第208話 三人の姫は13


 暗殺者は困惑していた。


 藍色の髪と瞳を持つ美少女だ。


 名をペネロペという。


 ステルスの魔術を持ち……なお暗殺者としての訓練を受けた逸れ者。


「なんで……っ?」


 所属はファンダメンタリスト。


 神罰の代行を執行するテロリスト。


 そもそもペネロペは疑問を持っていた。


 指令は、


「一義と呼ばれるエルフを暗殺せよ」


 である。


 場所も確認したし強襲も行える。


 ステルスの魔術が使えるため暗殺は容易。


「だが何故?」


 そう思わざるを得ない。


「教義を外れたアイリーンを殺せ」


 ならまだ分かる。


 その暗殺についてはペネロペも聞いている。


 だが、


「アイリーンには手を出すな」


 と厳命された。


 上司が何を考えているのかがペネロペには分からない。


 その上で、


「一義を殺せ」


 と無茶苦茶云ってくる。


「何故?」


 やはり悩まざるをえなかった。


 結論として、


「殺さざるを得ない」


 とはペネロペも感じてはいたが。


 ペネロペは窓ガラスを切って一義の寝室に侵入した。


 暗殺者として命令は絶対だ。


 そしてステルスを見破った一義を見て……絶句した。


 夜目が利くため暗がりでも視覚を失うことはない。


 はっきりと一義の像を捉えた。


 シルクのように繊細な白い髪。


 真珠に例えてまだ足りない白い瞳。


 浅黒い肌は、しかし髪と瞳の白さを強調するに吝かではない。


 顔立ちは整っており、


「格好良い」


 あるいは、


「可愛い」


 と言える美貌。


 元よりエルフは須く美貌の持ち主ではあるのだが。


 ドクンとペネロペの心臓が跳ねた。


 一義を見て狼狽した。


 その根元が分からなかった。


 一義を思い出すとポーッと意識が上気する。


「殺せ」


 そう命令を受けた。


 であれば殺さざるを得ない。


 それが当然。


 それが必然。


 であれば殺すほか無い。


 思えば一義を見て混乱したのが顧みておかしいのだ。


 心臓がドクドクと鳴る。


 血流が激しくなる。


 顔が火照る。


 どこかで、


「殺したくない」


 という感情が芽生える。


「なるほど」


 そう思うペネロペ。


「何か一義の計略にハマったのだ」


 そうペネロペは判断した。


 暗示や催眠の類も魔術には存在する。


「自分が受けたのはその類か」


 そんな結論。


「一義を殺せ」


 との指令。


「一義を殺したくない」


 という感情。


 であれば、


「後者は何かしらの原理が働くはずだ」


 そう思わざるを得ないペネロペだった。


 暗殺者としては一流だが女の子としては素人も同然。


 そういう風に生きてきた。


「何故?」


 そんなテーゼ。


「背信者のアイリーンではなく一義を狙わねばならないのか?」


 上からの指令も、一義を目にした自分の感情も、それぞれに分からない。


 そんなペネロペ。


 一義を想起する。


 顔立ち整った美少年。


 一目見て今まで感じたことのない感情に襲われる。


「あう……」


 頬が赤くなる。


 胸が苦しくなる。


 脳が沸騰して、頭の天辺から湯気が出る。


 ペネロペはその感情と縁が無かった。


 暗殺者として過ごした日々には無かった感情。


 恋慕。


 早い話がペネロペはターゲットの一義に一目惚れしたのだ。


 文字通り、


「一目見て惚れた」


 である。


 が、それをペネロペは理解できない。


 今まで恋を知らずに生きていたペネロペに自覚症状はなかった。


「きっと何かの心理的圧迫を受けている」


「自分の心を惑わす悪魔」


 荒れ狂う慕情を認めもせずに、


「一義が悪魔的手段を用いて自分を洗脳した」


 そう結論づけるペネロペだった。

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