第12話「宇宙海賊と成層圏の亡霊:後編」

 【1】


「パパ、何があったの?」


 艦橋ブリッジに飛び込んだレーナが開口一番そう尋ねると、艦長席に座ったナニガンが椅子の正面にある巨大なモニターを指で操作し、裕太たちに見えるように映像を表示させた。

 進次郎はレーナの隣から画面を覗き込み、その後ろから裕太たちは天井から下がった別のモニターに表示されている同様の映像を見上げている。


「何だこれは、キャリーフレームが船を襲っているのか?」

「襲われているのは民間の輸送船。キャリーフレームの方は周囲に母艦が無いことと、規律のあるような動きが見られないことから恐らく──」

「──亡霊、か。どわっ!?」


 裕太がカッコつけて低い声で言うと、レーナが突然踵を返して裕太の腕を掴み艦橋ブリッジの外へと引っ張ろうとしていた。


「おいちょっと待て! 俺をどこに連れて行く気だ!」

「決まってるでしょ、格納庫よ。出撃するわよ」

「あの輸送船を助けろっていうのか?」

「ええ、そうよ。放っておいたらあの船、沈められちゃうもの」


 映像の中でビームを受け小さな爆発を起こす輸送船。

 そんなことはお構いなしといったふうに攻撃を続けるキャリーフレーム。

 輸送船のあの大きさなら、恐らく20人以上は乗っているだろう。

 大勢の命が目の前で危険にさらされているという事実に、裕太はジッとしてはいられないだろう。

 そして想像通りに、裕太は勝手に身体が動くような衝動に駆られたように廊下に向かって走り出した。

 後を追おうとするレーナの背中に、進次郎は心配して声をかける。


「裕太とレーナちゃん、大丈夫なのか?」

「ええ進次郎さま、わたしはすっごく強いんだから心配はいらないよ! じゃあ後でね!」


 自信満々にそう言って、裕太とともに艦橋ブリッジを後にするレーナ。

 進次郎は隣に立つサツキにも声をかけようとして、言葉に詰まる。

 艦長席のモニターを食い入るように見つめるサツキは、どこか恐ろしい事実を知ったかのような青白い顔をしていた。



 ※ ※ ※



「41点、早く乗りなさいよ」

「だから点数で呼ぶなって……、ゼェ……ゼェ……」


 カッコつけて飛び出したはいいが艦橋ブリッジから格納庫までの距離が長く、全力で走ったことで息を切らせる裕太。

 格納庫の脇にある更衣室に入り、呼吸を整えながら服を脱ぎ捨て、パイロット用の宇宙服へと手早く着替える。

 私服のまま乗っても慣性制御システムのおかげで操縦自体は特に問題はない。

 しかし、攻撃を受けてコックピットに穴でも開いたら、空気漏れの末にお陀仏が確定である。

 なので、急いでいるときでも宇宙戦の前に宇宙服の着用は必要不可欠だ。

 もっとも、宇宙服を着るのにたいした手間は必要なく、薄着になった状態でブカブカの宇宙服に身体を突っ込み袖を通した後、股の下まで伸びるファスナーを締めてスイッチを入れれば、宇宙服が縮んでいき自動的に身体にフィットする構造となっている。

 背中側についている宇宙服のバックパックには、人間が宇宙空間に放置されても数週間は生きながらえる生命維持装置が備え付けられており、万が一の事態でも安心だ。


 宇宙服に着替え終えた裕太は、同じく宇宙服に身を包んだレーナと共に格納庫へと足を踏み入れる。

 そこには傷ついた装甲が修復され、見違えるようにピカピカになったジェイカイザーの本体が立っていた。

 その脇でえばるように腕を組んでいるヒンジーが裕太に向けてサムズアップを送る。


「へへっ、どうだ坊主。ピカピカにしてやったぞ。それにしてもとんでもねえロートル機で戦ってきたんだな」

「……好きで選んだ機体じゃないからな」

「事情は知らんが、守りが薄そうだったからな。選別代わりに最新式のビームシールドをつけてやったからよ、死ぬんじゃねえぞ!」

「……ああ、ありがとな!」


 ヒンジーの激励を背中に受けた裕太はヒンジーとハイタッチをし、ジェイカイザーのコックピットへと飛び乗りパイロットシートに腰掛けた。

 そして両手で操縦レバーを手で握り神経接続を果たし、コンソールを操作してコックピットハッチを閉じる。

 と同時にカタパルトが自動的に動き出し、レーナの乗る〈ブランクエルフィス〉の後ろに続くようにしてジェイカイザーがカタパルトデッキへと運ばれていく。

 その間、裕太はコンソールを操作しビームシールドの詳細情報を参照していた。


 ビームシールドとは、小さな円形のビーム発振器からドーナツ状の超短距離ビームを放射することで防壁を形成する特殊な盾である。

 ジェイカイザーの左手の甲に装着されたそれは、ビームセイバーで鍔迫り合いをし、切り払ってエネルギー弾を反射するように通常のシールドでは防げない攻撃を防ぐことができる。

 しかし、ビーム発振器そのものが高級品なのと、メンテナンスが難しいので有用性に対し普及には至っていない……と、以前エリィが言っていた記憶があった。

 実戦仕様の装備と出撃前というシチュエーションに、裕太は自らの気分を高揚させていく。

 普段とは違う裕太の顔つきを察知したのか、ジェイカイザーが裕太に語りかける。


『緊張しているのか、裕太』

「冗談! 戦艦からの出撃って一度やってみたかったんだよ!」


 興奮で高ぶる感情を抑えつつ、カタパルトがデッキへと到着するのを待つ裕太。

 そうしている間に〈ブランクエルフィス〉から通信が入り、裕太の右に位置するサイドモニターに、コックピットに座るレーナの姿が映し出された。


「41点、行くわよ」

「だから点数で呼ぶんじゃねえっての。早く出ろよ後が詰まってるんだ」

「あら、女の子を急かす男はモテないわよ。あと、地球が近いから重力に引かれないように気をつけてね」

「わかったよ、うるさい女だ……」

「それじゃあ、早く行かないとね。レーナ・ガエテルネン、〈ブランクエルフィス〉、出るわよ!!」


 彼女の掛け声と同時にカタパルトが火を吹き、〈ブランクエルフィス〉をレールに沿って押し出すように射出されていく。

 いよいよ自分の番だと覚悟を決めた裕太は、一度は言ってみたいと思っていたセリフを言える機会が来たと心を躍らせていた。

 そして、かねてより一人で練習していた言葉を、ついに口に出す。


「よーし! 笠本裕太、ジェイカイザー、行きぶぇッ!?」


 言い終わらない内にカタパルトがジェイカイザーを放り出し、マヌケな格好のまま宇宙空間に投げ出された。

 急いでオートバランサーを強めに設定して姿勢制御をし、セリフをちゃんと言えなかった悔しさをこらえながら操縦レバーをガチャガチャと動かして戦闘態勢を取る。


『裕太、一体何を言おうとしていたのだ?』

「う、うるせーな。さっさと輸送船の方へ向かうぞ……」

『了解だ、裕太!』


 力強くペダルを踏み込み、バーニアを吹かせ〈ブランクエルフィス〉が飛んでいった方へと向かった。

 裕太にとっては初となる無重力下での戦闘だが、不慣れな環境下でもキャリーフレームの制御装置はパイロットの望む動きを指先の神経から的確に読み取り、それをマシーンの動作へと反映してくれる。

 バーニアを吹かせて、なんとか〈ブランクエルフィス〉に乗ったレーナのもとへと追いついた裕太が正面を見据えると、大きな地球をバックにする形でキャリーフレームが輸送船を襲っている姿を確認できた。


「41点、まずはわたしが仕掛けるわ。輸送船が戦場から離れるまで、銃器の使用は厳禁よ」

「わかった。……あのさ、そろそろ点数で呼ぶのやめてくれよ」

「イ・ヤ・よ!」


 辛辣に返しながら、モニターの中のレーナはペロッと舌を出した。

 そして先行するように〈ブランクエルフィス〉がバーニアをふかせ輸送船へと近づきつつ、懐から幅広のビーム剣『ビームブロード』を取り出す。

 輸送船を襲っていた、〈ザンク〉と〈ウィング〉とみられるキャリーフレームは脅威を感じ取ったのか、輸送船の攻撃をやめてこちらへと振り向き、手に持った銃を構えた。


「よし、今よ! 行っけえ、ガンドローン!」


 レーナが叫ぶやいなや、〈ブランクエルフィス〉の背部に装着されたX字に伸びるパーツが、その4つの先端を分離させる形で放出される。

 分離された先端──ガンドローンはその一つ一つがまるで意思を持っているかのように宇宙空間を飛びまわり、先行していた1機の〈ザンク〉を取り囲むようなフォーメーションを組みピタリと静止した。

 そして次の瞬間、ガンドローンの先端に空いた小さな穴から緑色に輝く細いビーム弾が放たれる。

 四方からビームの弾丸で機体を貫かれた〈ザンク〉は内燃機関に引火でもしたのか、一瞬膨らむようにその姿を歪ませ、直後に大爆発を起こして消失した。


 そして、ひと仕事を終えた4機のガンドローンは〈ブランクエルフィス〉のもとへと舞い戻り、元にあった場所に収まることで機体のバックパックのシルエットをX字へと戻す。


 無線浮遊ビーム砲『ガンドローン』。

 何度かエリィの語るうんちくで聞いたことはあったが、実際に見るのは初めてだった。

 ビーム砲自体が小型なため、単発の威力はビームライフルに劣るものの、あらゆる方向から攻撃を仕掛けるため防がれにくいのだとか。

 目の前で起こった事象のように、急所をつけばビームの貫通力もあって威力の低さはいくらでもカバーが利くようだ。


「や、やるねえ」

「へへーん、ガンドローンは凄いでしょ41点!」


 もはや自分の呼び方に対してツッコむ気も失せた裕太は顔を引きつらせながらも、レバーを操作しジェイカイザーの手に、ヨハンからずっと借りっぱなしのビームセイバーを握らせた。

 短い柄の真ん中にあるセーフティを解除し、眩しく輝くビームの刃を発振させ正面から接近する〈ウィング〉へと向き直る。


『来たぞ裕太、正面だ!』

「よっしゃ!」


 レーダーの反応と目視の情報を統合して目標との距離を測り、リーチに飛び込んできた〈ウィング〉へと斬撃を放つ。

 もしかしたら人が乗っているかもしれない……という考えが裕太の頭をよぎり、思ったより早いタイミングで攻撃を仕掛けてしまった。

 空振りに近い攻撃は〈ウィング〉の胴体部を僅かに切り裂いただけに留まり、腹部にあるコックピットハッチを割って宇宙空間に散らせる。

 露出した操縦席の中は誰も乗っておらず、まるで個々の部品ひとつひとつが自我を持っているように、レバーやペダルがひとりでに動いている様子が確認できた。


「ああいうのを見せられると、亡霊って言いたくなる理由もわからなくはないな……」


 予め聞いていたがゆえに冷静につぶやく裕太。

 信じられないような超常現象を目にしても、これが現実に起こっていることなんだと無理やり頭を納得させながら、再び接近してきた無人の〈ウィング〉にジェイカイザーの頭部に装備されているジェイバルカンを発射する。

 銃口から伸びた火線は吸い込まれるように〈ウィング〉の無人コックピットへと打ち込まれ、制御装置を破壊されてその活動を停止させた。


「やるじゃない、40点」

「おいレーナ、何気なく点数下げるんじゃねえ」

「だって、一発撃ち漏らしたじゃない! そういうの命取りになるんだって!」


 恐らく裕太たちとあまり歳は変わらないのであろうが、宇宙海賊として実践を遥かに多く積んできたであろうレーナの言葉には妙な説得力があった。

 そういえば、襲われていた輸送船はどうなったのかと周囲に目を配ると、急いで戦域を離脱したのかその船は既に遠く離れ、ただの光点にしか見えなくなっていた。


「助けてやったんだからお礼の一言くらい言ってくれればいいのに」

「無茶言うんじゃないわ40点。向こうも必死なんだから……。でもこれでライフルが使えるわね……あっ!」


 レーナの〈ブランクエルフィス〉が指差した方に視線を移すと、まるで下の方から形作られるようにして先程撃墜した〈ザンク〉が再生していた。

 そしてさっき裕太が機能停止させた〈ウィング〉も破壊されたコックピットハッチが元通りに修復され、再び動き始めた。

 気がつけば同様に生体反応のみられないキャリーフレームが3機、4機と徐々に増えていき、背景となっている地球に斑点が増えるように増殖し、裕太たちを取り囲んでいく。


「……これって、やばいやつ?」

「さっ、テキパキ片付けましょ。パパの〈ネメシス〉に攻撃が向いたらお姫様だって危険だし、進次郎さまを守ってあげないと!」

「そうだな……!」


 ジェイカイザーはショックライフルを握り、〈ブランクエルフィス〉はガンドローンを放ち、復活した無人キャリーフレームへと攻撃を開始した。




 【2】


「亡霊フレーム、数を増しています!」


 オペレーター席に座る男がレーダーを食い入る様に見つめながらナニガンに向けて叫んだ。

 送られてきた映像を見ながら、ナニガンは「マズイな……」と数秒頭に手を当て、すぐさまオペレーターに指示を飛ばす。


「ビーム撹乱粒子散布。味方に当てないようにメインビームカノンも適当に撃ってあげて」

「ハッ!」


 落ち着いた様子で指示を飛ばすナニガン。

 しかし、その表情は決して余裕とはいえず、どこか焦りが表れていると進次郎は悟った。

 そして焦りの表情を隠しきれていないのはナニガンだけではない。

 進次郎の隣に立つサツキの顔もまた、亡霊フレームが再生した時からよりいっそう顔を青くし、ただ事ではない雰囲気をにじませていた。

 緊張に包まれる艦橋ブリッジの空気の中、次に口を開いたのはエリィだった。


「このままじゃ笠本くんがピンチよ! こうなったら、あたしもキャリーフレームに乗って戦うわ!」

「ちょっと姫様、そりゃあ無茶ってもんだよ? そんなことして下手して怪我でもしたら君のご両親に合わす顔が無くなっちゃうし……」

「だけど、あたしだって砲台の代わりくらいには……!」


 エリィの無茶な提案にナニガンはコンソールを見ながら少し考えこんだあと、諦めた表情をしてエリィの方に向き直る。


「じゃあさ、格納庫に〈ザンク〉あるからそれに乗って出ちゃってよ。ただし、推力の関係で船から離れたら戻れないから、甲板にしがみついてしっかり砲台役に徹してね」

「りょーかいっ!」


 言われるやいなや、エリィは艦橋ブリッジの扉を潜り抜けて廊下の奥へと走り去っていった。


「ナニガン艦長、僕の見たところ彼女はあまり操縦は……」

「もちろんわかってるよ。でもああでも言わないと姫様のことだ。勝手に抜け出して出撃しかねないからねえ。まあ、〈ザンク〉に乗って射撃大会やってるうちは安心だよ」

「おいおい……。それよりサツキちゃん大丈夫かい? さっきから顔色悪いようだけど」


 先程からずっと青い顔をして頭を抱えていたサツキにそう問いかけると、彼女は突然進次郎の手を握り、涙目になりながら懇願した。


「進次郎さん、お願いです! 私をあの戦場に連れて行ってください!」

「ええっ!? ちょっとどういうことサツキちゃん!?」

「恐らくですが、皆さんが亡霊と言っているあのキャリーフレーム……私の同族です!」


 その言葉を聞いた瞬間、進次郎は驚きつつも、頭の中で論理が組み立った。

 無人で動き、破壊されても修復される機体。

 一見すると不可思議な現象であるが、サツキのような水金族があの現象を引き起こしているとなれば何が起こったとしても納得がいく。

 何にでも擬態し、その姿を変えることができる水金族はいくら激しい攻撃を受けても元の形状に擬態し直して、あたかも修復したかのように振る舞っているのだろう。

 無から発生したように見えたのも、霧状に宇宙空間に散らばっていた水金族が集結したとかそこらへんだと予想できる。


「彼らは恐らく、この宙域に生まれ出て、最初にキャリーフレーム同士の戦闘を見たのでしょう。それでキャリーフレームを地球人と、戦闘行為をコミュニケーションの手段だと勘違いしちゃったんだと思います」

「なんて迷惑な……。とにかく、サツキちゃんをあの場に連れていけば、この事態は何とかなるのかい?」

「ええ……。破壊され、再生しようとしている間は水金族としての性質が表面化するので、私の声が届くはずです。そこで戦いをやめるように私が念波で説得をすれば……」


 決意を固めるようなサツキの表情に冷や汗をかく進次郎。

 現在、他にパイロットができる人物もいないので、白羽の矢が立つのは自分に違いないだろう。

 だがしかし、進次郎はキャリーフレームをまともに操縦したことが無い。

 月でジェイカイザーを動かしたのだって、人の意思を機体の動作にフィードバックするシステムに任せっきりで移動させただけにすぎない。

 そんな状態で戦場に出ることに、進次郎は恐怖を感じていた。

 月で裕太と激戦を繰り広げたジュンナはどこへ行ったのか、この場にはいない。


「進次郎さん……私はキャリーフレームを操縦できないんです。だから頼れるのはあなただけなんです。だから……!」

「そう言われても……」


 戦いに臨む覚悟が決まらない進次郎が渋っていると、ナニガンがおもむろに進次郎の方を向き、にやりと不敵な笑みを浮かべた。


「事情はよくわからないけども、君に好意を持っている女の子が男をやれと言っているんだ。大丈夫さ、君は天才なんだろう?」

「……そうだ、僕は天才だ」


 天才という言葉に乗せられたと自覚しながらも、内から沸き立つ勇気に身体が突き動かされる衝動にかられる。

 その場でじっとできなくなった進次郎はサツキの手を握ったまま艦橋ブリッジから出る扉の前に立った。


「格納庫にある〈エルフィスMk-Ⅱマークツー〉を使っちゃっていいよ。あれなら操縦に不慣れでもそこそこ戦えるはずだから」

「わかりました、艦長!!」


 サツキとともに艦橋ブリッジを走り去った進次郎の背中を見送ったナニガンは、ひとこと「若いっていいねぇ」と呟き、格納庫にいるヒンジーに通信を送った。




 【3】


 手早く宇宙服を着込んだ進次郎は格納庫にいたヒンジーの指示に従い、白い装甲が眩しい〈エルフィスMk-Ⅱマークツー〉のコックピットへとサツキとともに乗り込む。

 サツキは曰く宇宙服はいらないそうなので私服のまま、パイロットシート脇の空間に補助シートのような簡易イスを作り出して小さなお尻をその上に載せた。


「ヒン爺さん、発進オーケーだ!」

「馬鹿言っちゃいけねぇ坊主! 宇宙に出るんだからハッチくらい閉じろ!」

「げっ……。か、風通しが良くて結構いいかもしれないと思っていたんだ」


 誰に向けての言い訳なのか、進次郎はミスを恥じながら正面コンソールを指で操作しコックピットハッチを閉じた。

 閉じたハッチの内壁が点灯し、周囲のモニターと合わさって周辺の地形を映し出す。

 操縦レバーを握る進次郎の手に、まるで静電気をバチッとさせたような痛みが走った。


(これが裕太の言っていた神経接続か)


 機体の足を載せたカタパルトにデッキまで運ばれながら、戦場に出る覚悟を決める進次郎。

 これがロボットアニメなら、初陣で天才的な操縦技能を発揮して八面六臂の大活躍をする場面。

 自らの内なる才能を信じ、操縦レバーを握る手に自然と力が入る。


「よし。岸部進次郎、〈エルフィスMk-Ⅱマークツー〉、行きます!」


 よもや裕太が言い切れなかったセリフを言えたとは露知らず、掛け声と共にカタパルトに打ち出される進次郎。

 無重力下に投げ出されながらも勘とノリとアドリブで操縦レバーをガチャガチャし、姿勢を正しながら機体のバーニアを吹かせる。


「進次郎さん、素敵です! あ、前方から2機、キャリーフレーム来ましたよ!」

「フッ、僕が真に天才だということを証明してやらねばなぁっ!」


 気合とともに、進次郎は機体の腰にマウントされているビームハンドガンを〈エルフィスMk-Ⅱマークツー〉の手に取らせ、そのままモニター越しに照準を合わせて引き金を引いた。

 と同時に次の標的へと照準を合わせ、また引き金を引く。

 短い時間に放たれたふたつの光弾は、キャリーフレームのコックピットがある腹部を貫き爆発を引き起こした。


「サツキちゃん! 説得を!」

「はい!」


 進次郎が促すと、サツキは祈るように両手を合わせ、ブツブツと独り言を言い始めた。


「私の言葉を聞きなさい……。あなた達は勘違いをしています……。戦闘は人間のコミュニケーションではありません……。誤った認識を忘れ、私へと従いなさい……!」


 そう唱え終わるやいなや、先程撃墜したばかりのキャリーフレームの残骸が崩れるように消え始め、やがて見えなかった。

 どうやら説得というものが効いているようだ。

 出撃直後に2機撃墜という、初陣に出たてでの輝かしい戦績に進次郎は鼻を鳴らしながら力強くペダルを踏む。


「よし、このまま裕太たちと合流する!」

「それにしてもすごいです進次郎さん! 初めての操縦なんでしょう?」

「ハッハハハ! 天才の僕にかかればこれくらい……どわっ!?」


 突然コックピットがグラグラと揺れ、コンソールに警告が表示される。

 足先にビームを受けたらしく、総称箇所を映すカメラがつま先の焼ききれた機体の足を表示していた。

 続いてレーダーに反応がひとつ。

 接近してくる無人の〈ザンク〉が手に持ったビームライフルの銃身を〈エルフィスMk-Ⅱマークツー〉に向け、光弾を発射した。


「だああっ!?」


 慌ててペダルを踏み込む進次郎だったが、先程の破損でバランサーに狂いが生じたのか、縦にぐるんと一回転したあと〈ザンク〉に突っ込む形でバーニアが噴射される。

 そしてガツンと敵機に正面衝突してしまい、ビームセイバーを抜いた〈ザンク〉が反撃とばかりに切りつけてきた。

 背筋を凍らせ冷や汗をどっと吹き出しながら、進次郎は操縦レバーについている発射トリガーを、指が反り返るほど強く押し込む。

 その操作によって〈エルフィスMk-Ⅱマークツー〉の頭部に装備されているマシンガンが発射され、コックピットにその振動が伝わってきた。

 放たれたタングステン製の徹甲弾はそのまま〈ザンク〉の胴体に無数の穴を開け、機体から小さな爆発を2、3回起こした後サツキの説得を受けて消滅した。

 突発的に死の危険に晒された進次郎は、ゼェゼェと過呼吸気味になった呼吸を大きく息を吸う事で落ち着かせ、額の汗を拭いながら顔を青くした。


「……け、堅実に行ったほうが良さそうだな」

「そうですね進次郎さん」




 【4】


「いっけぇ! ガンドローン!」

『ジェイバルカン!!』

「ショックライフル発射!」


 次々と湧いてくる無人キャリーフレームをテンポよく落としていく裕太とレーナ。

 相手の攻撃自体は狙いが不正確な上、頻度も低いので大したことはないのだがキリのない戦いにいい加減疲弊してきていた。


「ぜぇ……ぜぇ……。レーナ、今何機落としたっけ……」

「わたしは24機、40点は17機ね」

「一戦でエースパイロットになれそうだな……」

「パパが応援を送ってくれたらしいし、もうちょっとの辛抱よ」


 レーナの言葉に嫌な予感をしながら、裕太は飛んできたビーム弾をジェイカイザーの左腕に装着されたビームシールドで弾き、ビームを発射した無人の〈アストロ〉に向けてショックライフルを打ち込む。


「応援って……まさか銀川じゃねえだろうな?」

「まさか。お姫様はキャリーフレームの操縦できないでしょ?」

「できない事はないが素人ではあるな。まぁ、あいつも経験不足のまま戦場に出てくるほどバカじゃあ――」

「――悪かったわねぇ。どうせあたしは経験不足のまま戦場に出てくるバカですよ~だ」


 通信モニターに表示された不機嫌な表情のエリィの顔を見て、思わず冷や汗を垂らす裕太。

 苦笑いを浮かべながら恐る恐る「き、聞いてた?」とエリィ尋ねると、彼女は頬を膨らませながら「ええ、しっかりとね」と返された。


「そ、それはそうと銀川。お前大丈夫なのか?」

「ええ。あたしは〈ザンク・スナイパーカスタム〉に乗って甲板にへばりついているだけだから。それよりも、さっき〈エルフィスMk-Ⅱマークツー〉に乗って誰か出たみたいだけど、誰かしら?」

「誰かって……他に残っているやつなんてふたりしか」


「いよーう裕太にレーナちゃん! 救いのヒーロー天才進次郎さまが救援に駆けつけたぞ」


 今まさに言おうとした答え本人が、緊張感のない調子のいい声で通信を送りつけてきたので、裕太は呆気にとられてしまいズッコケそうになった。

 その間にも攻撃してくる無人キャリーフレームにジェイバルカンとショックライフルを打ち込んで機能停止させながら、声の主に対して怒声を返す。


「おい進次郎、お前なんで戦場に出てきてるんだよ!」

「そうよそうよぉ! あたしなんて甲板に乗ってるだけなのにー!」

「あーん進次郎さま! わたしのことを助けに来てくれたんですねっ!」

「貴様らいっぺんに通信を送るんじゃない! いくら天才の僕でも聖徳太子みたいなマネはできないぞ!」


 怒りながら戦場に乱入してきた進次郎が乗る〈エルフィスMk-Ⅱマークツー〉。

 進次郎が現れた途端、あれほど厄介だった無人キャリーフレームの再生が止まり、それどころか破壊された機体がみるみると分解されるように消えていった。

「……進次郎、お前どんな手品を使ったんだ?」

「僕じゃない、サツキちゃんだよ。どうもこのキャリーフレームどもは水金族らしくてな。破壊した状態でサツキちゃんが説得すれば消えてくれるらしい」

「つまり、ボコボコ落としちゃえばいいってことね進次郎さま!」


 言うが早いかバーニアを吹かせ、幅広のビームセイバーであるビームブロードを抜き無人キャリーフレームへと斬りかかるレーナ。


「レーナちゃん、分かってるのかな。もう地球が近いって……」

「え? 地球?」

『ゆ、裕太! 下を見るんだ!』

「下……うわっ!?」


 足元を映すモニターに目を移し驚愕する裕太。

 戦いに夢中で気が付かなかったが、いつの間にかかなり地球に近づいてしまっていた。

 足元に広がる青い星に、軌道エレベーターでの一幕を思い出して手を震わせる。


「もう重力に引っ張られて死にかけるのはゴメンだぜ……!」

「裕太、もうすぐここを〈ネメシス〉が通過する。それまでに片付けて乗り込まないと大気圏スカイダイビングをするハメになるぞ」

「わかったよ、やりゃあ良いんだろうが! 進次郎は無理すんなよ!」

「ああ、僕はそれほど無茶でも愚かでもないからな」

「つま先焼かれておいてよく言うぜ」


 裕太はペダルを力強く踏み、向かってくる無人キャリーフレームに対してビームセイバーですれ違いざまに斬りつけた。

 切断された断面から爆発を起こし跡形もなく消滅するキャリーフレーム。

 どうやら再生することも無さそうで、裕太はホッと胸をなでおろしながら次の目標へと向かった。




 【5】


 撃ち抜き、切り裂き、ガンドローンで蜂の巣にし、次々と無人キャリーフレームを落としていった裕太たち。

 撃墜した機体はすぐさまサツキが説得し、その数を徐々に減らしていった。


「ハァ……ハァ……、あと何機だ……?」

「ゼェ……ゼェ……、残りは4機くらいだけど……もう時間が……!」


 エネルギーも尽きかけ、弾薬もほぼ撃ち尽くした満身創痍の状態。

 重力に引かれるエリアの中に残った数機の無人キャリーフレームを残した状態まで持っていったが、裕太たちの体力は限界に近づいていた。

 そして、その宙域に接近する〈ネメシス〉の存在は、この戦闘の時間切れを意味している。


「レーナちゃん、流石にこれ以上は……」

「そうね進次郎さま……。40点、一度〈ネメシス〉に引き上げましょう」

「仕方ないか……」


 裕太も諦めて〈ネメシス〉へと向かおうとしたその時、突然ジェイカイザーが『あれを見ろ裕太!』と残った無人キャリーフレームの方を移した映像を表示してきた。

 その映像の中では、4機の無人キャリーフレームがまるでサツキが姿を変えるときのように金色のスライム状へと姿を変え、一箇所に集まって混ざり合い、巨大な何かへとその姿形を変貌させていく。


「な……!」

「ん……!?」

『だ……!?』

「なによ、あれ!?」


 変化の止まった水金族の集合体は、キャリーフレームの二倍はあろうかという巨体を持つ肉食恐竜ティラノサウルスを思わせるフォルムの兵器となった。

 キャリーフレームにしては大きすぎるし、その生物のような外観はいままでのどの機体にも該当しない。


「ザウル……」

「え?」

「進次郎さん、彼らはあの姿を〈ザウル〉と名乗っています!」

「名乗るって……あれ生き物なの、サツキちゃん!?」


 進次郎が隣に座るサツキに問いかけているのだろう、通信モニター越しにサツキが首を横に振っている姿が見えた。


「あれは……彼らが見てきた兵器の中で最も強力なものの姿をかたどったものです」

「ってことは、ああいうのを作った連中がいるってことか。それより……」


 重力に引かれながらも、〈ザウル〉は体を丸めるようなフォームをとり、表面装甲を淡く発光させる。

 と同時に敵が攻撃のためにエネルギーを放出しようとしていると、コンソールに警告が表示されアラートが鳴り響いた。


『裕太、高エネルギー反応だ! 攻撃が来るぞ!!』

「えっ……ああっ!?」


 ビームシールドを構えた瞬間、〈ザウル〉の全身から全方向へ無数の光線が放たれる。

 細いレーザーにも見えるそれはビームシールドの防御壁の表面に弾かれるように屈折しながら、ジェイカイザーの巨体をジリジリと押してゆく。

 他のみんなは無事なのかと裕太が後方のカメラ映像に注目すると、レーナの〈ブランクエルフィス〉も進次郎の〈エルフィスMk-Ⅱマークツー〉もビームシールドでしっかり攻撃を防ぎつつ、母艦である〈ネメシス〉の甲板へ向けて後退をしていた。

 艦の付近を通るレーザービームが揺らめきながら掻き消えているのを見るに、何かしらの防御装置あるいはバリアーが働いているらしい。


「よし、さすがにあのバケモノも大気圏に落ちたら終わりだろう。俺たちも〈ネメシス〉に帰るぞ! ……っ!?」


 そう言いつつペダルを踏んだ瞬間、裕太はガクンという揺れとともに異変を感じ取った。


『裕太! 地球に引っ張られているぞ!! ペダルを踏むんだ!』

「しまった! バーニアがガス欠した!!」

「ちょっと笠本くん!? 大丈夫!?」


 エリィが心配そうな声で通信を送るが、既に手遅れであった。

 遥か下で、大気圏で押しつぶされた空気による断熱圧縮によって炎に包まれたように赤熱する〈ザウル〉を見てゾッとする裕太。

 そうしている間にも機体は徐々に落下速度を増し、高度がみるみる下がっていく。


『裕太! この間の時のようにショックライフルの反動で……!』

「あん時はバーニア込みでギリギリだったんだぞ! くそっ……どうすりゃあいい!? どうすれば……!!」


 ビービーというアラートが鳴り響き、ジェイカイザーの本体熱が上昇していることを示す、真っ赤な警告画面で赤く照らされるコックピット内。

 コンソールから装備の詳細を参照し打開策を見つけようとするが、良い案は浮かばなかった。

 通信で助けを求めようにも、周囲の大気がプラズマ化した事によって電波が遮られ、画面には無情にも圏外の文字が浮かび上がっている。


『熱いぞ裕太! 私たちはこのまま月で買った同人誌も読めずに死んでしまうのか!?』

「おいこら! 悔やむならもっと悔めることあるだろ!」

『ジュンナちゃんとイチャイチャしてみたかったーーっ!』

「そういうことじゃねえって! あーくそ!」


 徐々に室温の上がっていくコックピットの中で、熱に思考を奪われながら助かる策はないかとぐるぐる考え込む。

 そうしている間にもジェイカイザーがギャーギャー騒ぎ立て、集中して考えることができなかった。


「おいちょっと黙れ! 何か策があるかもしれねえんだから!」

『そうは言ってもだな! 下の〈ザウル〉がまたレーザービームを撃とうとしているのだぞ!!』

「だからって……は? あいつまだ燃えてないのか!?」


 疑い半分に下方向を映すカメラの映像を見ると、たしかに〈ザウル〉が先程のレーザービームを撃つ体勢のまま大気圏を落下している。

 それを見た瞬間、裕太の頭に電流が走るが如く名案が浮かんだ。

 操縦レバーを握る両手に力を込め、コンソールを操作してウェポンブースターを起動させる。


『裕太、ライフルの反動では速度は……』

「バカヤロウ! もう1個ビーム使えるもんがあるだろ! ウェポンブースター起動!!」

『……! そうかッ!! ハイパービームシールドッ!』


 裕太がトリガーを引くと同時に、手の甲を下に向けたジェイカイザーの左腕の手首から、エメラルド色の結晶が飛び出した。

 その結晶は手の甲のビームシールドへと伸びていき、桃色の光を発していたビーム発振器からジェイカイザー全体を包み込まんとする緑色の長く広いビームが放出される。

 輝く緑色のビームの泡に包まれながら、気体温度を示す表示の数字が下がっていくさまを見て、裕太はヘルメットを外して吹き出ていた汗を宇宙服の袖で拭った。


『裕太、これは……!』

「大気圏突入の時の熱ってさ、凄まじい落下スピードで空気を押しつぶすことから発生する熱なんだ。だからこうやってビームの壁で圧縮面を形成すれば……」

『本体には熱が来ないということか!』

「そういうこと。大気圏の熱よりもビームの熱のほうが温度は上だからビームシールドが熱でやられる心配もないしな」


 手で顔をあおぎながら上方を見上げると、甲板に他のみんなの機体が伏せるように張り付いた〈ネメシス〉が降りてくる様子が見える。

 大気圏を無事に抜け、周囲の空が黒から青へと変化し、裕太は安堵した。




 【6】


 しかし、一時も休息を許さないかのようにレーダーに敵機反応が表示される。


『〈ザウル〉が来るぞ、裕太!!』

「しまった忘れてた! あいつまだ生きてるんだった!」


 空中で姿勢を調整しようにもバーニアの燃料が切れている以上細かく動くことはできない。

 それを知っているかのように〈ザウル〉はビーム発射口を内する口のような頭部パーツをガパっと開きながらこちらの落下速度に合わせエネルギーを充填していく。


「くっ……!」


 今にも〈ザウル〉がビームを吐こうとしたその時、1機のガンドローンがジェイカイザーの目の前に飛来し、〈ザウル〉の口内を撃ち抜いた。

 発射しようとしたエネルギーが暴発をしたのか爆発を起こし、〈ザウル〉はその巨体を後方にのけぞらせる。

 そして上方から、進次郎の〈エルフィスMk-Ⅱマークツー〉が腕を伸ばしながらバーニアを吹かせ近づいてきていた。


「裕太ーーーっ!!」

「進次郎! トドメは任せた!」


 裕太はペダルを加減しながら踏み、ジェイカイザーの足に格納されていたビームセイバーを進次郎機に向けて射出した。

 進次郎は裕太がやろうとしていることを察したのか、ジェイカイザーの腕を掴もうとしていた〈エルフィスMk-Ⅱマークツー〉の手をビームセイバーの柄に合わせ、そのまま握らせる。

 そのまま空中で一回転しながらビームセイバーのスイッチを起動した〈エルフィスMk-Ⅱマークツー〉は真一文字に〈ザウル〉の巨大な全身を頭部から縦に真っ二つにするように斬りつける。

 空中で両断された〈ザウル〉はそのまま左右に分かれ、断面から大きな爆発を起こしバラバラに破片を落とした。

 やがてサツキの説得を受けたのか、落下しながらその残骸は消滅する。

 そして辺りには、キラキラと金色に光る粒子だけが残り、輝いた。


「フッハハハ! 見たか裕太、僕の手柄だ!」

『いかんっ! 海に落ちる!!』

「進次郎ーーーっ! 笑ってないで助けてくれー!!」


 真下に広がる太平洋の海面が徐々に近づいていることに、今更裕太たちは気づいた。

 進次郎は咄嗟のことで操作を誤ったのか、〈エルフィスMk-Ⅱマークツー〉のバーニアを吹かせて落下速度を下げてしまい、ジェイカイザーから離れていく。

 このままこの速度で落下すれば、せっかく助かったのに海底に沈んでしまう。

 バーニアが吹かせない中で水没したあとのことなど、考えなくても地獄だとわかっている。

 半ば諦めかけたその時、裕太の耳に救いの声が聞こえてきた。


「笠本くーーーん!!」


 ふと声につられて見上げると、エリィの乗った〈ザンク・スナイパーカスタム〉がバーニアを全開にしてジェイカイザーの方へと向かってきていた。

 そしてそのままジェイカイザーの腕を掴み、今度は下方向へとバーニアを噴射する。


「止まってぇぇぇ!!」

「銀川、お前……!!」

「もう嫌よ! あたしの届かないところで笠本くんが危険な目に遭うなんて!! あたしにできることがあるなら!! 笠本くんを助けられるのなら!!」


 徐々に落ちていく落下速度、徐々に近づく海面。

 裕太は操縦レバーから手を離し、ただただエリィを信じて祈ることしかできなかった。


 そして、穏やかな海面に巨大な水柱が昇った。




 【7】


 ぷかり、と水面にジェイカイザーと、バックパックから救護用の浮きを膨らませた〈ザンク・スナイパーカスタム〉が浮かび上がる。

 仰向けに浮かんだ2機のコックピットハッチが開き、裕太とエリィは装甲の上によじ登って外の空気を大きく吸った。

 水平線近くには、先程見た地図から察するに日本のどこかの海岸が薄っすらと見えている。

 そして、彼らがいる近くに、波を立てないように静かに〈ネメシス〉が着水した。


「銀川……俺たち、無事に帰ってこれたんだな」

「そうね、笠本くん……」


 水面に浮かぶ〈ネメシス〉を見ながら感傷に浸っていた2人に、文字通り水をかけるようにして〈エルフィスMk-Ⅱマークツー〉がバーニアを吹かせながら水面近くをホバリングして近づいてくる。

 そしてコックピットハッチを開き、「お熱いねえふたりさん」と茶化すように笑う進次郎と、笑顔で手を振るサツキが顔を出した。


「おいこの進次郎、俺が落ちてるときに逃げやがって」

「〈ザウル〉を仕留めたんだから文句を言うんじゃない。こっちだって初乗りで戦ってヘトヘトなんだぞ」

「はい! 進次郎さんはとっっても素敵でした!」


 レーナといた時の不機嫌が嘘のように〈エルフィスMk-Ⅱマークツー〉のコックピットから顔を出したサツキがギュッと進次郎の片腕に抱きついた。

 キリッと格好つけていた進次郎の顔が緩み、鼻の下が伸びていく。

 裕太が「台無しだな」と呆れ顔をしていると、通信越しにレーナの怒り声が響き渡った。


「あーこらっ! 進次郎さまにくっつくんじゃないの! 進次郎さま~こっちに来てくれたらハグしてあげますよ!」

「えっ、本当かい?」

「進次郎さん! 私の気持ちも考えてくださいよ!」


 海上で繰り広げられるプチ修羅場に呆れて失笑する裕太とエリィ。

 そんなふたりの元へ、〈ネメシス〉からレーナとジュンナを乗せた1台のモーターボートが近づいてきた。


「ほら、お姫様と50点。早く乗りなさい。日本までパパが送ってくれるって」

「ああ、助かるよ。……あれ? 俺の点数上がってない?」

「ま、あれだけ戦ったあと一人で大気圏を突破して、生き残ったという偉業を讃えてのボーナス点よ」

「何だよ、かっこよく見えたとかじゃねえのか」

「あら笠本くん。あたしにとっては裕太は世界一のイケメンよぉ!」

「それ、フォローと受け取って良いのかな……」


 苦笑いを浮かべながらモーターボートに乗った裕太は、ジュンナがボウルを手に持っていることに気づいた。


「ジュンナ、何を持っているんだ?」

「見てくださいご主人様。ミクロ単位で皮の部分だけを的確に除去したジャガイモです」


 そう言って差し出されたボウルの中には水に浸った黄色く輝くジャガイモが大量にあった。


「……まさかジュンナ、お前この騒動の間ずっとジャガイモの皮むきしていたのか?」

「もちろんですご主人様。マスターやご主人様たちが放置していた分も綺麗スッパリ全部剥いておきました」

「ハハハ、ありがと……」

「あはは……。あっ、見て笠本くん!!」


 エリィに肩をトントンと叩かれ、彼女が指差す方を向いた裕太は思わず「おお」と感嘆の声を漏らした。

 後ろにいたレーナもつられて顔を向け、表情を輝かせる。

 水平線に浮かぶ真っ赤な太陽。

 雲一つない穏やかな海面に沈む夕日は、裕太たちの帰還を祝うかのように空を綺麗なだいだい色に染め上げていた。


……続く


─────────────────────────────────────────────────


登場マシン紹介No.12

【ブランクエルフィス】


全高:8.0メートル

重量:7.4トン


 宇宙戦艦ネメシスを母艦とするガエテルネン海賊団が運用するエルフィスMk-Ⅱマークツーをベースとしたカスタム機。

 白を基調とした装甲を持つエルフィスMk-Ⅱマークツーとは違い、全身を黒く染め上げられている。

 これは宇宙空間において迷彩の役割をはたすというのもあるが、半分以上がパイロットであるレーナ・ガエテルネンの趣味である。

 大きな特徴として頭部のメインセンサーがエルフィス系列共通のツインアイタイプではなく、モノアイタイプへと変えられている。

 最初こそはツインアイタイプのセンサーであったが、実戦の中でセンサーを何度かやられたため、高級なツインアイから安価なモノアイへと変更されたという理由がある。

 また独自の武装として背部のX字のバックパックに備え付けられた無線浮遊ビーム砲「ガンドローン」がある。

 これは機体から分離してターゲットの近くへと砲台そのものが移動し近距離の、それも様々な角度から攻撃を行うという武装である。

 扱うには相当の訓練が必要であるが、レーナは難なくコレを扱えている。

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