第142話 いけない魔術の使い方11
一義はその日の内にファンダメンタリストの教会を出て姫々を連れて城へととんぼ返りした。
途中市場を横切るときに桃の蜂蜜漬けを買って食べたがそれはこの際関係ない。
門番にも話が通っておりあっさりと城門は開く。
そして城内に入って、全てを理解している姫々と別れると、一義はとある部屋を気負いもなくノックした。
コンコンと。
それはディアナの私室……その隣の部屋だ。
部屋の中から現れたのは、
「…………」
褐色の髪に褐色の瞳をもったメイド服の美少女だ。
キザイア。
そういう名である。
女王ディアナの私室の隣の部屋に待機していることからもわかるようにディアナの侍女である。
「…………」
ペコリとキザイアは一礼する。
失語症であるとディアナから聞いている。
故に一義は言葉を返さないキザイアに不快感など覚えなかった。
そもそも言葉を発しないのはシダラに置いてきたハーモニーも一緒だ。
ハーモニーは意識して言葉を発しないのだが、この際その違いについて言及するほど一義はつまらない人間ではない。
「キザイア、今大丈夫?」
「…………」
無言で一礼するキザイア。
「キザイアの部屋に入っていい?」
無言で一礼するキザイア。
「じゃ、お邪魔します」
そう言って一義はキザイアの部屋に入った。
殺風景な部屋だった。
ディアナという女王陛下の侍女であるからどれほど煌びやかかと一義は思ったのだが最低限の家具しか置いてなかった。
テーブル。
複数の椅子。
カーテン。
家具だけで云えばその程度だ。
ただし部屋の隅の本棚は大きく、そこには幾多の書物が収納されていた。
それはビブリオマニアであるディアナの……その私室の本棚に入りきれなかった書物を保管するためのものであったがキザイアもディアナの呼び出しに待機している間は読んでいるということだった。
当然現在の一義にはまだわかっていない事実である。
キザイアは部屋の中に一義を招くとテーブルの席に誘導する。
一義は誘導されるままに席についた。
テーブルの上にはメモ帳が置いてあった。
キザイアは羽ペンを握ると、
「…………」
サラサラとメモ帳に文字を記す。
「何かご用でしょうか?」
そう書かれた。
「まぁね」
と一義は答える。
それから、
「なるほど」
と理解する。
ビブリオマニアなディアナの影響か。
キザイアも読み書きは一通り出来るらしかった。
そして失語症のキザイアにとってはメモ帳に文字を記すのが他者とのコミュニケーションの手段なのだと一義は悟る。
キザイアはさらさらと羽ペンを操ってメモ帳に言葉を綴る。
「おもてなしは何にしましょう?」
「アイスコーヒーでお願い。僕はブラック。それからキザイアの分も。こっちは自身の好きなものでいいよ」
一義は甘えることにした。
キザイアは部屋を出ていくと多量のアイスコーヒーの入ったガラスの器と二杯のカップを持って戻ってきた。
コーヒーをカップに注いで一義に差し出す。
「ありがと」
と一義が感謝すると、
「恐縮です」
とキザイアが綴る。
しばしコーヒーを飲んで空気を楽しむ一義。
そんな一義に対して反応を見ながらキザイアが文字を綴る。
「それで……一義様に至っては如何な用でしょう?」
「うん。まぁね。それが本題ではあるんだけど……」
一義は困ったようにガシガシと後頭部を掻くと言葉を濁した。
コーヒーを一口。
そして……、
「うーん……」
とか、
「あー……」
などと悩んだ後、
「キザイア」
とキザイアの名を呼ぶ。
「…………」
キザイアは言葉にこそ出来ないものの褐色の瞳が、
「何でしょう?」
と語っていた。
一義は美少女であるキザイアを言葉で追い詰めようとすることに多少なりの罪悪感を苦々しく覚えながら、
「君がエレナ暗殺の実行犯でしょ?」
言い切った。
「…………」
サラサラとキザイアはメモ帳に文字を綴る。
「何のことでしょう?」
「誤魔化さなくていいって。裏はとったから」
苦笑する一義。
そこには責める様な感情は存在していなかった。
そもそもにしてキザイアは被害者だ。
少なくとも一義はそう思っている。
「だいたいのことは把握してるから」
いっそ優しげに一義は言った。
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