第7章「逆襲のネオ・ヘルヴァニア」

第38話「束の間の安息」

 【1】


「よし、勝った」


 代多よた市内にある総合闘機場。

 その会場内に転がるキャリーフレームの残骸に囲まれたまま、裕太は開いた〈アストロⅡ〉のコックピットハッチをくぐり、その身を外に晒した。

 地区大会の優勝を祝う歓声が観客席から鳴り響き、地揺れにも似た圧が会場を包み込む。

 そんな中、裕太はの顔は周囲の空気に比べて、決して晴れやかなものではなかった。



 ※ ※ ※



「笠本くん、全国出場おめでとう!」

「ご主人さま、お疲れ様です」

「おう、サンキュ」


 選手待機室へと戻った裕太はジュンナに手渡されたペットボトルを受け取り、中のスポーツドリンクで喉を潤した。

 更衣室から出てきた内宮が、呆れ顔で裕太の顔を覗き込む。


「春の神楽浜かぐらはま出場決定やて言うのに、浮かない顔やなあ」

「木星から地球にかけて負けっぱなしで悔しかったから、勘を磨くために一時入部してるだけだしな。なあ部長さんよ」

「ま、うちらとしては大いに助かっとるで。あの伝説の少年フレームファイターが、念願の入部をしてくれたんやしな」

「よせよ」


 木星での銀川スグル戦、帰り道でのキーザ・ナヤッチャー戦。

 3ヶ月前に戦った半年戦争の英雄たちとの交戦は、どちらも裕太の敗北に終わった。

 どちらも全力では無かった上に歴戦の猛者だったとはいえ、その敗戦は屈辱であった。


 ──鍛え直さなきゃな。


 それが敗北を喫した後の裕太の気持ちだった。

 スグルとの戦いで抵抗感が薄れていたフレームファイトを鍛錬の場として選んだのは、あまりにもこの数ヶ月が平和だっただからである。

 たびたび警察の要請を受けて犯罪者と戦うことはあったが、短期間で立て続けに戦闘を繰り返すのに、秋の高校闘機大会は都合のいいものだった。

 

「それにしても笠本くん、勝ったにしては浮かない顔よねぇ」

「まあな。高校生活を大会に捧げてる連中を練習相手にぶちのめしてる申し訳無さと、平和すぎる毎日への不安がな」

「平和なことはええことやろ?」

「考えても見ろ。ネオ・ヘルヴァニアなんて連中が、ナンバーズだとかいうクローン兵士を作ったり、ヘルヴァニア人を集めて兵力集めてたんだぞ。それなのに何もないのはおかしいじゃないか」


 飲み干したペットボトルを、部屋のカドのゴミ箱へと勢いよく投げ捨てる。

 携帯電話でニュース記事を眺めても、ネオ・ヘルヴァニアが活動しているような旨の報道は一切見られない。

 何かが起ころうとしているはずなのに、全くその兆候が見られないのは不気味さすら感じられる。

 不安に震わせる裕太の肩を、エリィの手が優しくなでた。

 

「そうだとしても、笠本くんが気張れば好転するわけじゃないでしょ? だったら、いつ何が起こってもいいように肩肘を張りすぎないことのほうが大切よぉ」

「……そうだな。いざというときにぶっ倒れてちゃ話にならないからな。ん? 内宮どうした?」


 途中から話を聞かずに携帯電話に集中する内宮の姿に、裕太は思わず声をかけた。


「……なあ、笠本はん。明日に練習試合の申し込みあったんやけど」

「明日? また急な話だな。なになに……」


 内宮が、携帯電話の画面を裕太に見せた。



 【2】


 チュンチュンと、小鳥のハミングにカーティスは目を覚ます。

 金に物を言わせて買った、学生どものたまり場となっていた屋敷。

 男一人で住むには広すぎる家の形をした箱の中に、包丁の音が木霊こだまする。


 誰がそんなに座るんだ、と言わんばかりの長い食卓が中央を専有するリビングの向こう。

 洋食屋もかくやといった豪勢なキッチンに、立つ女性が一人。


「あ、カーティスさん。おはようございます」

「よう、ロゼ。今日の味噌汁の具は何だ?」

「えーと、玉ねぎと……もやしとお豆腐です」

「グッドだ」


 親指をビッと立てて、彼女の判断を称賛する。

 玉ねぎの甘さは、味噌の具材としては最高である。

 そこに主張は控えめだが食感が素晴らしいモヤシに、定番の豆腐。

 まさに日本の朝食として白米の横に並べるに最高の汁物が、目の前の鍋の中でかき混ぜられていた。


 ……ふたりとも、日本人ではないのだが。



 ──自分には、勿体ない女性です。


 知り合いやら、ドラマやら、そのようなところで度々聞く男のセリフ。

 3か月前のカーティスだったら「のろけやがって、このクソリア充が」と中指を上に立てながら言い放っていただろう。


「ごちそうさん。うまかったぜ」

「ありがとうございます。片付けますね」


 細く長い白色の腕が、カーティスの眼前の食器を重ね、持ち上げる。

 腰まで伸びた美しい金色の長髪が、振り向きざまにふわりと舞い、照明の光を反射する。

 艶めかしい彼女の後ろ姿は、朝っぱらでなければ後ろから襲いたくなるほど、魅力的だ。


 そんな勿体ない女。ロゼは3ヶ月前に初めて会ったとき、敵だった。

 戦いの中で記憶を無くし、行くあてのない彼女を、カーティスが引き取った。

 馴れ初めと言えるようなのは、そんなエピソードだ。


 広すぎるひとつ屋根の下で男女が二人。

 すでに伝えるものは伝え、済ませるものは済ませた仲。

 未だに彼女の記憶は戻らぬが、記憶喪失になる流れを思えば、失ったままの方が幸せなのだろう。

 しかし、それが本当に彼女のためなのか。

 毎日を葛藤しながらも、手に入れたささやかな幸せを、毎日を、カーティスは噛み締めていた。


「──となる模様です。次はスポーツ、まずは高校闘機大会です」


 食事中につけっぱなしにしていたニュース番組の映像に、キャリーフレームが映る。

 コックピットから降りた少年の顔は、見慣れた小憎い顔。


「──地区で全国への切符を手に入れたのは、夏の大会に続き東目芽高校キャリーフレーム部でした」


 淡々と試合の内容を報じるアナウンサーの声を話半分に聞きながら、嬉しそうに笑みを浮かべる美しい顔に目を向ける。


「裕太くんたち、勝ったんですね」

「あったりメェだろ。あいつらは修羅場くぐってっからな。むしろ相手さんが気の毒だぜ。連中の腕は軍人レベルか、それ以上だからな」


 ロゼが注ぎ直してくれたコーヒーを喉に通す。

 今日は何をしようかと思案していると、カーティスの携帯電話がピリリと小気味よい音を鳴らした。

 送られてきたメッセージを通知越しに眺め、ふふんと鼻を鳴らす。


「……ロゼ、今日は昼から出かけンぞ」

「あら、何かあるんですか?」

「ガキンチョ共の顔を、久々に見に行くんだよ」



 【3】


 葉の落ちた並木道を、内宮は裕太の背中を追うように歩く。

 吹きすさむ木枯らしが彼女のサイドテールを引っ張るように揺らし、指先をかじかませていた。

 薄暗い曇り空の下で、裕太が足を止める。


「わざわざ、ごめんな内宮」


 申し訳無さと感謝が入り交じる複雑な表情を見せる想い人。

 わざわざエリィ達を置いて、二人きりの状況を作り出すための呼び出し。

 その意味を、内宮は薄々勘付いていた。


「それで笠本はん……話って、何なんや?」

「ケジメを、つけようと思ってな」

「ケジメ……か」

「夏の前にさ、ほら……黒竜王軍からお前を助けたときにお前、しただろ。……俺への告白」


 ああ、やっぱりな。

 といのが内宮の心情だった。


「すまない。俺は……内宮が望むような返答はできない」

「……そ、か」

「内宮……ごめん」

「か、笠本はんが謝ることはないで? 勝手に横恋慕しようとしたのはうちや。銀川はんも、笠本はんも、なーんも悪くない」


 そう言葉で言い表しながらも、内宮の細い目からは涙がにじみ出ていた。

 覚悟はしていた。いつかはそうなると思っていた。

 けれど実際にこう面と向かって言われれば、ショックは決して小さくはなかった。


「しゃーないことや。うちなんて、せいぜい付き合いなんて短いし、最初は敵味方の関係や。むしろ、そんなうちにここまで優しくしてくれたのは、ホンマ感謝の言葉しかないんやで」


 恋敵としてエリィに敵わないことは、3ヶ月前に木星から地球へ帰りつく頃にはわかっていた。

 裕太と彼女の関係は、まさにドラマの様な、運命を感じさせるエピソードの数々から成り立っている。

 幼少期の出会い、高校で関係を深めるきっかけとなった去年の冬にあった事件。

 そして今に至るまで、互いが互いを献身的に傍で支え続けてきた現実。

 二人の関係に、内宮が入り込む余地がないのは理解していた、理解してしまっていた。


 けれども、ふたりとも内宮を邪険にするわけではなかった。

 誘えば裕太は二人で遊んでくれたし、学校でエリィはキャリーフレームトークに付き合ってくれた。

 内宮がアプローチを掛けても、裕太は狼狽えこそすれ一線は決して越えなかった。

 そしてその事実を知っても、エリィは呆れて、笑って、内宮を決して責めなかった。


(わかっていたけど、やっぱキツいなぁ……)


 いつかは知ることになることであった。

 必ず出る結論ではあった。

 それでも、彼の一番になれなかったのは、悔しかった。

 初恋が実らなかったことは、悲しかった。


 けれど、裕太は誠意を見せた。

 関係を崩したくない一心で、卒業まで返答を先延ばしにすることもできた。

 何なら、答えを返さないまま何年も黙っているという選択肢もあったのだ。

 それなのに、こうやって寒空の下で言葉を返してくれたのは、裕太の男気なのである。


「内宮……」

「う、うちは平気や。初恋が実らんっちゅうのは、珍しいことでも無いんや。むしろ、こないな楽しい初恋をさせてくれた笠本はんに、感謝したいくらいや。……ありがとな」


 目尻に溜まった涙を拭き、自分の顔をパンと両手ではたく。

 これからは、横恋慕をする2人目ではない。

 ふたりの関係を応援する、友人Aになるのだ。

 その切り替えを、内宮は今、頬の痛みとともに終えたのだった。


「さ、気分を変えるで! 練習試合の準備、間に合わんくなったらアカンからな。会場、戻ろうや。なあ……笠本はん!」

「ああ……!」


 かくして一人の少女の片思いが終わった。

 けれど、これは終わりではなく始まりである。

 人生百年の、わずか2割にも満たない年月しか生きてない若者たちにとって、この出来事はほろ苦い青春の1ページとして思い出に昇華する。

 数年もすれば、笑いながら「そんなこともあったな」と話せる程度の思い出に変わるのだ。

 だからこそ、内宮は自分の気持ちにウソを付くことはなかった、真正面から正々堂々とぶつかり、そして敗れきったのだ。

 その心に未練はなく、むしろ曇天の空とは対照的に、スッキリと晴れやかだった。



 【4】


「遅いじゃないか! 部長とエースが遅刻してたら、ダメだろうが!」

「す、すいません軽部先生」


 会場に戻った裕太たちを出迎えたのは、キャリーフレーム部顧問・軽部先生の叱咤だった。

 しかし時間も押しているからか説教もなく、選手控室でワイワイしていた残りのチームメンバーを招集し、号令ひとつで整列させる。

 先生の横では、臨時マネージャーとして働くジャージ姿のエリィが、クリップボード片手に書類とにらめっこをしながら口を開いた。


「ええとぉ……今日の練習試合の相手は、前にも言ってたとおり義牙峰ぎがみね高校よぉ。秋予選では準決勝で負けて戦う機会がなかったというのが、練習試合を申し込んだ理由なんですって」

「ところが、聞いた話によると向こうさん。今日は急病でエースが一人欠席らしい。補充要員を入れたということで5対5ルールは変わらないが、軽くひねってやれ!」

「「「「「はい!」」」」」


 フレームファイトの公式ルールは、5人対5人によるチーム戦である。

 その5人を前衛・中衛・後衛へとバランス良く振り分け戦闘、先に相手側を全滅させたほうが勝ちというのが基本ルール。

 多少数で押されたとしても、エース選手は一騎当千の働きが可能である。

 それゆえ最後まで勝敗がわからないのが、新興競技であるフレームファイトを短期間で人気スポーツへと上り詰めた一因でもあるのだ。


 しかし、かといってエース選手以外が不要かといえばそうではない。

 さすがのエースも5機から一斉攻撃を受けてはたまらないので、遠距離砲撃や射撃による牽制で切り離すのも大事な役目である。

 戦いのキモは、いかにエース同士をぶつけさせ、その邪魔を僚機にさせないかというところである。


 裕太も内宮も、役割としてはエースの二枚看板。

 それ故に敵のエース意外を抑える僚機の負担が大きいが、それをこなしてくれる選手層の厚さが東目芽めが高校の強みである。


「前衛は秋予選と変わらず、笠本のと内宮の〈アストロⅡ〉。中衛は横溝の〈アストロ〉。後衛は寺原と田沼の〈アストロ・キャノン〉だ。いいな?」

「「「「「はい!」」」」」

「よし、それじゃあ出撃……と言いたいところだが、会場側で機材トラブルがあったらしくてな。試合開始が1時間引き伸ばされた」

「がくっ」

「先生、それ先に言ってくださいよ」

「仕方ねぇだろ! 俺も今さっき聞いたんだから。だから、1時間後にここに再集合だ、遅れるなよ! ……特に笠本と内宮!」

「「あ、はい!」」



 ※ ※ ※



 1時間、という微妙な時間は潰すのが最も難しいものである。

 長すぎず短すぎない絶妙な間隔は、何をするにしても中途半端になるのが常だ。


「よう、ガキンチョと嬢ちゃん」

「カーティスのおっさん!」

「こんにちは。裕太くん、エリィちゃん」

「ロゼさんも、こんにちはぁ!」


 だからこそ、話し相手ができたのは僥倖ぎょうこうだった。

 エリィと一緒に会場周りの廊下に出たのは、なんとなくの判断ではあったが正解だった。


「見に来てくれるとは思わなかったよ」

「んだよ。俺様がそんな薄情な人間だと思うのか?」

「だからだよ」


「ロゼさん、来てくれてありがとう!」

「ふふ、エリィちゃんが誘ってくれたんでしょう? 裕太くん、全国進出おめでとうございます」

「ああ、ありがとうございます。って、おっさんたちを呼んだの銀川か」

「あらぁ、昨日の決勝は満席で来れなかった人たちも多かったから、呼んだほうが良いかなと思ったのぉ!」


 ロゼの手を優しく握るエリィを見ていると、裕太の背中をカーティスがバシバシと叩いた。


「いて、いてて。おっさん、何するんだよ」

「ちょいとタバコで一服してぇんだ。喫煙室まで案内してくれねえか?」

「構わないけどよ……ロゼさんはどうするんだ?」


「私は、そうですね。少し喉が渇いたので飲み物でも頂ければ」

「じゃあロゼさん、あたしと一緒に喫茶店行きません? この闘機場の店、テレビでも紹介された美味しい紅茶が飲めのよぉ!」

「あら、それは良いですね。じゃあカーティスさん、一服が終わったら喫茶店にいらしてください」

「おうよ。じゃあガキンチョ、案内してくれや」

「へーへー……じゃあ銀川、あとでな」


 渋々、といった顔を露骨に作りながら喫煙室へと向かい始める裕太。

 逆の方向に歩いていくエリィ達の姿が見えなくなった辺りで、カーティスが横から顔を覗き込んできた。


「銀川、銀川ってかぁ。お前さん、いい加減あの娘を下の名前で呼んでやりゃあいいのによ。きっと飛んで喜ぶぜ?」

「あのなぁオッサン。……俺なりの線引きなんだよ。きちんと誠意を示してから、エリィって呼んでやりたいんだ。おっさんこそ、ロゼさんに馴れ馴れし過ぎじゃないのか?」

「良いだろ。だって俺様たちはもう何度も抱き合った仲だぜ?」

「抱きって……まだ出会って3ヶ月だろ? 手が早すぎじゃねえか?」


 カーティスの言葉の意味は、そういう経験のない裕太でも前後の文脈からなんとなく読み取れた。

 それは夜の営みであり、男女の交わり。

 夫婦が行う、いわゆるアレである。


「おめぇらが潔癖症すぎンだよ。実はな……もう用意してあるんだ」

「用意? 何を?」

「これだよ」


 歩きながら、上着のポケットから小箱を取り出すカーティス。

 少し指で押し開けられた箱の隙間から、キラリと光る宝石のついた指輪が顔を覗かせる。


「……今夜にな、渡そうと思ってんだ。家で晩飯を食って、落ち着いた頃合いに」

「そういうのって、高級レストランで夜景を見ながら……っていうのが良いんじゃないのか? オッサンの財力なら難しくはないだろ」

「わかってねぇな、てめえは。ロゼはな、そういうギラついたものよりももっと家庭的な雰囲気が似合う女なんだ」


 小馬鹿にされて、ムッとする。

 人生経験では負けているとわかっているから、反論ができないのが悔しかった。


「まあなんだ、あのエリィって娘を大事にしたいと思うんなら、想いに応えてやるのも男の役目だぜ?」

「言われなくても、そろそろそうしようと思ってたんだよ」

「ああ、でも今日はやめとけ。これから戦おうっていうのに“これが終わったら告白するんだ”なんて露骨な死亡フラグだからよ」

「あのなぁ。戦うって言ったって部活の練習試合だぞ? フレームファイトはパイロットの安全が第一に考えられてるから、危険はないんだぞ」


 足早に喫煙室の扉をくぐるカーティスの背中に、吐き捨てるように裕太は言った。



 【5】


「……フられましたか。ご愁傷様です、内宮さま」

「かまへんで、ジュンナはん。いっそ気分が清々しいわ」


 廊下の柱をぐるりと囲むように置かれた椅子に座りながら、内宮は背もたれに身を預けた。

 隣に座るジュンナが、珍しく普通の私服姿で椅子に腰掛けたまま、ギトギトした黒い液体の入った金属のコップをゆっくりと傾ける。


「……何飲んどんねや?」

「コールタールです。いかがですか?」

「飲めるかアホォ! そういやジュンナはんも、笠本はんのこと好きや言うてなかったか?」

『なにっ!』


 ジュンナの上着の胸ポケットの携帯電話から、聞き慣れたAIの声が響き渡る。

 その画面の中では、ジェイカイザーの顔アイコンがぴょんぴょんと何かを訴えるように跳ね回っていた。


『なぜ裕太ばかりが女の子にモテまくるのだ! 私など未だ誰からのフラグも立たぬと言うのに!』

「そないなこと言うてるからやで、ジェイカイザー」

「私は、ご主人さまが幸せになるお手伝いができればそれで良いんです。人に近くとも私は機械。人であるご主人さまとは交わることはできませんから……」

『同じ機械で、ジュンナちゃんが好きな者がここにいるぞ!』

だぁっとれやジェイカイザー! いい加減せんとシバき倒すぞ!」

『は、はいぃぃ……』


 シュンと声が小さくなるジェイカイザーに、鋭い睨みを送る内宮。

 そのやりとりが面白かったのか、ジュンナがクスりと小さく笑った。


「あ、今ジュンナはん笑ったやろ」

「私だって内側は鋼鉄ですが鉄仮面というわけではありません。嬉しい時は喜びますし、面白い時は笑いますよ」

「あんさん美人やから、もっと笑った方がええで。笑う門には福来たる、や」

「心得ておきます。……おや?」


 不意に、ジュンナの視線が動いた。

 その目線を追って内宮も廊下の奥に目を向けると、そこには久しぶりに会う友人の姿。


「やっほー、千秋!」

「レーナやないか! ひっさしぶりやなぁー!」


 立ち上がって駆け寄り、抱き合う内宮とレーナ。

 3ヶ月前の宇宙での冒険を切っ掛けに、二人は親友と呼んでも差し支えのないレベルまで仲良くなっていた。


「いつ地球に降りてたんや? 言うてくれたら良かったんやのに!」

「まあ色々とあってね。ねえ千秋、わたしの恰好見てなにかピンとこない?」

「格好……?」


 改めて彼女の服装を見る。

 深い藍色のブレザーに、胸元にやや大きめのリボン。

 そしてモノクロチェックのスカートに、内宮は見覚えがあった。


「……あ、それ義牙峰ぎがみね高校の制服やろ? コスプレか何かなんか?」

義牙峰ぎがみねの制服ってのは正解だけど、コスプレじゃありませーん! 千秋、これから何があるか思い出して?」

「これからって、義牙峰ぎがみねと練習試合……まさか。もしかして、向こうの病欠したエースの代わりに入ったっちゅう助っ人選手て」

「ピンポーン、わたしでーす! いや~うちの艦のクルーの一人の親戚が義牙峰ぎがみねの関係者でね、頼まれちゃったんだー! かわいいでしょ、この制服!」


 レーナが普段は見られない制服姿で、くるりと回る。

 ヒラヒラしたスカートが危うく下着が見える寸前まで持ち上がり、そして重力に従ってフワリと垂れた。


「レーナ、あんさんフレームファイトやったことあるんか?」

「ううん。でもルールとか基本的な立ち回りは勉強したわよ? それに、秘密兵器持ってきてるんだ」

「秘密兵器……やと?」

「あら、それが何かなんて無粋なこと聞かないわよね? 試合が始まってのお楽しみよ!」


 ビシッと指を突きつけてから、そそくさと走り去っていく友の背中。

 赤いツインテールを揺らすその姿を見て、内宮は腕時計を確認した。


「あっ! そろそろ試合の時間や! ほな、ジュンナはん後でな!」

「ご健闘をお祈りします」

『裕太によろしくと言っておいてくれ~』


 ふたりのAIの声を背中に受けながら、内宮は控室へと駆けた。



 【6】


「あら、こんな時間。そろそろ行かないとぉ……」


 腕時計を見たエリィは、急いで席から立ち上がり伝票を掴む。

 手を上げて店員を呼んでから、財布の中をいじりつつ辺りを見回した。


「結局カーティスさん戻ってこなかったわねぇ」

「ふふ、慣れてます。あの人が時間を守らないのはいつものことですから」

「それって酷くなぁい?」


 やって来た店員に、値段ぴったりに小銭を手渡してからショルダーバッグを肩にかける。

 立ち去ろうとしたエリィの手を、ロゼの柔らかな白い手が包み込んだ。


「あの人は、カーティスさんは私を待たせた後に……必ず幸せをくれるんです。待てば待っただけ、良い思いを私にさせてくれる。だから、私は彼を待てるんです」

「なんだか素敵ねぇ。待たせてる部分だけ抜いたらアレな男だけれども」

「エリィちゃんも、裕太くんのことを信じてあげてくださいね? 彼はきっと私にとってのカーティスさんのように、あなたを幸せにしてくれるって、そう感じるんです」

「……はい、もちろん!」


 ぺこりと礼をして、控室へと走るエリィ。

 少しだけ後ろを振り返ると、ロゼがにこやかな笑みを浮かべて手をゆっくりと振っていた。



 ※ ※ ※


 

「まったく……釘を差したというのに揃いも揃って遅刻寸前とはいい度胸だなお前ら?」

「ホンマ……すんません」

「俺は遅れてないのに……」


 控室から続く階段を降りながら、軽部先生の小言を受ける裕太たち。

 このことについては間に合ったから良しという結論に落ち着き、一行は会場の真下に位置する格納庫へと到着した。

 予め搬入された機体群が膝をついてかがみ、乗り手を待ち構えている。


「よし、各自搭乗! 急げよ!」

「「「はいっ!」」」


 一斉に各々の機体の下へと走り、タラップとなったコックピットハッチを駆け上がる。

 裕太はこの3ヶ月で乗りこなした〈アストロⅡ〉の操縦席へと滑り込み、手際よく起動プロセスを進めていく。

 この〈アストロⅡ〉は、ちょうど裕太たちが木星に行ってた頃に軽部先生が手に入れたものだという。

 なんでも、愛国社の襲撃を学校の〈アストロ〉を用いて防いだとの事で、メーカーの江草重工から感謝状めいた流れで先生に贈与されたらしい。


 そもそも、フレームファイトという競技は始まりこそ軍の模擬演習であるが、その実態はキャリーフレーム開発会社による自社機体のプロモーションの場でもある。

 闘機大会に参加する各学校ごとに企業がスポンサーとなり、自社の製品たるキャリーフレームを貸与。

 そして機体同士がぶつかり合うことで各社機体の優秀さが試合結果という形で世に知らしめられる。

 同時に、将来のキャリーフレーム操縦者の育成に貢献というのが、軍用機たるキャリーフレームが学生たちによって動かされている理由である。


 それゆえに、地域防衛という形で〈アストロ〉の優秀さをアピールした先生に機体がプレゼントされたと言う流れとなる。

 経緯はともかくキャリーフレーム部に入りたての裕太に、ジェイカイザーの操縦感に近い最新機があてがわれたのは幸いだった。

 他の機体と同じく、スポンサー企業が試合における損傷の修理・メンテナンスを無償で請け負ってくれるため、無茶はし放題。

 ビームセイバーとハンドレールガンという標準的な装備をフルに生かして、裕太は予選大会で無双を果たしたのだ。


「笠本はん、今ええか?」


 不意に、モニターに内宮の顔が映る。

 他のメンバーに伝わらない個人回線での通信に、裕太は首を傾げた。


「何だ?」

「相手チームのエース、レーナや。さっきうた」

「レーナが? なんでまた……」

「詳しい話はわからへんが、秘密兵器を持ってきとる言うてたで。気ぃつけとき」

「わかった」


 ガクンと、ひとつ大きな揺れとともに機体が上へと持ち上がる。

 各キャリーフレームを乗せたリフトが上昇し、会場へと運んでいく。

 裕太は内宮からの忠告を胸に、視界に入ってきた戦場に目を向けた。


 ……そして、内宮の言っていた言葉の意味が、一瞬でわかった。


「ブ……〈ブランクエルフィス〉じゃねえか!!?」


 裕太の驚愕をよそに、試合開始を告げるホイッスルが鳴り響く。

 短くも激しい戦いが、幕を開けた。



 【7】


「寺原、横溝は後方から援護。敵中衛を足止めしたれ!」

「「了解!」」

「平石は回り込んで敵後衛を黙らせや!」

「おう!」


 内宮の鋭い指示が飛び、命令を受けたチームメイトが各々の役割に向けて動き出す。

 裕太たち前衛の仕事は、敵前衛・レーナを大局が制するまで抑えることだ。

 障害物として配置されている巨岩を盾に、相手の出方を伺う。


「いくら〈ブランクエルフィス〉を持ち込んだからって、まさか……」

「か、笠本はん! 上や!」

「なっ!?」


 頭上から照射されたビームが、裕太の足元の岩盤に赤い線を描く。

 立て続けに様々な方向から乱れ飛ぶ光線。

 咄嗟に後方に下がりながらその攻撃を回避していく。


「こらぁ、レーナァ! ガンドローンを使うなんて卑怯だぞ!」

「あら50点。ルールにはそんなこと書いてなかったわよ?」

「ふつう、ガンドローンの維持費は馬鹿にならねえから、企業からそれを使える機体は出し渋られるんだよ!!」


 裕太は素早くレバーを倒し〈アストロⅡ〉にビームセイバーを握らせ光の剣を振るう。

 その刃は的確にガンドローンから放射される光弾を捉え、打ち返し、2機のガンドローンを返り討ちにする。


「へぇ、やるじゃない」

「対策用にシミュレーターで死ぬほどガンドローン対策は練習したからな」

「でも、あなたのお供はそうは行かないわよね?」


「「「ぐわあっ!!?」」」


 通信越しに響く仲間の悲鳴。

 それは裕太たちの後方で援護していた機体がビームに貫かれたことを意味していた。


「お前なー! これじゃあ練習試合にならねーじゃねえか!」

「わたしに言い渡されたのはひとつ、“東目芽高校をぶっつぶせ”だけよ。こっちの顧問、よっぽどそっちに恨みあるみたい。さあて、残りは千秋と50点だけ。葵、常磐ときわ、あいつに一斉攻撃──」

「そうは問屋がおろさへんでぇぇぇ!!」


 レーナの〈ブランクエルフィス〉の後方で、爆炎が登る。

 レーダーの反応を見る限り、いつの間にか敵中枢に飛び込んだ内宮が、一瞬で敵機体を3機落としたらしい。

 背後の事象を機敏に感じ取ったガンドローンが、一斉に内宮の元へと飛んでいく。


「千秋ぃぃぃっ!!」

「取ったでぇ!!」


 内宮の〈アストロⅡ〉が、ビームセイバーを最後に残った敵の砲撃機へと突き刺しながらビームを浴び、爆散する。

 後には時間停止膜クロノス・フィールドに守られた球体のコックピットだけが、ゴロンと転がっていた。


「へぇ……面白いじゃない。これで1対1よ、イーブンってところね」

「そっちは乗り慣れた軍用機、こっちは競技用の機体……。何がイーブンなもんかよ!」



 ※ ※ ※



「あーあー……メチャクチャよぉ」


 観客席から眼前に広がる、およそ競技とはかけ離れた悲惨な戦場にエリィは思わず額を抑えた。

 周辺に座る知り合いたちは普段は見られない激しすぎる戦闘模様にワァァと歓声を上げている。


「エリィさん、状況はどう?」

「あら、楓さん。状況も何も、相手側がガチ軍用機出しちゃって……ご覧のありさまよぉ」


 隣の空席に座った軽部先生の恋人、楓に双眼鏡を手渡す。

 彼女がふむふむと言いながら戦場を眺めていると反対側の席にロゼと、その隣にカーティスが腰を下ろした。


「ひでぇもんだな。生き残りはガキンチョだけか」

「けれど、裕太くんだったら大丈夫だと思います」

「そういえば、笠本くんったらもしかしたらこれが初めてのレーナとの戦いじゃないかしらぁ」

「先は読めねえってことか。俺はガキンチョに賭けるぜ」

「素直に応援しなさいよぉ、もうっ!」


 呆れながら、ペットボトルの中のジュースを喉に通す。

 遠目に裕太とレーナの機体が、それぞれ間合いを保ちながら睨み合っていた。


「動いたっ!」

「えっ! 楓さん貸してっ!」


 半ば奪い取るように双眼鏡を取り返し、覗き込むエリィ。

 それはちょうど、裕太の搭乗する〈アストロⅡ〉がハンドレールガンを手に持ったところだった。



 【8】


 上空から降り注ぐ光弾の嵐をかいくぐり、素早く狙いを定め空中のガンドローンへと射撃。

 ガンドローン側も回避しようと動きつつ反撃をするが、止まった一瞬の隙にレールガンの弾が直撃し爆散した。


「これで、ガンドローンはあと1機……!」


 もはや試合の体を成していない戦況の中、裕太の目的は完全に対ExG能力者機への演習にげ替わっていた。

 この数ヶ月で体に染み込ませたガンドローン対策の動きの習熟を、身体で実感する。

 もちろん、予選大会でガンドローン使用機が出てくるはずもなく、空いた時間にこれでもかとやったシミュレーションによる練習の成果なのであるが。


「腕、かなり上げたようね50点」

「ありがとよ。お陰様でいい訓練だ」

「その生意気なセリフ、この攻撃を食らっても言えるかしら!」


 レーナの〈ブランクエルフィス〉が幅広のビーム剣を抜いた。

 スラスターを猛噴射しながら接近した敵機は、ビームブロードとか呼ばれていたその光の剣を勢いよく振るう。

 裕太はビームセイバーで一瞬受け止めようとして、即座にペダルを踏み込み後方へ飛び退いた。


「っぶね……その出力じゃ、通常のビームセイバーじゃあ受け止めらんねえだろうよ」

「引っかかると思ったのに。一筋縄では行かないわね……けどねっ!」


 距離を詰めながら放たれる袈裟斬りが、かがんだ〈アストロⅡ〉の頭上を通り抜け背後の岩をバターのように斜めに切り裂く。

 裕太は〈アストロⅡ〉に、赤熱した断面を光らせながら崩れる岩を飛び越えさせ、距離を取りつつハンドレールガンを連射した。

 的確に〈ブランクエルフィス〉の頭部を狙った弾丸群を、ガンドローンから放たれたビームの一閃が薙ぎ払い空中で蒸発させる。

 余波の光線が裕太の足元の岩盤を貫き、融解した岩床いわどこに〈アストロⅡ〉の片足が一瞬とられ機体が横に傾く。

 その隙を見逃さず、接近してビームブロードを振るうレーナ機。


「まだ、まだぁっ!!」


 傾きを立て直すのではなく、利用する方向にスラスターを噴射。

 側転のような動きで斬撃を回避しつつ、体勢を立て直して〈ブランクエルフィス〉の脇へと回る。

 ハンドレールガンで狙うは、ガンドローンの充電器となっている背部ユニット。

 がしかし、引き金を引こうとした〈アストロⅡ〉の左腕が手首から先をガンドローンのビームで溶断される。


「あっはは! 勝ったわ!」

「それは……どうかなっ!」


 裕太は残った右腕のビームセイバーを空中へと放り、一瞬にして手首の付け根から白い球状の物体を取り出し投げつける。

 背部ユニットへと放物線を描き飛んだそれは、狙いすました場所へと吸着し……そして爆ぜた。


「なっ!? 吸着手投げ弾!?」

「隙あり! 貰ったぁぁっ!」


 放り投げたビームセイバーの柄を握り直し、ペダルを踏み込んでバーニア全開。

 反撃とばかりに振られたブームブロードの幅広の光が〈アストロⅡ〉の腕を貫くと同時に、〈ブランクエルフィス〉が腰部から切り裂かれた。


 崩れ落ちる〈ブランクエルフィス〉。

 両腕を失いつつも自立する〈アストロⅡ〉。

 勝敗が決したことを知らせるホイッスルが鳴り響き、裕太の勝利を高らかに宣言した。



 ※ ※ ※



「負ーけーたー!! 負けた上にズタボロになったァァァ! ヒンジーさんに殺されるぅぅぅ!」


 戦いが終わり、上下半身が切り分けられた無残な姿の 〈ブランクエルフィス〉を前に、レーナが項垂れる。

 裕太とレーナの他の選手たちは、反対側で互いに健闘を称え合っていた。


「高級機で殴り込むからこうなるんだよ。フレームファイトで、エルフィスみたいな機体が出てこない理由まで勉強しとけよな」

「ぐぬぬぬーっ! 今日は50点の勝ちにしておいてあげるわ! けれど次はそうは行かないからっ!」

「いいぜ。ただし、次はこっちジェイカイザーに乗せてもらうからな」

「ずるーい!」

「お前が言うことかーっ!」


 一通り言い合って、ふたりで同時にため息をつく。

 裕太はふと、気になったことをレーナに問いかけた。


「なあレーナ。ナインのこと、なにかわかったのか?」

「ううん。パパの知り合いのツテとかも使って調べてるけど全然。50点は?」

「こっちもネオ・ヘルヴァニアの動きはさっぱりだ。このまま永遠に何も起こらないままなら、それはいいんだが……」


「笠本くん、かっこよかったわよぉ! あ、レーナちゃんも」

「姫様も元気そうでなにより。ジャージ姿、似合ってるわよ。そういえば、愛しの進次郎さまはどこかしら? せっかく地球に降りてきたから会いたいんだけれど……」

「進次郎の奴は今日は金海さんと、その妹とお出かけだよ」

「ボロ負けするし、進次郎さまには会えないし、今日は厄日ねぇぇぇぇ!」


 がっくりと肩を落とすレーナの姿に、裕太とエリィは笑みを零した。



 【9】


「んじゃな、ガキンチョども」

「帰り道には気をつけてくださいね」


 家の前で裕太とエリィのカップルと別れ、ロゼとともに玄関をくぐるカーティス。

 今日の試合について語り合いながら、ロゼが夕食を作るのを手伝う。

 手早く調理を進める彼女の背中を見て、無意識に上着のポケットに手を伸ばす。


(雰囲気か……)


 裕太に言われたことを気にしつつ、指輪を取り出すタイミングをはかる。

 つけっぱなしのテレビがくだらないバラエティー番組を映し出す中、静かに夕食を取る。

 ロゼが作ったシチューは、今日も絶品だった。


 腹を満たし、片付けが済み、テレビを消してゆっくりと語らう。

 タイミングは今しかないと、カーティスは勇気を振り絞った。


「なあ、ロゼ」

「なんですか? カーティスさん」

「……お前に、プレゼントがあるんだ」



 ※ ※ ※



 カーティス達がまさに夕食を食べている頃。

 裕太は公園へとエリィを誘い、一緒にベンチでひと休憩をしていた。


「今日の試合、すごかったわよぉ」

「ああ。レーナの奴には悪いことをしちまったなあ」

「笠本くんだって、よく〈アストロⅡ〉で渡り合えたものよねぇ」

「……エリィを守るために強くなんなきゃって、思ってさ」


 ポツリと呟くようにいった言葉。

 何気ないセリフが、エリィの表情に驚きを浮かばせた。


「今、笠本くん……あたしのこと、エリィって」

「今日さ、内宮に……告白の返事をしたんだ」

「告白の……」

「断った。いつかはしなきゃいけないことだし、あいつには悪いと思いつつも……俺は自分の気持ちに嘘はつけないから」

「笠本くんの、気持ち……」


 ベンチから立ち上がり、一歩、二歩あるいてから振り返り、エリィの方へとまっすぐ向き直る。

 裕太の覚悟に答えるように、エリィも立ち上がり胸の前で手を組んだ。


「エリィ……俺、俺は」


 いつもは当たり前のように顔を突き合わせて喋っているのに、言葉が詰まってなかなか出てこない。

 緊張で震える手足を、気合で抑え、大地を踏みしめる。


「かさも……裕太くん」

「エリィ、俺はお前のことが────」


 少年が振り絞った、一世一代の告白。

 しかしそれは────



「がっ……はっ……!?」


「裕太……くん!?」



 一発の銃弾によって、発せられることはなかった。



 まるで焼け付くように右足が痛み、赤い血を吹き出す。

 裕太はその場に倒れ、どくどくと鮮血が溢れ出る傷口を手で抑えようとする。


「裕太く……うっ!?」


 駆け寄ろうとしたエリィの後ろ首を叩く、いつの間にか背後に表れていた黒服の男。

 気を失った彼女を荷物のように持ち上げたそいつは、拳銃を握った別の黒服と言葉をかわす。


「この男はどうする」

「捨て置け。じきに地球ごと焼け消える定めだ」


「待て……よ……!」


 地面を這いずるように、裕太は男たちを追おうとする。

 しかし足を撃たれた少年を、黒服たちは難なく振り切り建物の影へと消えた。

 

「エリ……ィ……」


 取り戻そうと延ばした手から力が抜け、裕太の意識はそこで途絶えた。



 ※ ※ ※



「あ……ああ……!?」

「ロゼ、どうした……? ロゼ!?」


 遠くから響いた一発の銃声。

 それがロゼの、ロザリー・オブリージュとしての記憶を呼び覚ました。


 脳裏に浮かぶのは、愛する祖父の最期。

 助からないことを悟り、ロザリーに楽にしてくれと拳銃を握らせる姿。

 涙を流して引き金を引いた、あの夜の出来事。


 終戦を迎え始まった、辛く苦しく貧しい地球圏のコロニーでの生活。

 ヘルヴァニアの銘のもと送られてきた招集状。

 憧れの将軍、キーザとの邂逅。

 ゼロセブン失踪の報。そして出撃。


 憎き仇、エルフィスとそのパイロット、スグルとの戦い。


 そして──────。






「ロゼ、おいしっかりしやがれ! ロゼ!」

「わたくしははロゼなどではありませんわ! わたくしは、ロザリー・オブリージュ! 誇り高きネオ・ヘルヴァニアの戦士!」

「お前、記憶が……」


 ロゼは、ロザリーは身を翻し、戸棚の隠しスペースにしまってあった拳銃を握り、その銃口をカーティスへと向けた。


「汚らわしい地球人め! よくもこのわたくしを……穢し、弄んでくれましたわね!!」

「ロゼ……」

「わたくしは、ロザリー・オブリージュですわっ!!」


 乾いた音とともに、鉛玉が宙を走った。

 その弾丸はカーティスの脇腹を貫き、彼の背後の壁に穴をあける。

 傷口から血を吹き出して、倒れるカーティス。


「わたくしは、わたくしは……!」

「よかったな……ロゼ……。記憶、戻ったんだ……な……」


 動かなくなったカーティスの脇を通り、屋敷の出口を目指し走り出すロザリー。

 その彼女の胸中には、得体のしれない感情が渦巻いていた。


(なぜ……あの男は、撃たれたのに「良かった」と……?)


 慌ただしく屋敷を飛び出す彼女の足音。

 それをかき消したのは、けたたましい救急車のサイレン音だった。



───────────────────────────────────────


登場マシン紹介No.38

【アストロⅡ】

全高:7.9メートル

重量:7.5トン


 江草重工製の汎用キャリーフレーム、アストロの後継機。

 アストロの特徴であった安価に見合わないスペックの高さをそのままに、反応速度・追従性を現行の軍用最新機レベルまで引き上げた機体。

 その煽りで、装甲の耐ビーム性はアストロより強化されているものの現行ビーム兵器を防ぐには足りず、あくまでもフレームファイトなど競技用としての用途に特化している。

 大部分のパーツをアストロと共有しているため、間に合せの修理・補強に旧型機のパーツを使っても問題が少ない。


 最新型のパーツを使っており、なおかつ動力炉は旧来のものと同じものである都合上、兵器に回せるエネルギー量に問題がある。

 これは最新の核融合炉に載せ替えれば解決する問題であるが、手を加えてない状態ではビーム兵器に回すエネルギーが不足してしまう。

 その欠点を補うため、標準武装の内、傾向射撃武器がビームライフルからハンドレールガンへとランクダウンされている。



【アストロ・キャノン】

全高:7.9メートル

重量:8.8トン


 江草重工製の汎用キャリーフレーム、アストロにオプション兵装として両肩に37ミリ口径カノン砲を備え付けたカスタムタイプ。

 あくまでも競技用の機体であり、キャノン砲の威力は実戦で使うには不足している。

 キャノン砲がついている都合上、アストロよりも動きは鈍重。

 さらに積載量の関係で携行武器がビームセイバーのみとなっている。



───────────────────────────────────────


 【次回予告】


 鮮血の夜が明け、病院で目覚める裕太とカーティス。

 共に愛する者を奪われた彼らに伝えられる、ネオ・ヘルヴァニアが動いたという報。

 それは地球という惑星を脅かす、恐ろしい作戦計画を知ることでもあった。

 故郷を奪われた者と、愛する者を奪われた者による戦いの火蓋が、切って落とされる。


 次回、ロボもの世界の人々39話「男たちの決意」


「笠本はんが……好きな女を目の前で奪われて平気なはずないやろっ!!」

「内宮、かわってくれ……。銀川の親父さん、俺が責任を取ります」

「責任って……」

「俺が、エリィを必ず助け出します……! だから────」

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