第10話「フルメタル・ガール」

 【1】


 ガコン、と音を立ててその蓋は開いた。

 廃品置き場にひっそりと横たわっていた飾り気のない無機質な円筒形のカプセル。

 その表面を覆う幾重ものすすが、長い時間このカプセルに誰も触れていないことを主張している。

 むくり、とカプセルの中から現れたのは、一糸まとわぬ長い青い髪の女。

 ──いや、背中から無数のケーブルを生やした……女の形を成した機械であった。

 SD-17と刻印された腕で背中とカプセルを繋ぐコードを乱暴に引き抜き、眼球に似せたカメラから小さな駆動音を鳴らしながら、機械じかけの女は周囲の状況を見渡し観測をする。

 辺り一面に散らばる廃棄された機械類。

 上を見上げれば暗黒に包まれたながらもきらめく星々。

 そして、漆黒のスクリーンにひときわ青く大きく輝くのは水と生命の星、地球。

 周囲の状況を把握するとともに、静寂に包まれた無機物の死骸の山々に似つかわしくない、囁くような人間の声が彼女の聴覚センサーへと波形の形で伝わってきた。


「……よし、ここならさすがに誰も見ていないだろう。クックック……!」

「私達、愛国社の復活をこの月の大地に轟かせるのよ……!」


 男と女、ふたりの声がする方へと、SD-17は歩を進める。

 気配を察知されないよう、器用に廃棄物の上を音もなく渡り歩く。

 小高く積まれたスクラップの山の陰から、SD-17は怪しげな会話を行うふたり。

 各個の戦闘能力があまり高くないことを認識したSD-17は、死角となっている場所から男に飛びかかり、素早い手刀をその頭部に放った。


「ぐおっ……!?」


 小さく短い呻き声を出し、男がその場に音を立てて倒れる。

 隣りにいた女は突然の出来事に腰を抜かしたのか、足を竦ませ尻もちをつき、震えた声で微かに「な、何……」と繰り返し呟くだけの存在となっていた。

 SD-17は明るみで魅惑的に見えるであろう、ひと目では人間と区別の付かない機械の肉体ボディに星の光を反射させながら、赤く発光させた瞳を女に向けて無言で手刀を振り下ろす。

 鈍い音が周囲に響き渡った。




 【2】


「よぉーっし! 月だーっ!」


 宇宙港の巨大な建物の自動ドアをくぐり、外に出た裕太は青空のもと大きく伸びをしながら叫んだ。

 まばらに空きのある駐車場の中央に走る太い歩道を歩き、賑やかな市街に繋がる大通りを臨む場所に立つ。

 修学旅行も最終日、宇宙港に隣接するホテルで一晩を明かした裕太たちは、これから月の大都会へと足を踏み入れるのだった。


 月、それは人類が宇宙進出を始めた時に一番最初に惑星地球化テラフォーミングが行われた地である。

 授業中に軽部先生から聞いた話だと、まず地中に人口重力発生層を埋め込むことから惑星地球化テラフォーミングは始まるらしい。

 地球と同じ重力を発生できるようにした後、ドーム状の疑似オゾン層を形成してその内側に空気を充満させる。

 そうしてできた空間に動植物や人間の生活環境を作ることで街を作っていくことで、目の前に広がる月の都は作られたそうだ。


 そんなことはさておきと、深呼吸をしながら地球とあまり変わらぬ空を見上げる裕太。

 その横では、私服姿のエリィとサツキが同じように上を見あげていた。

 雲ひとつない青空の中に浮かぶ、見覚えのない物体を見つけた裕太はそれを指差してエリィに尋ねる。


「……なあ銀川、あの空に映ってる、丸いでっかいのは何だ?」

「丸いの……って、地球よあれ」

「地球!? 俺達が住んでいる地球が空に浮かんでるのか!」


 驚き興奮する裕太を見てクスクス笑いながら、エリィは微笑みながらも呆れたような顔つきで当たり前のことのように説明を始めた。


「バカねぇ、ここは月の大地。地球から見上げたら月が見えるように、月から見上げたら地球が見えるのは当たり前でしょう?」

「青くてキラキラして綺麗ですね! まるで宝石みたいです!」

「ほら、金海さんは宇宙人だからこういう反応してもしょうがないけど、笠本くんは地球人なんだからもっとマシな反応をしなさいよぉ」

「へーへー……」


 口うるさいエリィの言葉を聞き流しながら、空に地球が浮かぶ奇妙な光景にしばし見とれたあと、裕太は視線を降ろして携帯電話を取り出し、地図アプリを起動した。

 画面の上で指を滑らせ、昨晩の内に計画した行き先を確認する。

 有名ブランド店が入ったファッションビルに、小洒落た喫茶店に、様々なアクセサリーを取り扱う雑貨屋。

 予定した目的地のほとんど全部エリィが決めた所ではあるのだが、サツキには特に欲もないし、裕太もオシャレやファッションには興味がないので行きたい場所が特になかったのだ。

 月の街は、宇宙に住まう若者たちが憧れる繁華街なのである。


「まずはこっちの道を真っすぐ行った所のビルだな……っておい銀川、携帯の画面覗くなよ」

「いいじゃないのぉ、エッチなサイト見てるわけじゃないんだしぃ。あら? ジェイカイザーの顔アイコンが無いわね」

「ああ、あいつなら進次郎の携帯に出張してるぞ」

「珍しいわね、喧嘩でもしたのかしらぁ?」

「あ、わかりました! 進次郎さんと一緒にドージンっていうのを買いに行ったんですね!」

「金海さん、正解」


 そう、進次郎とジェイカイザーはかねてより計画していた月限定同人グッズの購入に乗り出したのだ。

 詳しいことは知らないが、月でしか活動していない作家が何人かいるらしく、その人物の作品はダウンロード販売こそされているが、実物は月のショップでしか流通していないという。

 だったらダウンロード販売で済ませればいいじゃないのかと思うが、進次郎はちゃんと実物を手に入れてこそだと言って引かなかった。

 ここ数日、ジェイカイザーが携帯電話の中でせっせとリストを作成していたのも、今日この日に購入する物品をリストアップしていたらしい。

 あの2人が意気揚々と買いに行くということはつまりアレやらコレやら、そういうものなので裕太はとくに欲しいとも思わず、エリィの買い物に付き合うことにしたのだ。

 久々にジェイカイザーがいない生活に羽根を伸ばすのも悪くない、というのが裕太の心情であった。


「さあ! 時間も限られてるし、早速最初の目的地に行くわよぉ!」

「って言っても、結構遠いなあ。2脚バイクでもレンタル……と思ったけど金海さん免許持ってなかったよな」


 2脚バイクは二人乗りだったよなぁと裕太が頭を悩ませていると、サツキが得意げな顔で人差し指を左右に振った。


「チッチッチ! 私を誰だかお忘れですか? こうやって……ほら!」


 そう言いながら、サツキはその場にしゃがみ込んでグネグネと身体を変化させた。

 そのまま角ばった形状に変化を続け、やがて彼女の身体は2脚バイクへと変身した。

 水金族であるサツキは服装などの細やかな変身だけでなく、バイクなどといった無機物への変身もできるということを裕太とエリィはすっかり忘れていた。


「さあ、お乗りください!」

「助かるけど、あまり人前で変身するんじゃないぞー」

「はーい!」

「よし、それじゃあ改めて、レッツゴーよぉ!」


 運転席にエリィ、後部座席に裕太を乗せて、サツキが扮した2脚バイクが勢い良く走り出した。




 【3】


「やっぱりさっきの道は右だったんじゃないか!」

『ええい、この地図間違っているのではないか!?』


 一方、ジェイカイザーとともに同人ショップを目指す進次郎は、電気街の細い路地の中で携帯電話の画面と周囲の風景を見比べながら顔をこわばらせていた。

 端的にいうと、彼らは道に迷っているのである。

 ジェイカイザーが自信満々にナビゲートするのでそれに従っていたら、あれよあれよと目的地から離れていっていたのだった。


「ええい、AIだから間違いはないと思っていたが……貴様なんぞより僕の天才的な頭脳のほうが上のようだな。地図すら読めんとは、このポンコツめ」

『なにを! 進次郎どのまでこの私をポンコツというのか! 北と南を間違えただけではないか!』

「大問題だバカモノめ! くそっ、時間もそんなに余裕が無いっていうのに! えーとこっちの道を行けば曲がり角があって……」



 ※ ※ ※



「次のニュースです、廃品置き場にて気絶しているところを発見された二人組は、テロ集団『愛国社』の組員だということが判明しました。二人組のうち女性の方は着用していた灰色のジャケットと青いジーンズを奪われていたため、強盗事件として警察は捜査していましたが──」


 2脚バイクで横断歩道の前に止まり信号待ちをしていると、近くにそびえ立つ巨大なビルに設置された大型モニターから、ニュース映像とともにアナウンサーがニュースを読み上げる声が聞こえてきた。


「笠本くん、聞いた? 愛国社がこの街にいるんですって」

「反ヘルヴァニア集団のあいつらか」


 反ヘルヴァニア集団『愛国社』──数年前まで世界規模で反ヘルヴァニア人運動を行っていた過激派組織で、ヘルヴァニア人を狙ったテロ行為が問題になっていた。

 しかし、ここ数年はそういった活動も聞かなくなり、自然消滅したと思われていたのだが、裕太が重機動免許の試験中に襲い掛かってきた連中を皮切りに、またポツポツと活動を再開しているようだ……と修学旅行の出発前に大田原が言っていたことを裕太は思い出した。


「いやぁん、あたし怖ぁい! 襲われちゃったらどうしよう!」


 緊張感のない声色でそう言うエリィの背中に、裕太はため息をぶつける。


「あーはいはい、守ってやる守ってやる」

「何よぉ、あたしが襲われてもいいっていうの?」

「少なくともさっきのニュースじゃ愛国社は被害者だ。連中が襲われる側なうちは大丈夫なんじゃねえのか?」

「大丈夫ですよエリィさん! もし洋服を取られても私が出してあげますから!」

「洋服を取られたのは愛国社の人でしょ! そういう問題じゃないのぉ!」


 頬を膨らませてわざとらしく怒るエリィの背中を、裕太はそっと擦った。

 するとエリィの背中がぷるぷると震え、彼女の口から艶めかしい声が小さく漏れる。

 以前じゃれ合ってた時に見つけた、エリィの弱点であった。


「あひぃん! んもう、そこ弱いんだからぁ……あ、ここのビルよ!」


 そう言いながらエリィはハンドルを切り、ビルの脇にある人気ひとけのない裏路地に2脚バイクを止めて降りる。

 サツキが2脚バイクの姿からいつもの人間の姿に戻るのを確認した後路地から出て、一行はビルの中へと足を踏み入れた。




 【4】


「どーお? 似合うかしらぁ?」


 試着室から、先程選んだばかりの服を身につけたエリィが、セクシーポーズのつもりなのだろうか、身体をくねらせたポーズで裕太に問いかけた。


「あーはいはい、美人美人。よかったねー」

「もう! 真面目に見なさいよぉ! ねぇ金海さん、試着終わったー?」

「はい! どうですか?」


 そう言ってエリィの隣の試着室から、サツキがオレンジ色のワンピースを身につけた姿でゆっくりと出てきながら、その場でくるりと回った。

 裕太は「いいんじゃないか」と言いながらサツキが出てきた試着室の中に視線を移すと、同じワンピースがカゴに入ったまま置かれているのが見える。

 サツキにとって、衣服というのは体の一部。

 そのため、彼女に衣服を購入するという概念はなく、こういった洋服店ブティックに来るのも新たな服のバリエーションを増やすための情報集めのためでしかない。

 店からしたらとんでもない客である。


「もう、笠本くんったら金海さんには真面目に答えるんだー。あ、店員さんこのカゴの中全部買いまーっす!」


 エリィはそう言って、ふくれっ面から素の顔に戻りながらサイフからクレジットカードを取り出し、声高らかに店員を呼んだ。



 ※ ※ ※



「よーし、じゃあ次に行きましょう!」


 カバンの中を購入した洋服でいっぱいにしたエリィが、片腕を突き上げて意気揚々と宣言をする。

 エリィとサツキが試着を終えるのをただ待っていただけの裕太は、進次郎と一緒にいたほうが退屈しなかったのではと少し後悔をし始めていた。

 裕太が辟易した顔をしているのに気づいたのか、エリィがにっこりと微笑みをかけながら尋ねる。


「笠本くん、疲れてるの? 何もしてないのに?」

「何もしてないから疲れてるんだよ。お前は楽しそうでいいなあ、このっ」


 裕太は軽い気持ちで、エリィの頭にポスっと弱いチョップをした。

 叩かれたところを手で抑え、大げさに痛がるふりをするエリィ。


「ああん、ひどぉい」

「余計なこと言っている暇があったらさっさと次に行くぞ。俺ぁさっさと終わらせて休憩したいんだ」

「じゃあ次は喫茶店に行きましょう! そうしたら裕太さんも休めますよ!」

「金海さんは優しいなあ。進次郎の奴が羨ましいよ」

「んもう!」


 ぷりぷりと怒るエリィに冷ややかな笑いを送りつつ、エレベーターのボタンを押そうとする裕太。

 ここは8階であり、できればエレベーターを使ってスッと1階まで降りたいところであったが、見上げるとエレベーターの停止している階層表示はどれも10階以上。

 そのどれもが上向きの矢印も合わせて点灯していたため、この階に到着するまでかなりの時間がかかりそうだった。

 横でサツキが同じように階層表示を見上げ、残念そうな声をこぼす。


「エレベーター、しばらく来そうにありませんね」

「だったらそこの階段から降りようぜ。いい運動になるぞ」

「えー? 階段やだぁー」

「じゃあ金海さん、行こうか」

「ああん! ちょっと笠本くん、置いていかないでよぉ!」



 ※ ※ ※



 エレベーター脇にある非常階段へと通ずる扉を開け、カツカツと靴音を立てながら無機質な壁に囲まれた階段を降りる裕太たち。

 階段を降り、踊り場で向きを変え、また階段を降りる。

 壁にかかっている数字をカウントダウンのように脳内で呟きつつグルグルと回るように階段を降りていると、突然上階から急いでいるかのような間隔の短い靴音が聞こえ始めた。


「私達の他にも階段を降りる人いるんですね」

「階段の昇り降りをトレーニングにする人でもいるんじゃないか?」

「物好きな人もいるものねぇ」


 徐々に近づいてくる足音を気にせず階段を下っていると、やがてその足音が裕太たちのすぐ近くで止まった。

 そして、どんな人が階段を降りてきたのだろうと裕太たちが振り向く間もなく、爆音のような連続した銃声と共に裕太の目の前の踊り場の壁に小さな穴が開いた。


「「「!!?」」」


 咄嗟に裕太たちが振り向くと、そこには右腕の肘から先がガトリング砲になった、灰色のジャケットと青いジーンズを身に着けているスタイルの良い女性が銃口を裕太に向けていた。

 そんな状況でなかったら、ジェイカイザーが好きそうな美人だなあとか考えられるくらいには美しい容姿の女性ではある。

 女は目を赤く光らせ、静かに口を開く。


「……ターゲット確認、排除開始」

「逃げるぞ! 銀川!!」


 裕太たちが足を踏み出すと同時に踊り場の壁が蜂の巣のように穴だらけになり、パラパラと壁の表面が剥がれ落ちる。

 強く繋いだエリィの手を引っ張りながら階段を降りていく裕太。

 その後ろを少し遅れるようにしてサツキもテンポよく足音を響かせて滑るように階段を下っていく。

 


「何なんだよあいつ!?」

「あの人の格好って、ニュースで言っていた格好じゃない!?」

「ってことは……」

「愛国社の人を襲った方みたいですね! 敵の敵は味方と地球のことわざにありますが、今日は敵の敵でも敵みたいですね!」

「言ってる場合かぁぁぁ!」


 女から逃げようと滑り降りる様に階段を降りきり、ビルの外へと飛び出す裕太たち。

 そこでサツキが何かを思いついたように階段へ通じる扉を閉め、手から生成した鍵を取り出してガチャリと音を立てて扉を施錠した。


「ふう、これで一安心ですね!」

「……そう簡単には行かないみたいよぉ」


 ガン、ガン! という大きな音とともに扉がへこみ、歪んでゆく。

 そして数秒も持たずに扉が蹴破られ、腕がガトリングになった女はキラリと赤い目を光らせた。

 と同時にサツキが「離れてください!」と叫びながら、いつの間にか手に持っていたサブマシンガンを乱射する。

 女は銃弾の雨を受けてもびくともしなかったが、弾が当たった頬の皮膚がめくれ、その下から金属質な層が顔を見せた。

 腕がガトリング砲になっている時点で気づくべきであったが、あの女はどうやら人間と同サイズのロボットのような存在だったようだ。

 損傷し金属の露出した部分を修復しているのか、みるみるうちに女の傷ついた肌がもとに戻っていく。

 そして反撃とばかりに女はサツキに向けてガトリング砲を向け、轟音とともに無数の弾丸をばら撒いた。

 弾が人体を貫通するような痛々しい音とともに、全身穴だらけになり崩れ落ちるサツキ。

 しかしすぐにグネグネと金色のスライムのような姿になって裕太たちのもとでもとに戻った。


「痛かったです~」

「痛いで済むんだぁ……」

「詐欺ですよ! ああいった銃は無痛銃って呼ばれているって進次郎さんが言っていたから安心していたのに!」

「それって痛みを感じる前に普通だったら死んじゃうからじゃ……」

「馬鹿なこと言ってる場合か!」


 逃げつつも笑えないジョークを交えた呑気な話をしているふたりをよそに、裕太は後ろを振り返ると、問題の女はガトリング砲を少し回転させた後、立ち止まってその砲身を人間の腕の形に変形しているところだった。


「しめた! 弾切れ起こしたみたいだ!」

「そうよ金海さん! 2脚バイクに変身して逃げるのよ!」

「ダメだ銀川、2脚バイクじゃ遅い! えーっと……」


 裕太は走りながら携帯電話を操作し、サツキにホバーボードの紹介ページを見せる。

 それを見たサツキは黙ってコクリと頷き、目を閉じながら四つん這いの格好になりつつもその体を変化させ、銀色に輝くホバーボードへと変身を果たした。


「これでよろしいでしょうか?」

「ええと……100万円くらいする、プロ仕様のボードになれとまでは言ってないんだが」

「どこでこのボード知ったのぉ?」

「進次郎さんの家で見た覚えがあったんです!」

「あいつ……なんでそんな高級品持ってるんだ? ともかく上等なのならなおありがたい!」


 ぼやきながら、裕太はサツキが変身したボードに足を載せる。

 後を追うようにエリィもその後ろに乗り、裕太の胴体を両腕で抱くようにしっかりと掴んだ。


「笠本くん、いいわよ!」

「……よし、行くぜ!」


 裕太がアクセルスイッチを力強く踏み込むと、キュイインという音とともに周囲の大気が波紋のようにうねり、そして風を切り裂く凄まじいスピードでホバーボードが発進した。




 【5】


「今、銃声がしなかったか?」


 裕太たちが脱出したビルの脇で、停めてある大型トラックの運転席に座っていた男が、恐る恐るといったふうに助手席に座ってタバコを吸う相棒の男に問いかけた。


「まさか、ここに〈量産型エルフィス〉を運び入れたこと、警察の連中にバレたんじゃ……」

「バカ言え、そんなことがあるか。わざわざ木星のコロニーから運んできたブツがそう簡単に察せられてたまるかよ」


 イラついたような態度で、助手席の男は灰皿にタバコの灰をトントンと落とす。


「だけどよ、仲間が廃品置き場で襲われたそうじゃないか」

「きっとツキノワグマにでも襲われたんだよ。だってここって月だしよ、ガハハ──」


 ガクン、とトラックが大きく横に揺れる。

 走行中に縁石えんせきに乗り上げたのならまだしも今は停車中。

 男たちは「な、何だ!?」と言いながら慌ててダッシュボードの上に置いていた拳銃を手に持ち、トラックから飛び降りて急いで荷台を確認した。

 そこにいたのは、荷台のキャリーフレームを覆う布を取り払おうとする女の姿。


「動くな! 何をしている!」

「ちょっとまて、あいつの服装……ニュースで言ってた、やられたやつが取られた服じゃねえか!?」

「確かに……じゃあお前が!」


 拳銃を向けて威圧するが、女は意にも介さないように〈量産型エルフィス〉のコックピットへと消えた。

 機体が奪われるのではないかと片方の男が狼狽えるが、もうひとりの男は「起動キーはこっちの手元にあるんだ」と余裕の表情で荷台に足をかけ、そのまま上に登ろうと足に力を入れる。

 だがしかし、男の予想に反するように〈量産型エルフィス〉が動き出し、運転席を踏み潰すように立ち上がった。

 開きっぱなしのコックピットから覗いていたのは、女が背中から無数のケーブルのようなものを伸ばし、コックピットのあらゆる機器に接続している姿だった。

 女は赤く光る目を輝かせると、男たちの周辺に頭部のバルカン砲を斉射する。

 女は男たちが腰を抜かし動けなくなったことを確認すると、バーニアを操作し〈量産型エルフィス〉を空へと飛翔させた。



 ※ ※ ※



「……ここまでくれば追ってこれないだろう」


 サツキが擬態したホバーボードで、大通りを走る車の間を走りながらホッとした表情で裕太が呟いた。

 このプロ仕様ホバーボードは最高時速100キロを超えるハイスペックモデルであり、慣性制御システム搭載で事故の際の安全性も保証されている。

 初っ端から80キロ近い速度でしばらく走り抜けたので、そう簡単には追いつかれはしないだろう、と裕太は高をくくった。


「それにしてもあの女、人間じゃなかったな……肌の下から金属見えてたし」

「そうですね。まるでこの間進次郎さんと一緒に見た映画の、ダミーネーターみたいでした」

「それの続編に出てるようなのに似たお前が言うなお前が。……どうした銀川?」

「うーん……あの人の赤い目、どこかで見た気がするのよねぇ」

「本当か!? そもそもなんで俺達が襲われてるのかってわからないんだから、早いところ思い出してくれよ」

「そう言われたって……あら?」


 背後から聞こえるキャリーフレームのバーニア噴射音に裕太が振り向き見上げると、道路の上を道に沿うように飛ぶ〈量産型エルフィス〉の姿があった。

 その後ろで同じように見上げていたエリィが、いつものようにあの機体が何で、特徴はどうとか話し始めたのを聞き流しながら何気なく〈量産型エルフィス〉を観察していると、突如としてゴーグル状のカメラアイが光り、頭部のバルカンが発射準備を完了させた独特な駆動音を唸らせる。

 その音を聞いたらしいエリィは、ハッとした顔で裕太の後ろ襟をぐいっと掴み、横に引き倒すように力を入れながら叫んだ。


「笠元くん! 右に避けて!」

「ええっ!?」


 驚く間もなくエリィの腕に身体を横に傾けられ、進む方向を変えるホバーボード。

 その刹那、元いた場所に降り注ぐバルカン砲の弾丸。

 間一髪、という言葉がぴったりな状況だった。


「なんで攻撃されてんだ!?」

「コックピットの中見て! さっきの女の人が乗ってるわよぉ!! つぎ左!」

「マジかよ! どわあっ!」


 エリィに引っ張られ空中からの機銃掃射を左へと回避する。

 なぜあの女がキャリーフレームに乗っているのかと考える暇もなく、裕太はアクセルスイッチを踏む足に力を入れてスピードを上げる。

 大通りを走る自動車の脇をすり抜けるように疾走すると、裕太を狙った弾丸が当たったのか、後方にすれ違った自動車がスピンを起こして爆発を起こした。


「ひぇぇっ! 笠本くん助けてぇぇ!」

「くそっ! このまま逃げるばっかりじゃキリがねえ! 銀川、俺のポケットから携帯出して進次郎に繋いでくれ!」

「わ、わかったわ!」


 裕太の言うとおりに、エリィは携帯電話を取り出してアドレス帳から進次郎のダイヤルをタッチし、発信と同時に携帯電話を裕太の耳にあてた。

 数回のコールの後、「もしもーし」と気の抜けたような声で返事をする進次郎に、裕太は怒鳴りつけるように叫ぶ。 


「進次郎! 今どこだ!?」

「僕がどこかだって? スイカブックスで目的の品を手に入れたから、宇宙港のロッカーに戦利品を仕舞いにだな」

『裕太! すごくいいものが手に入ったぞ! 満月犬先生の限定頒布エロ同人誌だ! 帰ったら裕太にも……』

「んがぁぁぁ! 今それどころじゃねえんだ! 進次郎、今すぐジェイカイザーに乗って、今から送るポイントに向かってくれ!!」


 早口でまくし立てる裕太に対し不信感を持っているのか、煮え切らない返事をする進次郎。


「そう言われても僕はジェイカイザーを操縦したことがないんだぞ?」

「大丈夫だって! ジェイカイザーがサポートしてくれるし、お前天才だろ!?」

「ムッ、そうだとも天才だとも! フン、貴様が思うより早く到着してやるさ!」


 自信たっぷりな返答をして電話を切った進次郎に対し(ちょろいな)と心の中で小馬鹿にしつつ、〈量産型エルフィス〉が放ったライフル弾を身体を傾けてかわす。

 2度も回避すれば身体が覚えてくれるもので、前動作を見てから悠々と回避することができた。

 少し余裕の出てきた裕太は軽くエリィの方に振り返る。


「よし、銀川! この近くで人のいなさそうな広い場所がないか探してくれ!」

「えっ!? ちょっと待ちなさいよぉ! ええと……右に曲がって真っ直ぐ行ったところに空き地があるわねぇ」

「よし、じゃあ進次郎にその場所をメールで教えてやれ! 右に曲がるんだっだな、掴まってろよ!」

「ちょっと待って、きゃああっ!?」


 裕太はガクンと身体を傾けつつ、前方のセダンタイプの車をジャンプ台代わりにに飛び上がり、中央分離帯と反対車線を飛び越えつつビルの間の路地に入っていった。

 その後を追うように〈量産型エルフィス〉も進行方向を変え、裕太の上空をキープするように飛行する。


「よしよし、そのまま追ってきてくれよ……!」


 額から汗を垂らしながらも、裕太は不敵な笑みを浮かべつつ路地を疾走した。




 【6】


「どうだ裕太、かなり早かっただろう。なにせ僕は天才だからな」


 目的の空き地では既に到着していた進次郎がジェイカイザーに寄りかかり、腕を組んでカッコつけていた。

 裕太たちが敷地内でホバーボードを降りるとサツキがもとの姿にぐにょぐにょと変身して戻る。


「フッ、ジェイカイザーの操縦程度、天才の僕にかかれば……っておい裕太! 僕を押しのけるんじゃない!」

「それどころじゃねえって言ってんだろ! 銀川たちと一緒に隠れていろ、奴が来る!」

「来るって、何が?」


 呑気に構えている進次郎を引っ張りエリィとサツキが物陰に隠れると、上空から降ってくるかのように〈量産型エルフィス〉がジェイカイザーの前に地響きを起こしながら着地した。

 裕太は急いでジェイカイザーのパイロットシートに腰掛け、操縦レバーを握り神経接続を果たすと同時にペダルを強く踏み込む。

 すると〈量産型エルフィス〉が手に持ったライフルから放たれた弾丸が、ジェイカイザーが後方へ跳躍するとともに、その足元だった場所に大きな弾痕を作り上げた。


『何なのだ、これは! どうすればいいのだ!?』

「狼狽えるなジェイカイザー! こいつ、俺を殺す気だぞ!」


 裕太が言い切らない内に〈量産型エルフィス〉は腰部の格納部からビームセイバーを引き抜き、ジェイカイザーに向かって振りかぶる。

 咄嗟に裕太はメインコンソールを指で操作し、ジェイカイザーの左足に収納してあるビームセイバーを掴ませビームの刃でその一撃を受け止めた。

 刃が交わる瞬間、稲妻が走るような閃光が〈量産型エルフィス〉とジェイカイザーの間をまぶしく照らし、裕太の目を一瞬眩ませる。

 次の一撃を受け止めるのは無理だと判断した裕太は返しの一閃を横っ飛びでかわし、かすめたジェイカイザーの腕に熱で融解した短い線を形作りながら体勢を立て直す。


「ちょっと笠本くん! あなたビームセイバーなんていつ手に入れたの!?」

「……ヨハンの〈ザンク〉に返すの忘れてた。返してたら今頃ミンチになってたがな……! だがこのままじゃ勝てねえ、こうなったらコックピットを潰すしか!」

『待て裕太! それをやってはダメだ!』


 突然のジェイカイザーの抗議に、目を点にしながら「は?」と聞き返す裕太。


『見ろ裕太! あのコックピットから覗く美しい女性を! あのような美人が目の前で喪われるのは心苦しい!』

「馬鹿かジェイカイザー! あいつは人間じゃねえ、殺人ロボットなんだぞ!」

『ならばなおさらだ! きっと何者かに命令されて、無理やり裕太を襲わせているのだ! 裕太も日頃から言っているだろう! 目の前で人が死ぬのは見たくないと!』


 それを言われると弱い裕太だった。

 かつて自分の母親を、救えなかったことに起因するトラウマ。

 たとえ自らの命を狙う者であっても、命を奪うようなことはしてはいけない。

 命を奪わずに止めてみせると、裕太は心のなかで決意を固めた。


「……ったく、しょうがねえな! もろとも死んでも知らねえからな!」

『善処はする!』


 再びライフルに持ち替え射撃をする〈量産型エルフィス〉の攻撃を最低限の動きで回避し、その懐に飛び込むジェイカイザー。

 足を切断し動きを制限させようとビームセイバーの横薙ぎを放つが、〈量産型エルフィス〉はその攻撃を的確にビームの刃で防ぎ、弾く。

 今度は目を瞑って目眩ましをしのいだ裕太は縦に、横にとビームセイバーを振り回すものの、そのことごとくが機械のような精密な動きで受け止められ、なかなか決定打を与えられないでいた。

 それどころか、敵の攻撃を回避しきれずにジェイカイザーの装甲に徐々に切り傷が増えていく。


「こなくそっ!!」


 裕太は奇襲とばかりにジェイアンカーを放つも、すんでのところで回避されたばかりかワイヤーをビームセイバーで切断され、線を失ったアンカーはそのまま正面のブロック塀に大きな穴を開けた。

 隙のない攻防に裕太の精神も消耗していくが、相手となる名も知らぬ機械の女はむき出しのコックピットの中からブツブツと何かを喋り続けるだけである。


『……なあ裕太、あの女性は何を言っているのだろうか?』

「知るかよ、俺のことを殺すとか言ってるんじゃねえの? それより銀川、あの機体に何か弱点はねえのか!」

「そんなこと言われたってぇ、あの〈量産型エルフィス〉はシェアこそ取れなかったけれど、スペックは全てがジェイカイザーを上回るバランスの良い良機体なのよぉ!」

「ちくしょー!」


 兜割りの如く頭上に振り下ろされるビームセイバーを、横にした同じビームセイバーの刃で受け止めるジェイカイザー。

 必殺のウェポンブースターを使おうにも、こう攻撃が激しくては武器を強化するまでの溜め時間が確保できない。

 現在の裕太に、勝ちの目は見えなかった。




 【7】


「岸辺くん! このままじゃ笠本くんが死んじゃう! なんとかできない!?」

 空き地を囲む塀の陰から戦いを覗き見していたエリィは、我慢できなくなって進次郎の肩を掴みガクガク揺さぶりながら訴えかける。


「無茶言うなよ! 僕に一体何ができるんだい! あの女、サツキちゃんのマシンガンも効かなかったんだろう!?」

「じゃあ私がバズーカ砲にでもなりましょうか?」


 サツキがそう言いながら片腕をバズーカに変形させるも、進次郎は首を横にブンブンと振った。


「……流石に当てられる自信ないんだが。それよりもあの女、何かブツブツ言ってるらしいがヒントにならないかな」

「それじゃあこの拳銃型盗聴器発射装置なんていかがでしょう」

「サツキちゃん、君ほんとに何でも出してくるね……」


 半ば呆れつつも、進次郎はサツキから受け取った拳銃っぽい物体を構え、慎重に狙いを定めて引き金を引いた。

 拳銃から放たれた小さな弾は真っ直ぐ〈量産型エルフィス〉のコックピットへと飛んでいき、すっぽりとその中へと入っていった。

 そしてサツキが手のひらから小さなスピーカーを出し、それに向かってエリィが耳をすませる。

 ノイズ混じりではあったが、微かに女の言っていることが聞こえてきた。


「……ヘルヴァニア皇族の敵、排除する。ヘルヴァニア皇族の敵………」


 そのセリフを聞いた瞬間、エリィは目を見開き驚愕した。

 赤く光る目、機械の身体、そしてヘルヴァニア皇族を守るという言葉。

 その情報を全て統合すると、この事態を一発で解決する方法が脳裏に浮かび上がった。

 しかしそれは、エリィの秘密をおおやけにしてしまう行為。

 だが、目の前で愛する裕太が命の危機に瀕しているのを見て、居ても立ってもいられなくなり、エリィは戦場に向かって無我夢中で走り出した。


「お、おい銀川さん!」

「エリィさん、危ないですよ!」

「これは……私にしかできないことだから!」


 ジェイカイザーと〈量産型エルフィス〉がぶつかり合う真っ只中にエリィは飛び込み、そして大きく息を吸って、叫んだ。


「ヘルヴァニア皇女、エリィ・レクス・ヘルヴァニアが命じる!! 任務を放棄し、戦闘行為を終了せよ!!!」


 エリィが叫んだ途端、ほんの一瞬だけ〈量産型エルフィス〉の動きが止まった。

 その僅かな時間は、ビームセイバーを持つ〈量産型エルフィス〉の腕をジェイカイザーが切り落とすのに充分すぎる時間だった。

 腕を切り落とされ、両足を膝から薙ぎ払われ、横に崩れ落ちる〈量産型エルフィス〉。

 裕太は激戦の勝利を噛みしめるように、溜め込んでた汗をどっと吹き出しながらコックピットの中で大きくため息を付いた。




 【8】


 コックピットから這い出て、背中から無数のケーブルを伸ばしたままの格好で、機械の女はエリィの前にひざまづいた。

 こいつは一体何なんだ、という裕太たちの問いに対し、無数の弾痕とキャリーフレームの足跡が残る空き地の中で、エリィが静かに説明を始めた。


 エリィ曰く、彼女はかつて旧ヘルヴァニア帝国が植民地としていた惑星の奴隷階級出身だそうだ。

 その惑星は住人全員が機械化を果たしており、貴族階級は旧来の自由意志を持つことを許されたが、奴隷階級の者は受けた命令を忠実にこなすロボットとして生きることをプログラムされているという。

 その奴隷階級を旧帝国は接収し、そのうち何人かはいずれ帝国が領土を広げた時の為にとカプセルに詰められ宇宙へと放たれたという。

 いずれ、そのカプセルが放たれた先に帝国を統べる血を持つものが訪れた時、彼らを護衛する駒となるために。


「……ってことは、このSD-17っていう機械女は、銀川さんが月に来たことで目覚めた。と天才の僕は予想したのだが、どうかな?」

「ええ、あってるわ。だから多分、あたしをペシっと叩いた裕太を敵とみなして襲い掛かってきたんだと思う」


 エリィの言葉にSD-17が黙ったままコクリと頷く。

 裕太は自分の軽率な行いを反省しつつも、先程からずっと気になっていることをエリィに問い詰めた。


「なあ銀川、お前……何者なんだ?」


 途端に口を紡ぎ、黙り込むエリィ。

 これまでの経緯や会話を聞いて、裕太はその答えをある程度想像できている。

 しかし、できればエリィ本人の口からその真実を聞きたかった。

 黙ったまま口を開かないエリィに「言いたくないならいいけど」と諦め半分に言うと、エリィは声を震わせながらそっと口を開いた。


「騙すつもりはなかったの。そう、私の正体はヘルヴァニア帝国の女帝シルヴィアの娘、エリィ・レクス・ヘルヴァニア。けれど、ヘルヴァニア帝国はもう無くなっちゃったから、お父様の姓を名乗って普通の人間として暮らしていけと、両親から言われていて……」


 不安そうな表情で目を背けるエリィの顔を、裕太はじっと見つめた。

 そのまま数秒が経過し、緊張しているのかこわばるエリィの顔の前で裕太は「ぷっ」と吹き出した。


「ちょっとぉ、何で笑うのよぉ! シリアスなとこでしょうぉ!!」

「いや、銀川は銀川だなと思ってさ。お前がそのヘルヴァニア女帝の娘だからって、俺達が態度を変えるとでも思っていたのか?」

「そ、そんなこと……ちょっと思ってたりしたけどぉ……」

「安心しろよ。ほら、金海さんとだって俺達はうまくやっていけてるだろう?」


 裕太から優しい言葉をかけられ、エリィは瞳を潤ませながら「そうよね」と言い、ニッコリと微笑んだ。

 しかし、その傍らでSD-17が絶望的な表情で項垂れていることをジェイカイザーに指摘され、裕太たちはギョッとした表情で固まる。


「ヘルヴァニア帝国が滅亡……!? ということは、私の主人は……」

「えっとぉ、あなたに命令を下していたのはお母様の摂政をしていたグロゥマ・グーよね? 残念ながら、彼はもう……」


 エリィがそう告げると、まるでこの世の終わりだという悲壮な表情をしながらSD-17は


「主人を失い、皇族の友人様へと危害を加えてしまった私に存在意義はないと判断します! 任務終了、自爆します!! 5、4、3、2……」

「わーっ!! 待て待て! せっかく助けてやったんだから自爆するのはやめろぉ!」


 突然目の前でカウントダウンを始めたSD-17を、裕太は慌てて彼女の口を手で塞ぐことで無理やり止めた。

 しかしそれでもなお、SD-17は裕太を振りほどこうとまるで子供のようにのたうち回って抵抗した。


「止めないでください。命令を下す主人がいなければ、私に存在意義など無いのです!」

『裕太! 何とかしてこの人を止めることはできないのか!?』

「えーと、えーと……。そうだ、主人がいればいいんだな? だったら俺が主人になってやるよ!!」


 混乱した果てに叫んだ裕太の言葉に、周囲の空気が凍った。

 笑いをこらえる進次郎に、ニコニコと微笑み続けるサツキ、ぽかんと口を開いたままのエリィ。

 その空気を溶かすように、SD-17が柔らかな笑みを浮かべながら裕太の手に手を重ねた。


「わかりました。あなたが私の新しいご主人様……!」

『よっしゃぁぁぁ! よくやった裕太! 私は誉れ高いぞ!』

「おいジェイカイザー、まさかお前こいつに一目惚れしてたとかじゃねえだろうな!」

『悪いか! ともかく、これからよろしくなジュンナちゃん!』

「ジュンナ?」

『彼女はSD-17だろう? 17をもじってジュンナ、いい名だろう!』

「お前にしちゃあ悪くないセンスだがよ……」


 ジェイカイザーの言葉に裕太が呆れていると、SD-17ことジュンナが裕太の手を握ったまま、裕太に顔を近づけた。

 整った顔立ちの女性に急に顔を近づけられ、思わず顔を赤くする裕太。


「えっと、その……ナンデショウカ?」

「これよりご主人様のパーソナルデータのインプットを開始します。では」


 そう言って、ジュンナは返答を待たずにその唇を裕太の唇に重ね、その口内に舌を入れた。


「っーーーーー!!?!?」


 急にキスをされるという行為で口をふさがれ、声にならない声を出しながらジタバタともがく裕太。

 しかし、人間を超えるパワーを持つジュンナに押さえつけられ、その抵抗は何の意味も果たさなかった。

 頬を赤らめるサツキと愕然とした表情の進次郎、そして目を伏せていて表情の見えないエリィに囲まれながら、濃厚なキスは続く。

 ジュンナは蛇のようにくねらせた舌を器用に動かし、満遍なく裕太の口内を舐め回すように行き届いていく。


 「……………」


 口の中をジュンナの舌で舐め尽された裕太はようやく開放されドサっとその場にへたり込んだ。

 未だに自分がキスをしたことに呆然としながら、ジュンナは先ほどと打って変わって満面の笑みで……。

 唇同士を繋ぐ唾液のアーチが途切れ、息絶え絶えの裕太の前でジュンナは初めて笑顔を見せた。


「DNAデータの取得完了しました。よろしくお願いしますね、笠本裕太さま!」

「ちょぉっと待ちなさぁぁぁい!! あなた今、笠本くんと……キ……キ……」

「はい、ご主人様と接吻をしましたが、何か?」

「何かじゃないわよぉ! あたしすら笠本くんとしたことないのにぃ!」


 今まで見たことのないような激しい形相で責め立てるエリィの顔の前で、ジュンナは「ああ、忘れてました」とひとこと言って、彼女の口をその唇で塞いだ。


「んんーーっ!!?」


 裕太と同じように口の中を舐め回されているのだろう。

 最初は見開かれていたエリィの目が、やがてトロンとし始め、開放されたと同時に膝から崩れ落ちてエリィはその場に倒れ込んだ。

 そんなことなど全く気にしていないふうにジュンナは涼し気な表情で微笑み、唾液で濡れた口を手で拭う。


「新しい皇族、エリィさまのDNAデータの登録完了しました。よろしくお願いしますね、マスター」

「……」


 その場に倒れ込んでビクンビクンと痙攣するような動きをしているエリィには、返事をすることはできなかった。

 それはファーストキスを彼女に奪われたショックからなのか、裕太と間接キスができたことを喜んでいたのか、それはエリィ以外誰もわからなかった。



 ※ ※ ※



 その後、月の警察が裕太たちのもとへと駆けつけた。

 ジュンナが逮捕されるのではないかと裕太たちは身構えたものの、彼女が奪ったキャリーフレームや破壊した車、襲った人たちは偶然にも全員月でテロ行為を企んでいた愛国社のメンバーと彼らが奪い使っていた盗品であった。

 そのため罪は不問とされ、ジュンナは知らぬ間に月を救ったことになっていた。


 かくして、修学旅行最後の月旅行は終りを迎えた。

 ジュンナを加えた一行は先生と他の生徒達が待つ宇宙港へと戻り、あとは地球へ帰るだけだと、波乱万丈だった修学旅行の日々を思い返していた。

 ヨハン墜落事件に巻き込まれた軌道エレベーター、ツクダニとの出会いからワタリムシとの戦いと様々な出来事が起こったスペースコロニー「アトランタ」。

 そして、終わってみれば笑い話になった月におけるジュンナとの出会い。

 色んな思い出が生まれた宇宙に名残を感じながらも、「また来れるわよ」というエリィの言葉に励まされながら、裕太たちはついに軌道エレベーターの搭乗口へ向かい、そして……。


「え? 俺たち軌道エレベーターに乗れないの!?」



……続く


─────────────────────────────────────────────────


登場マシン紹介No.10

【量産型エルフィス】


全高:8.0メートル

重量:5.8トン


 半年戦争終結後にクレッセント社が生産したエルフィスの量産タイプ

 高性能だったエルフィスのスペックを落とし安価にしたタイプであり、評価はあまり高くないが、エルフィスタイプということで性能以上に評価されているフシがある。

 基本装備は頭部バルカンと実弾タイプの20ミリライフル及びビームセイバー。

 20年前のハイエンド機、エルフィスのスペックを落としただけあって現行の軍用機には性能で劣るが、民間機に対しては無敵を誇る。

 そのため、一部のコロニーでは警察やコロニーアーミィの制式採用機にされているという噂もあるという。

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