第145話 いけない魔術の使い方14
月の出る夜中。
一義はエレナの護衛を音々と花々に任せて、自身は月明かりだけを頼りに王城の庭園を歩いていた。
一応魔術で城壁を超えることも出来るが、そこまでするほどのことでもない。
一義は月が見られればそれでよかった。
遥か東方……和の国において月は永遠の象徴。
そこに灰かぶりの姫を重ねるのが一義のルーチンワークだった。
女々しいことは十二分に自覚している。
しかして一義はソレを止めることが出来ない。
いまだもって一義の心は奪われたままで、取り返すのには痛みを伴う。
そしてその痛みから逃げ続けているのだ。
苦笑してしまう。
「なんだかな……」
自分が感傷に浸っていることに自嘲する一義だった。
「で?」
とこれは他者に向けて放った言葉だ。
「そろそろ出てきたら?」
一義は夜の闇目掛けてそう言う。
明かりをつけるライティングの魔法でもあればいいのだが、生憎と一義の魔術の才はありえないほど乏しく最も基礎のライティングの魔術でさえ五秒と持たない。
もっとも忍となるべく鍛えられた一義の目は、闇夜の深淵の向こうで何が起こっているのか正確に捉えているのだが。
一義ではない人間が一義の前に姿を現した。
宗教的な模様の入った仮面をかぶり黒色のスマートな服装を身に纏っている。
もう見慣れた光景だ。
暗殺者である。
一義は寝巻の袖からクナイを取りだした。
「なんだかなぁ」
一義に気負いはない。
「もうちょっと服装に融通利かないの? 暗殺者って……」
元々霧の国に来た時はそんなつもりは全然なかったのだが、散々暗殺者を相手取ってきた一義にしてみれば仮面に黒い服というのは見慣れた光景だ。
だから何だと言われればそれまでだが逐一怪しさ丸出しの格好をせずともと一義は思うのだった。
「…………」
暗殺者は答えない。
代わりに応えた。
腰に帯剣していた和刀をスラリと抜くと一義目掛けて襲い掛かる。
まるで疾風だ。
「颶風現して参るってね」
一義は暗殺者の刺突を片手のクナイで打ち払った。
もう片方の手に握っているクナイは既に振るわれている。
暗殺者の首元目掛けて。
退いて躱される。
一義は追いかける。
速度は神速。
目で捉えられない速さだ。
クナイを一閃、二閃、三閃。
初撃を和刀で、二撃目を蹴りで、最後はまたしても和刀で弾かれる。
「ひゅう……っ」
口笛を吹いて一義は暗殺者を賛美する。
一義の速度についてきたのだ。
一義にしてみれば面白い相手なのは間違いない。
和刀では不利だと判断したのか躊躇いなくソレを捨て去ると、今度はナイフの二刀流になる暗殺者。
一義の刺突。
ナイフで防がれる。
逆のナイフが一義を襲う。
一義は地面すれすれまで身を低くしてそれを避け、同時に足払いをかける。
暗殺者は跳んだ。
同時に上下逆さまに一義の頭上を取り、ナイフを振るう。
一義はその攻撃の全てをクナイで弾いた後、弾かれたように身を上げ、その勢いのまま踵回し蹴りを放つ。
それは暗殺者の胴に食い込んで吹っ飛ばした。
空中故に回避行動も出来なかった暗殺者はゴロゴロと城内の庭園、その石畳を転がる。
やれやれと吐息をつこうとした一義だったが、ソレは中途半端に中断される。
なんの躊躇いもなく暗殺者が体勢を整えて襲い掛かってきたからだ。
蹴りに手応えを感じた一義にしてみれば有り得ないことではあった。
常人なら悶絶する勢いの蹴りを当てたはずなのだ。
しかして現に暗殺者は何の痛痒も感じずに一義へと襲い掛かる。
ナイフが三閃。
一義はソレを弾いて、弾いて、弾く。
最後の弾きと同時に身を捻り、暗殺者の鳩尾目掛けてクナイを振るう。
次の瞬間、暗殺者は有り得ない行動をとった。
鳩尾へ襲い掛かるクナイを無視して一義の頭部にナイフを振るったのだ。
相打ち。
そう予想した一義は無理に体勢を変更してギリギリでナイフを避ける。
「……っ!」
躱しはしたが体勢を崩す一義。
見逃す暗殺者ではなかった。
ナイフが振るわれる。
致命的な一撃だ。
それは闇夜の虚空を切り裂いた。
一義は躱すにも防ぐにも無理な体勢からバックステップし、回避してのけたのだ。
超神速。
ギアを一つ上げたのである。
神速すらも超える速さ。
霧の国では唯一一義だけが可能とする領域。
さすがの暗殺者もそれには度肝を抜かれたらしい。
仮面越しに驚愕と戦慄の感情が透けて見えた。
一義は苦笑してしまう。
暗殺者にはわからない感情だったろう。
「まだやるかい?」
一義は問うた。
脅したとも言える。
対して暗殺者は無言のまま闇夜に溶けた。
空間転移の魔術だと理解する一義。
こうして此度の一幕は終わる。
一義にしてみれば謎が増えるだけだった。
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