第279話 それから三年後03
「トランス……セット……」
墨色の美少女。
タバサは、瞳を閉じて、イメージを固形化する。
ドクン、と、心臓が一打ち。
「イメージ……セット……」
固めた内部の空想を、体外に排出して、魔術と為す。
「構造の把握。後の体外投射」
言霊。
力ある言葉。
パワーワードとも呼ばれる、魔術の儀式の一環だ。
要するに、
「その気になれる」
ための手順である。
「我が
魔術の起動。
タバサの手に、マスケット銃が握られていた。
「お見事」
姫々は、嬉しそうに拍手した。
我が事のようだ。
少なくとも三年前、あるいは四年前より、確実に進歩している。
毎日毎日、姫々の理不尽さに呆れ、その技量に感動した賜物だ。
即戦力とは言い難い。
イメージの固定にも好不調の波があり、トランス状態の維持もまだあやふや。
銃その物には理解があっても、
「あ」
気を抜くと、リアリティがトランスを汚染して、意識を正常に引き戻す。
常人として当たり前の生理だが、魔術がイメージに依存する以上、コンセントレーションが切れると、その魔術は結果を残して無かったことになる。
折角具現した銃も、とっさのことで、虚空に帰る。
呪文が長いのも、考え様だ。
銃を無尽蔵に投射できるなら、ほとんど不条理にも近い戦力の獲得だが、千里の道らしい。
「具現化させただけでも凄いですよ」
とは姫々談。
「先生みたいにサクッと取り出したいです」
「その内です。何事も、反復運動が必要ですよ。四六時中、銃について考えてください」
姫々は、ヒョイ、と、マスケット銃を背中から取り出す。
「BANG」
座学庵の中庭。
その壁に向かって銃撃。
穴が空いた。
単純な銃の威力ではない。
イメージを付与して、強化してある。
自己イメージを体外に排出することで、現実を汚染する。
結果、銃一つとっても、都合の良いように、威力を千変万化できるのだ。
が、あくまでコレは
姫々が示して見せたのは、
「銃の具現にもまだ深奥はありますよ」
との宣言だ。
銃を具現化して「はい、終わり」ではないのである。
「……無茶苦茶です」
既に人外の領域。
まぁ厳密に言えば、姫々は人間ではないが。
「先生!」
と元気溌剌の声が、姫々の鼓膜を叩いた。
声を知っている。
異国部の生徒の中でも、一際明るいムードメイカー。
アーシュラだ。
「ウサギ捕まえました! 食べましょう!」
中々にワイルディ。
鉛色の瞳は、輝かしい金属の色味に、喜色を乗せていた。
元より弓手、弓兵がアーシュラの目指すところだ。
そして、器用さと柔軟性も、併せ持つ。
既に、弓矢を具現する魔術は、この三年で身につけ、今は概念付与の段階に移っている。
タバサに比べて進歩は格段だが、そもスタート位置が違う。
タバサは銃の構造、火薬とハンマー、ライフリングや弾道物理学の講義を、魔術と並列して学んでいた。
アーシュラの方は、既に弓と矢に理解があり、なお弓手としての腕は大人顔負け。
確固たるイメージが作られており、それ故にイメージの固定が速かったと言うだけだ。
最近では毒矢と火矢に苦労しつつ、ついでに思いついた『自動追尾補正』まで魔術に組み込もうと精力的だ。
「うー……」
とタバサが呻くのもしょうがないが、
「分かっていますから」
先述したことを言葉に編纂して、姫々はタバサを落ち着かせた。
「だいたい弓矢と銃では構造の複雑さに差があるでしょう?」
詭弁ではあるが、事実だ。
どちらがイメージしやすいかは、火を見るより明らか。
「ですから自分のペースで修めなさい」
こういうところは姫々らしい。
おかん気質というか。
一義を慕い、音々と花々のお世話をし、なおかつ魔術講師。
ほとんど苦労人の典型だ。
そう一義が設定したのだが、
「やりたいことをやっているから構いませんよ」
と、姫々は、軽やかに笑った。
「無理してないか?」
と一義が問うと、
「無理していると言ったれば、慰めてくださいますか?」
そんな感じ。
脳天唐竹割りのチョップを受ける身だった。
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