第24話「新世代」
【1】
ある日曜の昼下がり。
裕太はエリィと進次郎とサツキとともに、警察署のオフィスに座っていた。
神妙な面持ちの大田原が手に持った書類を、裕太たちが挟む机の上にそっと置き、口を開く。
「……違えねぇ。嬢ちゃん、あんたエクスジェネレーション能力者だ」
「やっぱり! そうだったのねぇ!」
結果を聞かされ、飛び跳ねて喜びを全身でアピールするエリィ。
急に進次郎にと一緒に連れてこられ、そもそも何の用でここに来たかもわからない裕太はしかめっ面を浮かべるくらいしか不服を訴える手段が思いつかなかった。
「裕太……まさかとは思うが、エクスジェネレーション能力について知らないわけではあるまいな?」
「いやいや、知るわけ無いだろ。ひとの気も知らずに勝手に話を進めやがって」
「……つくづく、君の視野が地球の重力圏で止まっていることに驚くよ。まあ、この歳になるまで宇宙に行ったことがなければ無理もないか」
「進次郎さん! 私もよくわかりません! わかりませんけどダメですか?」
親友に対しての弄りめいた皮肉が、最愛のサツキという予想外の方向に突き刺さったのがショックだったのか、大げさにゴホンと咳払いをする進次郎。
少し困ったような表情で、つぶらな瞳を進次郎へ向け続けるサツキの破壊力は絶大だったようで、顔つきをキリッとさせメガネを指で押し上げた天才は教師気取りで解説を始めた。
「エクスジェネレーション、通称ExG能力とは宇宙進出した人類に発現した超能力のようなものだ。優れた結果予測や
「……悪い進次郎、よく意味がわからん」
「フッ、天才的な噛み砕いた説明をしてやろう。例えば僕がこうやって手を上げるとするだろう? その場合、手を挙げるという動作を行うための予備動作があるわけだ。能力者はその
そう言いながら突然手に持ったペンをエリィに向けて勢いよく放り投げる進次郎。
しかしまるで示し合わせたかのように、エリィはそのペンを難なく空中でキャッチした。
「おおー」
「うふふ、ざっとこんなもんよぉ! ぴーすぴーす!」
笑顔でピースサインを送るエリィを見ながら、頭の中で合点がいく裕太。
最近のエリィはなんというか、やたら勘が良いというか察しが良すぎることが多々あった。
特に説明をしなくてもこちらの意図が伝わったり、初めて触れる機械をすんなり使いこなせたり。
「ちょっとしたことで先が読めちゃったりするから、いろいろと便利なのよぉ。例えば、今日は笠本くんが一緒にお昼を食べたいって思っているな~とか。あとで一緒に帰ろうって誘ってくれるんだな~とか♥」
「毎日いっしょに昼は食ってるし、毎日一緒に帰ってるだろ」
「んもう! そういうことじゃないのにぃ!」
「どうどう、どうどう」
頬をふくらませるエリィをなだめる裕太。
裕太はこうやって彼女とバカらしいやり取りをするのもなんだか久々に感じていた。
なにせ、最近は黒竜王軍が引き金となったあれやこれやで日常が遠ざかっていたのだ。
懐かしい気分になりながら、裕太はエリィの頭を掴みつつ進次郎の話に耳を傾ける。
「結果予測の方はわかったよ。それで進次郎、マルチクタス? っていうのは何だ」
「
「ちょっとぉ、それじゃあまるであたしがズボラみたいじゃないのぉ」
「ものの例えだと言っているだろう。あとそうだな……ガンドローンなどのドローン兵器の適正にも関わるな」
ドローン兵器。
裕太は一度だけそれを見たことがあった。
宇宙を巡る修学旅行の終わりに出会った宇宙海賊。
そのエースパイロットである女の子、レーナが搭乗していた機体に搭載されていた武装がそれだった。
独立したビーム砲が宇宙を飛翔し、相手を取り囲んで四方八方からビームの雨を浴びせるえげつない武器である。
「ってことは進次郎。俺をさんざん顔面点数で呼んでた海賊のあいつもそのエクスジェネレーション能力者ってことか」
「そうなるな」
「なるほどなるほど……!」
話を聞いていて裕太はひとつの可能性を考えていた。
相手の動きを予測でき、強力な武器であるドローン兵器を使える様になる能力。
それを自分が得れば今まで以上に強くなれるのではないかと。
「……天才的見解から言わせてもらうが、ExG能力は宇宙生まれにしか発現しないぞ裕太」
「ガーンッ」
「つまり、この歳になるまで宇宙に行った経験がない貴様には発現確率はゼロだ。残念だったな」
秒速で希望を打ち砕かれ、裕太はガックリと肩を落とした。
「ガンドローンは能力によって送られた精神波、いわゆる意思を読み取りエネルギーとして使う武器だからねぇ。便利で強いから使いたい気持ちはわからなくはないわよ笠本くん」
聞いてもいないのに真意まで見透かされ、裕太の肩は更に深く落ちた。
【2】
ゴーワンは焦っていた。
前総帥たる黒竜王を亡き者にし、鳴り物入りでリーダーの座について、メビウス電子に取り入ったまでは良かった。
しかしその後は憎き英傑たちと光の勇者に惨敗の連続。
ろくな戦果も挙げられぬまま、いたずらに消耗していく戦力。
黒竜王軍の内部でも、ゴーワンの手腕に疑問が浮かび上がってきているのを自身で感じていた。
おまけに、最近は副官であった妖精のフリアも不在気味ときた。
もはや、手段を選んでいられる状況は終わりつつあった。
ワニの牙同然の鋭い歯でギリギリと音を立てながら、メビウス電子の地下研究所の扉を乱暴にねじ開ける。
薄暗い室内、液体で満たされた大きなカプセルだけがぼうっと光る中で、トカゲ顔の研究員が「ヒッ」と小さな悲鳴をあげた。
「ごご、ゴーワン総帥! ご機嫌麗……しくはないようですね?」
「当たり前だ!!」
ゴーワンの拳が机を跳ね、いくつかの試験管やビーカーがひっくり返る。
震える研究員の傍らでカプセルの中に浮かぶ何かが、細い目を薄っすらと開けた。
「こいつを、使うぞ!」
「ええっ!? この子はまだ調整段階でして……」
「精神が不安定ならば、狂戦士化とか洗脳とか、やりようはあるだろう!」
「そう言われちゃあ、やるしかないですけど……」
研究員がカプセルの前の機械をカタカタと音を立てて操作すると、中の液体が排出されていき水位が下がっていく。
そして中に残されたのは、座り込んだ格好の一糸まとわぬひとりの少女。
肌の表面に薄っすらと光る線を浮かばせながら、その少女はうつろな顔のまま立ち上がった。
(こいつなら、やれるはずだ)
沈黙を続ける少女の身体を見て、口角をあげるゴーワン。
頭の中に都合の良い勇者抹殺作戦のプランが次々と浮かび上がる。
「ゴーワン様」
「ン……何だ?」
「ゴーワン様、ずっとこの子の裸を見つめてますけど、もしかして人間の少女の身体に興味がお有りで……ブベッ!!?」
言い終わらないうちにゴーワンの豪腕が空を走り、研究員の身体が宙で一回転した。
【3】
「おや、笠本裕太くんではないかね?」
「あっ、訓馬の爺さん」
裕太たちがダラダラしていた一室を訪ねた老人に、裕太は軽く手を振った。
おもむろに、待ってましたという感じで大田原が立ち上がる。
「おう、訓馬。ようやっと準備ができたか」
「ああ、な。これから、かの英傑どの相手に模擬戦だ」
「あっ、わかった! 警察の新型キャリーフレームねぇ!」
手のひらに拳をポンと乗せ、何の説明もないのに答えにたどり着いたエリィが笑顔を浮かべる。
(これもExG能力の
などと考えている間に、足音を鳴らして部屋を出る訓馬と大田原。
彼らを追うように走るエリィ。
「銀川、本当にキャリーフレーム好きだよな」
古ぼけた蛍光灯が頼りなくチカチカと点滅を繰り返すなか、最近は忘れかけていた事を裕太は口に出した。
黒竜王軍との散発的な戦いが続く中、しばらくは異世界から来た
裕太にとっては、未知の敵である黒竜王軍の機体と戦い、その戦闘データを収集することは自分の借金返済に大いに役立つことであるのだが。
「行ってやれ、裕太」
「んあ?」
「裕太さん! 警察の新型ということは、きっと一緒に戦うかもですよ!」
「いやいやサツキちゃん。それよりも銀川さんを追っかけてやれって天才の僕は言いたいわけだよ」
二人の友人に催促され、その理由にも頷きながら裕太は「わかったよ」と背中越しに返し、小走りでエリィの後を追いかけた。
※ ※ ※
ジリジリと照りつける日差しの下。
額に汗をにじませながら、作業着姿の男が腰の剣を抜いた。
「出でよ! 赤竜丸!!」
振り上げたガイの剣から稲妻が走り、彼の背後に浮かんだ本物の魔法陣から赤いマシーンが浮かび上がる。
周囲から起こる、野次馬をしてる警察署員たちの拍手喝采。
まるでヒーローショーの主演のように、笑顔で手を振るガイの姿に、裕太はため息をこぼした。
「いつの間に、ここでオヤジによる召喚ショーが恒例化したんだ?」
「あ、笠本くんも来たのね?」
野次馬に混じってショーを見ていたエリィが手に持つ扇子で顔をあおぎながら振り返る。
裕太は人混みに割り込むようにして、彼女の横のポジションを陣取った。
エリィが動かす扇子の流れ風が、火照った身体を気休め程度に冷ます。
「ボウズ、別にあれがメインじゃねぇからな?」
「わかってますよ大田原さん。それで新型はどこに?」
「まあ待ってろ、すぐに出る」
ガクンと、地面が機械的に揺れた。
何が起こるのかと理解する前にガイの前方の床が左右に開き、その下から黒と白のパトカーを模したカラーリングの巨体が姿を表す。
見かけこそ現行機である〈クロドーベル〉とあまり変わりないように見えるが、頭部の形状が鋭角が目立つ形になり、凛々しい顔立ちをしているように見えた。
「あれが、新型キャリーフレーム〈ハクローベル〉だ」
「はくろう?」
「白い狼と書いて白狼ってな。
「へえ」
取り立てて大差のない外見を見ながら、裕太は空返事を返す。
冷めた裕太とは対象的に、飛び跳ねて喜びながら携帯電話のカメラで写真を撮るエリィ。
「すごぉい! 脚部がスマートになってるのにバランスがあそこまで安定しているなんて! あれはきっとプラズマシリンダーのパワーでドルフィニウム製の装甲を支えているのねぇ! 腕部なんて……!」
シャッター音を鳴らしながら早口でまくし立て、構造を推測するエリィ。
久々に見た彼女のイキイキした姿に、若干引いてしまっても裕太を咎められるものはいないだろう。
「……訓馬の爺さん。もしかしてあれも爺さんが関わっているのか?」
「勘違いをするな。あくまでも私は
「そりゃあ、ありがたいこって」
「では、これより模擬戦を執り行うッ!!」
周囲に響くキーンとしたハウリング混じりの大声に、この場にいる大勢の視線が一点に吸い寄せられる。
向かい合う〈赤竜丸〉と〈ハクローベル〉の間に立つように、拡声器を握った照瀬の姿がそこにあった。
「えー……両者、使用武器は支給された電磁警棒のみとするッ! 勝負は一本! 先に相手を制したほうが勝ちであるっ!」
場馴れしてないのが丸わかりの照瀬の進行にもかかわらず、歓声に包まれる一帯。
白い巨体に似つかわしい警棒を持つ〈ハクローベル〉と、警棒が似つかわしくない〈赤竜丸〉が一歩前に出て、深々と一礼を交わす。
「笠本くん! 始まるわよぉ!」
「見てるから耳元で叫ばないでくれ」
「模擬戦、開始ぃっ!!」
観衆が見守る中、戦いの火蓋が切って落とされた。
※ ※ ※
「富永どの! 拙者から行かせてもらうでござるよ!」
先に動き出したのはガイの操る赤竜丸。
真正面から素早く接近し、手に持つ警棒を振りかぶった。
しかし、振り下ろされるよりも前に〈ハクローベル〉が左へと跳躍。
そのまま横方向に回り込むように弧を描いた動きで転がり、赤竜丸の背後をとる。
「今度はこちらの番であります!」
「ぬうっ!」
背後から赤竜丸に警棒による鋭い突きを放つ〈ハクローベル〉。
赤竜丸は素早くふりむきながら、同じく警棒でその一撃を受け止め後方へと飛び退いた。
戦闘開始の状態へ互いの位置が入れ替わった形で戻り、双方警棒を構え直す。
「やるでござるな! 富永どの!」
「ガイさんこそ、流石であります!」
警棒同士が打ち合う音が、あたりに何度も響き渡った。
跳ぶ、避ける、転がる、伏せる。
一流の格闘家同士による真剣勝負もかくやといった身のこなしで、ふたつの巨体が大地を唸らせる。
一進一退の攻防──その言葉がよく似合う戦いだった。
※ ※ ※
ガキィン!
よく響く金属音とともに宙を舞ったのは、〈ハクローベル〉の警棒だった。
英傑の意地が〈赤竜丸〉に勝利をもたらした結果となったが、誰が見ても決して〈ハクローベル〉が劣っているわけではないことは明白である。
互いに機体から降り、握手を交わすガイと富永。
二人を称える歓声と拍手が、警察署の敷地内に広がった。
【4】
壁を走る太いパイプのようなものが
「ペスター、なぜこの艦はこんなに内装の気味が悪いんだ」
先導するように前を歩く黒ローブに、露骨な不満を訴える。
「グレイ様、申し訳ございません。これは我らの文明の様式の一種でございまして」
黒いローブで全身を隠し、不気味な仮面越しにくぐもった声でペスターが謝罪をした。
常日頃からこの薄気味悪い格好でいるこの人物は、なぜかグレイのことを慕っている。
曰く、グレイが黒竜王といかいうドラゴンの血を引く者であり異世界の軍勢を率いる資格がある……というのが理由らしい。
物心ついたときから実の両親を知らぬまま育ち、貧しい家で暮らしてきたグレイ。
人間関係で恵まれたことのない彼にとって、たとえそれが嘘の理由でも何らかの打算からくるものでも、他人に頼られ尊敬の眼差しを受けるのは決して悪い気分ではなかった。
「文明だ文化だと言われれば、頭ごなしに否定するのも失礼か」
「ご理解いただけて感謝します。あなた様のお使いになる個室や兵器には
そう言って一礼すると、ペスターはひときわ大きな扉に手をかざした。
怪物の口を思わせるような外見の扉が左右にスライドして開き、その先から光が目に飛び込んでくる。
「ここは……」
「はい、操縦司令室……
気味の悪い装飾に包まれた艦橋を見渡すと、パネルのようなものを操作していたトカゲ型の人物が次々と振り向き、各々が拳を真上へと突き上げた。
規律の取れた行動を見るに、彼ら流の敬礼なのかもしれない。
無意識に会釈を返しつつ、青い空が一面に広がる窓の外に目をやる。
下に町並みが見えることと先ほどのペスターの言い回しから、どうやらここは高高度を浮遊している飛行戦艦の中らしい。
「……で、俺にここで地球侵略の指示でも出せというのか?」
艦長席と思われる大仰な椅子に腰掛け、冗談交じりでペスターに尋ねる。
冗談が通じなかったのか、仮面についた鳥のクチバシを左右にブンブン振って否定の意を表すペスター。
「いえいえ! とりあえずグレイ様に我らの軍を見知ってもらおうとでして! 次は食堂の案内でも──」
ペスターの言い訳めいた必死な声は、低いアラームのような音でかき消された。
艦橋内が警告を示しているであろう赤色の光で照らされ、大慌てでトカゲ人がペスターの元へと走り寄る。
「ペスター様! た、大変です!」
「何事ですか? グレイ様の御前でありますぞ!」
「それが、エリア728にて我軍の転移ゲートの展開が確認され……」
「転移ゲート? 本日の作戦予定は無いはずでは?」
「それが……」
トカゲ人がパネルを手慣れた手付きで操作すると、窓に映像のようなものが映し出された。
警察署のような建物の上空に円形に開く、真っ黒な空間。
漫画などでよくある異次元へのゲート、という他に言い表しようのない異変であった。
どうやって撮影しているのかは定かではないが、周辺の景色が次々と映像に映り込む。
整列したパトカー、警察のマークが刻まれた膝立ちのキャリーフレーム、アニメから飛び出したかのような低等身のヒーローっぽいマシン。
そして……。
「笠本、裕太……! 奴のいるところか!!」
二度の死闘を繰り広げ、互いに腕を認めあったライバルの姿がそこにあった。
【5】
青天の
警察署の上に広がる、雲の少ない綺麗な青空の中にポッカリと空いた黒い穴。
何度も見た覚えのある、黒竜王軍の転移ゲートが裕太の頭上に口を開いていた。
「おいおい、また来るのかよ」
『ぼやいている場合ではないぞ裕太! 悪の黒竜王軍が平和を乱すのなら、我々は正義のために戦うのだ!』
さっきまでの新型云々の話についてこれていなかったジェイカイザーが、これ幸いとイキイキし始める。
ジェイカイザーには悪いが、今日の出番は少なそうだと裕太は予感していた。
なにせここには模擬戦を終えたて、臨戦態勢の〈赤竜丸〉と〈ハクローベル〉が立っている。
「グハハハハ! 今日こそ貴様らを地獄に送ってやるぞ、英傑ども!」
今までと変わりなく、ゲートから聞こえるゴーワンの笑い声。
黒竜王軍と交戦歴のない周囲の大人たちがざわめき、狼狽える中でも裕太は表情一つ変えていなかった。
──そう、あの声が聞こえるまでは。
「……行ったれ、ガンドローン!!」
空に空いた穴から小型の浮遊砲台が現れ、一斉に細いビームを放つ。
赤く光る光線が次々と地面に吸い込まれるように刺さり、コンクリートが赤熱した。
「総員退避! 格納庫へ走れ!」
太田原が号令を飛ばすやいなや、一目散に格納庫へと駆け出す署員たち。
天井がビームコーティングされた周辺の格納庫へと警察署の人々が避難をする中、裕太は空の穴から降りてくる巨体に目を見張った。
「……あれは、エルフィスタイプ!?」
ひと目でそうとわかったのは、ひとえにエルフィスという英雄めいた機体が周知されていたのもあった。
ビームを放ったガンドローンが、舞い降りたキャリーフレームの腕部に収まる。
鬼のような
「ややっ! あれこそが
「ちょっとガイのオヤジさん! 勝手にエルフィスをそっち発祥にしないでちょうだいよぉ! あと、あれは〈エルフィス〉に拡張バックパックのガンドローンパックを追加した〈エルフィスGD〉であって〈エルフィス〉そのものとは違うんだからね!!」
「おい銀川、そんなこと言ってる場合か!」
裕太がツッコミを入れつつ後ろに下がろうとすると、〈赤竜丸〉が剣を抜き、切っ先を〈エルフィスGD〉へと向けた。
「あいや! 白昼堂々と太田原殿下の居城に攻め入るとは不届きなり! この烈火の英傑ガイが成敗いた……わたたっ!?」
長々とした名乗りを聞き終わる前に、〈エルフィスGD〉のドローンが火を吹いた。
足元を狙って放たれたビームをその場でバタバタと足踏みしてかわす〈赤竜丸〉。
「邪魔……すんなや……」
「ぬぅっ!?」
「であります!?」
低い声を漏らした〈エルフィスGD〉は一瞬で〈赤竜丸〉に近づき、その胸ぐらを掴んで〈ハクローベル〉の方へと放り投げた。
突然巨体を投げつけられた富永が乗る〈ハクローベル〉は対応ができず、上に〈赤竜丸〉が乗せられる形で地に伏した。
「速いな……。どうした、銀川?」
ふと、裕太は隣にいるエリィが震えていることに気づいた。
ビームの照射にビビったのか、それとも一瞬で2機が無力化されたことに驚いたのか尋ねる前に、エリィはまっすぐ〈エルフィスGD〉を指差した。
「笠本くん、あれ……!」
「あのエルフィスがどうした?」
「あの機体、乗っているのって……!!」
※ ※ ※
「内宮千秋どの……でござるか?」
「声門認識に引っかかったであります。笠本裕太くんから捜索願い出されてましたのでインプットしていたのであります」
富永は動けなくなった〈ハクローベル〉から這い出ながらガイに説明した。
内宮という人物が裕太の友人であったこと、知らずに何度も交戦していたこと。
黒竜王軍の攻撃から裕太を守る形で爆発の中に消えたこと、そのショックで裕太が心に傷を負ったこと。
「そのような人物を勇者殿にぶつけるとは卑怯千万! 黒竜王軍め許すまじでござるな」
「であります! それでガイどの、〈赤竜丸〉はまだ帰せないのでありますか?」
「先の演習の疲労もあって〈赤竜丸〉もバテバテだござるからな……よし、ゆっくり休めよ〈赤竜丸〉」
ガイが〈赤竜丸〉から弾き出されるように現れると、彼の愛機は光に包まれて消えていった。
これで〈ハクローベル〉を動かせる、と富永がハッチに手を伸ばそうとした刹那、誰もいないはずのコックピットハッチが閉じ、〈ハクローベル〉が立ち上がった。
「だ、誰が乗っているでありますか!? いつの間に!?」
「誰だっていいだろう」
「ぬ!?」「え!?」
〈ハクローベル〉から響く男の声に、富永とガイは思わず固まる。
「あのエルフィスの出現は黒竜王軍の意志でもないし、恩人を利用された恨みもある」
「その言い分、黒竜王軍でござるか!? ええい、名を名乗れい!」
「その必要はない。この機体、借りるぞ」
〈ハクローベル〉に乗った何者かは、そのまま〈エルフィスGD〉の方へと向かっていった。
【6】
それがエクスジェネレーション能力によるものかはわからない。
しかし、エリィは確かに目の前の巨体の中に内宮の存在を感じていた。
「本当に、あれに内宮が乗ってるのか……?」
「声だけじゃ自信なかったけど、絶対!」
「生きていたのは嬉しいが……内宮!!」
裕太が駆け出し、〈エルフィスGD〉の前に無謀にも飛び出す。
救えなかったと思っていた友人が生きていたのだ。
たとえ無謀でも、エリィには裕太を止める気にはなれなかった。
「内宮! 俺がわからないのか!」
「かさもと……はん……」
「内宮!!」
〈エルフィスGD〉が向きを変え、裕太を見下す形でピタリと止まる。
声が届いた──と思ったのもつかの間、ガンドローンの一機が分離し、砲身を裕太へと真っ直ぐに向けた。
「笠本君! 危ない!!」
エリィが駆け出すその瞬間、突然まぶしいほどの光がガンドローンへとぶつかり、弾け散った。
機能を停止したガンドローンは空中で何度か火花を散らし、糸が切れたように落下。
コンクリートに覆われた地面へと、めり込むように突き刺さった。
「何をしている、笠本裕太! 早く貴様のマシンを呼べ!」
聞き覚えのある声に振り向くと、さっきまで富永が乗っていたはずの〈ハクローベル〉が手にショックライフルを構えていた。
※ ※ ※
「笠本くん、あの声……!」
エクスジェネレーションの能力を持っていない裕太でも、誰の声なのかは聞いた瞬間にわかっていた。
しかし、状況にはわからないことの方が多く、答えが期待できなくても問いかけてしまうのは人の
「グレイ! なぜお前がここに!?」
「話している暇はない! 奴は黒竜王軍に手を加えられている! 救いたいならおとなしく言うことを聞け!」
グレイが内宮を救おうとする理由には心当たりが無い。
しかし、味方にするにはこれほど頼もしい相手もいないだろう。
裕太はこの場をグレイに任せて一旦退き、エリィと共に格納庫の近くへと走った。
「笠本くん、あたしも戦う!」
「いや、今回は相手を倒せばいいいつもの戦いとは違う。銀川は避難しててくれ」
言葉を選んでいる余裕が無いにせよ、「足手まといだから付いてくるな」という宣告に等しい言葉である。
しかし、その真意を読み取ってくれたのか、エリィは食い下がることも嘆願することもなく、ただ無言でコクリと頷いてくれた。
それが能力による予知めいた理解なのか、それとも日頃の付き合いが生んだ
けれど、これで思い切り戦える。
裕太は格納庫近くの開けた場所で、携帯電話を空高く掲げ、叫んだ。
「来いッ! ジェイカイザァァッ!」
いつもより力の入った叫びに呼応し、裕太の眼前に魔法陣を描いた立体映像が映し出される。
その魔法陣は裕太の気合に応えるようにいつもより強く発光し、その中心からジェイカイザーの巨体を力強く出現させた。
ジェイカイザーが屈み込み、腹部のコックピットハッチが開く。
斜め下へと降りたハッチは搭乗へのタラップとなり、裕太を操縦席へと導いた。
パイロットシートに腰を落とし、いつもの場所へと携帯電話を置く裕太。
操縦レバーを握ると、慣れた刺激が指先を包み込む。
次々と点灯し、外の風景を映し出すモニター、表示されるコンソール。
『行くぞ裕太! 内宮どのを救い出すのだ!』
「ああ!」
力いっぱいペダルを踏み込むと、ジェイカイザーが跳躍した。
【7】
裕太の乗るジェイカイザー、グレイの乗る〈ハクローベル〉が並び立つ。
目の前の〈エルフィスGD〉の赤いカメラアイが、沸き立つように輝いた。
「ジェイカイザーは……うちが倒さなアカンのやぁぁっ!!」
内宮の叫びとともに〈エルフィスGD〉が前方へとスラスターを噴射。
後方へと飛び退くと同時にガンドローンが数機、裕太たちへと放たれた。
ビームを発射すべくその銃口が光り輝く前に、裕太はジェイカイザーにショックライフルを引き抜かせ、早打ちが如く引き金を引く。
ジェイカイザーも気合が入っているのか、寸分の狂いなく吸い込まれるように光弾がガンドローンにぶつかり、弾けた。
「うちが、倒すんやぁぁぁっ!!」
悲痛な叫びを連れ、抜き身のビームセイバーを片手に急接近する〈エルフィスGD〉。
裕太も咄嗟にビームセイバーを握らせ、振り下ろされる光の刃を受け止める。
押されつつ後方へ流されていると、再び〈エルフィスGD〉からガンドローンが放たれるのが見えた。
しかし、今の裕太には心強い味方がいる。
次々と〈ハクローベル〉から放たれる光弾が的確にガンドローンを撃ち抜き、ひとつずつその機能を停止させていく。
「笠本裕太、ガンドローンは俺が対処する! 貴様はそいつを抑えるのに集中しろ!」
「わかった! だが……どうすれば内宮を救えるんだ!?」
「知らん! 精神制御を受けているのはわかっているが解決策までは聞いていない!」
「ええっ!? ぐっ!?」
その一瞬の隙を突くべく横薙ぎの刃が裕太の乗るコックピットを的確に捉えるが、前方へとスラスターを噴射し後方へと飛び退くことで難を逃れる。
「こんなこと続けてちゃキリが無いぞ!」
『裕太! 私に妙案があるぞ!』
「何だジェイカイザー!」
『いやなに、ウェポンブースターに使っているフォトン結晶があるだろう。あれはエネルギーを増幅し伝える物質だ!』
「で!? それが何だよ!?」
『言葉や想いというのも一種のエネルギーではないか? 直接内宮どのにぶつければ精神制御とやらを脱せられるやもしれぬ!』
「んな適当な!? っと!!」
〈エルフィスGD〉の手に持つビームライフルから放たれた光を、ビームセイバーの刃で反射的に打ち返す。
再びビームセイバーで斬りかかろうとする〈エルフィスGD〉だが、横合いから〈ハクローベル〉のタックルを受け、よろめきつつも空中でバーニアを細かく吹かして踏みとどまった。
『なにも思い付きやハッタリでは無いぞ! エリィどのが言っていたではないか! ガンドローンは精神波とやらをエネルギーにすると!』
「ダメで元々……やってみるしかねえってか!」
裕太は〈ハクローベル〉と一進一退の攻防をする〈エルフィスGD〉を真っ直ぐに見据える。
半ば
手元のコンソールを操作し、ウェポンブースターを起動させる。
「グレイ、そいつの動きを一瞬封じてくれ!」
「貴様に指示されるのは癪だが、これでどうだ!」
ビームセイバーで切り裂こうと踏み込んだ〈エルフィスGD〉に、回避と同時に足払いを掛ける〈ハクローベル〉。
崩れたバランスを直そうと〈エルフィスGD〉が空中で一瞬動きを止めたその刹那、上から押さえつけるように〈ハクローベル〉が頭部を掴み体重をかけることで膝をつかせた。
「何の策かは知らないが……やれ、笠本裕太!!」
「恩に着るぜグレイ! 行くぞ、ウェポンブースター!!」
ジェイカイザーの腕から輝く緑の結晶を溢れさせながら、〈エルフィスGD〉へと突進する。
身動きを封じられた〈エルフィスGD〉のコックピットを包むように、ジェイカイザーの腕がハッチを掴んだ。
「頼む……これで止まってくれ! 内宮!」
光り輝くフォトン結晶が伸び、〈エルフィスGD〉へと入り込む。
裕太は心の中で内宮へと必死に呼びかけた。
止まってくれ、もうやめてくれ、と。
「かさもと、はん……」
内宮に想いが通じた──と思ったその瞬間。
「笠本はんは、うちが倒すんやぁぁぁっ!!」
結晶が砕け、〈エルフィスGD〉がジェイカイザーと〈ハクローベル〉を跳ね除け立ち上がった。
「すごい執念だな……。おい、笠本裕太。お前あいつに何かしたのか?」
「何もしてねぇよ!」
裕太たちは一度距離を取り、体勢を立て直した。
【8】
何かが失敗したというのは、誰の目から見ても明らかだった。
それが何を狙い、何をするつもりだったかを理解していたのは格納庫に署員たちと避難していたエリィだけだった。
「あぁん、もう! あたしが居れば……」
「銀川さん、裕太は何をしようとしていたんだ?」
「あら岸辺くん、いたんだ?」
「ひどいな……」
「私もいますよー!」
肩を落とす進次郎と元気に跳ねるサツキに苦笑いを送るエリィ。
「あのね、笠本くん。多分だけどフォトン結晶で内宮さんと交信しようとしたのよ」
「交信?」
「内宮さん、自分の心とか理性とか抑え込まれて戦う機械にされちゃってるの。だから奥底に封じられた心に呼びかけて、正気に戻そうとしたのよ」
「……へぇ?」
あ、これは理解できてないな とエリィは確かに進次郎から感じ取った。
「とにかく、エリィさんがいれば解決するんですね?」
「ええ、そうよぉ」
「だったら行けばいいんですよ! ほらっ!」
そう言って、いつかの時のように2脚バイクに姿を変えるサツキ。
まっすぐな彼女の言葉は、エリィの背中を押すには十分すぎた。
「笠本くん、今行くから!」
サツキが扮する2脚バイクに跨がり、エリィはアクセルを全開にした。
※ ※ ※
ガンドローンから放たれたビームを間一髪で回避しつつ、ショックライフルで反撃する。
宙に浮いていた砲台が地に落ちると共に、再びガンドローンが〈エルフィスGD〉から分離する。
「いったいいくつ積んでんだあいつは!!」
『魔法的な要素で無限に生み出しているのではないか?』
「物理法則もあったもんじゃねえな! ちくしょー!」
汗だくの裕太とは対象的に、グレイが操縦する〈ハクローベル〉の動きは冷静だった。
ガンドローンに囲まれながらも的確にビームを避け、警棒とショックライフルで1機ずつ落としていく。
操縦技能もさることながら、それに付いていく〈ハクローベル〉の性能も目を見張るものがあった。
(あれが量産されりゃあ、安泰だろうがよ……)
裕太が大きくため息をつこうとすると、足元からエリィの声が響き渡った。
「笠本くん、2時方向下!」
「えっ? どわっ!!」
地に伏していたガンドローンのひとつが、スパークしながらもビームを吐いた。
咄嗟の回避が間に合ったものの、ハッチの表面をかすめたのかコンソールから被弾を示すアラートが鳴り響く。
「銀川、お前危ないから避難してろって……」
「内宮さんと、あたしなら交信できるから! 乗せてちょうだい!」
その言葉で、エリィの言わんとしていることはなんとなく理解した。
下ろしたジェイカイザーの手に乗って、エリィがコックピットに入り込む。
シート脇の空間に収まり、裕太の肩を掴みバランスをとるエリィ。
「笠本くん、フォトン結晶を〈エルフィスGD〉に!」
「わかった! グレイ、もう一度さっきのをやるから押さえててくれ!」
「ちっ! 笠本裕太、今度こそしくじるなよ!」
再び〈ハクローベル〉が〈エルフィスGD〉に飛びかかり、背後から羽交い締めにし動きを封じる。
出力は〈エルフィスGD〉の方に分があるのか、抜け出そうとする動きに〈ハクローベル〉の腕フレームがひしゃげていく。
「早くしろ、笠本裕太!!」
「ジェイカイザー、フォトン残量は!?」
『あと一度が限界だ! 外すなよ裕太!』
「行くぜ、ウェポンブースター起動!」
ジェイカイザーの腕に残っていた砕けた結晶の中から、再びフォトンが溢れ出す。
バーニアを全開に吹かせて〈エルフィスGD〉に組み付き、結晶をコックピットに押し当てる。
「銀川、頼んだぞ!」
「笠本くんも一緒に呼びかけるの! 目を閉じて集中して!」
「あ、ああ!」
言われるままに、裕太は目を閉じて精神を集中させた。
ただひとつ、内宮へと呼びかけるために。
その瞬間、裕太の意識が体から離れていくような感覚が走った。
【9】
気がつくと、裕太は不思議な空間に浮いていた。
言葉で表すのなら緑色に染まった宇宙といったところであろうか。
(あ、これ精神世界ってやつか)
漫画やアニメで見たことのあるような不思議空間であったが、直前の出来事からたどって現在の状況を察する裕太。
「笠本くん!」
「銀川……? わっ!!? お前、服! 服!!」
声につられて振り向くと、なぜか一糸まとわぬ姿のエリィが空間に浮いていた。
光に反射して肌こそ見えなかったが、スタイルのいい身体のラインが嫌でも目に入ってくる。
咄嗟に目を手で覆い、ワーワーと騒ぐ裕太の姿にエリィも自分の状況に気がついたのか、キャーキャー騒ぎながら胸と局部を両手で隠した。
「なんで精神世界ってやつは服を反映してくれないんだ」
「そりゃあやっぱり、服は人とは別だからじゃない?」
裕太も自分の股間を手で隠し、ため息の後に辺りを見渡す。
星のような光が一面に広がる緑の空の中で、ひときわ小さい人影が黒い影をまとっていた。
「笠本くん、あれ……」
「内宮か! 内宮、おい!」
呼びかけながら近づくと、裕太たちと同じく裸の内宮が、膝を抱えてうずくまっていた。
体勢的に局部が見えないのが、裕太にとっては幸いだった。
「内宮、もうやめよう。俺たちが戦い合う必要なんて無いんだ。帰ってこいよ、それで元通りだ」
「…………がう」
「確かにあたしたちは知らずに内宮さんと戦っていたわ。でも、それは仕方なかったからで……」
「違うんや……」
内宮が顔を上げ、涙で濡れた顔を見せる。
彼女のそんな顔を見て、裕太たちは閉口した。
「うちは……うちは……」
「俺たちの知らないわだかまりが内宮にはあるのか? 話してみろよ、聞いてやるから」
裕太が優しくそう言うと、内宮は涙を手で拭い、再びうつむいて言った。
「うちはな、笠本はんが好きになってしもうたんや……」
「えっ?」
思いもがけない突然の告白に、思わず素っ頓狂な声を出してしまう裕太。
しかし内宮は気にも止めず、言葉を紡ぎ続ける。
「最初はな、そんなでもなかったんや。うちの誘いにも乗ってくれへんし、いけ好かない奴やなと思うてたんや。けどな、戦いの中での真っ直ぐさとか、周りの人を助けよ思う動きとかに、いつの間にか惹かれてん……」
「内宮さん……」
「けど、笠本はんには銀川はんがおる。二人の仲の良さはよう知っとるから、うちの出る幕はないんやて思うと悔しゅうて……」
掛ける言葉が見つからずにしどろもどろになる裕太。
最終的に内宮の弟のことを持ち出せば、正気の戻せるのだろうという考えはあったのだが、ここからどう軌道修正するかが当事者である裕太には思いつかなかった。
仕方がないので、隣でうーんと考え込むエリィに目でチラチラと合図を送ってみる。
すると、エリィは「仕方ないわねぇ」と一言言って、内宮の肩に手を載せた。
「あのね、内宮さん。あたし、まだ笠本くんに告白してなかったのよぉ」
「……ホンマに?」
「そうよ! そうなのよ! だから笠本くんなかなか手を出してこないし……キスだってやったこともないし……」
「おい銀川、お前なに言って……!」
「だからぁ、内宮さんにもチャンスはあるのよ! 諦めるのは早いわ!」
「うちにも……チャンスが……」
なぜだか気持ち口元が緩みつつある内宮に、裕太はもうヤケだと言葉を投げることにした。
「そう、お前にはまだ未来があるだろ! 弟のことはどうするんだ! お前の弟な、お前のために俺を殴ったんだぞ! あんないい弟を放ってお前は……」
我ながら無理やりな軌道修正と思いつつ、思いつく限りの言葉を内宮に投げかける。
語彙豊富な進次郎ならもっとマシな言葉をかけられたんだろうが、今の裕太にはこれが精一杯だった。
「うちに……未来が……」
「さあ内宮」
「一緒に帰りましょう」
「……せやな」
内宮が立ち上がると、空間が真っ白な光で満たされ、なにも見えなくなった。
【10】
裕太が目を開けると、そこはジェイカイザーのコックピットだった。
目の前にある〈エルフィスGD〉のコックピットを覆うフォトン結晶が砕け、ハッチが開く。
パイロットシートの上でぐったりとしている内宮の身体をジェイカイザーで掴み、引っ張り出した。
内宮が着ているパイロットスーツに繋がれていた様々なケーブルが音を立てて引きちぎれ、離れていく。
最後の一本が切れると、赤い光を放っていた〈エルフィスGD〉のカメラアイが黒く沈み、動かなくなった。
「……ふぅ。なんとかなったわね」
「ああ。助かったよグレイ、ありがとな……ってあれ?」
礼を言おうと〈ハクローベル〉の方を見ると、すでにコックピットは空だった。
指名手配されてる身だから引き際が早いのだなと裕太は自己完結し、操縦レバーを操作してそっと内宮を地面に下ろす。
裕太もエリィを連れてジェイカイザーから降り、眠る内宮の元へと走り寄った。
「ここは……うちは……」
もともと細い目を、薄っすらと開き覚醒する内宮。
覗き込んでいた裕太の目と内宮の目が合うと、内宮は頬を赤く染めて目を逸らした。
(精神世界での件は、なかったことにはならないよな……)
冷や汗をかきつつ内宮を抱き起こす裕太。
すると、内宮の顔の表面にぼうっと線のような光が走った。
「今のは……」
「アカン……うち身体を弄くられてもうて、なんや気持ちが高ぶると光るみたいなんや。なんか変やろ? 恥ずいわ……」
「変じゃないさ。内宮が無事ならそれでよかった」
「ホンマか……? 笠本はん、うちは
「ちょーっっと待ったぁ!!」
見つめ合う内宮と裕太の間に突如、エリィがこわばった顔で割り込んで叫んだ。
「あのね内宮さん。チャンスがあるとは言ったけれど、あたしは引き下がる気ゼロだからね!」
「ほーん! うちのほうが先に告白したんや! 笠本はん、な! な!」
「笠本くんとは最初にあたしのほうが仲良しになったのよ! 笠本くん、何か言ってよ!」
『羨ましいぞ裕太! 二人の女子高生に言い寄られるなんて! 私とそこを変わってもらおうか!』
「…………はぁ」
ふたりと1機にまくしたてられ、裕太はため息をついた。
それは、無事に内宮を救い出せた安心感と今後への不安が入り混じった、それはそれは複雑なため息だった。
※ ※ ※
「ゴーワン」
「はっ……!」
暗い部屋の中、名前を呼ばれて震え上がるワニ男の姿にグレイは呆れていた。
実父と手にかけたに等しい男がこのような小物だと、復讐をする気さえ失せていた。
ちら、と横に目をやる。
グレイの隣、ひときわ豪華な椅子に座っているのは黒竜王軍のニューリーダー。
その座はグレイにとペスターが言っていたが、グレイが断ったため繰り上がった男。
「貴様に最後のチャンスをやろう。命に変えても、あの光の勇者を始末せよ。もしも失敗すれば……わかるな?」
「ぐっ……わかった……」
冷や汗でぼたぼたと床を汚しながら部屋を後にするゴーワンを見て、この組織における実力主義を感じ取る。
血筋や経歴にとらわれずに成り上がることが、グレイの目下の目標であった。
ゴーワンが立ち去ったのを確認すると、ニューリーダーは手に持ったカップの中身をわざとらしく飲み干す。
「これで
「……その言い方、まるでタズム界出身ではないように感じるな」
「フッ……。黒竜王軍も英傑たちのように、異世界から人員を調達していたということさ」
「なるほどな。それで、お前はどこから来たんだ?」
「私はな……」
おもむろに立ち上がり、部屋に闇を満たしていたカーテンを勢いよく開けて言った。
「私はフィクサ・グー。偉大なるヘルヴァニアの支配者グロゥマ・グーの血を引く者だ」
「ああ、そう」
「ああそうじゃない! もっと何か反応があるだろ!」
「いや、ヘルヴァニアに俺は興味ないしな」
うなだれて椅子の肘置きを殴りつけるフィクサを見ながら、グレイは天井を見上げた。
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登場マシン紹介No.24
【エルフィスGD】
全高:8.0メートル
重量:7.8トン
エルフィスに拡張バックパック「ガンドローンパック」を装着した姿。
劇中に出てきた型は黒竜王軍による改造を施されているが、スペック状の搭載ガンドローン数は背面パックに8機、両肩にそれぞれ4機ずつの計12機である。
エクスジェネレーション能力者の搭乗を想定してはいるものの、エルフィスが実戦投入された半年戦争当時にはExG能力の研究は中途半端にしか進んでおらず、このパックは戦後に記念として作られたもの。
ちなみに、エルフィスの拡張バックパックには頭部のメインセンサー機能の増設のためパックごとに異なるフェイスマスクが用意されており、ガンドローンパックのフェイスマスクは「鬼」をモチーフとしたものとなっている。
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