第264話 一年後03


「えー、つまりこの時のライフリングが――」


 姫々は銃の講義をしていた。


 学んでいるのはタバサとアーシュラ。


 アーシュラの将来は弓手だが、時折見せる姫々のハンマースペースは有益だった。


 一年かけて銃の構造を教える。


 銃弾にも色々ある。


 徹甲弾。


 焼夷弾。


 ダムダム弾。


 色々と。


 こと貫通力ならフルメタルジャケット。


 人体破壊ならダムダム弾。


 そんな様子。


「ところでライティングは覚えましたか」


「…………」


「あははぁ」


 まだまだらしい。


 元より一年で人格を壊せという方が無理難題だ。


「ではトランスセットを始めましょう」


 イメージの体外投射。


 魔術の原理は言ってしまえばソレだけ。


 複雑な理論を要しない。


 ただソレを理屈立てて研鑽すると、どうしてもぶつかる壁はある。


 そもそも、


「自分のイメージ通りに世界が作り替えられる」


 と思う方がどうかしている。


 その、


「どうかしている」


 の境地に立つのが魔術師ではあるのだが。


「はい。では光のイメージです」


 人差し指を教鞭のように振るって姫々が魔術を促進させる。


「姫々先生は一義先生の事が好きなんですか?」


「愛おしいですよ」


「お付き合い?」


「いえ」


「音々先生か花々先生?」


「いえ」


「…………」


 タバサも口数は少ないが興味はあるらしい。


「男色……」


「ふわわ……」


 赤面するタバサとアーシュラ。


「でしたらわたくしたちは傍に居られませんよ」


 ヒラヒラと手を振る姫々。


「ですよね」


 そこは安心したらしい。


「先生」


「何か?」


「矢を出して貰えませんか」


「構いませんが」


 スッと背中から矢を取り出す。


 本当に魔法マジックのようだ。


「凄い……ですね」


「分かりますか?」


 ハンマースペースについて、ではない。


 矢の造りだ。


 魔術で調達すれば一律完成度の高い矢が供給できる。


 それも無制限に。


 矢の一本一本が自身の理想通りに造られるのだ。


 造りの違い矢に戸惑うこともなく。


 また矢筒に大量の矢を収めることもなく。


 ただただ理想的な矢の大量生産。


 故にアーシュラは姫々に師事したのだから。


「はい。トランスセット」


「……はい」


「はーい」


 薬を舌下投与して、トランスセット。


 イメージは光。


 空に浮かぶ陽の光。


 目の見える人間の最大の恩恵。


「ライティング」


 呟くも光は生まれなかった。


「先は長いですね」


 姫々の心中での言葉。


 別に批判では無い。


 単なる魔術事情。


 一年で魔術を修めるという方がどうかしている。


「いいんですけど」


 これも心中。


「何はともあれお世話になっていますし」


 座学庵から給料を貰う立場だ。


 別に金銭には困っていないが、


「ご主人様への奉仕」


 その一点で食事を豪華にしたり質の良い石けんを買ったり。


 一義が姫々に望んでいるのは、


「理想的なメイドさん」


 なので、


「その通りに機能する」


 は姫々のレゾンデートルだ。

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