第23話「新たな英傑、新たな力」
【1】
「グレイ様……ですね?」
「喰らえっ!!」
反射的に、グレイは焚き火から掴み取った鉄串を、声のする方へと投げつけた。
突然赤熱した鉄の棒を投げつけられ、声の主が「ひゃあっ」と裏返った悲鳴をあげて尻餅をつく。
「ななな、何するんですか!?」
チリチリと鉄串からつたった熱で雑草が黒ずむ中、グレイはもう一本鉄串を手に取って背後の何者かを威圧する。
「フン。俺に用があるやつなんぞ、警察か賞金目当てのロクでなしどもしかいない。ましてや、様付けで呼ばれるようなことなど一度もしちゃいないからな……む?」
モゾモゾと起き上がろうとする刺客の格好に、グレイは言葉に詰まった。
全身を覆う暗幕のような黒いローブ、鳥のクチバシにも似た下に垂れ下がった突起の付いた純白のペストマスク。
ローブの端からはみ出る細い足も、厚手のタイツでも履いているのか暗黒に染まっていた。
夜ならば迷彩になるであろうが、真っ昼間に着るには目立ちすぎる仮装をした人物に、グレイはほんの少しだけ興味を持った。
「そのふざけた格好は何だ?」
「ふざけたとは失礼ですね。これでも正装ですよ」
「どこの仮装パーティの正装かは知らんが、俺に何か用があるんだろう? ただし、ひと欠片でも敵意を出した瞬間、貴様の脳天にこいつが刺さることになる」
「そ、その容赦のなさもお父上にそっくりですね……」
「……父だと?」
グレイには父と呼べる存在が二人いる。
一人は育ての親。
捨て子であったグレイや家族を養おうと、カネ目当てで愛国社に利用され終身刑となった人間。
決して賢い人物だったとはいえないが、あれほど優しい人間をグレイは他に知らない。
しかし、目の前の奇人が褒めたのは容赦のなさ。
少なくとも育ての父に該当する評価点ではない。
「……まさか貴様、俺の生みの親を知っているのか?」
「はい、それはもう。我々の主、漆黒の王者であり竜を統べる者……黒竜王さまこそ、あなたのお父様でございます」
黒竜王、という単語はグレイにも聞き覚えがあった。
しかしそれは失われた過去の残滓などではなく、ごく最近に道端で拾った新聞から目に入った情報であるが。
突如として世界中に現れた謎の武装勢力。
黒竜王軍を名乗っていたそれらの軍勢は、各地の軍隊にものの数分で制圧され、首謀者と見られる黒い巨大なドラゴンが米軍に撃ち落とされたと同時に勢力を失ったという。
その怪物が自分の父だというのは、ふざけた冗談にしか思えない。
しかし、久々にマトモに話せる人間……とは確証のできないペストマスクを被った、この男とも女とも判別のつかない変人との会話は、不思議と不快ではなかった。
敬意をもって話されることなど、今までになかったのもある。
もう少し話を引っ張るために、話を合わせることにしたグレイは納得したような表情を顔に作った。
「それで、黒竜王の息子である俺に何の用だ?」
「率直に申し上げます。我らの軍を率い、光の勇者を打ち倒してください!」
「断る」
「ええっ!?」
まるで断られることなど想定したかったかのような驚愕の声。
突然現れた妙な人物からそのような怪しい勧誘を受けて、受けるわけがないだろう。
考える時間が欲しい……とグレイが言おうとした瞬間、腹の虫がグゥ~と鳴り響いた。
「……お腹空いているんですか?」
「生きていれば腹も減るだろう」
「……そうだ! 我らの軍に来てくれればごちそうを毎日振る舞いますよ!!」
「よしわかった」
「即答!?」
断っても驚愕し、肯定しても驚愕するとは失礼なやつだとグレイは思った。
逃亡生活の中、もっとも大変なのは食料の確保である。
無一文では店が利用できず、草むらや河川敷で虫や魚を採っては食べる生活をしていた。
しかし、そんなホームレスめいた生活にも限界が来ていたのも事実。
「さあ、貴様の本拠地へと連れて行け。そして俺にメシを食わせろ!」
「い、いきなりグイグイ来るようになりましたね……。聞かなくて良いんですか? 光の勇者のこととか……」
「光の勇者とは、笠本裕太のことだろう? 奴のことなら、よく知っている」
「それは話が早い! 今、勇者を倒すための会議を進めてましてね」
「その必要はないぞ」
「え?」
「……奴は今、闘志が死んでいる」
【2】
エリィの目の前で鈍い打撃音と共に裕太の身体が宙に浮き、彼はグラウンドの上で尻餅をついた。
裕太の前で食いしばった表情のまま、殴った衝撃で赤くなった手を抑えるのは、幼い顔立ちで背の低い少年。
「……なんで、姉さんを救ってくれへんかったとですか」
絞り出したような関西弁の声調で、少年が静かに叫んだ。
殴られた裕太は反論もせず、俯いたまま沈黙を続けている。
「あの場におったんはわかっとるんですよ! それなのになんで! なんで……!」
「それなら、あたしも同罪よ! あたしだって、何もできなかったのに……!!」
少年──この前の黒竜王軍との戦いで消息不明となった内宮千秋の弟、内宮
仕方がない、しょうがないという言葉で片付けるのは簡単である。
しかし、それはかけがえの無い存在を喪った人物には通じない。
エリィが次の言葉を吐き出す前に、
※ ※ ※
「──ってことがあったのよぉ。それから笠本くんったら、家にこもってふさぎ込んじゃって……」
「そりゃあ、ボウズも災難だったなぁ」
カーティスが椅子の上で頬杖をつきながら、同情するような表情で言った。
内宮の弟に呼び出され殴られた一件の後、エリィは傷心の裕太と共に学校を早退した。
本当は裕太の親友である進次郎やサツキにも相談したかったのだが、進次郎がタチの悪い風邪を引いてダウンしているので、看病するサツキ共々近寄れない状況である。
そしてエリィは裕太を家に送り届けた後、暇になったので、すっかり集まり場と化したカーティスの家にふらりとやってきたのだった。
「私としても、早くご主人様には元気になってもらわなければなりませんと。なにせ洗濯ができませんし」
『私なんて早く帰れたから溜まったアニメを消化しようと思っていたのに』
部屋の隅っこで正座して茶を飲むジュンナと、彼女が手に持つ携帯電話からジェイカイザーが好き勝手な不満を発する。
「……んで嬢ちゃんよ、なんであいつん家のロボメイドと腐れAIまで連れてきてんだよ」
「笠本くんったら、ひとりにしてくれって言って聞かなくって……」
決して裕太を見捨てたわけではない。
彼の落ち込みに呑まれてエリィまで落ち込んでしまっては、何も解決しないと考えてあえて要求を飲んだのだった。
気分が滅入ってるときに一人で考えを整理する時間が必要なことは、知らないわけではなかったから。
「だからってよぉ」
一人の時間を邪魔されるからか、カーティスのエリィ達に対する態度は邪険というカタチに変異しつつあった。
喫茶店に場所を移そうかな、とエリィが考えていると、おもむろにジュンナが立ち上がる。
「この部屋に私がいて、何かしらあなたに利があれば良いんですね? でしたら、はいどうぞ」
「どうぞって……おほっ!!」
ジュンナがメイド服のスカートの裾を掴んてたくし上げ、身につけた純白の下着をカーティスに見せつける。
彼女の股に映える三角の布を、鼻の下を伸ばして凝視するカーティス。
ジェイカイザーに至っては『待て! 私にも見せてくれ!』と醜い懇願をする始末。
「はい、おしまいです」
「ちょちょっと! もうちょっと見せてくれてもいいじゃねーか!」
「また1時間後くらいに見せてあげますよ?」
「しょーがねーなぁ。好きにしろい!」
渋々了承したような風のセリフを吐きつつも、気持ちの悪いニヤついた顔をするカーティスに呆れるエリィ。
しかし自分もかつて、カーティスに要求を通すために履いていた下着を渡した過去があるので強くツッコミを入れられないのもまた事実だった。
ピリリリリリ。
不意に鳴り始める携帯電話の着信音。
一斉にポケットをパタパタと叩き、自分の携帯を探す3人。
「あ、ご主人様の携帯です」
ジュンナがジェイカイザーが入った携帯電話を掲げてエリィに手渡した。
画面に受話器マークの横に表示される文字には「オヤジ」の3文字。
「これ、多分ガイさんよね? あたしが出るわぁ。もしもし?」
「申す申す……おや? 番号間違えたでござるか?」
「あってるわよぉ。今、笠本くん落ち込んでるからあたしが代わり。要件があるなら笠本くんに伝えるけど」
「ううむ、拙者の英傑仲間をこの世界に呼び込んだのだが、道に迷っているらしいでござる」
「英傑仲間? ってことは向こうの世界の人?」
「そうでござる。それで拙者は仕事中ゆえ、勇者どのが手空きなら迎えに行ってもらいたかったのだが……」
そういえば、とエリィは思い出した。
黒竜王軍の活動が大きくなってきたら仲間を呼ぶぞ、とガイが息巻いていたような気がする。
何度か退けているとはいえ、先月は自らが誘拐されるまでになったのだ。
ガイがその危険性を憂うのも納得できる。
「じゃああたしが迎えに行くわぁ。それで、どんな人?」
「おお、助かるでござる。来た人物はエルフ族。二つ名は旋風の英傑でござるよ」
「エルフ族! ってことは耳長の?」
「耳は……そうでござるな、長いでござるよ。っと、そろそろ仕事に戻らねば。どこかの交番で保護されているらしいでござるから、頼んだでござるよ!」
プツッという音とともに切れる通話。
「うふふ、エルフかぁ……!」
エリィは密かに心躍っていた。
エルフといえばファンタジーものでは馴染み深い耳の長い亜人種である。
それがその目で見れるとなれば、胸を躍らせるのは当然である。
普段はテレビや雑誌でしか見られない有名人に会うのと、その本質は似ている。
『私も連れて行ってくれ! もしも女エルフであればひと目見てみたいぞ!』
「煩悩だだ漏れねぇジェイカイザー。うふふっ、じゃあ行ってくるけど……ジュンナとカーティスさんは?」
部屋を出かかりながら振り向いて訊くと、尋ねられたふたりは互いを指差し。
「またパンツ見せてもらわねぇと」
「また下着を見せないと」
「あっそ」
呆れ顔を浮かべ、エリィはカーティスの家から飛び出した。
【3】
──守れなかった。
裕太は自室の隅で、膝を抱えていた。
内宮という、それなりに交流を持っていた人物を目の前で喪ったことは、裕太の心に甚大なダメージを負わせていた。
その人間が周りからいなくなってしまった虚無感だけではない。
彼女の親類──内宮
(また、繰り返しちまった)
(ヒーロー気取りで、バカやってたんだ)
(結局、母さんのときから何も変わっていないじゃないか)
(俺は……)
母に続いて内宮を救えなかった裕太には、それが何の解決にもならないとわかっていても、自分自身を責めて傷つけることしかできなかった。
※ ※ ※
「はーい、
ルンルン気分で、エリィは先程まで大田原と通話していた自分の携帯電話を耳から離した。
『ふっふっふ、エリィ殿も楽しみなのだな!』
「そりゃあもちろん! だってぇ、あのエルフよ!」
弾んだ声のジェイカイザーに、似たような声質で返す。
この前の戦いで見たワニ男を除けば、初めて出会う異世界の異種族。
水金族やワタリムシといった宇宙由来の存在とは顔を合わせてきたが、ファンタジックな異世界ともなれば話が別である。
「きっと俳優も顔負けのイケメンに違いないわぁ!」
『いやいや、きっとグラマーな美人かもしれんぞ!』
『ご主人様が大変だというのに、マスターもジェイカイザーも呆れたものですね』
「『!?』」
手に持ったエリィの携帯電話から響く、静かな声にギョッとするふたり。もとい一人と1機。
『じゅ、ジュンナ……ちゃん?』
「どうしてあなたの声が!? 電話……じゃないわよねぇ」
『ジェイカイザーがご主人様の端末に施したプログラムを解析し、マスターの端末に同じような構造を入れ込んだのです。この程度、私には造作も無いことです』
「あなたって……結構、有能なのねぇ」
『それほどでも』
『カーティス殿にパンツを見せなくて良いのか?』
『しばらく見せてたら飽きられました』
「そう……」
こうしている間に本体は大丈夫ななのだろうかとエリィは疑問に思ったが、日頃の毒舌の仕返しにあえて言わないことにした。
※ ※ ※
「あそこね、
背の低い住宅や商店が立ち並ぶ、田舎に片足を突っ込んだのどかな場所だ。
エリィは空がよく見える風景の中、無駄に駐車場の広いコンビニの隣にある、灰色の交番に足を踏み入れた。
「えっとぉ、大田原さんから話聞いてないですか? 迷子の人を引き取りに来たんですけど」
「あ、ああ。迷子ね……エルフさーん」
エリィの話を聞いた警官は困惑したような表情で、奥の椅子に腰掛けた人物に声をかけた。
「そうか、君がガイの言っていた迎えの者か」
「え……あなたが英傑……さん?」
『あれが、エルフだというのか!?』
『あらまぁ……』
椅子から立ち上がった人物を見て、次々と言葉を失うエリィ達。
1メートルちょっとの身長、西洋鎧にそのまま短い手足が生えたような体型。
そして兜の全面から覗かせる顔は、例えるならキャリーフレーム〈エルフィス〉の顔のカメラアイ部分に瞳を描いた……そんな形状をしていた。
「私は
デフォルメされたエルフィスが鎧を着たような人物は、爽やかな声で名乗った。
※ ※ ※
「エルフ族、ってエルフィス族って意味だったのねぇ……」
黄色いスカーフを首元(?)に巻いた
確かにガイの情報通り、彼の耳の部分には後方に長く鋭く伸びた、ブレードアンテナが存在する。
もともと、〈エルフィス〉という機体名はファンタジー世界の耳長種族であるエルフから取ったものである。
エルフの長耳を思わせるブレードアンテナや、その
「我々エルフ族はタズム界の機械種族・マシーナの中でも、ザンク族やガブリン族に並ぶ武勇に優れているのだ。一族としての誇りのため、そして正義のために私は英傑として黒竜王軍と戦っている」
「ザンク族? ガブリン族? それってこの世界だと、キャリーフレーム……ええと、大きなロボット・キャリーフレームの名前なんだけどぉ」
次々と
話を聞くに、どうやら
しかもその姿もまた彼同様、名前の由来となった機体をデフォルメしたような姿をしているらしい。
偶然の一致にしては不可思議である。
こちらの機体をベースに向こうの世界で種族が生まれているのか、それともその逆なのか。
鶏が先か卵が先かと考え始めそうになったが、後方から突如聞こえた叫び声にその思考は打ち切られた。
「だ、誰か止めてくれー!!」
車がほとんど走っていない
ひと目見て、エリィは何が起こっているのかを理解した。
広く普及している〈ハイアーム〉は、初期生産型だけに致命的な欠陥が存在する。
それは、移動を司るフットペダルの押し返しが弱く、メンテナンスを怠ると押しっぱなしになってしまうというものだった。
きちんと整備さえすれば避けれる不具合だっただけに発見が遅れ、メーカーが
『マスター、このままではあのマシーンは高層建造物に激突してしまいますよ』
『エリィ殿! 私を召喚してくれ!』
「って言われてもぉ、もう間に合わ──」
言いかけて、一陣の風が走った。
隣にいたはずの
続いてマントを翻し、首に巻いていた黄色いスカーフをほどいてその手に握った。
「エルフィスさん!? 危ないわよぉ!」
「心配は無用だ。唸れ、風神剣!!」
と同時にうっすらと見える透明な白い刃が空中を走り、次々と〈ハイアーム〉の関節部分を貫き、スパークさせる。
一瞬の後、〈ハイアーム〉は前のめりに倒れて動かなくなった。
エリィは風でめくれ上がりそうなスカートを手で抑えながら、目の前で起こる超常現象に口をぽかんとあけて見守ることしかできなかった。
【4】
「……で、そのチンチクリンが風の英傑サマってわけかい」
「旋風、だよ。ガイから話は聞いている、君がカーティスだね。よろしく」
背の低さをバカにされたのにも動じず、あるいは気づかずにカーティスに握手を求める
清廉潔白、爽やかさを絵に描いたような異世界の騎士に、カーティスは面食らったような顔をしつつ手を差し伸べ、渋々といったふうに握手を交わした。
その光景を部屋の隅で見ながら、エリィは携帯電話をメイド服姿のアンドロイド体へと近づけ、ジュンナの意識を移し替える。
「彼、素敵ですね」
『ぬぅっ!!?』
再び動き出し、ぽつりと呟いたジュンナのセリフに裏返った声でジェイカイザーが反応をする。
彼、というのは紛れもなく
機械同士からかどうかは定かではないが、ジェイカイザーはジュンナに恋心を抱いている。
ジュンナもまた、機械同士だからか
『ぬぬぬぬぬ……エルフィス殿っっっ!!!』
露骨に上ずった声でジェイカイザーが叫ぶ。
突然の呼びかけにも動じず、冷静にくるりと身体全体で振り向くエルフィス。
「その声は、ジェイカイザー君……だったかな?」
『エルフィス殿っっ!! 私と勝負していただきたい!!』
「は?」
「えっ?」
「うむ?」
ふたりの人間と一人の機械騎士は、突然のジェイカイザーの発言に一斉に目を丸くした。
【5】
「トマス君、作業の方はどうだね?」
「訓馬さん。内部の接続は済んだので、あとは《ウィングネオ》の外装をパパっと貼り付けるだけです」
「さすが、警察組織の仕事は早いな」
手渡されたマニュアルを手に取り、訓馬は装甲板の無いむき出しのキャリーフレームを見上げた。
ジェネレーターやエネルギーを伝える動力パイプ、駆動系が骨格を包み込むように被せられた、鈍い色で光る9メートルもの人工の巨人。
その巨体から訓馬の脳裏に、故郷に伝わる守護神の姿が想起させられたが、すぐに目を瞑りフッと僅かな笑みの中でその虚像をかき消した。
「──そういえば、裕太くん立ち直れたんですかね」
「裕太、というとジェイカイザーの乗り手をしている……?」
「そッス。訓馬さんが来る直前の戦いから、ふさぎ込んでるって話なんですけど」
「ふむ……」
心当たりが無いわけではなかった。
黒竜王軍などという異世界の勢力に半ば乗っ取られ、見限ったメビウス電子を後にしたあの日。
それは学校で裕太と交友関係があった内宮が、彼とその友人を救うためにその身を犠牲にしたあの日でもあった。
その結末へ内宮をいざなったのは、間接的であったとはいえ訓馬だ。
仕事のためと言い聞かせ、年端もいかない女学生を戦いに駆り出したのは他でもない自分である。
自らの行為の結果若者が心を痛めている、という事実に背を向けるほど、彼の心はその老いし枯れた肌ほど乾ききってはいなかった。
「トマス君。その裕太という少年の居場所はわかるかね?」
【6】
自然豊かな山の麓の、
向かい合う1メートルちょっとの騎士と、全高8.9メートルの巨大ロボ。
「ねぇジェイカイザー、本当にやるのぉ?」
『男に二言はない!』
ジェイカイザーが
一歩も譲らないヒーローロボAIに根負けしたエリィは、仕方なく町外れの河原にジュンナと共にやってきたのだった。
「マスター。この世間一般的に言うと、いわゆるバカに該当するジェイカイザーに何を言ってもムダだと思いますよ」
ため息混じりの声でジェイカイザーを見上げるメイドロボ。
『ひ、ひどいぞジュンナちゃん……』
ジェイカイザーの嘆きを振り払うように巨体に背を向けた彼女は、
「ジェイカイザーが飽きるまで適当に付き合ってやってください。ご主人様のいないところでアレを壊したら、文句を言われるのは必至です」
「ふむ、しかしジェイカイザー君は私に勝負を申し込んだ。なかなかできることではない」
「この国では決闘は罪に問われます」
「あくまでも模擬戦であり、命のやり取りではない」
「……頭固いですね」
「物理的な硬さならお互い様ではないか? ハッハッハ!」
えらく上機嫌なエルフィスと問答を終えたジュンナは、諦めたように再びため息を付きながらエリィのもとへと戻ってきた。
「マスター、私には男性型AIの考えていることがわかりません。理解不能です」
「わからなくて当たり前よぉ。自分とは違う存在なんだもの。ふたりがどうなるかなんて、あたしたちには見守ることしたできないわぁ」
「……観察しておきます」
無表情な中にも困惑の色を浮かべるジュンナ。
自らをマスターと呼びつつも辛辣な言葉を投げかけるメイドロボを横目に、エリィはフフッと微笑んだ。
『ではエルフィス殿、お覚悟を!』
「ジェイカイザー君、かかってきたまえ!」
大人と子供どころか、大熊と子犬ほどの体格差のあるふたりが構え、戦端を開く声を上げた。
※ ※ ※
ジェイカイザーが地面を殴りつけるように
巨大な手が大地を揺らすその直前に、エルフィスは旋風の英傑の名を表すが如き身のこなしで流れるように後方へと飛び退く。
続けて放たれるジェイカイザーの蹴り。
空中でマントを翻しヒラリと回転しつつ、自分へと向けられた鋼鉄の脚に着地しジャンプ。
弾丸のように跳ねた身体全体を使った浴びせ蹴りをジェイカイザーの頭へと炸裂させる。
『んがっ!?』
あの小さな身体のどこにそんなパワーがあるのだろうか。
蹴られたジェイカイザーの巨体がぐらりと傾き、仰向けに倒れて大地を揺らした。
9メートルの鉄塊が地に落ちた衝撃で走る風にスカートを抑えながら、エリィは地面に降り立ちマントをはためかせる
「……やりすぎじゃなぁい?」
「男同士の戦いというものは、手を抜くことは許されないからな。ジェイカイザー君、まだやる気があるなら立ちたまえ!」
『ぬ、おおお……!』
地面に手を付き、立ち上がるジェイカイザー。
巨体が作り出す影がエリィたちを包み、大地を蹴った。
大振りな腕の動きに合わせ、跳躍する
風を受けて舞う木の葉のように、ジェイカイザーが腕を足を一振りするたびにエルフィスが空中で軌道を変える。
『このっ! ならばぁっ!』
巨大な両腕を広げ、ラリアットのように全身を回転させるジェイカイザー。
初めて見せた突飛な動きだったが、
「あちゃ~……体格は逆だけど、まるで子供と大人の喧嘩よぉ」
「無知、無謀、無策としか言いようのない動きですねジェイカイザー。やはりご主人様がいないと……」
『裕太がいないからこそ……』
「む?」
土に汚れた鋼鉄の腕を震わせながら、声を絞りつつ出す倒れたままのジェイカイザー。
『裕太が心を痛み、戦えぬ今こそ……私が戦えるようにならねばならぬのだ……! それに……!』
「ジェイカイザー……、あなた……!」
『それに……私だってジュンナちゃんに一度くらい素敵って言ってもらいたいのだ!!』
「ジェイカイザー……、あなた……」
持ち上がった期待を秒で地の底に落とすジェイカイザーのセリフに、エリィは思わず肩を落とした。
シリアスが続かないのはジェイカイザーにはよくあることではあるが。
「ジェイカイザー君、諦めぬならまだまだ来たまえ!」
「マスター! 10時方向に高熱源体、距離……!」
「むっ!? ぐわああぁぁっ!!?」
ジュンナの報告と同時に、エルフィスが剣を抜き稲光に包まれた。
背に纏うマントから黒い煙を出しながら、羽を失った鳥のように地上へと落下する
「エルフィス様!?」
無表情な顔から、確かに驚き焦りが入り混じった声を出しながら倒れたエルフィスへとジュンナが駆け寄った。
一方のエリィはあっけにとられ、突然の出来事に口を開けたままその場に立ち尽くしていた。
『エルフィス殿を仕留めるとは、
「ぐはははは! よもやこのような所で、憎き英傑を
聞き覚えのある高笑いとともに、小高い廃墟の屋上に姿を現したのはあのワニ人間・ゴーワンだった。
エリィの脳裏に、苦い記憶が古ぼけたフィルムのように蘇る。
差し向けられたカメレオン型の
ゴーワンを睨むエリィは無意識に口からギリ、と歯ぎしりを漏らした。
あのワニ人間のせいで内宮が死に、裕太が苦しんでいるという事実に悔しさと怒りがこみ上げる。
そして、油断をしていたとエリィは自らを責めた。
世間では突然現れた謎の勢力・黒竜王軍は壊滅し、何事もなかったという風潮が広がっている。
しかし、エリィたちは知っているのだ……黒竜王軍が健在であったことを。
(こんな
彼女を突き動かしたのは責任感だった。
気がついた頃には、エリィは仰向けのジェイカイザーによじ登り、コックピットに飛び込んでいた。
『エリィどの!?』
「笠本くんもいない、エルフィスさんは黒焦げ……戦えるのはあたしだけなのよ!」
戦いへの恐怖に手を震わせながら、エリィは操縦レバーを握りしめた。
【7】
「フ……鍵も閉めぬとは、少々不用心がすぎるのではないかな?」
「お前は……! よく俺の前に顔を見せられたな……!」
閉め切った暗い部屋のドアを開けた老人を見て、裕太は反射的に悪態をついた。
「笠本裕太くん。君が私を恨むのも、無理はないか」
「当たり前だ。お前があいつを……内宮を殺したも同然だろうが!」
「……そして、君の闘志をも殺してしまったか。紛れもない大罪だ」
訓馬が電灯のスイッチを入れ、部屋の隅にある椅子に腰掛ける。
老人の目的がわからない裕太は、泣き腫らした目を片目で抑えながらも、警戒心をむき出しにして老人を睨みつける。
「私は罪を償わなければならない。この世界にも、君にも」
「……何が言いたいんだ」
「落ち込み嘆き、悲しんでも気がすまないのならいっそ、元凶であるこの老いぼれを殴り倒すがよかろう。それで君の気が晴れるなら私は構わんよ」
「人を殴るのは嫌だ」
「……優しいのだな」
「違う、お前を殴っても内宮を守れなかったことが無くなるわけじゃない」
「そうか……」
立ち上がり、背を向ける訓馬。
裕太は、彼の頼りない背中へと言葉をぶつけるように口を開いた。
「俺はヒーロー気取りになってた。周りから持て
「状況は知っている。だが、決して君の責任では……」
「いいや、俺が敵に気づいていれば! もっと早く敵を倒せていたらああはならなかったかもしれないだろ!」
裕太の叫びが、虚しく部屋に響き渡る。
もし、たら、れば……そう言っても状況が変わるわけでもない。
しかし、自尊心を失った心とはいとも簡単に自分を傷つける。
短くも長い静寂の後、訓馬がため息とともに振り向き、懐からひとつのタブレット端末を取り出した。
「笠本裕太くん。君がヒーローかどうか、勇者かどうかはさておこう。しかし、今何が起こっているのか、君は知る義務がある」
そう言って訓馬がタブレットのボタンを押すと、その画面に映像が映し出された。
映像を見た裕太は目を見張り、奪うように訓馬からタブレットを取り上げ、食い入るように画面をくまなく見つめる。
背景には河原と木々、飛び交うショックライフルの光弾、響くジェイカイザーとエリィの声。
エリィがジェイカイザーに乗った状態で、何者かに襲われているのはひと目でわかった。
「こ、これは……!?」
「現在、ジェイカイザーが見ている光景だ。今、彼らは黒竜王軍の襲撃を受けている」
「警察は!?」
「場所が結構遠く離れていてな、到着には時間がかかるだろう」
裕太は歯を食いしばりながら、その場に自分がいないことを憂いた。
助けに行ければ、ジェイカイザーに乗れるのなら……。
裕太が拳を床に叩きつけると、訓馬がポケットから小瓶を取り出し、裕太に手渡した。
「それは……?」
「そのビンの中に、ジェイカイザーのワープ移動に使う粒子が入っている。君が助けに行きたいなら、ビンを開けて行きたい場所を念じるといい」
「……!」
「フッ……あの場で助けを待っている者たちは、自分たちのヒーローを待っているのだよ。笠本裕太というヒーローをな」
「俺が、ヒーロー……!」
「世界を守るヒーローなどは、別の者に任せておけばいい。君は、君の大切な人が求めるヒーローになればよいのだと、私は思うがね」
大切な人の……エリィのヒーローになる。
等身大の高校生である裕太には、その身の丈にあったヒーロー像が必要だったのかもしれない。
ビンを握りしめ、立ち上がる。
涙を拭い、
「訓馬さん、本当にこいつであそこにいけるんだな?」
「ああ。内宮もよく使っていた」
「……わかった」
裕太はビンのフタを思いっきり引き抜き、心のままに叫んだ。
「今助けに行くぞ、銀川とジェイカイザー!」
【8】
「きゃああっ!」
回避しようとして片足が河に入ってしまい、底で足を滑らせてバランスを崩すジェイカイザー。
目の前にいるカメレオン型の〈メレオン〉はその手に持ったショックライフルを次々と発射し、ジェイカイザーを追い詰めていく。
『エリィどの! このままではエリィどのもろともやられてしまう!』
「逃げろっていうの!? そんなことしたら笠本くんになんて言えばいいのよぉ!」
『しかし、エリィどのが傷つきでもしたらその時こそ裕太に申し訳が……』
そんなやり取りをしている最中だった。
「どわっ!?」
「きゃっ!?」
一瞬の光と同時に、突然エリィの膝にかかる重量。
眼の前にいきなり、裕太が現れたのだった。
「ここは……ワープは成功したのか?」
「笠本くん!? お、重いわよぉ……」
「あ、悪ぃ」
コックピットの壁に手をついて、パイロットシートの脇に立つ裕太。
「笠本くん、大丈夫なの?」
「ああ、心配かけてすまなかった。あとは俺に任せて……」
『今、任せるんじゃない! 正面から撃たれるぞーっ!』
ジェイカイザーの叫びを受け、エリィは反射的にレバーを捻り上げる。
ヘッドスライディングをするような動きとともに、地面を削る巨体。
「なんだって連中ショックライフルなんて持ってんだよ!」
「知らないわよぉ! どこかから盗んできたんじゃないのぉ?」
『早く起きなくては……!』
「あっ!」
もたもたと立ち上がろうとするジェイカイザーの前で、〈メレオン〉がショックライフルを構えていた。
この体勢からは、回避は無理。
そう思った時だった。
「ウィンドウォール!!」
勇ましい叫びと共に、ジェイカイザーの周りを竜巻のような風が取り囲む。
足元にカメラを向けると、膝をついた
「エルフィスさん!?」
「私の体力では、これが限界だ。今のうちに……!」
エリィは、裕太と顔を見合わせて頷いた。
※ ※ ※
「マスター。とても危なっかしい操縦でしたね」
裕太にコックピットを任せ、地面に降りたエリィを待っていたのは、
「仕方ないじゃない。あたしは操縦へたっぴだし、ジェイカイザーのコックピットは笠本くん仕様の調整されているし……」
「では、マスターが使うことを前提にセッティングされた機体があればいいのですね?」
「へ? それってどういう……」
「ブラックジェイカイザーウィングネオカスタム、転送」
ジュンナがそう唱えると、ジェイカイザーの後方が白い光に包まれた。
魔法陣こそ出ないものの、光の中に1機のキャリーフレームが出現する。
その外見は名前とは裏腹に緑色の装甲に覆われた、ウィングネオそのものの格好をしていた。
「こ、これは……?」
「たった今、訓馬と名乗る老人から通信が入りまして。なんでもマスターが操縦できるように良いOSを積んでいるとか」
経緯はともかく、エリィはその言葉の意味が何となく理解できた。
ちょうど、自分の力の無さに不満を持っていたところに渡りに船。
この機体なら裕太の手伝いができると、直感的に感じ取った。
急いでブラックジェイカイザーウィングネオカスタムに乗り込むエリィ。
乗り込みながら(名前長くなぁい?)と思いつつ、パイロットシートに座り電源を入れる。
見覚えのあるOSの画面を見て、エリィは以前に乗ったキャリーフレーム〈ヴェクター〉を思い出す。
「やっぱり、あのOSなのね。これならあたしでも……」
『マスター、うぬぼれは禁物ですよ』
「ひゃあっ!?」
コンソールから突如響いたジュンナの声に、驚いてひっくり返るエリィ。
「ど、どこから!?」
『驚きすぎです、マスター。ジェイカイザーと同じように、私がマスターのサポートをさせていただきます』
「そんなことできるんだったらジェイカイザー操縦してたときにやってほしかったわよぉ」
『嫌ですよ、あの中に入るなんて』
地味に拒否られたジェイカイザーに同情しながら、エリィは操縦レバーを握りしめた。
指先のビリっとした感触とともに、自分の神経が機体と同調するのを全身で感じる。
エリィはゆっくりと、力強くペダルを踏み込んだ。
※ ※ ※
「あの爺さん、こんな隠し玉持ってたのか」
『……見たところ、この間エリィどのが操縦していた〈ブラックジェイカイザー〉に内宮どのが乗っていた〈ウィングネオ〉のパーツを使ったものみだいだぞ!』
「それでブラックジェイカイザーネオカスタムウィング?」
『ブラックジェイカイザーウィングネオカスタムだ!』
「……修飾子のバーゲンセールみたいになってるな。もうブラックでいいだろ」
呆れながら、裕太は心強さを感じていた。
駆け出すと同時にビームセイバーを抜き、一刀のもとに〈メレオン〉を両断する。
その横をバーニア全開で飛ぶブラックジェイカイザー。
少し頼りない動きながらも腰部に格納されていたジェイブレードを抜き、射撃モードで遠距離にいた〈メレオン〉を撃ち抜いていた。
(あのジェイブレード、前にブラックジェイカイザーに渡したやつだ……)
エリィの戦いぶりを見ながら裕太はそう思ったが、武器には困ってないしいいか……と気にしないことにした。
「き、貴様ら卑怯だぞ!」
遠くから響く、自らの行為を何段も棚に上げたゴーワンの叫び。
裕太も外部スピーカーを全開にして、
「何が卑怯だ! 不意打ちくらいしかできないくせに、このワニ野郎!」
「なんだとぉ! 貴様ワシをワニと呼んだな! 許せん!!」
ゴーワンが怒声を放ち、手に持った斧を空高く振り上げる。
すると上空に穴のようなものが広がり、その奥から円盤のような巨大な物体が出現した。
『な、なんだあれは!?』
「グハハハハ! あれこそ黒竜王軍の戦闘要塞、〈エルカーゴ〉である! 〈エルカーゴ〉よ、光の勇者を叩き潰せ!」
ゴーワンの指令を受け、底面から光弾を発射する〈エルカーゴ〉。
距離がありすぎるためか見当外れな場所に着弾する弾丸が、地面にボコボコと穴を開けていく。
「うわっ! なんだよこれ!?」
『測定したところ小型の宇宙戦艦クラスの大きさはあるぞ!』
「当たったら痛いじゃ済まなさそうだが……デカイだけならやりようはある。おい銀川!」
通信回線を開き、ブラックジェイカイザーに乗るエリィを呼び出す裕太。
コンソールに、やたら嬉しそうな顔をしたエリィが映し出された。
「はぁい! 笠本くんなにかしら?」
「同時攻撃であのデカブツを仕留めるぞ、いいな?」
「おっけー!」
まるでこちらの意図が100%伝わったかのようなやりとりに違和感を覚えつつも、裕太は操縦レバーを押し込んですぐに戻し、ギュッと握るように力を込めた。
裕太のイメージをトレースするようにジェイカイザーの腕がビームセイバーを手に取り、その光の刃を発現させる。
ブラックジェイカイザーもまた、名にふさわしくない緑色の腕でジェイブレードを構えていた。
「合図をしたらウェポンブースターで剣を強化しながら、バーニアを吹かせて突っ込むぞ!」
「おっけぃ! ……ってどうやってやるのかしらぁ?」
『不甲斐ないマスターの代わりに、私がご主人様に合わせます』
『裕太! 私もジュンナちゃんに合わせたいぞ!』
「うるせージェイカイザー! お前は格闘戦シロートだろうが!」
文句を垂れる相棒に悪態をつきながら、コンソールを操作しウェポンブースターを起動。
ジェイカイザーの腕からエネルギーを増幅するフォトン結晶が伸び、ビームセイバーを包み込む。
ちらり、と横を見て、ブラックジェイカイザーの方も準備できているか確認。
肥大化していく結晶の刃を見た裕太は正面を見据え、大きく息を吸った。
「…………いくぞッ!」
『はい、ご主人様』
背部のバーニアが同時に火を吹き、ふたつの巨人が大地を蹴る。
息の合った動きで敵の〈エルカーゴ〉へと接近する中、間の抜けた声が通信越しにこだまする。
「ああん! あたしが笠本君に応えかったのにぃ!」
『私もジュンナちゃんに合図を送りたいぞ!』
「ええい、黙ってろお前ら!!」
光弾の雨をかわし、ぐんぐん上昇する2機。
その間にもフォトン結晶は緑の光を放ち、手に持つ武器を活性化させていく。
「今だ!」
「『「『必殺!!』」』」
「強化同時斬!」
『ジェイカイザーダブルスラッシュだぁぁ!』
「ハイパーコンビネーションアタックよぉ!」
『ツインクロスブレイド!』
四者四様、思い思いの合体技名を叫び、ふた振りの巨大な光の剣が空中にXの字を描いた。
その交点に位置する〈エルカーゴ〉が、切り口から火を吹き、光を漏らす。
刹那、その巨大さに見合う凄まじい爆発が空を覆い尽くさんばかりに広がった。
周囲の大気は振動し、爆風で地面が悲鳴をあげる。
さしもの空中要塞〈エルカーゴ〉もこのダメージには耐えきれなかったのか、炎を上げながらフラフラと高度を落とし始めた。
「あっ」
地面に着地したジェイカイザーの中で、裕太は声をこぼした。
「どうしたのぉ?」
「あのままアレが落ちたら、大惨事じゃね?」
『あっ』
「あっ」
『あら』
合体技の時以上にシンクロした声を出す一行の前で、〈エルカーゴ〉はどんどん地面に近づいていた。
落下地点に人はいないだろうが、大規模な山火事に繋がることは想像に難くない。
「この局面、
声とともにジェイカイザーの前で、ボロボロのエルフィスが飛び上がった。
その驚異的な跳躍力は、おそらく魔法の類から発揮されるものであるのだろうが、全身に傷を持ちながらを〈エルカーゴ〉へと迫るその小さな背中は、この場のどの機体よりも大きく頼りがいがあると裕太は感じた。
「我が手に集う風よ、吹き荒れろ! ドルオーン!」
エルフィスの叫びとともに突き出された掌底から、目に見えるほどの激しい風が竜巻のように吹き荒れる。
その風は支柱となるように〈エルカーゴ〉を下から持ち上げ、その高度の低下を食い止めた。
「黒竜王軍に告ぐ! 我らとしても無駄な人的資源の損失は願うところではない! 祖国に戻ればそなたらにも、打つ手があろう! 即刻この世界より立ち去れ!」
ドスの効いた、迫力のある訴え。
エルフィスの覇気に押されたのかは知らないが、素直に言うことを聞くかのように〈エルカーゴ〉の上空に穴が開き、出現した時の光景を巻き戻すかのように穴の中へと巨大な要塞は姿を消した。
「すげぇ……」
静寂を取り戻した空に浮かぶ、異世界から来た英傑。
その小さくも頼もしい姿に裕太は素直な称賛を送った。
※ ※ ※
「そ、そんなバカな……!」
この事態に愕然するのは、地上から戦いを見物していたゴーワンだった。
旋風の英傑を不意打ちで倒し、軍隊さえ出しゃばって来なければ〈エルカーゴ〉をぶつければ済むという
メビウス電子からショックライフルを借りたのは、こちらの世界へ来る
しかし、機械生命体という種族のバイタリティが想像を越していた。
ゴーワンの脳裏に、この世界に来てからのことが思い出され、よぎる。
黒竜王を抹殺し、総帥の座についてからというもの、彼はたった一度の勝利も手にしていなかった。
光の勇者暗殺のために送りこんだ刺客は逮捕され、手持ちの軍勢は次々と数を減らしていく一方。
更には自らの
このままではせっかく手にした総帥の座も危うくなってしまう。
「こうなったら……!」
冷や汗と青筋に溢れた顔を押さえながら、ゴーワンはその場をあとにした。
【9】
「その……心配かけてごめん」
戦闘後、平穏を取り戻した河原で裕太はエリィ達に頭を下げた。
内宮を失ったこと、その弟に殴られたショックで頭がいっぱいになってしまい、ふさぎ込んでしまった。
そのせいで今回の事件が起こってしまったと裕太は考えていた。
「あたしもごめんなさい。笠本くんのそばにいてあげるべきだったのに、あたしったら……」
「銀川は悪くないよ。俺の代わりにジェイカイザーやジュンナの面倒を見てくれてたんだろう?」
「正確には、私がマスターの面倒を見ていたと言いましょうか」
ずい、と割り込んでいい雰囲気を壊しにかかるジュンナ。
バツの悪そうなエリィの顔を見るに、あながち間違いでもなさそうだ。
「と、とにかく! 笠本くんが元気になってよかったわぁ!」
「訓馬さんに言われたんだよ。自分の大切な人を守るためのヒーローになるのも有りだって」
「大切な人……」
「銀川やジェイカイザーを始め、俺の周りにいる家族・友達。俺は、お前らを守るために戦うと決めたんだ」
静かに流れる川の方を向き、空を見上げる裕太。
視界の端に水遊びをする野生のねこどるふぃんの姿が見えるが、カッコつけムーブを崩さないように顔つきをキリッとさせる。
「だから銀川、これからも俺を支えブフォッ!!」
振り向こうと顔を左に向けたのがまずかった。
数匹のねこどるふぃんに混じって、
「ちょっとぉ! エルフィスさんせっかくいい雰囲気だったのにぃ!」
「ワハハ! すまない、この動物たちと遊ぶのが存外面白くてな!」
腕や背中にねこどるふぃんを貼り付けたエルフィスが、ジャブジャブと音を鳴らしながら川から上がってきた。
「楽しいニュイー!」
「もっと遊ぶニュイー!」
「ご主人様、私もねこどるふぃんと戯れたいです」
『ジュンナちゃんの水遊びだと! 見せろ、裕太!』
「見て見て笠本くん! このねこどるふぃん顎を撫でるとぷるぷるしてる!」
「ったく、しゃあねえなー……」
なんとも締まらない場にため息を付きながらも、裕太はズボンの裾をまくり上げ、エリィ達と共に川へと走った。
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登場マシン紹介No.23
【ブラックジェイカイザーウィングネオカスタム】
全高:8.9メートル
重量:8.3トン
訓馬が自らの罪を償うために、エリィの為に作り上げたキャリーフレーム。
大破したブラックジェイカイザーのコックピット部をコアとし、同じく大破した可変機ウィングネオのパーツでフレームを組み直した機体。
コックピットや腕部機構以外はほとんどがウィングネオと同じパーツで形成されているため、変形機構をもつ。
名前の反面、外見はウィングネオが全面に出ており、カラーリングもライトグリーンと黒とは縁遠い。
腕部分はブラックジェイカイザーのものを使用しているためジェイブレードが使用可能で、かつウェポンブースターも搭載している。
OSはかつてエリィが乗りこなした試作キャリーフレーム・ヴェクターに積んでいた
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