不意に口を開いた。

 その表情は冷静ながら、その声色には怒りが混じっていることは容易に察することができる。


「怒るかい? 黒竜王子。無理もないだろう。私は君の父上を弄んでいるに等しいからね」

「怒りは無い。はなから面識もない親子関係だ。だが、黒竜王軍の一員として、勢力を利用した報いは受けてもらう」

「できるかな? この機体の持つ魔力は、その青竜などとは比較にもならない」


 ネオノアはシステムを操作し、グレイたちの乗る機体周囲の暗黒物質ダークマターがへと命令を飛ばした。

 黒い粒子が形を持ち、竜騎士のような装甲の表面を取り巻いてゆく。

 しかし、張り付いた暗黒物質ダークマターがが徐々に白く凍りつき、剥がれ落ちていった。


「勝負になるかどうかは、魔力などというエネルギーで決まるものではない。戦いの、腕前だ!」


 翼を広げ、氷の剣を手に取り、加速する蒼き竜人。

 振り下ろされた刃を闇の剣で払い、反撃。

 切り返しがこちらの剣を弾き、真っ直ぐな突きがこちらへと放たれる。

 暗黒の宇宙を舞台に、魔法剣による殺陣たてが幕を開けた。



 【5】


 暗黒物質ダークマターがに覆われた観客たちを前に、ふたつの竜人による剣戟けんげきは続いていた。

 両者一歩も譲らぬ攻防。

 真空中でなければ、さぞかし刃が交差する音がやかましく響き渡ったことであろう。


 内宮は、身動きの取れないままコックピットの中で歯ぎしりをした。


「くそうっ! この黒カビさえあらへんかったら、うちが助太刀するんやのに!」

「無駄だよ、内宮千秋。人智を超えた力で操られた物質に、我々は立ち向かうすべはない」

「キーザはん! あんさんはええんか!? 自分の関われへんところで、決着がつくかもしれへんのやぞ!!」

「良いはずがないだろう!」


 怒りの混じったキーザの声が、内宮のいるコックピットに反響した。

 画面の向こうに見える彼の表情は、苦虫を噛み潰したようである。


「私の手で勝利を手にし、ドクターやナンバーズたちへと戦勝報告を行うはずだったというのに! これでは……私を送り出してくれた彼女たちに合わせる顔がない……」

「キーザはん……あっ!!」


 内宮は思わず息を呑んだ。

 今まさに、その憎き戦いが終わろうとしていた。


 氷の刃の切っ先が、黒竜の角の先端を切断。

 同時に、暗黒の剣が〈雹竜號ひょうりゅうごう〉の胴を通り抜け、その上下半身を切り離した。


「そんな……! グレイはん!?」


「勝負あったね、黒竜王子。そして、我が弟よ」


 返す刀で青竜の両腕を切断したネオノアが、剣の先端をコックピット部へと向けた。

 グレイ達の敗北、それは地球の敗北に等しかった。

 勝負の決した2機の竜人から、オープン回線の通信が響き渡る。


「兄上、あなたは王の器じゃない」

「負け惜しみかね、フィクサ。世界は私を選んだ。王になれと、我が器を認めたのだ」

「ククク……ハッハハハ!」


 突然、高笑いをするグレイ。


「世界が選んだだと? 早とちりも良い所だ。お前の勝利はまだ確定していない。まだ……奴が残っているからな」

「奴だと?」


『うおおおっ!! ハイパージェイブレード、真っ向唐竹割りッ!!!』


 天より振り下ろされた翠の巨大な刃。

 回避運動に入った〈ブラッド・ノワール〉の片腕を捉えたそれは、広大な宇宙空間に光の弧を描いた。


「おいおい……どうなってんだよ、これ!」

『見ろ裕太! 見るからにラスボスだぞ!』

『反応検知。ネオノアはあの機体に搭乗している模様』

「みんな動けなくなってるわぁ! 助けてあげないと!」


 暗黒の舞台に上がった光の勇者の姿に、内宮は歓喜の咆哮を上げた。



 【6】


 裕太の目の前に広がっていたのは、異様な光景だった。

 モヤモヤとした黒い物体に巻き付かれ、身動きの取れない敵味方の機体たち。

 そして、胴体で切り離され漂う〈雹竜號ひょうりゅうごう〉の下半身と上半身。


 そのすべての現況が、目の前に浮かぶ黒い竜のような機体であることは想像に難くない。


『なんだ、この暗黒緊縛大会は!?』

「もっと言い方があるだろ! おいネオノア、みんなを解放しろ!」


「ククク……言って解放するはずがないだろう。すぐに貴様も奴らの仲間に加えてやる」


 片腕を失ったままの〈ブラッド・ノワール〉が、こちらへと黒い手をかざす。

 メインセンサーを覆い隠すように、どこからか現れた黒い物質がハイパージェイカイザーへとまとわりついてゆく。


「嫌ぁ! なんか虫みたいで気持ち悪いわよぉ!」

『闇のエネルギーだというのか! ならば……裕太! フォトンエネルギーを放出だ!』

「あ、ああ!」


 手際よくコンソールを操作し、フォトンリアクターの出力を上げる。

 ハイパージェイカイザーの全身から放出される緑色の光。

 その光に照らされた闇の鎖が、機体から離れ霧散した。


「……ほう? 光のエネルギーで闇を退けたと。さすがは光の勇者といったところか」

『当たり前だ! はるかなる昔より、光が闇に負けた試し無し!』


『と言っておられますが、偶然にも相性が良かったものと思われます』

「だよなぁ……フォトンエネルギーって異世界と関係無いし」

『こらこら! ロマンだとか文法があるであろうが! 奴は傷ついている、一気に畳み掛ければ────』


 ジェイカイザーの言葉を否定するように、切断された〈ブラッド・ノワール〉の片腕が、根本から再生するようにニョキリと伸びて蘇る。

 綺麗に修復された機体の中から、通信の越しにネオノアの笑い声が漏れてくる。


「無駄だよ。我が機体を構成するのは暗黒のエネルギー。この宇宙に溢れる暗黒物質ダークマターを糧に、この〈ブラッド・ノワール〉は無限に再生する」

「くっ……!」


 歯を噛みしめる裕太。

 再生するよりも早く攻撃を仕掛ければ、倒せない事はないかもしれない。

 しかし、少なくとも相手はグレイよりも腕の立つ敵。

 それだけの猛攻を維持する為にエネルギーを消費し、それでもしも足りなければ敗北は確定である。

 間合いを保ったまま、2機が宇宙で向かい合いゆっくりと宇宙を滑る。


『裕太、何をしている!?』

「相手の言うことが本当なら、奴は宇宙から無限にエネルギーを取り込み、再生が可能。一方、俺たちは限られたエネルギーで戦わなければならない。根比べに持ち込まれたら俺達に勝ち目がない。相手もそれがわかってて、あえてこちらの攻撃を誘っているんだ」

『それでは、倒せないではないか!?』

「何か考えるんだ、何か……方法があるはずだ……!」


『ご主人様、やつの再生も完全ではないのでは?』


 突然呟かれたジュンナの声。

 片腕を失ったまま、眠ったようなジュンナの本体の方を見てから、コンソールに映る彼女のアイコンへと視線を移す。

 正面で余裕を見せる〈ブラッド・ノワール〉の、その頭部をジュンナが拡大して見せた。


「これは……」

『頭部右側の角ユニット、その一つの先端が折れたままになっております』

「見て、裕太! この折れてるところ……断面が凍ってるわ!」


 凍った傷口、敗北した姿の〈雹竜號ひょうりゅうごう〉。

 そのふたつの事象をつなげれば、その秘密がなんとなく察せられる。


「もしもそうなら……グレイ!」


 正面に〈ブラッド・ノワール〉を見据えたままスラスターを吹かせ、達磨だるま状態の〈雹竜號ひょうりゅうごう〉へとハイパージェイカイザーを近づかせる。

 こちらの意図がわかっていないネオノアが、通信越しに「お友達どうしで相談かね?」と嘲笑気味の声を響かせる中、裕太は機体の背中をグレイ達の乗るコックピットへと触れさせた。


「笠本裕太、敗者にかまっている場合か!」

「違う。なあグレイ、あいつの角の傷はお前が?」

「……ああ、そうだ。攻撃の軸をずらされ、致命打を与え損ねた」

「あの氷の剣、俺達に貸してくれないか?」

「なんだと?」


 グレイが驚く気持ちもわからなくはない。

 しかし、今のところそれだけが打開の鍵であるのは確かなのだ。


「斬りつけると同時に、その傷口を凍らせるあの剣なら……再生をさせずにダメージを与えることが可能なはずなんだ」

「待ってくれ、裕太くん。あの剣は〈雹竜號ひょうりゅうごう〉の魔法エネルギーで形状を維持する武器。君の機体では扱うことは……」

「ありがとうフィクサ。それだけわかれば十分だ!」

「わかっただと? おい!」


 理解の追いついていないグレイの声を無視し、コンソールの表面に指を滑らせる裕太。

 今まで使ったことのないジェイカイザーのシステムを、手際よく起動させてゆく。


『フォトンコネクター起動。フォトンエネルギーの出力調整を開始』

「ねぇ、裕太。何をするつもりなの?」

「何ヶ月か前に、訓馬の爺さんが発見していた新機能。使うなら今しかないと思ってな」

『あれをやるのか、裕太!!』

「新機能? それって何なの?」

「見てろってエリィ。……グレイ! 舌噛まねえように、歯ぁ食いしばれよ! フォトンエネルギー、全開ッ!!」

「笠本裕太! 何を!?」

『うおおおおっ!! 超勇者合体ッ!!』

 

 ジェイカイザーの雄叫びに呼応するように、溢れ出るフォトンの結晶が機体の背部へと集まってゆく。

 そして、バックパック部を完全に結晶が覆いかぶさると同時に、まるで触手のように細い結晶の先端が伸びた。

 グレイ達が乗る〈雹竜號ひょうりゅうごう〉のボディへと巻き付くように張り付いた結晶が、ジェイカイザーの元へと手繰り寄せるように機体を近づけ、密着。

 ガッチリと機体同士が結晶で結ばれた途端、機体を覆う緑色の光が青い輝きへと変化した。


『未知のエネルギージェネレーターへと接続を確認。リアクターからの魔力供給を開始します』

「よし! 〈雹竜號ひょうりゅうごう〉のエネルギーをジェイブレードへと伝送してくれ!」

『力が……みなぎってゆくぞぉぉぉっ!!』


 ジェイカイザーが剣を振り上げると、フォトン結晶で構成された緑色の刃が青白く輝く氷に包まれ始める。

 手の部分から送られる魔力エネルギーが、フォトンにより増幅され刃へとその姿を変えていった。


 形が整えられ、一振りの氷の大剣へと姿を変えたジェイブレード。

 ハイパージェイカイザーの背部に接続された〈雹竜號ひょうりゅうごう〉の翼が大きく開かれ、手にした新たな武器で空を払い、まっすぐに構えて見得を切った。


『名付けて、ハイパージェイカイザー・ドラゴニックモードッ!!』



 【7】


「おい笠本裕太! なにがドラゴニックモードだ!! 勝手に俺たちを合体パーツにしやがって!」

「落ち着けグレイ。俺もお前もネオノアを倒すのが目的だろ。この戦い限りの……共闘だ!」

「ちっ……勝手にするが良い。くれぐれも壊すなよ!」

「わかってるって!」


 搭乗者からのお墨付きをもらい、裕太はパワーアップしたハイパージェイカイザーで再び〈ブラッド・ノワール〉を見据える。

 この合体システムは、デフラグ博士の地下研究所で見つけられた設計図に隠されていた機能だった。

 おそらく、本来ならばハイパージェイカイザーを更に強化するサポートメカのようなものが作られる予定だったのだろう。

 しかし、デフラグ博士の寿命が持たなかったのか、合体のシステムだけ残されたままとなっていた。

 このフォトンを用いた無理やりな合体機構は、フォトンとは異なるエネルギーを持つ機体と組み合わせて初めて真価を発揮する。

 

「粋なことをしてくれるね。それでこそ……私の敵だ!!」


 事ここに至っても、冷静さを失わないフィクサ。

 裕太はそんな彼に向かって、声を張り上げた。


「覚悟しろ、ネオノア!」


 裕太がペダルをいっぱいに踏み込むと、バーニアの代わりに〈雹竜號ひょうりゅうごう〉の翼がおおきく羽ばたく。

 羽ばたきとともに急加速し、一気に〈ブラッド・ノワール〉へと肉薄。

 同時に氷の大剣を力いっぱいに振り下ろすが、暗黒の剣がその一撃を受け止めた。

 膨大な魔力同士のぶつかり合いが、刃が触れあう部分で何かしらの反応を起こし、激しくスパークをする。


『ぬおおおおっ!?』

「負けるな、ジェイカイザー!」

「大変! ジェイカイザーのエネルギーが乱れてるわよぉ!」

『剣を通して流れ込む敵の暗黒エネルギーがフォトンと反発し、拒否反応のようなものが起こっているようです』

「なんだって!?」


 エネルギーの乱れとともに徐々に押し返される大剣。

 このままではパワー負けしてしまう……と思った途端、急にエネルギーが安定化をし始め力が入る。

 同時にコンソールに、グレイの横に座るフィクサの顔が映し出された。


「裕太くん、敵から流れ込むエネルギーはこちら側で中和する!」

「フィクサ!? お前そんな事ができるのか!」

「僕だって、伊達に黒竜王軍を率いちゃいない! グレイ、君は氷の魔法エネルギーを調節してくれ!」

「手間を掛けさせやがって。これで敗北したら貴様を一生恨んでやるからな、笠本裕太!!」

「負けるもんかよ! うおおおっ!!」


 力いっぱいレバーを押し倒し、暗黒の剣を押し返す。

 弾かれたように後方へ吹っ飛んだ〈ブラッド・ノワール〉は、素早く体勢を立て直しながら勢いそのままに距離を離してゆく。

 そして、宇宙要塞の近くで動きを止め、剣から手を離すと同時に両肩部のユニットを展開した。


『裕太! あの動きは〈雹竜號ひょうりゅうごう〉がデュアルブリザードを撃つときと同じだ!』

「大技を撃ってくるつもりよぉ!」

『敵機のエネルギー反応、増大していきます』

「だったらこっちも大技で迎え撃つぞ!」


 大剣から手を離させ、裕太はコンソールを操作してウェポンブースターを起動した。

 ハイパージェイカイザーの全身を、フォトン結晶が包み込み、鎧のように形状を変化させる。

 二本のジェイブレードが宙に浮き、ガイドワイヤーを伸ばす肩部へと、吸い込まれるように移動した。


「ダブルフォトンラ……」

『ツインドラゴニックランチャー、発射準備完了だッ!!』

「ジェイカイザーお前、ドラゴニックって言葉好きだな」

『かっこいい響きじゃないか! エネルギー充填ッ!!』

「エリィ、照準補正頼んだぞ!!」

「ええ!」


 操縦レバーのトリガーに指をかけ、息を呑みながら発射のタイミングを見計らう。

 発射のタイミングが早すぎればエネルギーが不足し、遅れれば相手の攻撃が発射前に届いてしまう。

 同系列のエネルギーを撃ち合う都合上、同時に発射しなければ相殺することはかなわないのだ。


「喰らうがいい! クインテッド・ダークネス・キャノン!!」

「ツインドラゴニックランチャー、発射ァァッ!!」


 ネオノアと裕太の声が同時に響き渡った。

 黒竜から発射された5つの赤黒い竜巻と、勇者より放たれた青白く輝く2つのエネルギー波が漆黒の宇宙でぶつかり合う。

 魔力同士のぶつかり合いが為せるわざなのか、真空の宇宙が大きく振動するような錯覚に見舞われコックピットが激しく揺れ動く。


「「いっけぇぇぇぇ!!」」

『うおおおおっ!!』

『声を出しても、エネルギーは増幅されませんよ?』


 空気を読まないジュンナの冷静なツッコミを無視し、裕太はトリガーに力を込め続けた。

 短くも長く感じるようなエネルギーのぶつかり合いの果てに、巻き起こる大爆発。

 辺りが一面の閃光に包まれる中、裕太は前が見えないままペダルを踏み込んだ。


「ネオノア、これで終わりだぁぁっ!!」

「ぬおおおっ!!!」


 光に紛れて接近し、肩から外した剣をそのまま握り、氷の刃を振り下ろす。

 爆発で怯んでいた〈ブラッド・ノワール〉は回避も叶わず、その袈裟斬りを胴体で受けてしまう。

 巨大な羽と両腕を巻き込み、黒い巨体が切り裂かれた。

 その断面は即座に氷に覆われ、暗黒物質ダークマターがが触れることを阻害し再生を防ぐ。


「……俺達の、勝利だ!!」


 戦闘能力を奪われた黒竜の前で、裕太は高らかに叫んだ。


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登場マシン紹介No.43

【ブラッド・ノワール】

全高:16.4メートル

重量:不明


 黒竜王の亡骸から作られた魔術巨神マギデウス

 亡骸はネオノアの息のかかった者たちによって秘密裏にアメリカ軍から運び出された。

 コックピットはキャリーフレームのものが使われおり、


 黒竜王が本来持っていた暗黒・闇を操る能力を持ち、宇宙においては空間を埋め尽くす暗黒物質ダークマターを自在に操ることが可能。

 暗黒物質は別種の魔法エネルギーやフォトンなどのエネルギーに触れると、操るための魔力が阻害され霧散する。


 武装としては暗黒物質ダークマターを剣の形に固めた暗黒剣。

 両肩と胴体の5つの放出ユニットから魔力そのものを武器として打ち出すクインテッド・ダークネス・キャノンが存在する。

 黒竜王の持つ能力の全てを引き出せているとは言い難く、未知のポテンシャルが眠っている機体である。



───────────────────────────────────────



 【次回予告】


 巨星墜つとき、一方は勝利し、一方は敗者と成る。

 愛する者を救うため、我が身を省みず尽くす男たち。

 彼らの思いが交錯するとき、人類は一つとなるか。


 次回、ロボもの世界の人々第44話「ネオ・ヘルヴァニアの落日」


 ────勝ち取れ、望んだ平和の時を。

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