天使の棘

山の端さっど

1 天使の棘 (第二十四回)

(ほおずき様の第二十四回「H3BO3企画」参加作品です)

 <お題: チョコレート 天使 ボブスレー>


 天使は小さな棘を持つ。天使と言っても、あたしにとっては小悪魔だ。


 あたしは屋上に続く階段の踊り場にハンカチを敷いて座る。管理人しか開けない屋上の扉に用のある人なんてほとんどいないよね。

 手すりに背をもたせかける。ここであたしはちょっと目を閉じて、思いっきりアンテナを立てるの。鼓動が五月蠅いから、もっともっと落ち着かないと。でも、どんどん緊張して、触れている背中から心拍数が分かる。なんだか痛いくらいに鳴ってる。


 そっと耳を澄ませる。



「ごめん、付き合うのは無理」



 あの人は今日も、申し訳なさそうに誰かを振る。


 ここにいると時々、誰かの秘密の話を聞けるって知ったのは一か月前。それから時々、あたしはここに来る。他の子が告白するって聞いて、ここに来ちゃう。いつもあの人はここで大事な話をするの。

 他の子が傷つくのを聞いて、安心する。あたしはそういうものになっちゃった。それでもやめられないの。





「……天使は恋なんかしちゃダメなんだろ?」


 そうだね、そう言うと思ってたの。あなたのこと、ちょっとは知ってるから。

 あなたのせい、なんて言わないよ。全部あたしのせい。あたしが勝手に好きになって、勝手に本気になっただけだもん。


「でも、受け取ってほしいの。義理チョコでも友チョコでもクラスメートチョコでもいいから」


 そう言った時のあなたの顔が忘れられない。


「そこまで言われたら、断れないじゃん」


 それだけであたしは救われた。心の底から、救われたの。


 あなたへの気持ちはどんどん強くなってくの。そのエネルギーだけで勝手にどこかに飛んじゃいそう。レールじゃ足りないの、もっと周りを囲って、急カーブでも勝手にこの気持ちが飛び出さないようにしてほしい。

 この気持ちくらい思いっきり、距離も縮まったら良いのに!





 あたしは教室で髪をちょっとくるくるいじりながら背後を気にしてる。後ろの席の人気者の男子はビビり染めしてるけど明るくて人気で、男子みんな、あの人も吸い寄せられていっちゃう。男子が話してたら、あの人に話しにいけない。あたしはあの人を盗み見ることもできないで、ただ背中で声を聞いてる。


「それは災難だったな! 今度購買でパンおごってやるよ」


 あの人の発声は正しい。正解なんて知らないけど、すごく聞き取りやすい、優しい声で、あたしの胸の真ん中に突き刺さる。


 あたしはバカだ。男子さえ、疎ましいって思っちゃう。

 でも、あの人が一番楽しそうなのは、バレーをしてる時と、楽しく話してる時。あたしが知ってるあの人はそう。それをずっと聞いていたいし、できれば見ていたい。

 私ってわがままだよね。


「わがままだよね?」

 そう聞くのも、わがままじゃないよって否定してほしいから。本当に女の子は、あたしはずるい。校門で待ち伏せして「一緒に帰ろ?」って言えるあざとい子となんにも変わらない。

 ホワイトデー、本当はショコラもマカロンもマシュマロもいらないの、本当はあたし、あなたが振り向いてくれるなら天使の棘だって痛くないの。ただ、あなたがあたしを見てくれないだけ。

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