第146話 いけない魔術の使い方15
とある日。
太陽の日差しを鬱陶しく思いながら、同時に一義は自身の両腕にくっついたモノにも煩わしさを覚えていた。
「おお……」
「女王陛下……」
「何故東夷と一緒に?」
「侍女の銀髪の何と綺麗なことか……」
「陛下と侍女が二人そろって東夷に魂を奪われたのか……!」
そんな衆人環視の囁きに、
「違う」
と一刀両断快刀乱麻に否定したいところだったが、一義と目が合うだけでまるで脅されたかのように衆人環視は逃げていくのだ。
それもいたしかたあるまい。
一義は錬金術でもこうはいかないという美貌を備えている。
しかし白い髪に白い瞳という人間にはありえない色を持っており、何より皮膚が衆人環視の白とは対照的で浅黒い。
肌の浅黒い亜人……エルフである。
大陸西方では蔑称として東夷とも呼ばれる。
噂は伝言ゲームとなってエルフを貶める。
曰く、異教からの侵略者。
曰く、触れたら魂が穢れる。
曰く、呪いの塊。
曰く、不吉の象徴。
一義にしてみれば眉唾もいいところだが、否定したとてエルフ当人の言葉がどれほどの説得力を持つのかを考えれば釈明するのも馬鹿らしい。
少なくとも一義はそう思い、
「はぁ……」
と溜め息として悪感情を換気した。
さて、そんな一義の両腕に抱きついている銀色と紫色の美少女が怪訝な顔をする。
「どうかなされましたかご主人様……?」
「どうかしました一義様?」
姫々とディアナがそう問うた。
「いやね。衆人環視の目が痛いなぁって」
「堂々としていればいいのです。一義様は何も悪くなどありません故」
「然りです……。ご主人様……」
真っ昼間から護衛もつけずに……正確には一義と姫々が護衛なのだが……ディアナと一義と姫々はデートしていた。
今、王城の門前市を縦断している最中だ。
誰もが東夷と女王が仲良くしているのをハラハラしながら見ている。
ちなみにディアナによるとこれは習慣らしく、
「税金という形で市場から金を吸い上げているんだから市場に還元しないとね」
と言うのだった。
「ども。どーも」
ディアナは一義の腕に抱きついたまま目に付く人にキャッキャと手を振っていた。
「心臓だねディアナは」
苦笑するしかない。
一義を連れているということに関して全く気がかりを覚えていないらしい。
らしいと言えばこの上なくらしいのだが。
そんなこんなで市場に金を落として少々のつまみ食いをしながら市場を縦断し、それから一義たちは食堂に入った。
「羅々」
と掲げられた看板が人目を引いた。
「大陸東方の料理を再現している食事処です」
とディアナが言う。
「城での食事はどうしても西方に偏りますからね。たまには一義様も故郷の味を口にしたいだろうと思いまして」
一義は苦笑すると、
「ありがとディアナ」
と謝辞を述べてディアナの額にキスをする。
「…………!」
ディアナはそれだけで真っ赤になるのだった。
それに対して愛らしさを感じながら一義は食堂に入る。
出汁と醤油と味噌の匂いが出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ……って女王陛下!?」
ウェイトレスは狼狽することしきりだった。
「うん。女王陛下ですよ?」
あっさりとディアナは頷く。
それから、
「聞け!」
と店内に響く声を出した。
東方食堂の客たちがミスト女王陛下の声に反応して食事を止めて注目する。
「ここの払いは私が請け負います。お客の皆様におかれましてはどうぞ好きなモノを注文なさってくださいな」
気前の良いことをディアナは言った。
うおおおおおっと突然の幸福に客たちが轟いた。
店の食事の代金を全てディアナが負担すると言ったのだ。
望外だろう……客たちはディアナを尊く見るのだった。
「では私たちも食べましょう?」
ディアナは一義をグイグイと引っ張り、姫々もそれに引っ張られ、席に着く。
一義はカモ蕎麦を、姫々は湯豆腐を、ディアナはゴボウ天うどんをそれぞれ頼む。
「こうやって税金の一部を還元するのも女王の使命だね」
ゴボウ天うどんを食べながらディアナはそう言った。
「だからって客全員の代金を負担なんて気前がいいにもほどが無い?」
カモ蕎麦をすすりながら一義。
「ディアナ様は懐かれやすい女王陛下ですね……」
湯豆腐を食べながら姫々。
「うん、まぁ。無条件に税金という形で金を奪っているんだから少しは還元しないと王都の住民に悪いでしょ?」
「その心構え有ってディアナ様は良き王となっているのですね……」
「まぁそうでない王よりはマシかとも僕も思うね」
「本当?」
「本当」
頷いてズビビとカモ蕎麦をすする。
「えへへ。ならいいんだけどね」
そして東方食堂の全ての客たちの代金を立て替えるディアナだった。
「多すぎます……!」
と狼狽える会計だったが、
「とっておいても損は無いでしょ?」
ディアナは意地悪な表情で多額の金銭を会計に握らせた。
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