第30話「炸裂! ダブルフォトンランチャー!」

 【1】


 発見した戦艦が数時間の内に動かせた理由は、ひとえに保存状態が良かったのと臨戦態勢の状態で放置されていたからに過ぎない。

 そうでなければ、一晩の内に数分間とはいえ一戦闘をこなすまで状態を持っていくことなど不可能だからだ。

 しかし、そうなれば別の方向へと疑問が変わる。


 この戦艦──Νニュー-ネメシスと皆が呼ぶ船──を運用していた古代人たちは、どこへ行ったのか。

 あまりにも綺麗すぎる艦内、臨戦態勢だった艦の状態、そのどれもが推論に結びつく情報ではない。

 そもそも、この艦が戦う相手として想定していた「敵」は何なのか、戦いはどうなったのか。

 考えてもわからず、証拠になりそうなものもなく、宝探しにやってきた宇宙海賊軍一行はただただ艦の本格運用のための準備に日を費やすだけとなった。


『裕太、今日で島に来て何日目であったか?』

「丸一週間じゃなかったかな?」

『ぐうっ! こんなにかかるとわかっていたらアニメの録画予約をしていたというのに!』

「悔やむくらいなら最初から予約しておけよ……」


 Νニュー-ネメシスの個室のひとつで、ベッドに横たわりながらジェイカイザーと他愛もない会話をする裕太。

 福利厚生が充実している艦内には十分すぎるほどの数の個室が用意されており、元々のネメシスクルーに加えて裕太たちを含めた全員に割り当てても、部屋が余るほどである。

 その部屋もベッドに机と最低限の家具が一通り揃った八畳の広さで、部屋ごとにトイレ・バスルーム完備というまるで上質なビジネスホテル並の充実度だった。

 このような快適な空間が与えられれば、一週間も艦内で生活することに苦を感じることさえもない。


 そもそも、なぜ裕太達が一週間もこの艦にとどまっているのか。

 それはこの戦艦が現状帰るための唯一の足だからというのがひとつ。

 来る時に搭乗していたネメシス号は途中で修理を放棄され、資材や家具類はすべてキャリーフレーム総出でΝニュー-ネメシスに移送済みである。

 裕太としてもハイパージェイカイザーを置いて帰るわけにも行かず、かといって機体で飛んで帰ろうと考えれば人数が多すぎる。

 カーティスの機体である〈ヘリオン〉も人員輸送用のユニットを黒竜王軍の最初の攻撃で破損しており、帰りの乗り物にするには不安定すぎた。


 2つ目の理由は、黒竜王軍の存在。

 Νニュー-ネメシスの攻撃であれだけの兵力を損失したとあっても、相手は異世界の軍勢。

 彼らの世界から無尽蔵に兵力を補充できることを知っているだけに、裕太たちの戦力を今手放すのは危険すぎる。

 確かにこの戦艦Νニュー-ネメシスは単艦で凄まじい戦闘能力を有している。

 しかし、だからといって艦ひとつで膨大な敵を相手にするには継戦能力が足りない。

 長期戦を強いられれば、数が少ないほうが不利なのだ。


 時折、島の中心の町へと買い物にでかけたり、散歩をしたり。

 そうやって暇をつぶしながら過ごした一週間。

 抜けられない理由はわかっていても変化の乏しい毎日に、裕太はそろそろ退屈を感じ始めていた。


「今日はどうしようかな?」

『進次郎どのとトランプ勝負など』

「それは昨日やった」

『では、内宮どのと外出はどうであろうか?』

「おとといそれをやったせいで銀川が不機嫌になっただろうが」

『ご主人様、では埋め合わせをするようにマスターと何かなさってはどうでしょう?』

「いいアイデアだ、ジュンナ。じゃあ早速……」

『むむむのむ』


 気の利いたアドバイスが出せなかったことが不満なのか、不機嫌そうなジェイカイザー。

 と言っても、数分も立てば忘れてすっかり元気になるので放置し、廊下に出る。

 部屋の鍵をカードキーでかけ、隣室であるエリィの部屋へ赴こうとして、裕太は気づいた。


 エリィの部屋の前の床が、真っ赤な血で染まっていることに。




「銀川ッ!! 大丈夫か!!」


 力任せにドンドンと扉を叩き、呼びかける裕太。

 何者かに襲われたのか、あるいは事故で大怪我を負ったのか。

 最悪の過程がいくつも頭に浮かんでいく。


「50点、どうしたの!?」


 裕太が騒いでいるのが聞こえたのか、レーナが私室から駆けつけてきた。

 事情を説明しつつ床についた血を指差すと、レーナは「あんたはここで待ってなさい」とだけ言い、マスターキーを使ってエリィの部屋に入っていった。


 永遠のようにも思える数分間。

 再び扉が開き、出てきたレーナに裕太は掴みかからん勢いで中の状況を問いかける。


「銀川は、銀川は大丈夫なのか!?」

「ええ、心配はいらないわ。お姫様は、ちょーっと失敗しちゃっただけみたいだから」

「失敗? 何のだ?」

「男であるあなたには関係のない事柄よ。姫様ったらあんたには今の状態見られたくないって言ってたから、放って置いたほうが良いわよ」


 そう言い、立ち去るレーナ。

 あまりのあっけらかんとした態度に、思わず首を傾げる裕太。


『あ、もしかして……』

「ジュンナ、何か心あたりがあるのか?」

『思い出しました。周期的に今日はマスターのあの日です』

「あの日?」

『いわゆる女の子の日です』


 男である裕太でも、保険の授業で聞きかじる程度には習ったことがある。

 けれど、これほどおびただしい量の血が出るものとは思っていなかった。


『ご主人様がマスターとズコバコよろしくヤっていれば避けられた惨状でしたね』

「いやいや、それって止まったら止まったでヤバいやつじゃなかったっけ」

『まあ裕太は童貞であるから、止められた可能性はゼロだがな、わっはっは!』

「うるせー変態AI」

『なにおー!』


 ふたりの口うるさいAIに頭を悩ませながら、また今日の予定を考えるところまで戻された裕太は、頭を垂れて項垂れた。


 【2】


「あ、笠本さん」

「おろ、遠坂さん」


 予定を立てようと艦内の廊下を歩き回っていた裕太。

 いつの間にか艦橋近くまで来ていたようで、ちょうど廊下に出てきた深雪とばったり出会った。


「その……フィクサとのこと、もう大丈夫なのか?」

「ええ、私はタフですから」

「そういう問題かなぁ」


 父親との決別の直後に、慕っていた人間の突然の裏切り。

 もしも自分が深雪の立場だったら一ヶ月は立ち直れないだろう。

 そう思いながら、深雪と共に廊下の壁にもたれかかる。


「あの様子ですと、あの人とはまた何度でも会う機会はあるでしょう。彼の本心は、そのときにゆっくりと聞くつもりですから。もちろん、拳銃のひとつでも向けながらですけど」

「タフだなぁ」

「よく言われます」


 彼女のタフさの源が、彼女の家族に降り掛かった悲劇であることは間違いない。

 しかしそんな出自であっても強さを持ち続ける彼女の姿に、裕太は少しだけ奮起を促された気がした。

 それは年下の子に負けてなるものかという、幼稚な反骨心かもしれない。

 けれど、それは確かに裕太という一人の男に生まれた活力なのだ。


「ああ、そうだ。笠本さん」


 話を変えよう、というていで深雪が振り直る。


「ナニガン艦ちょ……今は副艦長でしたね。あの人から出撃命令です」

「出撃? 黒竜王軍が来たのか?」

「いえ。お手伝い、だそうです」

「お手伝い?」



 ※ ※ ※



 修繕が一通り終わり、内装が綺麗に元通りとなった〈エルカーゴ〉の艦橋で、グレイは足を組み書類を眺めていた。

 その書類に刻まれた文字、それは黒竜王本国軍が央牙島おうがじまを総攻撃するという事実をつづっている。


「予想通り、という感じだな。フィクサ」

「今の黒竜王軍の内状的に、あの艦を手に入れるのには大きな意味があるからね」


 フィクサの言う大きな意味、というのは至極簡単な話である。

 それ即ち、次期黒竜王軍のトップの座。


 現在フィクサが就いている地位は、そもそもなし崩し的に与えられたものである。

 集団の絶対的長である黒竜王が戦死し、後継のゴーワンは消息不明。

 残った者の中で最も多くの功績を残していたのがフィクサだった、ただそれだけである。

 実力主義が組織の形をしている黒竜王軍にとって、戦力となるだけでなくテクノロジーの解析により自軍の強化に結びつく埋没戦艦

の獲得。

 それは次期リーダーの座を獲得するには、十二分すぎる功績である。


 そうなれば役割分担を放棄してまで、フィクサの代わりに本国軍が出てくるのも無理のない話なのだ。

 すでに組織としては瓦解寸前であるにも関わらず、このような手に出る者がいるのは、黒竜王のワンマン体制のツケであろう。


「僕としては、このまま本国の連中に好き放題されるのは好ましくないけどね」

「ではどうする? 俺たちの手で笠本裕太たちにこのことでも伝えるか?」

「そうだね、彼らならばこの窮地を何とかするだけの底力はあるだろう」

「奴らの力を買っているのだな。ロリコン行為の功績か?」

「その言い方はよしてくれといっただろう、グレイ。それに……」


 含みのある言い方をしたフィクサに、グレイはこの場を任せることに決めた。

 グレイにとっては、笠本裕太と決着をつけることこそが望みなのだから。



 【3】


「なんだぁ、コラァ! 俺たち宇宙海賊の問題に、首突っ込もうってぇのか!?」


 スピーカー越しに吠える〈量産型エルフィス〉を相手に、裕太はひとりコックピットの中でため息を吐いた。


「こっちも今は、ネメシス海賊団所属なんだけどなあ」


 深雪づてに伝えられた出撃命令の内容。

 それは島の中央街で暴れ始めたキャリーフレームの鎮圧だった。


 ここ央牙島おうがじまは、表向きには宝島というわけではない。

 悪名ある宇宙海賊や宙族といった、日の下を歩けない宇宙ぐらしが地球へ降り宇宙へ昇る玄関口。

 そして補給や休憩を取る非認可の宇宙港というのが、裕太たちや黒竜王軍以外のこの島に対しての認識である。

 非認可故に警察などの治安維持組織はおらず、揉め事が起こった際に島にいる誰かがそれを止める。

 それがこの島における暗黙の了解だった。


「オーバーフレームなんざ持ち出したところで、怖かぁねえがんな!」


 震え声で虚勢を貼る〈量産型エルフィス〉。

 廉価版とはいえ落ちるところまで落ちた英雄機の姿に、裕太はげんなりとする。


「キャリーフレームでコンビニ強盗だなんて、お前恥ずかしくないのかよー!」

「うるせー! 俺たちが食いもんを食うのになにが問題あるっでのがよー!」

「その手段が問題なんだって、まったく!」


 とは言え、この鎮圧を請け負うことには裕太にも利があった。

 揉め事によって発生した損害や、治安側の手間賃は揉め事を起こした側が請け負うことになる。

 つまりは、鎮圧に無事成功すれば駄賃が目の前の連中から出るのだ。

食うに困ったとはいえ宙賊、貯蓄がないはずがない。


 裕太はレバーを握り、横にひねる。

 ジェイカイザーのときに太ももとなっていた部分から、電磁警棒を取り出した。


 こちらが武器を抜いたと見るやいなや、ビームセイバーを取り出し構える〈量産型エルフィス〉。

 振りかぶって向かってくる一瞬の隙をつき、ペダルを踏み込んでバーニア噴射。

 大振りな縦一文字を真横にかわし、すり抜けざまに相手の腰部関節へと警棒を差し込むハイパージェイカイザー。


 パァン、と稲妻が音を立てて弾けたあと、〈量産型エルフィス〉は前のめりに倒れ込み動きを止めた。


『久々の暴徒鎮圧、お見事でございますご主人様』

「ありがと、ジュンナ。それにしてもこの警棒、久々に使ったな」

『最近は犯罪キャリーフレームとの戦いも少なかったからな。ジュンナちゃん、頑張った私にもお褒めの言葉を……』

『あなたの貢献度はゼロ%です。かける言葉が見つかりません』

『せめて笑ってくれぇー』


 AIの夫婦漫才に乾いた笑いで相槌を取る裕太。

 さて、犯人の面でも拝んでやるかと倒れた機体に目をやったところで気づいた。

 コックピットが開いている。


「ジェイカイザー、敵機の生体反応!」

『むむっ! 無いぞ! まさか無人機かっ!』

「バカ言え、逃げたに決まってるだろ! 逃したら責任追及か面倒になる! なんとか──」


「犯人なら、我々の手で捕まえておいたぞ」


 足元から聞こえた声に、カメラを下に向ける。

 そこに映っていたのは、深雪の父でありかつての英雄、遠坂艦長だった。



 ※ ※ ※



「深雪は……娘の様子はどうだ?」


 コンビニ前のベンチに座り込み、店員から礼にと渡された缶コーヒーを開ける遠坂艦長。

 裕太もまた、渡されたリンゴジュースのペットボトルの缶に手をかける。


「元気……というにはたくまし過ぎるくらいには元気ですよ。えーと」

「私のことなど遠坂と呼び捨てにでもすればいい」

「それじゃあ、遠坂艦長」

「何だ?」


「さっきの犯人捕まえた分前っていくつですかね?」

「ブフッ」


 裕太の質問が予想外だったのか、飲みかけたコーヒーを吹き出す遠坂艦長。

 とは言え、裕太にとっては死活問題なのだから仕方がないのではある。


「我々は後始末をしただけだ。報酬は全て君のものだ」

「よっしゃ!」

「……他に話題はないのかね?」

「そうですね……」


 渋い声で質問を振られて、考え込む。

 ここで出会ったのも予想外だし、そもそもなにか話があってここに来たわけでもない。

 せっかくなので、裕太は先程引っかかったことについて尋ねることにした。


「さっき、我々……と言いましたけど、お仲間が?」

「私とてここに居着いてから短いわけではない。この様な島で生活するに困らないだけのコネクションや、同志程度はいる」

「そうですか……」


 また質問に詰まってしまう。

 せっかく、歴史書に乗るような人物を前にしても、いざ会うとなると振る話題には困るものだ。

 少し悩んで、裕太はピンと閃いた。


「そうだ、じゃあ遠坂艦長から俺……えっと、僕に質問はありますか?」

「ふむ? そうだな……先程の戦い、見事だったな。あの技量は若い頃の銀川を思い出す」


 銀川、というのはエリィのことではなく、彼女の父親である銀川スグルのことであろう。

 歴史的な英雄と同列に並べられ、なんだか裕太は照れくさくなった。


「君は、あれだけの腕前をその若さで。どのような訓練を経たのだ?」

「訓練というと、幼い頃からの母からの指導ですね。自分はこう、音楽とか習字とかいった文化的な習い事は苦手だったので、なにか一芸でも仕込みたかったんだと思います」

「なるほど、君の母親から……」

「子供の頃には、自慢になるかもしれませんが地方のフレームファイト大会で大人たち相手に優勝したこともあります」

「それは凄いな。天才型の銀川と逆に、まさしく努力の子といったところだな」

「銀川スグルさんは、どんな人なんですか?」


 会話の中で生まれた質問による素早い切り返しに、裕太は心のなかで自分を褒めた。

 自らを上げまくるような話を続けるのが憚られるのは、裕太が純粋な日本人であることに起因しているのは間違いない。


「銀川は、ヘルヴァニアが木星へと攻撃を仕掛けたあの日、初めてキャリーフレームに乗ったのだ」

「それが、あのエルフィスですか?」

「そうだ。初陣で敵無人戦闘機を全滅させ、指揮官機を撤退に追い込んだ」

「初乗りでそれなら……すごいですね」


 書物などで読み聞いたよとはあったが、実際にその活躍を生で見た人間の口から聞くのは、ひと味もふた味も印象が違った。


 キャリーフレームを操縦するだけなら、操縦系の都合上子供でも不可能ではない。

 しかしそこから戦闘機動を、しかも未知の集団相手に発揮して一方的に勝つなんて、常人には不可能だろう。


「しかし、銀川の強さの源には奴自身の努力ももちろんあったが、ExG能力の存在も大きかった」

「あの人も能力者なんですね」

「ああ、しかも格段に優れた能力者だ。しかし、君は確か非能力者だろう? その生まれで戦い抜いてこれたのならば、君の潜在能力は銀川以上かもしれん」


 裕太はベタ褒めされて恥ずかしいながらも、本当にそうなのだろうかという気持ちも一緒に渦巻いていた。

 それはもちろん謙遜混じりであることも確かだが、支援AIであるジェイカイザーの存在。

 それからハイパージェイカイザー操縦時にはいつも誰かがサブパイロットについてくれていた。

 自分一人の力ではないのに手放しで褒められても、素直に喜べないのが裕太の人情である。



 【4】


 それから裕太は、遠坂艦長と飲み物の缶を3本ずつ空っぽにするまで長々と話し込んだ。

 学校でのエリィとの生活、これまで経験した戦い、半年戦争で起こった事、戦争終結後の苦労話。

 様々な話が交錯し、一人の少年と中年の気持ちを解きほぐしていった。

 そんな時だった。


「笠本はーーん!!」


 道路の向こうから手を振りながら、二脚バイクで走り込んできたのは内宮。

 その表情は迎えに来た、というよりは一大事を報告しに来た、というような風である。


「何かあったのか?」

「深雪はんが、敵が来るのが近い言うててな。笠本はんを呼び戻すように言われたんや」

「わかった。内宮、サブパイロットを頼めるか?」

「お安い御用やで!」


 休憩をするには時間をかけすぎたな、と思いつつ立ち上がる裕太。

 レンタルだった2脚バイクを遠坂艦長に預け、ハイパージェイカイザーに内宮とともに乗り込む。


「笠本裕太くん」


 コックピットハッチを閉じる前に、外から呼び止められた。

 前のめりになって顔を出し、足元の遠坂艦長を見下ろす。


「娘を……深雪を頼む」

「お断りします」

「なに?」

「親として心配だったら、直接行けば良いんですよ。それでは」


 ハッチを閉じ、機体を起動する。

 子供の気持ちとしては、実の親には人づてに心配を伝えられるよりは、直接来てほしい。

 そのことが彼に伝わっていればいいなと思いながら、裕太はペダルを踏み込んだ。



 ※ ※ ※



 Νニュー-ネメシスが安置されている遺跡の真上。

 前回の出撃の際に地崩れを起こして禿山になっている場所に、3機のキャリーフレームが突っ立っていた。

 X字のスラスターが特徴となるレーナの〈ブランクエルフィス〉。

 大きなレールガンと一体化した右腕を持つカーティスの〈ヘリオン〉。

 そして、両手にビームピストルを持った〈エルフィスMkーⅡマークツー〉。


「50点、遅かったじゃない」

「ガキンチョ、さっさと配置につきやがれ!」


 口々に言うレーナとカーティスに従い、ハイパージェイカイザーを着地させる。

 むき出しになった赤茶色の土がその重さを支えられず、すこし沈む感触に裕太は肝を冷やしながら、〈エルフィスMkーⅡマークツー〉の方へとカメラを向けた。


「そのMkーⅡマークツー、誰が乗ってるんだ? まさか銀川じゃ?」

「フッハハハ! 彼女は未だ自室で唸っている。ここにいるのは天才の僕さ!」


 自信満々な進次郎の声に、裕太は肩を落とす。

 この中で一番、実戦経験が薄い彼が出なければならないほど状況は深刻なのか。


「フッ、失礼なことを考えているな裕太。この僕の力量が果たして足りると疑問に思っている……どうだ?」

「お前、ExG能力者だったっけか?」

「長らく親交していれば、この程度のことは能力などなくても手に取るように読める。サツキちゃんのためにも勝利を手土産とすることを約束しよう」

「進次郎様~! わたしはあなたに勝利をもたらしてあげますよ~~!」

「う、うむ! そうだな!? よろしくたのむ?」


 レーナの圧に押されてタジタジな進次郎の様子に、裕太はクスりと笑ってしまう。

 後方の内宮が「大変やなあっちも」と他人事なのが、なおさら面白い。

 ひとしきり笑ったところで、モニターに艦長席に座る深雪の姿が映ったので、裕太は改めて操縦レバーを握り直した。


「さて、皆さん準備はよろしいでしょうか?」

「はーい、艦長! わたしはバッチリよ!」

「それは良いことです。現在Νニュー-ネメシスは、本格起動最終段階一歩手前となってます。ですが、おそらく間もなく黒竜王軍の大部隊がこちらへ攻撃を仕掛けて来るみたいです」

「せや、疑問に思うとったけど。敵が攻撃仕掛けてくるなんて、なんでわかったんや?」


 言われてみれば妙である。

 敵が接近してきているとレーダーに反応があるわけでもなく、怪しげな前兆すらも起こっていない現在。

 それだというのに深雪が黒竜王軍の接近を感づいているのは謎であった。


「ああ、それなら匿名でタレコミがあったんですよ。十中八九フィクサさんからでしょうが」

「フィクサが?」

「ええ。何重にも遠回しで人づてに情報を回したつもりでしょうが、情報の内容でバレバレですけど」

「なんだ嬢ちゃん。ってぇと、黒竜王軍が黒竜王軍の攻撃を教えてくれたってことか?」

「おそらく彼らの組織は一枚岩ではないのでしょう。島直上への転移は艦内から魔法騎士マジックナイトエルフィスさんに魔法的なやつで防いでもらっているので、きゃりーフレーム隊は外洋上空での迎撃をお願いします」

「島の連中は手伝うてくれへんのか?」

「望み薄ですね。我々が外様とざまな以上、彼らとしても攻撃対象にならない限りは静観を決め込むものと考えられます。また、第一波を凌いだら追撃が来る可能性が濃厚なので、皆さん程々に頑張ってください」


 程々にって言われても困るなと裕太は頭を抱えた。

 なにせ、今現在レーダーに次々と映っていく敵の反応数が、あっという間に3桁を超えてしまったからだ。

 前方に広がる大海原の上空に、次々と開いていく異次元への大穴。

 その穴の中から、こぼれた砂粒のように続々と姿をあらわす黒竜王軍の魔術巨神マギデウス


「こりゃあ……ひとり何体倒せばっていうレベルじゃないわね?」

「んだな。やたらめったら暴れるしか無え」

「フ……天才にふさわしい戦場──と言いたかったよ、さっきまで」

「ぼやくなよ進次郎。内宮と操縦かわるか?」

「ここで退いたら男がすたる!」


 次々とバーニアを吹かせて発進する各機。

 裕太も後を追うように、ペダルを力いっぱい踏み込もうとして、携帯電話が震えていることに気づいた。

 通知をしていたのは、一通のメールの受信。


「銀川から……?」


 その文面にはひとこと「無事を祈っています」とだけが書かれていた。

 後ろから覗き込んでいた内宮に茶化されながらも、裕太は少しだけ勇気が湧いた。



 【5】


 口を開き咆哮する翼竜型の魔術巨神マギデウス〈ラノド〉を、〈ブランクエルフィス〉がビームブロードで縦一文字にぶった切る。

 同時に、背後から青龍刀めいた実体剣を振り上げて襲いかかる〈メレオン〉に、スラスターとして機能しているガンドローンを向け、ビームを放射してその身体を貫き、爆散させた。


「こんなに相手が多いなら、相手は同士討ちが怖くて射撃は出来ないってこと! つまりは……!」


 敵の集団の中でも、ひときわ大きい空間を見つけたレーナはバーニアを吹かせ、〈ブランクエルフィス〉をその空間へと潜り込ませた。

 コンソールを右手で操作し、背部にX字を描くように4つ装着されているガンドローンを分離。

 脳内で考えた各ドローンの運動イメージを操縦レバーを通して神経づてに伝え、発射トリガーにかかった指に力を込める。


「まとめて片付けて、ガンドローン!!」


 レーナの叫びに呼応するように、ひとつひとつのガンドローンが戦場を走った。

 小刻みに方向を変えながら敵機の隙間を駆け巡り、方向転換の度に細いビームを発射し、魔術巨神マギデウスへと光線を差し込んでいく。

 稼働限界までエネルギーを消費したガンドローンが、〈ブランクエルフィス〉と戻った瞬間、攻撃を受けた機体すべてが同時に爆発四散した。


「これだけやっても、ぜーんぜん減らないのね……!」


 減った分が補充されるように、再び魔術巨神マギデウスの群れに囲まれたレーナは、ため息をこぼした。



 ※ ※ ※



「大盤振る舞いだ、いくぜぇっ!!」


 カーティスの気合とともに〈ヘリオン〉上部のミサイルハッチの蓋が一斉に開き、無数のミサイルを放出した。

 ひとつひとつのミサイルが異なる敵へと突き刺さり、次々と爆散させていく。

 レーダーへと目をやり、光点が一直線になっている角度を算出。

 操縦レバーをグイと傾け、太い指でトリガーを押し込むカーティス。

 大型レールガンから発射された鉄塊が、進行上にある魔術巨神マギデウスを巻き込み破壊しながら音速で戦場を貫いてく。


「なっ! こんちきしょう!」


 下方から攻撃を仕掛ける〈メレオン〉に対し、バーニアを浮かせ機体をホップ。

 ヘリコプター形態の時にメインローターとなる左腕のプロペラを高速回転させ、そのまま敵へと突っ込ませる。

 回転するプロペラの奔流に巻き込まれた敵機がズタズタの破片となり海に落下していくさまから目をそらし、再びレーダーに視線を移す。


「おいおい、これじゃあキリがねえぜ?」



 ※ ※ ※



「戦場でビームピストルを使い、華麗に敵を殲滅してこそ……天才だろうがっ!!」


 自分に言い聞かせながら、進次郎はペダルを踏み操縦レバーを押し込んだ。

 フルオートモードに設定された両腕のビームピストルが火を吹き、敵群へと光の雨を撒き散らす。


 次々と爆発を起こし落ちていく敵機。

 しかし、その弾丸を掻い潜ってきた一機の〈メレオン〉が全速で接近。

 ビームピストルを握る右腕に刃を振るい、肘の部分から先を切り落とされる。


「にぃっ!?」


 引き剥がそうと敵機の頭部を左腕で殴りつけるもビクともせず、メレオンのギョロギョロしたカメラアイが進次郎を睨みつける。

 が、巨大な脚がその頭部を蹴っ飛ばし、離れたところに翠色に輝く光の拳を受け爆散した。


「言わんこっちゃない。天才が聞いて呆れるぞ」


 背後から援護をくれた裕太の声と、ハイパージェイカイザーの姿に一息をつく。

 今の状況で一人のままであれば、確実にやられていたであろうことは想像に難くない。


「フ……情に流され無謀を演じてしまったのは僕の未熟さが故と認める。しかしだな裕太」

「しかしもカカシもあるか。金海さんにいいところを見せようという姿勢は結構だが、返り討ちにされて泣かせたら元も子もないだろ?」

「む、しかし……」

「岸辺はん、そのダメージと武器で戦うのは無茶や。ここはウチと笠本はんに任し、艦の発進口でも見はうときな」

「そうさせてもらう。身の程をわきまえぬようでは、天才らしくないからな」


 ※ ※ ※


 背を向け、バーニア光とともに島に戻っていく進次郎の後ろ姿に、裕太は胸をなでおろす。


「笠本はん! 直上に3機くるでぇ!」


 息つく間も無く、重力を活かし上方から格闘戦を仕掛けてくる〈メレオン〉の群がモニターに映る。

 振りかぶった刃を受け止めるようにハイパージェイカイザーの手を開かせ、真上に上げさせる。

 発生したフォトンフィールドが青竜刀の一撃を受け止め、一瞬怯んだ隙をついて射撃モードのジェイブレードを構え、発射。

 緑の光が3機を巻き込むように天へと走り、通り道にいる敵を次々と爆散させ消滅させた。


(敵が固まっているなら、ウェポンブースターで一掃できるが……!)


 裕太が気がかりだったのは、第二波の存在だった。

 深雪の見立てではあるが、ほぼ確実に来るであろうグレイとの戦い。

 やつとの戦いに消耗を持ち込むのは危険である。

 これまでとの戦いから、2機の戦闘力が攻守ともに互角である以上、機体コンディションが勝敗を分けることは必然だった。

 グレイが正々堂々を良しとしても、狡猾なフィクサの入れ知恵を聞き入れたなら勝ちの目は薄い。


 第二ラウンドを全力で迎えるには、フォトンエネルギーを浪費する範囲攻撃には頼れない。

 それが裕太が導き出した結論であった。


 ジェイブレードで切り裂き、フォトンナックルで迎撃。

 ショックライフルで足止めしたところを電磁警棒で指す。

 わずかなエネルギー消費をも惜しみ、裕太は懸命に戦った。


 しかし、それがいけなかった。



 【6】


「ライフリアクター、出力確認!」

「出力19%! エネルギー充填97.88%です!」


 報告を聞き、深雪はギリと歯ぎしりした。

 Νニュー-ネメシスの動力炉・ライフリアクターに必要なエネルギー源を、人間そのものから風呂の残り湯で代用するまでは良かった。

 しかしこの代替方法は変換効率があまりにも遅く、エネルギーの充填に時間がかかりすぎるという弊害を孕んでいた。

 ひとたび充填率が100%まで溜まれば、数カ月は充填分で事足りる。

 その間にまた残り湯をエネルギーへと変換すれば、次の数ヶ月までの間にエネルギーは問題なく蓄積することが可能だ。


 だからこそ、最初の100%までがあまりにも遠すぎた。

 最初の出撃などは、わずか数%の充填率で出撃をし、戦果を上げることには成功した。

 しかし不完全なエネルギーの放出は各部への異常という形で半日後に牙を向き、その補修に数日を費やす羽目にもなった。

 100%の状態の発進でなければ、この艦は充分に性能を発揮してはくれないのだ。


 キャリーフレーム隊が稼いでくれている残りの数パーセントがたまり切るまでの僅かな時間が、もどかしかった。


「む……!? 艦長、遺跡上空に反応っ! 空中要塞です!」

「何っ!」


 レーダーへと映るひとつの光点。

 それは紛れもなく、黒竜王軍の空中要塞〈エルカーゴ〉。


「エルフィスさんの結界で、島の直上への転移は防いでいたのでは!?」

「敵は転移をしたのではありません! 高度なステルス能力をもって接近してものと推測します!」

「キャリーフレーム隊は!」

「1機、〈エルフィス MkーⅡマークツー〉のみ帰還ルートですが、片腕を損傷! 迎撃には火力足りません!」


 うかつだった。

 これまで黒竜王軍がステルス的な能力を使用した例がなかったため無警戒だった穴を付かれたのだ。

 この遺跡を覆う壁や天井は、所詮は石造りなため要塞の砲撃には耐えられまい。

 そうなれば、真上からエルカーゴのビームを食らうことは、この艦の死を意味する。


 あと1分で終わる充填だったのにと、深雪は放心した。


 その時だった。


「艦長、西方向より高熱源! ネメシスからのビームキャノンです!」


 予想外の方向から飛んできた光の帯が、敵要塞を貫いた。

 衝撃で傾いた〈エルカーゴ〉から発射された光線が、水面へと突き刺さり飛沫を上げる。


 大破し、居住区としての役割をも放棄したネメシスには誰も居ないはず。

 突然の出来事に唖然とする深雪の前に、モニターに人影が映りだす。


「……深雪。私は父親として失格かもしれんが、親としての務めは果たさせてもらうぞ」

「どうして……」

「若い者に言われたのだ、親ならば自分で赴けとな。寂しい思いをさせてすまなかった」

「謝るくらいなら、どうして……」

「深雪、私は──────」


「敵要塞健在! ネメシスに向け砲撃します!」


 父の言葉を遮るように、半壊した〈エルカーゴ〉から発射される光線。

 ネメシスの艦橋を貫く光、途絶する通信。

 少女の瞳から、一粒の涙が落ちる。


「ずるいですよ……。最後だけまともな父親面をしても、子供は喜ばないのに……」


 涙を拭いながらも、ブリッジクルーが伝える充填100%を知らせる報は、聞き逃さなかった。


「遺跡ハッチ展開! 抜錨ばつびょうせよ、Νニュー-ネメシス発進!!」

抜錨ばつびょう! Νニュー-ネメシス発進します!」


 艦の頭上を覆う天板がスライドし、夕焼けがかった島の上空から日が差し込む。

 同時に艦体が浮遊し始め、その姿を大気に晒す。


「行ってきます。……お父さん」


 涙を飲み込み、少女が吼えた。


Νニュー-ネメシス、突撃せよ!!!」



 【7】


「直上、敵要塞攻撃態勢!」

「クラスタービーム、発射用意! プリズム発射は不要だ!」

「了解、クラスタービーム発射用意!」


 クルーの復唱を耳に入れつつも、深雪は状況の整理を行う。

 敵の数は無数、味方機は劣勢、損傷を受けた〈エルフィス MkーⅡマークツー〉が甲板へと帰還。


 導き出される推論、確立する解決策、あとは体外へと放出するだけ。

 幼き少女の身体から練りだされた智力が、声となって艦橋を伝搬する。


 発射されるクラスタービームの帯が、敵要塞の中心へと突き刺さる。

 内部でエネルギーの誘爆を起こしたその巨体が、内部崩壊という形で弾け崩れる。


 人の命を表す光か、紅き血の光をほとばしらせ加速する船体。

 加速によって生じるGが、深雪の小さな体へとのしかかる。

 身を守る歪曲フィールドを矛へと変え、敵陣へと食い込むΝニュー-ネメシス。


「側面多連装ビームキャノン、一斉射! 左右両方ともだ!」

「了解! 左舷、右舷側面ビームキャノン、一斉発射!」


 戦場をかすくしのように、船体の両脇から光の縞が帯となって伸びてゆく。

 Νニュー-ネメシスの死角となっていた側面を保護するべく、ネメシスより移植した付け焼き刃の砲塔たち。

 元の主を失った銃身が、怒りを晴らすかのように唸りを上げ、直線上にいた敵を梳かしてゆく。


「味方機に帰還命令を飛ばせ」

「艦長、攻撃をすり抜けた敵機接近! 数4!」

「主砲塔回頭、狙いは大まかにして即時発射!」

「了解! 空間歪曲砲、発射!」


 艦首から伸びる三門の主砲塔が回頭しつつも、その内に秘めたエネルギーを砲身より溢れさせながら歪んだ鞭を振るう。


 接近を許した敵機体が光の渦へと呑まれ、その姿を存在ごと歪ませて消失する。

 その余波となるエネルギーの奔流が囲う敵を次々と巻き込み、レーダーより消し去ってゆく。

 残る一機が艦橋前に現れ、巨大な刃を振りかぶる。

 眼上より飛来した片腕の〈エルフィス MkーⅡマークツー〉が、手に持つビームピストルを侵略者の喉元へと突き刺し、照射。

 頭部を失った敵機を蹴り飛ばし、岩礁へとその身を落としてゆく。


 そうしている間に帰還命令を受けたキャリーフレームが、次々と甲板へと着地する。

 どれもが装甲に受けた傷と途切れ途切れのバーニア光で消耗を主張しており、敵軍を抑える戦いの過酷さを語っていた。


「キャリーフレーム隊の帰還を確認!」

「戦況を報告!」

「敵残存30%、依然として戦意喪失していません!」

「ならば戦闘続行、奴らを根絶やしにする!」



 ※ ※ ※



 見る人が見れば、一方的な虐殺にも見えただろう。

 圧倒的力を誇るΝニュー-ネメシスの勢いに、成す術なく呑まれる黒竜王軍。

 圧勝ぶりにパイロットたちが安堵し、残るは前方に陣取る一個小隊のみとなったところで、奴が動いた。


 一枚の氷の刃が飛来し、主砲塔の銃身を切り裂く。

 溢れ出るエネルギーの暴走を前に、裕太は艦橋の前へと飛び出し、レバーを内側へ倒す。

 バツの字を描いたハイパージェイカイザーの両腕から緑の光が吹き荒れ、至近距離で発生した爆発を受けとめる。


「予定より早い! やはりフィクサの入れ知恵か!」

「笠本はん! 前の魔術巨神マギデウスはどうするんや!?」


 主砲の爆発は、思った以上に戦果を出していた。

 三つの主砲塔のうち1つを巻き込み飲み込んだ爆発は、エネルギーの漏洩をもたらしたのか、残った一つの砲塔からも光が消え失せている。


 準備が整えられる暇があるなら知れずとも、眼前に敵群が控えたこの状況。

 すでに大軍向けの範囲兵器が使い潰された以上、取れる手段は一つしかなかった。


「ジェイカイザー、ダブルフォトンランチャーを使う!」

『しかし、それは奴との……グレイとの戦いに取っておくのでは!?』

「どのみちこのままじゃ艦が死ぬ。だったら!」


 コンソールを操作し、ウェポンブースターを起動。

 ハイパージェイカイザーの全身を、フォトン結晶が包み込み、鎧のように形状を変化させる。

 二本のジェイブレードが宙に浮き、ガイドワイヤーを伸ばす肩部へと、吸い込まれるように移動した。


 2機連結のフォトンリアクターの全力を、射撃モードのジェイブレード二本から発射するダブルフォトンランチャー。

 前回の発射ではその反動に耐えきれず、ハイパージェイカイザーの両腕が機能不全に陥った。

 その解決策として、訓馬博士が導き出したのは、肩部にランチャーのジョイント部を設け、その反動を上半身全てで持ちこたえること。

 テストもされずに実戦へと相成った兵器の発射プロセスが、秒を惜しむ勢いで着々と進行する。


「笠本はん! 照準バッチシや!」

「いっけえぇえ! ダブルフォトンランチャー!!」


 戦士から光が放たれた。

 エメラルドグリーンの波が敵の集団へと襲いかかる。

 眩い空間の中でその形状を歪ませ、形を失う魔術巨神マギデウス

 長いような十秒を終え、輝きが失われる。

 その時だった。


「ご苦労だったなぁっ! 笠本裕太ぁっ!」


 横合いからハイパージェイカイザーの巨体を突き刺し、空へと投げ出す蒼い脚。

 体制を整える間与えずに加速し、空中で巨体を吹き飛ばす竜戦士。


「グレイ、てめぇぇぇっ!」

「貴様らの自己防衛の手によって、こちらの仕事を減らしてくれて感謝するぞ!」


 雹竜號ひょうりゅうごうが裕太を突き飛ばし、両肩のユニットを展開する。

 あの構えは、奴の必殺の一撃の前動作。


「このような形で決着とは不本意だが、こちらも事情があるのだよ」

「こいつ! フィクサにそそのかされて!」

「笠本裕太、死ねよやぁぁぁぁっ!!」


 青の竜騎士が螺旋を放つ。

 あの二つの吹雪をかわすほどのスキはない。

 裕太の答えは、決まっていた。


「ダブルフォトンランチャー、発射!!」


 再び引かれた引き金が、勇者の光を呼び起こす。

 互いにぶつかる蒼と翠の光。

 しかし、その光は徐々に、ハイパージェイカイザーの方へと押されていっていた。


「クソっ! やはり2連射じゃエネルギーがたりないかっ!」

『残量エネルギー低下中、出力50%を切りました』


 冷静なジュンナのアナウンスが、危機的状況を語る。

 ハイパージェイカイザーを纏う結晶の鎧が剥離し、力を失ってゆく。

 裕太が死を覚悟したその時、通信越しに声が響いた。


「空間歪曲砲、発射!」


 吹雪とフォトンのエネルギーがぶつかり合うまさにその場所を、白い光が貫いた。

 同時にコックピットが激しく揺れだし、あらゆるセンサー類が一斉にエラーを吐き出す。


「な、な、なんや!?」

「遠坂、一体何が!?」


 異常状態の中で、状況に追いつけず混乱する裕太と内宮。

 そんな二人へと、深雪が静かに言葉を送る。


「……幸運を祈ります」


 その声が、裕太の記憶が途切れる前の最後の言葉だった。



 【8】


 夕焼けを照らす輝きが消え、海上へと静寂が舞い戻る。


「ハイパージェイカイザー、竜騎士機……ともに反応途絶。ロストしました……」


 動揺を隠しきれないオペレーターの報告を聞き終え、深雪は艦長帽を脱いだ。

 同時に入る通信、モニターに映るフィクサの顔。


「やってくれたね、君」


 涼し気な表情の裏に隠れているのは、失望か怒りか怨讐か。

 見慣れた顔つきで出てきた想い人の目を、深雪はまっすぐに睨み返す。


「そちらの切り札は潰しました。もう切れる手はないでしょう? こちらにはまだ戦闘可能な機体を多数抱えています。それでもまだ勝負しますか?」

「驚きだよ。君のような子が、味方を切り捨てる判断を下すなんてね」

「……あなたのもとへは、いずれ顔を出します。それまでは、お元気で」


 通信を切り、深雪は艦橋を立ち去った。

 廊下へ出た彼女を、ふたつの紅の瞳が睨みつける。


「遠坂さん、笠本くんは……どうなったの?」


 不調を押してでも問い詰めたかったのだろう。

 青白い顔で深雪の服を掴むエリィから、大粒の涙がこぼれ落ちる。


「嘘よね……? 笠本くんが居なくなったなんて……。今から海に拾いに行くのよね……ねぇ!」

「あの人は、もうここにはいません」

「そんな……!」


 膝から崩れ落ち、泣き叫ぶエリィ。

 廊下の奥からは、悲痛な彼女の姿を遠くから見守るように進次郎たちが立っている。


「ですから、今から探しに行くんです」

「え……?」

「私は、空間歪曲砲でワームホールを開きました。この世界のどこかへと、彼らは飛ばされたはずです。彼は死んでいません、必ず生きています」



「────だから、探しに行くんです」



 ※ ※ ※



『………………………ぅ太、…………ゆ………』

「う……く……?」

『……裕太、起きろ裕太!』


 パイロットシートの上で、裕太は目を覚ました。

 ズキズキ痛む額を抑え、映像の映っていないモニターに投げ出されていた上体を起こす。


「ここは、どこだ?」

『わからん、私もついさっきエネルギー不足状態から復帰したところだ』


 背後を見る。

 気を失ったままの内宮の姿がそこにはあった。

 手で揺するとうめき声を上げるのを見るに、息はあるようだ。

 ホッと胸をなでおろしてから、裕太は切れていたコックピットの電源を入れる。


 エネルギー残量の少なさを示す警告が浮かび上がる中、次々と点灯する周辺モニター。

 そこに映し出されていたのは、星空だった。


「夜……か? 眠っていたのは数時間……じゃないよな?」

『裕太、下を見ろ!』


 ジェイカイザーに促され、足元を見る。

 そこに映し出されていたのも、星空。

 右も、左も、上も、下も、すべての方向に暗闇に光の粒を撒いたような星空だった。


「ここは……宇宙なのか?」

『おはようございます、ご主人様』

「ジュンナも無事だったか。ここがどこだかわかるか?」

『少々お待ちを……』


 ジュンナが黙って数秒して、後ろから物音。

 どうやら、内宮に意識が戻ったようだった。


「んあ……なんや、ここ?」

「内宮、大丈夫か? いまここがどこかジュンナに調べてもらって──」

『わかりました』

「……調べ終わったところだ。で、ここはどこだ?」


『火星と木星の公転周期の間、小惑星帯メインベルトですね』


「火星?」

「木星?」

『めーんべる?』


「「『ええええええっ!!?』」」


 ふたりと1機の絶叫が、コックピットに響き渡った。



───────────────────────────────────────


登場マシン紹介No.30

【メレオン】

全高:7.9メートル

重量:不明


 黒竜王軍が運用する量産型無人魔術巨神マギデウス

 二本足で立つカメレオンの獣人といった風貌をしており、頭部から球体部分が大きく飛び出たセンサー類が特徴。

 制御系にかつて戦死した竜戦士の魂を宿らせることでコントロールしている。

 青龍刀を思わせる形状をした鋼鉄の刀を持っており、切ると言うよりは重量で叩き折る方式ではあるものの、かなりの破壊力を持つ。

 カメレオンの口に当たる部分には短射程の魔光弾を発射する機構が隠されており、超接近戦においては不意打ち的に発射することが可能である。

 質より量を体現する運用を想定されており、稼働年数の長さから黒竜王軍の中でも最も機体数が多い。


───────────────────────────────────────


【次回予告】


 宇宙へと飛ばされた裕太と内宮。

 ふたりは決死の思いで、発見した謎のスペースコロニーへとたどり着く。

 コロニーへと入った裕太達が見たのは、古代中国を思わせる異国の風景。

 唖然とする彼らに、ガンドローン付きのキャリーフレームが襲いかかった。


 次回、ロボもの世界の人々31話「光国グァングージャの風」


「待てよ、この状態はうちと笠本はんによるデートと言えるんちゃうか?」

「デートするならもっと気楽なところでするよ……」

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