第232話 いけない魔術の使い方10


 で、訓練場。


 人っ子一人いない。


 隠蔽性は抜群だ。


 広く取られており、視線の類も感じない。


 ここでなら『ある程度』の大規模魔術を使っての訓練も可能とするだろう。


「で、出来るようになった?」


「あう」


 へこたれるナタリア。


「だろうね」


 特に叱責に値するモノでは無い。


 元々呪文や儀式といった《媒介》を通して正気と狂気を取り違える……つまりトランス状態になることが前提としてある。


 魔術師における通念だ。


 一義が言っていることは、


「自分が想像しただけで望む現象が起こるようにしなさい」


 と言っているも同然。


 思っただけで望む現象が起きるのならば世話はない。


 理想の恋人。


 金銀財宝。


 強力な攻撃。


 洗脳暗示。


 やりたい放題し放題である。


 あくまでキャパの維持できる範囲で、という縛りはあるのだが。


 それ故に先述したが通念なのである。


 がそんなことが可能であると一義は言う。


 魔術師が麻薬を使って意識を混濁させてまで得ようとしている狂気の沙汰を、常に維持して正気と並列させる。


 一義には出来る。


 ナタリアにはまだ出来ない。


 ちなみに言うと野次馬のシャルロットにも出来たりする。


 ローズマリーはそもそもトランス状態が安定しない。


 そんなわけでまずは訓練場でトランスセットの講義から入る。


 麻薬を舌下投与して効き目が表れたら講義開始だ。


 ローズマリーはライティングのイメージを確固とするための精神修行。


 ナタリアが燃焼のイメージを確固とする以下略。


 が、口を挟む者がいた。


 シャルロットである。


「最初からハードル高すぎない?」


 そう言う。


「一応火のイメージが一番想像しやすいかと思ったんだけど」


「まさか」


 とシャルロットが言う。


「まずはライティングから始めた方が結果として急がば回れだと思うよ?」


「あー……たしかに……」


 この辺りに気づけなかったのは痛恨だ。


 元々一義は正気と狂気を並列させているところがあるため、魔術による現象の難易度について軽く見ている節がある。


 自身の銃力が根拠と為っているため他人にもそのレベルを求めてしまうのだ。


「そうだね。その通りだ」


 一義はすぐに首肯した。


「とりあえずライティングを想像力だけで起動できるようにしよう」


「はい」


 頷いてナタリアは精神集中。


「ローズマリーはとりあえずどんなに不格好でも良いからライティングの魔術を使えるようになること」


「はい……です……」


 そしてトランスセット。


「…………」


 一義はポーッと空を見て、シャルロットはニコニコと一義を観察。


「それにしても一義がナタリア殿下の講師とはね」


「ついでにローズマリーは霧の国の大貴族の娘さんだ」


 ふと思いついて、


「ローズマリー?」


 と一義が問う。


「何でしょう……?」


 と蒼色の瞳で疑問を語る。


「ディアナって知ってる?」


「女王陛下の……ことですか……?」


「だね」


「幼い頃から……友誼を深めていますけど……」


「あー……」


 目が泳ぐ一義だった。


「流されやすいのは悪癖だね」


「良いことだと思うよ?」


 シャルロットは愉快そうだ。


「仮に僕がディアナの怒りを買ったら?」


「極刑じゃないかな?」


 至極道理だ。


 ディアナの友人を預かるという暴挙に出ていることを一義は自覚する。


「責任重大だね」


「シャルロットは僕に依存していないからそんなことが言えるんだ」


「一応好きなんだけどなぁ」


「光栄だね」


「結局鉄の国には帰順しないんだ?」


「本当は此処……皇立魔法学院の見学だけして帰るつもりだったんだよ。転がりに転がって雪玉の有様だね」


 無性に呑気な雲が憎い。


「そういう星の廻りなんだろう」


「僕も近頃そんな風に思ってる」


 苦笑したのは二人同時だ。


「しかしこうも目を離した隙にライバルを増やされるとねぇ……」


「じゃあずっと傍に居て」


「元来の根無し草なもので」


「だから好きだよ?」


「引力と斥力……だね」


「はっはっは」


 さてどうしたものか?


 一義は悩んだ。


「どうせだからローズマリーも一義のハーレムに入れば?」


 こんな突拍子も無いことを言うのはシャルロットに決まっている。

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