第29話「伝説の埋没戦艦」

 【1】


「どうして、こんなところに戦艦が……!?」


 ジェイカイザーのコックピットの中から、裕太は驚愕の声を上げる。

 ネコドルフィンが巣にしていた遺跡の奥深く、広大な空間の壁の奥に佇むそれは、紛れもなく近代的な宇宙戦艦であった。


「妙だな裕太……。この島は異世界タズム界から転移してきた島なのだろう? それにしてはあまりにも……」


 後方のサブパイロットシートに座る進次郎の疑問はもっともだ。

 この遺跡は、野生のネコドルフィンが入り込んで住処にしてはいる。

 しかし人が訪れたような形跡は残っておらず、しかも壁の奥にこのような巨大戦艦が存在するのは、あまりにも不自然だ。

 理解の追いつかなさに、裕太は無意識に栗毛を掻きむしった。



 ※ ※ ※



 ネメシスの整備班の一部とナニガン、そして魔法騎士マジックナイトエルフィスが到着した。

 先ほどまで、〈ガーディアン〉という魔術巨神マギデウスと戦っていた広場に、テントの設営が次々と開始される。

 

 急な事態にもかかわらず、怯えるわけでもなくネメシスの乗員らと遊ぼうとするネコドルフィンたちだけが呑気な空間。

 そんななか戦艦を見上げ、感慨深そうな口調で魔法騎士マジックナイトエルフィスが呟く。


「まさか、古代マシナギア文明の遺跡がこの島にあったとは」


 エルフィス曰く、古代マシナギア文明とは異世界タズム界に存在する超古代文明らしい。

 機械種族であるエルフィスの先祖を創造した文明でもあり、その先進技術は異世界タズム界にとってもイレギュラーな存在だそうだ。

 


「ふわぁ……おはようございます」

「あ、深雪ちゃん起きたのねぇ」


 眠る前は遠坂艦長のいた空きビルだったのに、ここはどこだという質問もせず、深雪がフィクサの背中から降りる。

 メガネの下の眠気まなこをこすりながらあくびをする姿は、彼女には珍しい年相応の少女の姿だった。

 ……とはいえ、先程の戦闘の真っ只中でも起きなかった熟睡っぷりは常軌を逸しているが。


「やあやぁ。君たち、お手柄だったねぇ。お手玉、お手柄、追手から。なんてね、ハハハ」


 得意のなんとも言えないギャグを言いながら裕太たちに近づいてきたのは、腰を片手で抑えながら歩くナニガンだった。

 娘であるレーナが駆け寄り、労るように彼の腰を優しげにさする。


「パパ、腰は大丈夫なの?」

「なんとかなってるよ。それよりレーナ、そんなことされると介護老人になったみたいで、少し嫌だなぁ」

「なに言ってるのよ。パパは歳なんだから、介護してくれる相手がいることをありがたがらなくっちゃ」


 艦長としての威厳が失われつつある──最初からそんなものは無かったかもしれないが──ナニガンは、懐から何か容器のようなものを取り出し、手に持ったライターで中に火をともした。

 揺らめくオレンジ色の明かりが裕太たちの後ろに影を写し、その輪郭をふわふわともてあそぶ。

「ナニガン艦長、それは?」

「ランタンだよ。古風でいいだろう? よし、少年少女諸君。ここはひとつ戦艦探検といこうか」


 にこやかな笑顔で、古風なランタンを戦艦へと掲げた中年に、裕太たち若者一同は顔を見合わせて、首を傾げた。



 【2】


 コツコツ、と硬い足音が暗闇の中にこだまする。

 ナニガンの持つ、前時代的な揺らめく明かりに照らされた白く無機質な壁。

 長期間放置されていたにしては、あまりにも綺麗すぎる廊下を、深雪の手を引きながらフィクサは進んでいた。


「ねぇ、笠本くん。と、突然上からエイリアンが降ってくるとか、ないわよねぇ……?」


 声を震わせながら、エリィが裕太の肩を掴んで怯えている。

 言われて怖気が走ったようで、裕太の動きが途端にぎこちなくなった。


「こ、こわいこと言うなよ銀川。なあフィクサ、お前は平気そうだな?」

「まあね」


 涼しい顔で返答するフィクサであったが、その心中は穏やかではなかった。

 この戦艦についてもう少し情報を得ようと探検に参加したのまではよい。

 しかし、何が悲しくて暗闇の中をランタンなどという不安定な明かりで進まなければならないのか。

 日頃、おどろおどろしい黒竜王軍の装飾に囲まれて過ごしていたフィクサであっても、このようなお化け屋敷的な恐怖には弱かった。

 しかし、横を歩く幼い深雪が平気な顔で歩いているのにビビっているとバレたら面子に響く。

 内心ガクガクと震えながらも、その感情を一切外に出すことなく、フィクサは表情を歪めぬまま歩を進めていた。


「進次郎さま、怖かったらわたしに抱きついてもいいんですよ?」

「進次郎さんは強い人ですから、そんな心配は不要ですよ!」

「そ、そうだねサツキちゃん……」


「何かが出たら笠本はんに飛びついたろ……!」

「ちょっとぉ、内宮さん聞こえてるわよぉ」

『ジュンナちゃんも……』

『結構です』

「ええいうるさいぞお前ら」


 後方でいちゃつく男女の声。

 彼ら彼女らの中で三角関係がふたつも出来上がっていることは周知の事実である。

 このような状態でも恋愛という三大欲求の一角に関わる感情は、恐怖を押しやれるのかとフィクサは呆れて額に手を当てる。

 若者たちの痴話を聞き流して歩いていると、廊下の突きあたりぶつかった。

 行き止まりではなく、横にスライドするタイプの白い扉が半分口を開けており、その奥では暗闇が手招きする。

 今までも廊下の途中に扉はいくつかあったが、物理的なロックがかかっているのか、男手を結集してもびくともしなかった。

 初めて入れる廊下以外への入り口に、ナニガンはカンテラで照らす高さを変えながら、ふぅむと小さな声を出す。


「おやおや、この部屋以外は入れないっぽいけれど、誰から入るかい?」


 ナニガンがいたずらっぽい笑みを浮かべながら、振り返って問う。

 それまで色恋を意識する余裕を見せていた女性陣の表情がが固まり、ぶんぶんと首を横に振る。

 結局、去勢を張っているフィクサと、勇者の自覚があるのか震えながらも名乗り出た裕太。

 そして平気な顔で手を上げた深雪とサツキの4人で部屋に突入することになった。



 ※ ※ ※



 裕太は半開きの扉から身をよじらせ、未開の空間へと足を踏み入れた。

 いつでも驚ける準備で心を平静に保ちながら、手招きでフィクサに合図を送る。


 入ってきたフィクサが手に持ったランタンを上に向け、揺れる光に照らされて部屋の輪郭が浮かび上がっていく。

 正面に遺跡の壁面が見える大きな窓。

 計器類が並ぶ前に点在する椅子。

 一段高い部分に据え付けられた立派な席。


「ここは……この艦の艦橋みたいだね」

「廊下などと同じく、ここもかなり綺麗ですね」


 そう言いながら、深雪が艦長席と思しきシートに登って腰掛けた。

 そして彼女は、自らの尻の下に何かがあることに気づいたようで、それを手にとり表面を指でなぞる。


「深雪さん、それはなんですか?」

「……本、のようですね」


 ランタンの明かりがメガネのレンズで反射する中、深雪が椅子の上でパラパラと書物のページをめくり始めた。

 裕太たちも、その書物を側から覗き込む。

 そこに描かれていたのは、船の内装と思われるモノクロの図面と、端に印字された日本語だった。


「……どうやらこの本は、私達が今いる戦艦の取り扱い説明書のようですね」

「説明書ったって、なんで日本語なんだ?」

「さあ……。そもそもこの言語は日本だけでなくヘルヴァニア、タズム界でも使われてますし、どこが発祥かはわかりかねますね」


 そう言いながらページを次々とめくる深雪。

 しばらく淡々とめくっていると、1つのページを見てサツキがストップをかけた。

 そのページには『敵』という文字とその横に描かれた一つ目の怪物の絵。


 怪物の外見は球体のような胴体に大きな目玉がひとつ、そして目の下には牙のある大きな口。

 ファンタジーゲームで見るような、浮遊する目玉のモンスターを彷彿とさせるシルエットだった。


「えーと、このページが何か?」

「あの、あの! この子がかわいいなって、思ったんです!」


 サツキの無邪気な言葉に、一同はガクッとずっこけかけた。

 まあ、彼女は水金族であるから、多少趣味や価値観が人間と違ってもしょうがない。


 サツキのボケに緊張感を削がれながらも、改めて怪物の描かれたページを見る。

 敵、と書いてある以上、この戦艦が戦う相手として想定した怪物なのだろう。

 書かれている情報は少なく、外見程度しかつかめなかったので、深雪は再びページをめくる手を動かし始めた。

 

「おや? このシートのこのボタンを押すと、明かりがつくようですね」


 説明書の一点を指していた彼女の細い指が、椅子の側面のボタンをパチリと鳴らす。

 すると、白く淡い光が天井から振り始め、周囲が薄暗いながらもランタンが不要な程度には明るくなった。


「……まだ暗いな?」

「この明かりは予備電源によるものだからのようです。完全に明るくするには──」


「きゃああっ!?」

「銀川っ!?」


 エリィの悲鳴に振り向くと同時に、半開きだった扉が横にスライドし開く。

 いの一番に飛び出したエリィが、裕太の腕に抱きつき、ふるふると震える。

 廊下の方に目をやると、そこにはなぜか抱きつきあってる内宮とレーナ、それから廊下の隅で縮こまってる進次郎の姿があった。


「な、何があったんだ?」

「急に明るくなったから、ビックリしたのぉ……」


 涙目で震えるエリィに、裕太は呆れのため息で返答した。




 【3】


「わかったことがいくつかあります」


 説明書の背表紙を閉じた深雪が、腕の中にその分厚い本を抱えたまま艦長席を飛び降りる。

 着地の衝撃でズレたメガネを指で押し上げてから、この場にいる皆の顔を見渡した。


「まずひとつ、この艦は敵──説明書に描かれていた怪物を倒すために作られた戦闘艦であること」

「ああ、あのかわいい動物ですね!」


 そう思っているのは君だけだろう、という視線を一手に受けながらも、サツキはニコニコと笑顔を崩さない。


「あの怪物については、後でエルフィスにでも聞くとするか。他にわかったことは?」

「はい。この艦は特殊な動力により動くことです。これに関しては後で技術者の方々を交えて説明します」


 特殊な動力。

 わざわざ特殊な、とつけるあたり単純な化石燃料とか電気的な方面ではない何かなのだろう。

 とはいえ、ひごろ裕太が乗っているジェイカイザーの動力であるフォトン・リアクターも特殊に該当する動力なので、驚きは特に少ない。


「他には?」

「この艦の名称と思われるものが……金食い虫なことです」

「かねくいむしぃ?」


 おおよそ艦名とは思えない格好のつかない単語に難色を示したのはナニガンだった。


「えーと、それってさ。この艦がなに? 金食い虫号とか書かれてるってことかい?」

「これが建設中の暗号なのか、あるいは蔑称や愛称なのかは定かではありません。しかし、金食い虫としか書かれていませんでした」


 おそらくは、建設に莫大な金がかかったとか、そういう理由なのだろう。

 しかし戦闘艦の名前が金食い虫というのは、もしこの戦艦を運用するのであれば気が引ける名前ではある。

 艦名は指示の中で何度も呼称される単語なのだ。

 それが格好悪かったり、緊張感を削ぐような名前だと士気に影響も出てしまう。


 皆で頭を抱えていると、エリィが手のひらを合わせてパンっと鳴らした。


「じぁあ、名前をつけましょうよぉ! あたしたちが見つけた艦だもの、名付ける権利はあるはずよぉ!」

「お、銀川いいこと言うじゃないか。でも、戦艦の名前か……」


 さあ名付けよう、としてすぐに名前が思い浮かぶものではなかった。

 名前は一生モノ。安易につけるものではない。


「クックック、これだから凡人はダメなのだ」

「おい進次郎、そう言うからにはなにかアイデアがあるんだろうな?」

「当たり前だよ裕太。天才的な僕からは、ネメシスという単語を使うことを奨励するね」


 ネメシス、というのはナニガンたちの艦の名である。

 いまでこそズタボロで浜に置かれているが、その力でここまで来た自分たちにとって、たしかにその単語は魅力があった。


「なるほど、ネメシス2番艦、みたいな感じですね」

「それだと無骨よぉ。ほら、スーパーネメシスとか?」

「姫さま。それはちょっと安っぽくない? わたしならネオネメシスとかいいと思うけど」


「ニューネメシス、はどうでしょうか」


 女性陣が次々と案を出し合うなか、その提案をしたのは深雪だった。


「ニューって、英語で新しいを指すNEWかい?」

「それもありますが、ギリシャ文字のΝニューというのは13番目の文字です。ネメシス号は元々エウロパ級第12番艦なので、その次なら合うと思ったんです」

「……エウロパ級第12番艦? そりゃあ、おじさん知らなかったなぁ。あっはっは」

「……自分の艦の来歴くらい、調べてくださいよ」

「いやはや、もとは中古で買った艦だったからねぇ。っちゅーこって、どうですかい?」


 ニューネメシス、もといΝニュー-ネメシス号といったところか。

 響きもよく、由来もしっかりした名前に反対を上げる声はなかった。

 提案した名前が採用されたのが嬉しかったのか、深雪の表情がすこしはにかんだ。


「さて、命名も終えたことですし……動力の調査に向かいましょうか」

「深雪ちゃん熱心ねぇ。あたしたち、ちょっと疲れちゃったわぁ」

「……急ぎたい理由があるんです。もしかするとこの艦、金食い虫どころか人喰い艦の可能性もありますので」

「「「人喰い!?」」」



 ※ ※ ※



 コンビニの屋号がプリンティングされたビニル袋を両手にぶら下げて、グレイは入江へ続く夜道を歩いていた。


「まったく、ついでの名目で食料調達まで任されるとはな」


 グレイがぼやくのも無理はなかった。

 通信装置の修理に使う素材、二酸化マンガンを使っているマンガン乾電池を買いに行くだけのはずだった。

 しかし、コンビニに行くならついでに、ついでに、と電話を介してまたたく間に食料の名が連なる買い物メモが分厚くなり、その結果がこの両手の袋である。


「お疲れ様です、グレイ様……ぎゃっ」


 だからこそ、出迎えにきたペスターの手に片方の袋を押し付けるのも非難できる者は誰も居ないはずなのだ。


「それの中身がマンガンと、貴様らの要求したポテトチップスだのミックスナッツだのだ! さっさと届けて来やがれ!」

「は、はいただいま~~~!!」


 すたこらと逃げるような走り方で去っていくペスターの後ろ姿に、舌打ちを飛ばす。

 

 このような体たらくで、果たして目的が達成できるのか。

 島を制圧し、財宝と言われる何かを奪取し、戦力を増強する。

 確かに、この間与えられた〈雹竜號ひょうりゅうごう〉の力は申し分なかった。

 しかし、いかに強力な機体なれど単機である限り限界はある。


 不安に苛まれながらも、ボロボロのままの要塞の艦橋へと入り、椅子へと腰掛ける。

 自分のために買ってきた柑橘系のジュースをストロー越しに喉へと通す。

 せかせかと修理作業に従事するトカゲ人の背中を見ながら、修理が終わるのを待った。


「グレイ様、伝令にございっ!」


 そのトカゲ人の一人が立ち上がって言った。

 その伝令が修復した通信機から来たものだろうということは想像に難くない。


「伝えろ」

「フィクサ様からでございます。内容は────」


 最後まで聴き終えてから、グレイはニイっと口端を上げた。



 【4】


 チャポン。


 天井から滴り落ちた水滴が、湯船を鳴らした音が反響する。


「あ~~、生き返るわぁ~~」


 音を立ててライオンの頭を模した彫像から熱々のお湯が流れる中、エリィは水滴が伝う腕を伸ばしながら感嘆の声を漏らした。

 流れるような長い銀髪の毛先を指先でくるくると回していると、すぐそばで真紅の髪を泡立てているレーナがクスリと笑う。


「お姫様、なんだかパパみたいなこと言うのね」

「レーナはん、おっさん臭いって遠回しに言っとるで」


 けらけらと、湯船の縁に座っている内宮が笑った。


「それにしても、Νニュー-ネメシスの一角にこないな豪華な大浴場があるなんて意外やったなあ」

「きっとぉ、長く激しい戦いの中でもクルー達が参らないように、福利厚生が充実してるのよぉ。きっと」


「まあ、この浴場だけを先に整備したのには理由がありますけどね」


 身体を洗い終えた深雪が、華奢な身体を静かに湯につける。

 いつもつけている眼鏡がないからか、目を細めながら手探りでエリィの元へと近づいてきた。


「深雪ちゃん、なに?」

「いえ、別に……」

「姉ちゃんはわかっとるで、あの爽やかイケメン君のことを考えとったんやろ」

「だ、誰がフィクサさんのことなんて……」

「図星やな、うちはフィクサのこと名指ししてへんで」

「……卑怯ですよ。まあ、彼への想いは恋愛感情とは違いますけどね」


 不満そうな顔をしつつも取り乱さないのは、彼女の冷静さが為せる技だろう。


「あなた方の、一人の男性に対するの一途な想いには敬意を表しますよ。興味本位で聞きますが、そこまで彼らに入れ込める理由とは何なのですか?」


 小難しい言い方なれど、ただ恋バナをしたいだけ。

 深雪という女の子もまた、女の子なのだろう。

 異性への興味というものは、思春期には生まれ得るものだ。


「笠本はんはなあ、なんというか良くも悪くも真っ直ぐでな。気ぃついたら惹かれてしもうて」

「わたしが進次郎さまを好きな理由は、運命だと思うの!」


「ふむふむ、論理的理由はなしと。銀川さんは?」

「え? あたしぃ?」


 急に話を振られて、しどろもどろになるエリィ。

 裕太のことが好きであるという感情が前のめりすぎて、理由が思い当たらなかった。


「うちも聞いてみたいなあ。笠本はんとの馴れ初め」

「長年連れ添った間柄みたいだものねえ。わたしの想像だと、幼馴染とか?」


「ううん、違うの。笠本くんと仲良くなったのは……そう、去年の冬だったわぁ」


 ゆっくりと思い出しながら、エリィは無機質な白い天井を見上げた。


「笠本くんとは、高校1年生のときから同じクラスだったんだけどぉ、全然繋がりなんてなかったのよぉ」

「ほう、意外やな」

「当時のあたしは、クラスの中でも浮いてたのぉ。一人だけヘルヴァニアの血を引いてて、一人だけ髪が銀色だもの。男子たちからは勝手に高嶺の花とか言われて、女子たちからは違う世界の人……みたいな扱いだったわ」


 いじめられこそされなかったが、触れぬが仏。

 当時のエリィへの周囲の接し方は、まさにそういったものだった。

 そのときの裕太がエリィに対して何もアプローチをしていなかったのは、ひとえに接点がなかった。それだけの理由だろう。


「でも、そないな状態からなんであんな状態になったんや?」

「ほら、去年の冬ってすっごい雪が積もった日があったでしょう? その日、あたしは体育の授業が中止になったから、体育倉庫の備品整理をしていたの」



 ※ ※ ※



 寒い中、ひとりでバインダーを片手に備品の数が揃っているかのチェック。

 白い吐息を出しながら、かじかむ手でペンを握りマークを付けていく単純作業。


 ──ミシリ。


 最初に聞こえたその音で、外に逃げればよかったかもしれない。

 その音が何度も鳴り、はっきりと聞こえた時にはもう遅かった。


 雪の重みに耐えられなくなった古びた倉庫の倒壊。

 瓦礫と破片に押しつぶされ、エリィは身動きが取れなくなってしまう。

 隙間に閉じ込められる形のため、幸いにも大した怪我はしなかった。

 しかし、一人の力では抜け出せない状態。

 助けを呼ぼうにも、寒さと極限状態で声が出ない。


 意識が堕ちかけた、その時だった。


「銀川ーッ!!」


 呼びかける裕太の声とともに現れたのは、キャリーフレーム部の所有する機体。

 その鋼鉄の腕が瓦礫を押しのけ、倒れたエリィを持ち上げる。


「大丈夫か!」


 開いたコックピットハッチから顔を出した裕太の顔に、その時エリィは確かに惚れたのだった。



 ※ ※ ※



「──ってことがあったのぉ! きゃっ♥」


 初めて話した馴れ初め話に、顔が熱くなり首を揺らすエリィ。

 周囲が呆れているのにもかかわらず、しばらく自分の世界に浸っていた。



「そういや、人喰い艦のことやけど、あれどういう意味やったんや?」


 唐突に内宮が恋バナから話題を変えた理由は、エリィ意外には明白だった。

 とはいえ、気になる文言だけ置いて話を打ち切られたのも事実である。

 事情を知るであろう深雪に、目線が集まる。


「この艦の特殊な動力炉のことですね。あれはどうやら人間の生命を原動力として動くものだそうです」

「人間の」

「生命?」


「はい。人間の持つ生命力を爆発的なエネルギー源へと変換する装置、それがこの艦の動力炉です」

「せやけど、そんなん使われへんやん! 誰か犠牲にせな動かれへん艦なんて、宝どころか使い物にならへんわ!」

「ま、だからこそ最初にこの浴場を修復したんですけどね」


「へ?」「え?」



【5】


 闇に染まった海を眺め、青い砂浜に腰を下ろす。

 潮騒の音だけがBGMとなる空間の中、裕太は水平線をぼんやりと眺めていた。

 島に降り立って最初の夜。

 あまりにもトントン拍子にすすむ事態に追いつけない頭を、潮風で冷ます。


「君も、夜分の散歩かい?」


 砂を踏む音とともに、裕太へかけられる言葉。

 振り返らずに片手を上げ、最低限の会釈の代わりとする。


「フィクサ、お前もか?」

「さあね。横、良いかな?」

「ああ」


 裕太から半歩離れた隣に、フィクサが腰掛けた。

 相変わらずの涼しい顔で正面を見据える彼の髪が、風を受けてなびく。

 それから数秒、あるいは数分か。互いに一つも言葉をかわさず、二人は水平線に沈黙を送っていた。


「ひとつ、聞いていいかな?」


 静寂を破ったのは、フィクサ。

 その爽やかでも涼しくもある質問に、裕太は「いいぜ」と一言だけ返した。


「艦の人たちに頼んで、君の戦いを見せてもらってたんだ」

「戦い?」

「この島に来る直前、青い機体との戦いだよ」

「あれか」


 グレイとの戦いが脳裏に蘇る。

 彼が黒竜王軍へと下った裏に、どのような事情があるかは知らない。

 彼には彼なりの事情があるのだろうと考えられるが、敵としてくるならば相手をする。

 それが裕太の役割だと、自分自身でわかっていた。


「君ほどの腕が有り、あれ程の性能のマシンを使えるなら。君は……あの機体を瞬殺できたんじゃないか?」

「……かもな」


 手段を選ばずにそうすれば、不可能ではないだろう。

 戦いに身を置き、ハイパージェイカイザーという力を手にしてしまえば、そう考えてしまうのも無理はなかった。


「じゃあ、どうして」


 疑問符を浮かべるフィクサの顔を見ないように、裕太は浮かぶ月へと視線を逸らす。


「あれに、人が乗ってるからだよ」

「君は不殺主義者、ってやつなのかい?」

「うーん、どうだろ。俺はただ、責任を負いたくないだけだと思ってる」

「責任を?」


 話しながら、自分の中で固まっている思いを論理として解きほぐしていく。

 決して秀才とは言えない頭でまとめるのに、多少の時間はかかる。

 けれど波の音が間をもたせてくれたので、ようやく口を開くことができた。


「人間ってやつは、どんなやつでも繋がりがあるんだよ。慕っているやつ、依存しているやつ、忌み嫌ってるやつ……いろいろな。でも、人が一人死んじまったら、その繋がりが壊れてしまう。壊れた繋がりは、その人間を変えちまう」


 母が家から消えたことで、キャリーフレームから距離をとった裕太。

 父を失ったことで裕太への復讐心へと駆られたグレイ。

 そして、兄を失ったことで父へと拳銃を向けた深雪。


 家族の繋がりだけではない。

 友人、仲間、同僚。

 その関係を表す言葉が何であれ、繋がりのある人間の片方が失われたとき、人は変化を強いられる。


「よく漫画とかアニメとかの主人公でいるだろ? “あいつは許せない”って言うやつ。非道な相手ならば殺めても良い、っていう理論がどーしても苦手でな。その非道なやつにも親兄弟、仲間もいるだろうとか、ついつい考えてしまってさ。」


 これが軍人であれば、甘いの一言で済むのだろう。

 しかし裕太は戦士であれど凡人だった。

 平和な日常を何気なく過ごし、毎日をのんびりと過ごす一般人なのである。


「俺はただ、そういった繋がりが断たれる渦中に立ちたくない、責任を負うのが嫌だから不殺を意識してるんだ。……自分勝手で笑えるだろ?」


 自ら喪失の経験があるから、誰かに喪失を与えたくない。

 子供らしくも人間らしい考えが、裕太の芯を形作っていた。


「ぶっちゃけると俺は、俺の手の届く範囲で嫌な思いをしたくないだけだ。ただの学生あがりが必死こいて戦ってる理由なんて、そんなもんさ」


 失わせず、失わない。

 現状維持──それは発展も起伏もない消極的な考えではあるだろう。

 しかし、それが裕太の願いであった。

 変わらない日々なんて幻想だとわかっていても、変化を嫌う。

 戦う理由は、そこにあった。


「そうか、それが君という……光の勇者、笠本裕太という人間なんだね」

「それがって……お前、どうしてその呼び方を!?」


 光の勇者。

 それは異世界タズム界の者たちが裕太を呼ぶ時の常套句。

 フィクサがその呼び名を知っているはずがなかった。


 一陣の風が吹き、海面を割った。

 上空から飛来した巨大な影が、青い翼を広げる。

 それは紛れもなく、海上で戦ったグレイの機体。

 〈雹竜號ひょうりゅうごう〉が伸ばす青く太い腕へと、フィクサが歩いていく。


「待ってくれよ、フィクサ……お前って!」


 手を掴み、呼び止める裕太。

 友だちになれたと思ったのに、良いやつだと思っていたのに。

 深雪に見せた笑顔は嘘だったのか、彼女にかけた言葉は偽りだったのか。


 その答えは、振り払われる手という形で返ってきた。


「ごめんね、裕太くん。僕は……こちら側の人間なんだ」


 開いたコックピットの中へと、フィクサが消える。

 裕太は携帯電話を取り出し、画面の中で目を閉じているジェイカイザーのアイコンを連打した。


『いでででっ! 何をする裕太!!』

「話はあとだ、機体を回せ!」

『むむっ……裕太のその顔はただごとではないな! 了解だ!』



 ※ ※ ※



「長い潜入だったな、フィクサ」


 コックピットの中でグレイに皮肉交じりに言われても、フィクサは得意のポーカーフェイスを崩さなかった。


「古代マシナギア文明の埋没戦艦について調べるのに手間取ってね。おかげで、興味深い情報が得られたよ」


 人間の生命力そのものをエネルギー源とする動力炉。

 異世界タズム界でも伝説とされる怪物を打ち倒すための力を持つ戦艦。

 それはまさしく、黒竜王軍再興を実現させうる力を持つ財宝だった。


「ところで、君は律儀だね。彼が生身の間に攻撃をしないのかい?」

「奴にはキャリーフレーム戦で勝ってこそ意義がある。貴様こそ、潜り込んでいた割には連中を一人として傷つけなかったようだが」

「いろいろと事情が込み入っててね」


 事情。そう、事情があったのだとフィクサは自らに言い訳をした。

 人類滅亡を企てる軍の頭領として、情に左右されてはいない。

 決して、あの悲壮な過去を持つ少女にほだされたわけではないのだ。

 フィクサはそう、自分の本心に言い聞かせた。



 【6】


 Νニュー-ネメシスの入り口へとつながるタラップを駆け下りたところで、エリィはナニガンを捕まえることが出来た。


「ナニガンさん! 今ものすごい勢いでジェイカイザーが飛び出していったけど、何かあったの!?」


 エリィの問いかけに、腰を抑えながら「まあまあ」と緊張感のない声で返すナニガン。

 風呂上がりに艦内を探検していたところで突然、窓の外にあったジェイカイザーが飛び出していったのだ。

 何事もないはずがないのは、エリィでもわかっていた。


「今、黒竜王軍ってのが目一杯こっちに来てるみたいだねえ」

「ってことは、笠本くんが危ない!?」

「それよりも、ここのほうが危険かもだね。なにせ、レーダーに数えきれないくらい敵影が映ってるんだからね」

「……その割には、落ち着き払っているっぽいけれどぉ?」


 朗らかな笑みを浮かべるナニガンが何を考えているかは、ExG能力でも察せられなかった。



 ※ ※ ※



『到着だ、裕太! 待たせたな! 状況は!?』

「フィクサの奴、黒竜王軍のスパイだったみたいだ! 信じたくはないけどよ……」


 砂浜に降り立ち、かがむハイパージェイカイザー。

 プシュー、と気密が解ける音とともにコックピットハッチが開く。


「その話、本当ですか?」


 開いたコックピットハッチのサブパイロットシートから聞こえたのは、深雪の声だった。

 小柄な幼い体格に見合わない大きな椅子に、ちょこんと正座で座っている。


「遠坂……!? どうして君が」

「この機体について理解を深めようと中に潜り込んでいたんです。それよりも、フィクサさんが敵だなんて」


 表情こそ冷静そのものであったが、声は震えていた。

 無理もない。彼女が父への復讐を止め、前向きになったきっかけとなったのはフィクサのおかげなのだ。

 新しい自分を肯定してくれた恩人が敵だとは、認めたくない気持は痛いほどわかる。


「間違いや冗談であってくれと俺も思ってるけど、フィクサと戦わざるを得ないのは確かだ。遠坂は降りて……」

「いえ、私にも手伝わせてください。あの人の本心を、自分の耳で聞きたいんです」


 覚悟の決まった少女の目に、敬意を評して頷く裕太。

 そのままコックピットハッチを駆け上がり、シートへと腰を下ろす。

 操縦レバーに手をかけ、指先に走る刺激とともに神経を機体と一体化させる。


「行くぞ、ジェイカイザー!!」

『おう!』


 ペダルを踏み込み、ハイパージェイカイザーを飛翔させた。

 海上で滞空していた〈雹竜號ひょうりゅうごう〉の正面へと、高度を上げる。

 向き合い、互いに剣を抜き、刃が走った。


「今日こそ決着を付けるぞ、笠本裕太!!」


 つばぜり合いをする双方の剣が火花を散らす中、通信越しに響くグレイの声。

 しかし、今の裕太にはそっちは本命ではない。


「フィクサ! お前が黒竜王軍のスパイだったなんて、認めたくねえぞ!」

「素性の知れぬ若者を、勝手に信頼したのが君たちの失敗だよ。僕は自分の役目を全うしているに過ぎない」


 抑揚のない冷静な声。

 あくまでも自然体なフィクサの姿が、そこにあった。


「じゃあ、私に声をかけてくれたのも、父への復讐を止めたのも作戦だったんですか?」

「……君がその機体に乗っているとはね」


 初めて、フィクサの声に動揺が走ったように聞こえた。

 深雪にとってそうであるように、フィクサにとっても彼女の存在は敵組織の一員以上の何かがあるようだ。


「答えてください、フィクサさん! 私に言った言葉は……あの微笑みは嘘だったんですか!?」

「ああ! そうだとも! 君たちの中に入り込むための作戦さ! 名演技だったろう!?」

「嘘ですね、あなたは優しい人です。声を荒げているのが、何よりの証拠ですよ」

「僕の何がわかる! 君のような幼子が!」

「わかりますよ。だって私はあなたの背中のぬくもりを……この肌で感じていましたから」


 激しい舌戦が繰り広げられる中、裕太は必死に戦っていた。

 目にも留まらぬ素早い剣戟を、ジェイブレードで受け止め、切り払う。

 フィクサと深雪、二人の事情が落ち着くまでは決着を先延ばしにせざるを得なかった。


 距離を取り、手から無数の氷柱を機関砲のように放つ〈雹竜號ひょうりゅうごう〉。

 すばやく横方向へとバーニアをふかし、フォトンシールドで保険をかけながら回避行動を取る。

 反転して射撃モードでジェイブレードからフォトン弾を発射。

 しかし空中に作り出された氷壁に阻まれ、空中で光弾が氷とともに弾け消失する。


 互いに息もつかせぬ攻防。

 しかし、その緊張はグレイの側から崩壊した。


「おいフィクサ。今のあの子の発言は何を意味している?」


 あの子、というのは深雪のことだろう。

 グレイとフィクサの言い争いが、ダダ漏れの通信越しに響き始める。


「勘違いをしないでくれるかなグレイくんよ! ただちょっとおんぶして運んでいただけだ!」

「ひとり街へと繰り出す私をストーキングしてきた癖に……」

「フィクサ、貴様遅いなとは思っていたが、まさかロリコン行為に勤しんでいたとはな!」

「誤解だ! 誤解だぞ!!」


「……なにこの状況」

『さあ?』


 紛れもなく、死闘をしているはずだった。

 しかしいつの間にか向こうの方でフィクサの糾弾会が始まりつつあり、深雪が隙あらば燃料を投下している。

 したたかな子だとは思っていたが、これほどとは。


『ご主人様、チャンスです。畳み掛けましょう』

「父の前で言ったじゃないですか。娘さんは任せてくださいと」

「いや、あれは泣きつかれた君を運ぶことだって!」

「フィクサぁ! 俺がどれほど貴様が居ない間に苦労をしていたと思っている! だと言うのに貴様は幼女に色目を使っていたのかぁぁぁっ!!」

「話を聞いてくれぇぇぇぇ!」


『そう畳み掛けろと言ったつもりはなかったんですが、今です』

「おうよ、隙あり!!」

「なっ!!」


 もめている最中、どんどんグレイの操作精度が落ちていっているのが目に見えていた。

 ハイパージェイカイザーの放った一閃が守りを抜き、〈雹竜號ひょうりゅうごう〉の右腕を切り落とす。

 胴体から離れた腕が海へと落下し、眼下で小さな飛沫となる。


「舐めるなぁっ!!」


 次の瞬間。

 腕の断面から白い冷気を吹き出したかと思うと、切り落とされたはずの部分がニョキニョキと切り口から生えてきた。


「甘いな、笠本裕太! この〈雹竜號ひょうりゅうごう〉は機体のほとんどが氷で構成されている!」

「ええい、ビックリドッキリメカめ!」

「なんとでも言うが良い!」


 裕太が再生能力に驚愕していた一瞬の間に、肩部のユニットを展開する。

 やばい、と思った時にはすでに白い風が吹き出し始めていた。


「喰らえ、デュアルブリザード!」


 2つの巨大な吹雪の竜巻を放つ〈雹竜號ひょうりゅうごう〉。

 回避の暇もない突然の大技に、ハイパージェイカイザーはその身を氷に包まれながらも砂浜に叩きつけられてしまう。

 レバーをガチャガチャと倒し、ペダルを踏み込む裕太。

 しかし、まるではりつけにされたかのように砂の上から浮き上がれなくなっていた。


「があっ……!」

『身動きがとれないぞ、裕太!』

「ふぅ……。敵の動揺を誘うことには成功しましたが、ピンチですね」

「冷静だねぇ遠坂……。さて、どうするか」


 知恵を絞って、なんとかこの氷の楔からハイパージェイカイザーを解き放つすべはないかと考える裕太。

 考えを巡らす悠長な時間があるのは、ひとえにグレイがなぜか追撃をしてこないからだった。

 繋がりっぱなしでダダ漏れである通信越しに、グレイとフィクサの声が聞こえてくる。


「おいフィクサ、なぜとどめを刺させない!」

「僕が無実であるという証明のためさ。今まさに、僕が突き止めた埋没戦艦の在り処へと魔術巨神マギデウスの大軍が向かっている。あの艦が君の友達を薙ぎ払っているところをその氷の牢獄の中から見ているが良い!」

「……お前って、意外と趣味が悪いんだな」

「散々ロリコン呼ばわりしておいて、今更何だ」


 いよいよ悪役のようなセリフを吐き始めたフィクサに、更生の余地はないなと裕太は直感で察した。

 それに、今の話が本当ならばエリィ達が危ない。

 焦る裕太の後ろで、深雪は呑気に腕を上げ、うーんと伸びをした。


「冷静にもほどがないか? このままじゃΝニュー-ネメシスが……!」

「大丈夫ですよ。だって……」

『だってとは?』

「だって、あそこは戦略上……落ちようがありませんから」



 【7】


 ネコドルフィンが住処にしていた遺跡広場へと通じる外からの通路。

 キャリーフレーム1機分ほどの幅の空間に所狭しと、無数の魔術巨神マギデウスが侵攻する。

 しかしその道を貫くように鉄塊が飛び、直線上にいた機体が一瞬の内に残骸へと化けた。


「27機撃墜!」


 右腕の巨大なレールカノンから白煙を出す〈ヘリオン〉の中から、誇らしげにカーティスが叫ぶ。

 続いて、その横に立っているレーナの搭乗した〈ブランクエルフィス〉が、背部から分離したガンドローンとともに、通路へとビームの一斉射を噴射する。

 光に飲まれた敵の反応が、次々と消えていく。

 そしてまた、外からうじゃうじゃと反応が通路へと駆け込んでくる。


「30機いった! けど、まだまだ来るみたいね」

「ならば、今度は私の番だ!」


 勇ましく飛び出した魔法騎士マジックナイトエルフィスがスカーフを変形させた風の剣で空を払う。

 同時に乱れ飛んだ疾風の刃が、次々と魔術巨神マギデウスを切り刻んでいく。

 減った数を補充するかのように、また外から増援が湧いてくる。


「ちいっ!! バカスカ落とせるのは気持ちがいいが、キリがねえぞ!」

「ぼやかないのオジサン。あと少ししたらパパがやってくれるから」

「我々は、そのための時間稼ぎに徹するのみ!」


 正面で起こる、射撃大会と化した三人による防衛線。

 エリィはぽかんとしながら、その様子をナニガンとともに眺めていた。


「姫様よう。ここまでの通路はずうっと狭い直線なんだよね。だから、敵さんがそこで詰まっている内に破壊力のある直線攻撃を叩き込めば一網打尽ってことなのさ」

「それは良いけど……敵の数、全然減ってないわよぉ?」


 ナニガンが持つ端末に映る敵影を見ながら、不安を吐露するエリィ。

 彼がそれに対する返事をする前に、艦の方から内宮が駆け寄ってきた。


「おっちゃん! 準備ぜぇんぶ出来たて、ヒンジのじっちゃん言うとったで!」

「よし。じゃあやっと出番というわけだ。行こうか、姫様」

「準備って? 出番って? え? え?」


 エリィは事情がわからぬまま、ナニガンとともに|Νニュー-ネメシスへと走った。



 ※ ※ ※



「──ほら、言ったとおりでしょう?」


 ナニガンから送られてきた映像に映っている一網打尽は、裕太も冷静さを取り戻させるのには十分すぎる効果を発揮した。

 同時に、ジェイカイザーを縛る氷の楔を突破する方法も頭に浮かべることもできた。

 一緒に送られてきたメッセージを実行するためにも、裕太は即座に方法を実行する。


「ジェイカイザー、フォトンリミッターをかけてくれ。そして、フォトンエネルギーを全開にしろ!」

『なに!? そんなことをすれば大変なことになるぞ!』

「いいからやれ! この状況を脱する作戦なんだよ!」

『むむむ……信じるぞ、裕太!』


 非合体時にかけられている、過剰なフォトンエネルギーの氾濫を防ぐための弁が閉じていく。

 その様子をコンソール越しに確認しながら、上昇していくエネルギー数値に目を配る。

 狙い通り、行き場を失ったエネルギーが装甲越しに外へと漏れ出し、熱量へと変換されていく。

 赤熱していく表面装甲をつつむ氷が、白い蒸気へと変わっていく。


「考えましたね、このような方法で氷を溶かすなんて」

「普通にやったらぶっ壊れるけど、氷で適度に冷やされっからな。よし、リミッター解除!」

『ふ・ん・!!』


 力強いジェイカイザーの雄叫びとともに、太い鋼鉄の腕がその身を縛る氷塊を砕き、持ち上がった。

 バーニアを吹かせ、砂と氷を吹き飛ばしながら、ハイパージェイカイザーが立ち上がる。


「やるな、笠本裕太! デュアルブリザードの檻から抜け出るとはな!」

「生憎だがグレイ、決着はまた今度だ!」


 ペダルをいっぱいに踏み込み、バーニアを全開に飛翔するハイパージェイカイザー。

 後を追うように、〈雹竜號ひょうりゅうごう〉も翼を広げて飛び上がる。


「逃げるのか、貴様!」

「お前が送り込んだ雑魚軍団を、どうにかするために行くんだよ!」


 先ほど送られてきた、指定ポイントで待てというナニガンからのメッセージ。

 その真意はわからないが、そこまで深雪を運べばすべてが片付くという文面を信じ、裕太はペダルに乗せた足に目いっぱいの力を込める。

 滞留したフォトンエネルギーを発散するように翠の光がハイパージェイカイザーを後押しし、〈雹竜號ひょうりゅうごう〉を振り切ってその場所へと急ぐ。



 ※ ※ ※



「指定されたポイントってのがここのハズだが……」

『裕太、下だ!』


 ハイパージェイカイザーの真下の島の一角、ちょうど遺跡の広場があった辺りから土埃が舞い上がった。

 山肌がスライドするように割れ、その辺りを飛んでいた鳥の群れが一斉に慌ただしく飛び去っていく。

 そして、開いた空間から一隻の巨大な影が浮かび上がってくる。


 それは、紛れもなくあの遺跡で見た戦艦の姿だった。


Νニュー-ネメシスの起動、無事に成功したみたいですね」

「って言っても、あれの動力って確か人間だろ? まさか……」

「大丈夫、誰も犠牲になってはいませんよ。さあ、艦橋へ運んでください」

「お、おう……」


 説明は後で、ということで裕太は深雪の指示通りにΝニュー-ネメシスの艦橋近くへと飛び、甲板へ深雪をおろした。

 氷を溶かす過程でした無茶が祟ったのか、出力が下がるハイパージェイカイザー。

 ナニガンが送ってきた全てうまくいくという文面を、今は信じるほかなかった。



 ※ ※ ※



 ブリッジへと到着した深雪は、迷うことなく自身の席──艦長席へと腰を下ろした。


「ナニガン副艦長、発進代行ご苦労様でした」

「副艦長って呼ばれるのも悪くはないねえ。じゃあ、あとは頼んだよ」


 手渡された艦長帽を、深雪は目深にかぶる。

 大きく息を吸って深呼吸し、気合を入れる。

 そして、指示を今かと待つブリッジクルー達へと、深雪は号を飛ばした。


「接近する敵軍の迎撃に入る! 操舵手、取り舵で進め!」

「取り舵前進!」


 ガララと景気のいい音とともに回転する舵輪に合わせ、艦首を左へと傾けるΝニュー-ネメシス。

 遺跡の入口から飛び出して来た魔術巨神マギデウス群を、ちょうど正面へと捉えられる位置。

 深雪の計算は完璧だった。


「クラスタービームを使用する! 計算はこちらに任せ!」

「クラスタービーム、発射準備!」


 手元に伸びてきたキーボードに、深雪は指を置いた。

 正面のコンソールに映る敵機を表す光点の位置、その回避を予測する。

 反射角計算、流れ弾による二次被害の回避、それらすべてを考慮した位置座標を手早く入力していく。


「入力完了! クラスタービーム、発射!」

「クラスタービーム、発射します!」



 ※ ※ ※



『裕太、後ろに気をつけろ!』

「後ろ? うおっと!?」


 突然 Νニュー-ネメシスの甲板の一部が展開したので、裕太はハイパージェイカイザーを慌てて移動させた。

 開いた中から飛翔したのは、半透明の水晶体。

 宙へと舞ったその物体を狙い撃つように、今度は艦内から真紅のビームが直上へと発射された。


 放たれた光線が水晶体を撃ち抜くと、その光の束が中で分裂を起こし、放射される。

 同時に消えるレーダーの光点。

 水晶体を介して反射されたビームの一つ一つが、余すことなく無数の敵機を貫いたのだ。


「す、すげぇ……!」

『むむっ! 今度は青いのが来るぞ!』


 爆発の奥から向かってきたのは〈雹竜號ひょうりゅうごう〉。

 今度はこっちの番だとばかりに操縦レバーに力を込めると、深雪からの通信が入ってきたので一旦手を止めた。


「遠坂、あいつは俺が……」

「私にやらせてください。それが……私なりのケジメです」



 ※ ※ ※



「敵機、接近します!」

「歪曲フィールド展開! 同時に主砲を敵機へと向けろ!」

「フィールド展開、砲塔回します!」


 深雪の命令と同時に、艦の外に映る風景が一瞬揺らぐ。

 〈雹竜號ひょうりゅうごう〉の手から艦橋へと氷柱が放たれるも、空間の揺らめきの中へとその攻撃はかき消えていく。

 一旦距離をとった敵に対し、追従するように主砲が狙いを定める。


(フィクサさん、また会える日があったら……その時に言いたいことは言います。それまではどうかご無事で)


 艦長帽のつばと光を反射するメガネのレンズに涙を隠し、深雪は大きく息を吸って手を振り上げ、正面をまっすぐに指さした。


「空間歪曲砲、発射!!」

「主砲、発射します!」


 砲身から放たれる半透明な白い螺旋。

 高速で向かってくるその攻撃を回避することが出来ず、〈雹竜號ひょうりゅうごう〉が直撃する。

 歪む空間の奔流に巻き込まれ、四肢を自壊させていく青い機体を、まっすぐに見据える。

 コックピット部分だけが残された段階で一瞬にして姿を消したのを見届けてから、深雪はため息を付いた。


「艦長、エネルギー残量低下! 高度維持出来ません!」

「ダシ汁ならばこの程度だろう。速やかに遺跡へと着陸態勢に入れ」

「着陸態勢へ移行!」


 元の場所へと帰るように高度を落とすΝニュー-ネメシス。

 その初陣を勝利で飾れたこと、そして想い人との決別に、深雪は黙祷をした。



 【8】


 Νニュー-ネメシスの一室、ラウンジと仮称した多目的室に呼ばれた裕太は、エリィたちとともに椅子に腰掛けていた。

 内宮やレーナが頭を抱えたり進次郎やサツキが首をかしげる中、部屋に深雪が入り、一礼する。


「皆さんに集まってもらったのは、他でもありません」

「……人間の生命力をエネルギーとするこの艦を、どうやって動かしたかの説明だろう?」


 いつになく真剣な表情で、進次郎が問いかける。

 深雪はその迫力に一切気圧されることもなく、冷静に指先で自分の眼鏡を持ち上げる。


「最初に言っておきますが、決して誰かの命を犠牲にしたり、非合法な手段をとったわけではありません」

「といってもぉ、実際にこの艦が動いたのは事実でしょぉ?」

「せやで、どんなトリック使つこうて動かしたんや?」

「そーよそーよ、あれ程の兵器をぶっ放せるエネルギーなんて、どこからもってきたのよ?」


 レーナの質問に対し、深雪は彼女らを指差すことで回答した。

 エネルギーの素だと指さされ、互いにキョロキョロと見つめ合う女性陣。


「あたしたちが、何かしたかしらぁ?」

「はい。戦いが起こる前に、一緒にお風呂に入りましたよね?」

「確かに入ったけど、それが何やねんな」

「生命エネルギーというのは、いうなれば細胞の持つエネルギーなのです。それは、体内の老廃物を構成する古い細胞であっても微量ながら含まれております。つまりは、人間がお風呂に入ることによって落ちた垢や汗、その他の汚れが入り混じった、いうなれば人間のダシ汁がエネルギー源なんですよ」

「「「「ダシ汁ぅ!?」」」」


 何ということだろうか。

 この超科学と超兵器に塗れた戦艦が、先ほどの激しい戦闘を風呂の残り湯でこなしたということである。


 後に説明された経緯によると、風呂の残り湯をエネルギー源とするアイデアは、深雪とヒンジーによって考え出されたものらしい。

 そして、いずれあるだろう黒竜王軍の襲撃に備えるために、まず始めたのが風呂場の整備だった。

 なお、なぜ女湯を先に整備したのかというと、若い女性が最も効率の良いエネルギー源となるかららしい。

 あんまりにもあんまりな方法に、裕太たちは一斉に脱力して机に突っ伏した。


 その後、エネルギー源とするためにという事情は伏せながらも、島中の銭湯から残り湯を買い漁り、Νニュー-ネメシスのクルー達が凄く特殊な性癖を持った集団だと誤解が広がることになるのはまた別の話である。



 ※ ※ ※



「いやー、困った。困ったねえ」


 胴体だけになった〈雹竜號ひょうりゅうごう〉から格納庫へと降り立ちながら、フィクサはぼやいた。

 戦闘の中で弁明に徹していたこともあり、ロリコン疑惑は払拭された。

 しかしそれ以上に、埋没戦艦が運用されてしまったのが一番の悩みだった。


「何が困ったというのだ? ロリコン」

「だーかーらー、僕はそういう人間じゃないと言っているだろう。困ってるのは、本国のことだよ」

「本国? それは異世界タズム界のことか?」

「そう。あっちの連中も僕ら越しに、あの艦を見ちゃっただろうからねえ。奪取か、あるいは破壊を目的に全兵力を送りつけてきても不思議じゃないよ」


 別世界への侵略遠征に行っている都合上、タズム界に存在する本国にも軍を統制する存在がいる。

 そして彼らが一方的に兵力を送りつけることを止めることは、出来ないのだ。


「今日の戦いを見る限り、こちらが大敗するような気しかしないがな」

「それは、僕らが島の被害は最小限に、ピンポイントで埋没戦艦を狙ったからだよ。本国が本気になったら……」

「本気になったら?」

「この島、地図から無くなるかもね」


 頭を抱えながら、フィクサは廊下へと歩いていった。



───────────────────────────────────────


登場マシン紹介No.29

Νニュー-ネメシス】

全長:232メートル

全幅:46メートル

重量:不明


 央牙島おうがじまに埋没していた、タズム界の先史文明たる古代マシナギア文明によって作られた宇宙戦艦。

 人間の生命エネルギー源として可動する動力炉「ライフリアクター」によって膨大なエネルギーを生み出し、そのエネルギーを利用した攻守に優れる空間歪曲兵器を持つ。

 ライフリアクターには生きた人間を漬け込むであろうカプセルが数機並んでおり、かつて実際に運用された際は何人もの生命を犠牲にして稼働させていたと見られている。


 古代マシナギア文明は日本語に非常に近い言語を用いるタズム界の文明の先祖に当たる文明だけあり、内部の案内板や説明書などは日本語表記となっている。

 非人道的な動力炉とは裏腹に、内部には快適性の高い娯楽室やラウンジ、風呂場や宿舎などが用意されており、クルー達には充実した福利厚生が与えられていたと考えられる。


 主砲である空間歪曲砲は、エネルギーによって生じる空間の断裂波そのものを撃ち出すことによって、対象の形状を歪ませ、自壊させる武器。

 同様の構造を利用した防御兵装である歪曲フィールドは、空間の歪みそのものをバリアのように周囲に展開することによって、そこを通る物質の通過距離を何十倍にも増やすことで弾速を抑え威力を低減させる仕組みを持っている。

 そのため、高速で飛来するビームへの防御能力は低く、逆バリアフィールドと言ったような特徴を持っている。

 特殊兵装であるクラスタービームはプリズムに似た役割を持つ水晶体を空中へと打ち出し、そこに打ち込んだビームを反射することで多数の目標を一度に攻撃できる兵器。

 しかし、この水晶体の発射とビームの放射の前に、適切に目標へとビームが当たるよう反射角を計算する必要があり、補助するプログラム自体は艦長席のコンピューターに存在するものの計算はほとんど人力で行わなければならない。

 本来想定されている運用では計算を代行する機械を別途用意し、レーダーに映る敵機の位置座標と合わせて自動的に計算をする予定だった模様。

 そのため、深雪の人智を超えた計算能力がなければまともに運用するのは不可能である。


 構造上、宇宙での戦闘にも耐えうる設計となっており、調査の結果宇宙空間への適性は現代の宇宙戦艦を凌ぐ物となっていることがわかっている。

 これは、この艦が戦う相手として想定している「敵」が宇宙から飛来するものであることからだと考えられている。

 艦長である深雪と、海賊団の技術者であるヒンジーの発案によって、風呂の残り湯でも十分にライフリアクターを稼働させる事が可能となっている。

 しかし、これは通常航行と対人間を想定した戦闘に限った話であり、本来想定された敵と戦うために必要な火力を生み出すためには生きた人間を燃料にする必要があるとされている。

 

 キャリーフレームが搭載できる格納庫と、発信することができるカタパルトを要しており、古代マシナギア文明にもキャリーフレームのような機動兵器があったという証拠となっている。

 もちろんキャリーフレームが運用しても問題はないため、これまでネメシス号に搭載されていた機体はすべて艦載機として格納されている。



───────────────────────────────────────


【次回予告】


ついに動き出した黒竜王軍の本国軍。

その強大な戦力を前に、倒れるエリィ。

島を、エリィを、そして仲間たちを守るため、裕太が立つ。


次回、ロボもの世界の人々30話「炸裂! ダブルフォトンランチャー!」


「で、けっきょく銀川はどうして寝込んでるんだ?」

『いわゆる女の子の日ですね。さっさとご主人様がマスターとズコバコよろしくヤっていれば避けられた事態です』

「避けていたら、それはそれで大問題だろ……」

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