聖魔戦争ものがたり

田中かなた

第一章 Side A

第1話 旅人

 そいつは不思議な香りを漂わせていた。いわく、薬草をせんじる仕事をしているのだと言う。だからその様な異様な匂いを発するのかとわざと生意気に言ってみればカラカラと笑っていた。変なやつだと思ったが、この様な辺鄙へんぴな村までわざわざやって来るのだからなるほど変な奴なのだと納得をした。どこから来たのだと尋ねれば王都からだと言うので、大変驚いた。王都と言うのは帝都の間違いではなく、グラーマ・エボリアータのことを言っているのかと尋ねればそのエボリアータで間違いないのだと言い、「よく知っているな、感心したよお嬢さん」などと言いながら頭をでられた。手慣れた所作しょさに面食らいつつ幾分いくぶんか腹が立ったので、「気安く触るなよおっさん」と威嚇いかくしてみればまたカラカラと笑っていた。何がそんなにおかしいのかとただせばすまんすまんと言い、続けて、この村の代表者のところへ案内してくれないかとのたまった。しかし元より、知らぬ人が訪ねて来た時にはまず村長に案内せよと周知されていたので、ついて来るように伝えて歩き始めた。何分なにぶんにも狭い村なので彼の所在しょざい把握はあくしている。もとた場所と反対の端にある畑まで数分をけて行くと目的の人物が居たので、あの筋肉野郎が村長だと伝えた後、「おい村長客だぞ」と声を張った。

 言いつけの通りに客を案内したのであるが、おまえはまた乱暴な口を聞くだのしとやかにせいと言っておるだろうと小言が始まったので、いつもの様にわかりましたごめんなさいと告げて「このおっさんは薬草を煎じる仕事をしていて王都から来たらしい」と述べれば、余所よそ行きの顔にして「遠い所からようこそおいでました、村長のナバタです」「薬師くすしのジョルダンです」と言い合った。騎士の様な体躯たいくをしたガタイの良い男達が並んでいるさまは迫力があった。自分の頭の高さは彼らの胸元にも及ばない。それにしても何用でこんな村まで来たのかと思っていたが、「こんな所ではなんですのでたくへいらして下さい、この畑のすぐ裏手ですので」と村長が言い二人が歩き出したのでついて行く事にした。村長宅の玄関先でおまえは仕事があるだろう、案内はご苦労だったが仕事に戻れと言うので嫌だ一緒に話を聞かせろ仕事は終わらせて来たと言ったが、駄目だ戻れと取り付く島もない。どうしたものかと思考してみるも意見をくつがえすべがなくあきらめがよぎった所でまあまあ私は構いませんよと光明こうみょうが差した。

 村長宅の応接間に移り落ち着いた所で村長のナバタが切り出した。「ジョルダンさん、この村へお越しになったようきをうかがいたいのですが」

「実はある薬の材料となる植物を探して旅をしています。生息地については不明な点が多いのですが、古文書によると清流の有る森の中央付近に自生するそうです。こちらの近辺にはその様な森は有りませんか」

「まあ、狭い森なら有りますが、魔物も出ますので、村の者もほとんど近寄りません。お一人で大丈夫ですか」

「旅人の身ですから自衛はこころています」と言って左の腰に下げてある短剣を左手で少々持ち上げてかちゃりと鳴らし、「ところで、この村に商店は有りますか」と言った。「商店は無いので入用いりようの品が有りましたらたく融通ゆうずう致しますよ」と村長が言ったところで妙案みょうあんひらめいた。あの森には入らない様に普段から言われていたが、準備のためにこの場を辞して帰宅する事にした。

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