一瞬の疑心

彼は来ないのではないか。

私を身代わりにして逃げたのではないか。

そうだよな。処刑されるためにわざわざ戻ってくる者などいるはずがない―


ぼんやりとした頭にそんな疑念が浮かぶ。

瞬間、心臓が縮み上がった。なんの前触れもなく背筋を冷たく濡らした布で拭かれた時のように。


信じられない。私は今、彼を疑った。生れて、はじめて彼を疑った。




私の竹馬の友である彼は、残虐な王を殺そうと王城に入り込んだ罪で処刑されることになった。


今の私は、人質。

彼が妹の結婚式のためにと許された3日間の猶予の期限までに戻ってこなかった場合に、代わりに処刑される。


必死に身代わりを頼み込む彼を、何も言わずにただ抱きしめた。

この友はこういう奴だったな、と。


深く考えずに行動する、正直すぎる、世の中のことを知らない…

彼の欠点ならいくつも挙げられる。


でも、彼はいい奴だ。私の親友だ。


私が彼を信じる理由は、それだけで十分だ。

だから今まで長い間、ずっと信じ続けていたんだ。


心配はいらない。私はこのまま待っていればいい。

なぜなら、彼は必ず戻ってきてくれるのだから。


そう、戻ってくる。

ただ殺されるためだけに。このまま逃げれば自分は死なずにすむのに。死にたいはずなどないのに。

約束を果たすために、私を殺させないために。

戻ってきてしまう。彼が彼であるために。

…そうして、私達は二度と会えなくなる。




戻ってきてほしくはないのに、戻ってくる。

分かっていたはずなのに今、この牢の中で私は少しだけ、彼を疑った。


彼が戻ってきたら、一瞬の疑心の罰として一度殴ってもらわなければならない。


殴ってもらって… 許してもらって、抱擁し合うんだ。

それがきっと、最後になる。

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