第134話 いけない魔術の使い方03
「……どういう方なのですか?」
「抱きしめたら折れそうなほど儚くて、まるでガラス細工のように繊細な女の子。灰色の髪に灰色の瞳を持った灰かぶり。泣き虫で、脆くて、純粋な涙を持つ……とても可愛い女の子」
「……名前は?」
「月子」
「……月子」
「そ」
「……相手にされていないのですか?」
「ある意味ではね」
「……さっきから奥歯に物の挟まったような言い方です」
「もうこの世にはいないんだよ」
「……っ!」
エレナは絶句した。
一義は苦笑するばかりだ。
「……亡き人を想っているのですか?」
「うん。まぁ」
「……ですか」
妙に納得するエレナだった。
「……今でも月子さんが好きなんですね」
「愛してる」
躊躇なく言い切った。
「……どうやって失ったか……聞いてもいいですか?」
「僕が殺した」
コーヒーを飲み平然と一義。
「……一義が?」
「僕が」
「……どうやって?」
「…………」
一義はしばし沈黙し、コーヒーを飲むと、それから滔々と語りだした。
一義と月子の物語と結末を。
それは……あるいは懺悔かもしれなかった。
一義は自分の愚行が月子を殺してしまったと言った。
誰でもなく自らの手で想い人を殺したのだと。
マジカルカウンター。
一義がそれさえ留意できていればと。
全ては自分の罪。
贖えない罪悪。
反論しようもないほど最悪。
苦笑しながら一義は言を紡ぐ。
コーヒーの苦さが今はありがたかった。
しかして、
「……違います」
エレナは真っ向から否定してのけた。
「違わないよ」
寂しさを苦笑で紛らわせながら一義は否定を否定する。
「違います」
その否定を言葉を強めてさらに否定するエレナ。
「…………」
一義はそれ以上何も言わなかった。
代わりにコーヒーを一口。
エレナがコーヒーカップのふちを指でなぞりながら言葉を紡ぐ。
「……これから言うことは一義にとって残酷なことです。……もしほんの少しでも不快に思ったのなら躊躇いなく私を害して構いません。……殺してくださっても構いません」
「…………」
一義はコーヒーを飲む。
それを肯定ととるエレナ。
「……一義の話を聞く限りにおいて一義は月子様の護衛として失敗しました」
「…………」
そんなことはわかっている。
一義は目だけでそう言いコーヒーを飲む。
「……でも……それだけなんです」
「…………」
さすがにその言葉に一義の瞳が炯々と危険な光をはらんだ。
だがまだエレナは一義に制裁を受けてはいない。
「……失敗は誰しもします。……誰だって失敗ばかりで……その度に何かを失っています。……一義はその失敗によって一番大切なモノを失くしただけです。……それを愚かと断ずるのは尚早でしょう」
「だけ?」
「……だけ、です。……先にも言ったように誰もが失敗して何かを失くします。……他人にとってソレが軽いモノなら溜め息をつくでしょうし重いモノなら涙を流すでしょう。……その失敗によって失ったモノが一義にとって最も大事な価値を持っていたというだけのことです」
「…………」
「……だから一義だけが特別ではありません。……何かを失うのは誰しも経験します。……失敗だって同じです。……それを愚かと断じるのなら意識なぞ全て全き愚かな産物にすぎません」
「…………」
「……一義は自身を裁くために自身の能力を愚鈍の象徴だと捉えているのでしょう。……その気持ちは一義のモノであって私には共有できませんが……でも問います」
「…………」
「……一義はその愚鈍の象徴で誰かを救ったことはないのですか?」
「…………」
一義は動揺を隠すためにコーヒーを飲んだ。
それが全てを語っていた。
ある。
あるのだ。
アイリーン。
反魂という一義と同じく愚鈍を象徴する少女を救った。
「……その力で守れたモノがあることも一義は認識すべきです」
「…………」
「……一義は延々と絶望を指折り数えているのでしょう。……それは一義にとっての月子様の価値です。……けれどそれでは不公平です。……絶望を指折り数えるのなら希望もまた指折り数えるべきです」
「希望なんて……おこがましい……」
一義は苦笑……自嘲した。
伊達眼鏡越しに桜色の瞳が細められ一義を明確に捉える。
「……純粋で……繊細で……脆く……儚いのは……一義も同じです」
優しげにエレナは言った。
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