第280話 それから三年後04


「免許皆伝」


 グッ、と、サムズアップ。


 音々の物だ。


「え?」


 とウェンディ。


 その周囲は、炎が、風を受けたマントのように、覆っている。


 熱操作も完璧で、呪文も、


「炎よ」


 の一節で起動可能。


 もはや、音々が教えられる範囲を、逸脱していた。


「でも音々先生ほど強力な炎は出せませんが……」


「たった四年で追い抜かれたらこっちのメンツが立たないし!」


 ご尤も。


「ではわたくしは?」


「炎の魔術を覚えたかったんでしょ? 後は自分で練り上げて」


 ヒラヒラと手を振る音々だった。


 まぁ単純に『炎の魔術師』と云うのは普遍的だ。


 四大属性は特にイメージしやすいため、乱用される傾向にある。


 ウェンディの勝ち気さに、炎熱が乗るのなら、


「後は好きにしろ」


 は、むしろ予定調和だ。


 魔術が『自身の内在世界を体外投射することで現実を改変する』以上、その呼び水には修練が伴うが、練り上げるのは寿命との戦いである。


「むぅ」


 とウェンディ。


 どこか、見捨てられた子犬を連想させる、丹色の瞳。


「じゃあヴァレンタインだけど」


「あう」


 オドオドしている。


 が、


「とりあえず試すよ?」


「あう。オーキードーキーです」


 不安げな表情ながら、


「…………」


 スッと眼が細くなり、


「壁よ」


 一節詠唱。


 斥力が障壁として展開される。


「ほい。ウェンディ」


「はあ」


 ポヤンとして、


「炎よ」


 と炎撃を繰り出す。


 それはヴァレンタインに襲いかかり、しかして斥力に弾かれる。


 音々お得意の、斥力による魔術障壁だ。


 一応、形にはなったらしい。


 そも斥力を取り扱うという意味では、音々は一義の根幹を表わしているが、音々の斥力の使い方は、防御一辺倒だ。


 無論、絶対座標と相対座標で変化は付けられるが、基本的に障壁扱い。


 が、むしろこっちが自然だ。


 イメージで現実を塗りつぶすのが魔術である以上、どうしても効果は画一的になる。


 在る意味で、魔術において「手加減の出来る術者」というのは、高度なトランス運用の証明者とも言われている。


 一義の場合は、多種多様だ。


 キャパが少ない分、起こせる現象には限りがあるが、斥力場の展開を絶対および相対で発生させ、攻撃、防御、補助、移動、それぞれに使い分けられる。


 ある種の「人外の生きた標本」だ。


 音々はヴァレンタインに、そこまでは求めていない。


 が、


「あう」


 と何時もオドオドしているヴァレンタインに、自信がつくように、最近は数学の勉強を教えていた。


 当然、グラフと比例についても、講釈する。


 こちらは、ゼルダもフォローした。


 何を企んでいるかと言えば、


「漸近境界の発現」


 これに尽きる。


 チェノンのパラドックス。


 飛ぶ矢のパラドックスとも呼ばれる、無尽蔵の次元外エントロピー変換。


「防ぐ」


 のではなく、


「届かない」


 を具現する防御の秘奥。


 在る意味で最強の守りと言えるだろう。


 思春期を通して、勉学の才能も発露する頃合いだ。


 時間はかかるにしても、漸近境界の認識は、ヴァレンタインには有力だろう。


 在る意味で魔術師に於ける、


「鬼札の暴露」


 と相成るが、そもそも漸近境界は、


「知っていてどうにかなるものでもない」


 との威力だ。


「うー」


 障壁に炎を防がれたウェンディに、立つ瀬がなかった。

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