第135話 いけない魔術の使い方04

「……まるで飴細工みたい。……一義の心は触れたら傷つけてしまいそう。……そしてそれが愛おしいんでしょう」


「…………」


「……ハーレムの女の子たちは聡いですね。……そんな一義に純粋に愛してもらえるということがどれほど幸福なことなのか……きっと悟っているのですから」


「そうかな?」


「……そうですとも」


 エレナがコーヒーを飲む。


「……一義が自身の心を自傷してしまうのはしょうがないことだと思います。……それだけの価値が月子様にはある。……でも生きていくためには月子様以外の要因がどうしても必要です。……少なくとも……一義は一義に尽くしてくれるハーレムの女の子たちには義理を果たさなければならないかと存じます」


「でも……ハーレムは月子じゃない……」


 駄々をこねるような一義の言にエレナは諭すように言う。


「……わかっています。……別に今すぐとは申しません。……何時か……で構わないんですよ」


「…………」


「……何時かきっと一義の心は救われる。……どれほどの地獄に心をやつしてもそれだけは忘れないでください」


「…………」


 一義はコーヒーカップをカチンと受け皿に置くと、


「………………………………努力してみる」


 遠慮がちにそう言った。


 エレナは微笑む。


「……やはり優しいですね一義は」


「そうかな?」


「……一義の心を傷つけた私に対して何もなさらない。……言ったでしょう。……一義に残酷なことを言うから癪に障れば殺してくれて構いませんと」


「うん……まぁ……エレナの言うことも一理あるからね」


 一義はガシガシと後頭部を掻いた。


 困ってしまっているのだ。


 傷ついた心を優しく受け止められ事に。


「は……ふ……」


 と深呼吸。


 そしてコーヒーを追加で注文すると、


「今度はエレナの番」


 一義は言った。


「……私の……ですか?」


「僕たちはわかりあうためにデートしてるんでしょ? ならエレナのことも話してよ」


 追加のコーヒーを飲みながらそんな言葉。


「……何を話せばいいのやら」


「波の国ってどんなところ?」


「……漁業が盛んですね」


「漁業」


 島国ならではと言えるだろう。


 ちなみに一義の出身である和の国でも盛んだ。


 和の国は半島だが。


「お刺身とか食べられる?」


「……お刺身……ですか?」


 無いらしい。


「エレナは第二王女だよね? ということはお姉さんがいるの?」


「……姉と妹が一人ずつ。……兄弟はいませんね」


「……どういう人たち?」


「……エリサお姉様はしっかり者です。……第一王位継承者としての貫録を持っています。……また皆に優しく器が大きい。……少なくとも軟弱な私よりは王としての資質は強いでしょう」


「エリサ……ね……」


「……妹はエリスと云うのですけど、こちらは繊細です。……いつも何かに怯えていて虫一匹すら殺せない純粋な人間です。……王としての器ではありませんが誰よりも敏感で誰よりも優しい……そんなお姫様ですよ」


「ふぅん」


 一義はコーヒーを飲む。


「エリサとエリスだっけ? その二人と離れ離れでエレナは寂しくないの?」


「……寂しいですけど」


「けど?」


「……私は霧の国に人質として身を置くものです。……無論のこと霧の国は私を優遇してくれますが……それでも私は人質なんです」


「中々上手くいかないね」


「……しかして手紙でやり取りはしているんですよ? ……手紙によれば今のところ波の国は平穏無事のようですけど」


「そうなの?」


「ですです」


「ふぅむ……」


 思考を纏めるためにコーヒーを飲む一義。


 しばし沈思黙考。


 そして疑問。


「じゃあ何でエレナは暗殺者に狙われてるの?」


「……さあ?」


 エレナは両手を挙げて降参した。


「……一義はお家絡みと考えているのですか?」


「少なくとも何かしらの事情もなく波の国の王女を殺そうなんて思惑が浮かぶわけはないでしょ?」


「……それは……そうですけど」


「第二王位継承者が邪魔となるケース。あるいは人質を殺すことで霧の国と波の国の関係を悪化させるケース。そんなところじゃない?」


「……否定する材料はありませんね」


「前者なら波の国のウェイブ陛下に何かが起こった」


「……手紙によれば順風満帆らしいですが」


「後者ならば疑わしいのは鉄の国だね」


「……当然の帰結……でしょうか」


「あるいはヤーウェ教の御心に反してファンダメンタリストに狙われているとか」


「……アイリーンみたいにですか?」


「然り」


 一義はコーヒーを飲む。


 エレナも同様だった。


「…………」


「…………」


 しばし沈黙。


 そしてエレナが口を開いた。


「……私にそれだけの価値があるのでしょうか?」


「エレナ自身は無いかもだけど、その立場は面倒じゃない?」


「……うーん」


「例えばだけどウェイブ陛下が後継者にエレナを選んだのなら、エリサとエリスがそれを不快に思って暗殺者を送り込んだ……とか」


「……エリサお姉様もエリスもそんなことはしません」


 息巻くエレナに一義はジェスチャーで押さえ込む。


「だから例えばの話だって」


「……それにお父様の手紙にはそのようなことは書かれていません。……仮にそうであるのなら波の国への帰還を命じられているでしょう?」


「手紙が真実とは限らないじゃないか」


「……?」


「つまり本物の手紙を握りつぶして偽の手紙をエレナが受け取っている……とか」


「……むぅ」


 エレナは考え込むように唸った。


「ま、ここで気にしてもしょうがないけどね」


 一義が安心させるように肩をすくめた。


「すくなくとも音々と花々がいればエレナの身は安全だ。どんな陰謀故にエレナが狙われているのかはわからないけど……それだけは保証するよ」


「……音々と花々には感謝してもしきれません」


「いいよ。ディアナたっての願いだから。僕としては十全に音々と花々を使い潰してくれて構わないしね」


「……一義のハーレムに面倒をみられて申し訳ありませんが」


「気にしなくていいって。僕もエレナのことは好きだからね」


「……ありがとうございます」


 そう言ってエレナは苦笑いをする。


 そして一義とエレナは同時にコーヒーを飲み干すのだった。


「さて」


 と一義が言う。


「そろそろデートに戻ろうか。他に行きたい場所ある?」


「……もう少し市場をひやかしたいですね。……いいですか?」


「もちろん。ついでにシルバーアクセサリーの露天商をひやかそうか。エレナにアクセサリーをプレゼントしてあげるよ」


「……でしたら私も一義にプレゼントしたいです」


 そして一義とエレナは喫茶店を出て市場へと向かった。


 デートの再開だ。

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