寂しさの化身

おイモ

ウィンストン・フィルター

何もかもが違う。あるべき姿じゃない。


集中できない。手の平にじっとり汗をかいている。目がチカチカする。

昨夜は何時間寝た?昨夜はいつ寝た?一度起きてそれから嫌な夢を見た。

嫌いな教師に殺される夢だった。僕は中学校にいてヤツは校舎を爆破した。僕は母校に閉じ込められてそのまま散った。

嫌な夢だけど、夢は夢だからこの状況を夢のせいにはできない。

僕が頑張らないのは夢のせいじゃない。夢のせいにしてはいけない。

やらなくちゃいけないことから逃げてるんだ。

現実が突きつける命題をあれやこれやで捻じ曲げて自分自身を納得させようとしているだけなんだ。

自分を誤魔化せても周りは誤魔化せない。誰もそんなことは理解しないし、頑張らないのは罪だから僕を責める。

だから僕は自分を誤魔化せないように世間一般標準当たり前のフィルターを頭蓋骨の内側に掛けたけど、どうも意味はなくてすぐに頑張らなくなってしまう。

頑張ろうとしてもどこかから何かが攻撃してきてすぐにフィルターは貫かれる。

これも言い訳で単純に僕が頑張れないから僕の弱さを障子みたいにすぐ破けるような心を誰も知らないフィルターのせいにする。

ごまかしてごまかしてごまかしてあるいてもどこにたどりつくのかわからないけれどこれもフィルターの一種で僕はこうしてフィルターを重ねては食べられるサイズにして誰がに勧めるけれど誰もこんなもの食べないしこれじゃケツも拭けないし僕は何をやってるんだろう。


頭がおかしくなりそうで涙が出てきたから僕は参考書とノートをしまって残り2本になったウィンストン・フィルターを軽く握りつぶしながら予備校を後にした。

このまま帰ると怒られるから僕はブリティッシュパブで時間を潰そうと思った。

僕はギネスを啜りながらウィンストン・フィルターを大事に大事に吸っていた。

隣のカップルは二人で合計37回「かわいい」と言い合った。

少し離れたテーブルで若い営業の男がよく分からない名前の商品を週一で研いである包丁みたいなスピードで説明していた。面白くって笑いたかった。

カウンターの店員はオフの日程を二人で確認していた。デートなんだろうなあ。

男たちが店内の大型テレビでメジャーリーグの中継を見ていて盛り上がっていた。

SNSを眺めていたら高校の時のバンドメンバーが僕抜きで新しいバンドを結成していた。

卵の白身でセットしたような髪の毛の男が女の子を4人連れてきた。

仕方なく通された4人掛けのテーブルを追い出された僕は仕方なくギネスを残して店を出た。

外では、キャッチの男が近くにいた僕の後ろを歩いていた二人組の女の子にメニューを開いた。

向かいから信じられないくら短いスカートをはいた女が手を上げて何か言った。

後ろの男が駆け寄って手を握ってすぐそこのエクセルシオールに入って行った。

信号待ちで隣の男の携帯が鳴ってすごく大きな声で電話をしていた。

なんとなく近道しようと思って通った道にラブホがあって、少し離れてキスしている高校生がいた。

コンビニに寄ったけど黒ラベルは一本もなくてウィンストン・フィルターはあった。

5000円札を出したらバイトが小さく舌打ちをした。

タバコを吸いながら歩いていた。そこまで遅くないのに通りにはずっと僕一人だった。

急に尿意がきて我慢できなくなったのでそのへんの駐車場で小便をした。


玄関で僕はただいまと三回言った。おかえりはないんだ。

熱い湯船に浸かっていると声が聞こえてきた。


「寂しくないの?」


シャンプーをしていても耳の裏を洗っていても股の付け根を洗っていてもその声はずっと風呂場にこだましていた。


「寂しくないの?」


冷蔵庫から発泡酒を取り出して冷蔵庫にもたれかかって一本飲み干した。

今日が期限だったんで牛乳も飲み干した。お腹はタプタプだけどまだ酔い足りない。頑張ることを放棄したからにはとことん酔わないと。


「寂しくないの?」


僕はウィンストン・フィルターに火をつけた。多分僕のウィンストン・フィルター人生の中で一番スピーディかつ華麗に葉に着火し、最高に甘くて香ばしい煙が宙を舞った。


「寂しくないの?」


鼓膜に直接ぶつけられるこの声はなんだ?なんて言ってるんだ?僕に何を言いたいんだ?なんて言ってるんだ?よく聞こえない。もっとはっきりとしっかりと聞かせろよ。


「寂しくないの?」




「俺は寂しくないし淋しくもないんだよ。どんな人間がいても人間なことには変わりないし、駒みたいなもんだと思ってるよ。女の味だとか仲間との絆とかそんな次元に生きてないんだよ。俺は俺だし彼奴らは彼奴らだ。別の生き物なんだ。俺がギネス飲もうが彼奴らはそれを世界記録か何かとしか思わねえんだ。俺の知ったことじゃねえしどうでもいいんだよ。俺は誰にも理解されなくたってそれでいいよ。俺はとっても強いし、どれだけ彼奴らと違っても頑張るんだ。俺はいつか彼奴らを超えるんだ。超えてみせるんだ。俺は寂しさの化身なんかじゃない。絶対そんなのじゃない。」


ウィンストン・フィルターの吸い殻と一緒に涙が床に落ちた。

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寂しさの化身 おイモ @hot_oimo

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