第221話 三人の姫は26


「娘たちと仲が良いようだな?」


 鉄の国の皇帝の第一声がソレだった。


 場所は皇帝の寝室。


 一義が本来入る必要も必然も無い場所だったが、時間と都合を考慮に入れて皇帝に招かれた。


 皇帝は葡萄酒を飲み、一義はハーブティーを飲んでいた。


「酒は駄目か?」


 と問われもした。


 別段駄目でもなければ下戸でもないが、


「気分では無いので」


 とやんわり否定。


「思うんだがな」


「何でしょう?」


「もしかしてお主は自覚的か?」


「何を以て……かを仰られなければ肯定も否定も出来ませんが」


「だから娘たちとの仲の良さだ」


「ああ」


 合点がいった。


 そういう一義。


 茶を飲む。


「まぁ色々と幻想を持たれはしていますね」


 ほとんど王族に使う言葉では無かったが本心でもある。


「責任を持つなら歓迎するが?」


「持たない場合が怖いんですけど……」


「この際皇帝としての意見は言うまい。だが父親としては娘たちには幸せな伴侶を見つけて欲しいとは思っている」


「おやまぁ」


 と不遜な一義。


「政略結婚……とかは?」


「息子どもの役割だ。娘たちには自由奔放を許している」


「南無三」


 十字を切る一義だった。


「で、父親として僕はどうです?」


「面白いとは思っている」


「あら、意外……」


「親馬鹿かもしれんが娘の見る目は評価しているつもりだ」


「マリア殿下とナタリア殿下には別の思惑があるそうですが?」


「趣味の悪い二人であるからな」


「不敬ながら否定できませんね」


 茶を飲む。


 鉄の国の決戦力として期待しているマリア。


 魔術の講師として期待しているナタリア。


 どちらもズレている言えばズレている。


 頭痛を覚えるのも必然だ。


「オリヴィア殿下は?」


「まぁ面食いということだろう」


「僕の前で仰いますか……」


 半眼になる一義。


「他に理由があるならそっちを上げている」


「それはその通り」


 一義が茶を飲み皇帝が葡萄酒を飲む。


「もう抱いたか?」


「一切手を出しておりません」


「ヘタレか貴様」


「ある意味で」


 肩をすくめる。


「どうせ背後は洗っているんでしょうけど僕が鉄の国に肩入れしたらディアナが黙っていませんよ?」


「それがなぁ……」


 もはや皇帝では無くただの一親父だった。


「仮にこちら側に引き込むに辺りどういった妥協が考えられる?」


「陛下に聞いてください」


 一義はハンズアップ。


「では貴様は?」


「どうせ納税するならおっさんより可愛い子に……ですかね」


「むぅ」


 王位としてディアナに劣っている(と云う問題でも無い気はするが)ことが皇帝には面白くなかったらしい。


 堂々と言う一義も一義だが。


「だが私に納税すると言うことは三人娘にも納税すると言うことぞ?」


「なるほど」


「どうだ? 矛盾の」


「銃力です」


「鉄の国に肩入れするというのは」


「国民が納得するとは思えませんが……」


 今は温厚な村になっている霧の国と鉄の国の国境に、過去『鉄血砦』と呼ばれる難攻不落の砦があった。


 四桁に上る修練された兵士たちと三人の宮廷魔術師。


 いくら霧の国が攻め入ろうが苦にしない武の塊。


 それが矛盾の魔術師によって一時間以内で地上から消し去られたのは過去のこと。


 当然ながら数千人も居る兵士たちにも、生みの親や兄弟姉妹や恋人が居たはずだ。


 それらの国民にしてみれば矛盾の魔術師は許されざる悪徳だろう。


 仮に鉄の国の宮廷魔術師に就いたとして、遺族の誰が納得するか。


 偏に無理筋というものであった。


「そう云われるとなぁ……」


 葡萄酒を飲んでソロバンを弾く皇帝。


「娘さんに冷静になるように諭すのが一番かと」


「多分冷静だぞ」


「…………」


 一義は反論できなかった。


 実際その通りなのだ。


 単なる吊り橋効果なら冷めるのも早い。


 恋慕……とは少し遠いが王女たちの気持ちは熟成されたソレだ。


 ゆっくり火をかけられて確固たる熱を持った概念。


 そんな乙女の一念を、


「勘違いだ」


 とは一義とて思っていない。


「趣味が悪い」


 とは思っているし皇帝にもそう伝えたのだが。

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