第130話 剣劇武闘会16

 剣劇武闘会最後のイベント。


 即ち表彰式。


 一義はそれに参加していた。


「…………」


 一義は少し不機嫌で少し自嘲していた。


 というのも初め一義は表彰式をボイコットしようとしたのだ。


「面倒だ」


 というのがその理由である。


 力を下手に見せるのは一義の望む事ではなかったし、この際それには目をつむるにしても評価されるのはもっと不条理なのだ。


「そもそも戦いや殺し合いに秀でているということが自慢のタネになるのか?」


 と問いたいくらい。


 もっとも言っても無駄だということは重々承知しているので、


「……はぁ」


 と誰にも気づかれないくらいに小さく疲労の溜め息をつくだけに留めたが。


 そんな一義の首根っこを引っ張って表彰台に立たせたのがジャスミンだ。


 傍にはディアナもいた。


 ディアナはほくほく顔だった。


 よほど一義が優勝したのが嬉しいとみえる。


 剣劇武闘会の評価は武勲と同義であり、場合によって立身出世に影響する。


 無論準優勝のルイズは鉄の国の皇帝直属騎士であるためその範疇には入らないが。


 何より優勝者と準優勝者と三位には女王陛下から褒美をたまわされる。


 内容を決めるのは女王……つまりディアナだが、ともあれ一義が表彰式に出なければ武勲を認めることが出来ず、そうであるからこそジャスミンが問答無用埒も無しとばかりに一義の首根っこを引っ張る結果になるのだった。


「知らんがな」


 という一義の意見は封殺された。


 ジャスミンがディアナについているのは無論護衛のためである。


 VIP席は音々と花々の二人が鉄壁の守りと完全な警戒を施しているため安全だが、表彰式は女王が直接出向いて戦士たちに祝福をしなくてはならないため護衛する人間が必要となるのだ。


 何せ準優勝は鉄の国の騎士……ルイズだ。


 公衆の面前での暗殺の可能性も否定できない。


 ルイズにそんな気は羽毛ほどもないが、とまれ霧の国側としては最大限の警戒は必要とされる。


 で、さも当然と王属騎士ジャスミンに白羽の矢が立った。


 一義としては、


「ご苦労様」


 だが、首根っこを引っ張られるのには辟易せざるをえない。


 そんなわけで無理矢理表彰台に立たされる一義。


「…………」


 愚痴を言おうにも聞いてくれるかしまし娘は傍にいない。


 祭り上げられるということに慣れていない一義にしてみれば表彰式なぞ苦行でしかないのだ。


 その名誉が武勲ともなれば、


「無価値だ」


 と断じるに躊躇はない。


 そうして表彰式が始まる。


 三位の戦士に観客たちが注視する。


 ちなみに女王ディアナと表彰者の会話はテレパシストの能力によってアリーナ全体に伝わっている。


 観客はそのやりとりを脳で認識することが可能なのだ。


 そして三位の戦士と準優勝のルイズに祝福の言葉がかけられ、武勲に見合った褒美がたまわされる。


 褒美にはある程度融通が利くらしく三位の戦士は地位と名誉を、準優勝のルイズは金銭をそれぞれ確約された。


 そして衆人環視が優勝した一義を注視する。


 その視線に突き刺されながら、


「落胆しているのではないかな?」


 と皮肉というには幼稚なことを思う一義であった。


 エルフである一義は大陸西方では東夷と呼ばれて忌避される。


 そんな存在が、女王までが観戦に来る名誉ある剣劇武闘会の優勝者となったのだ。


 名誉に泥を塗りつけられたと言っても過言ではない。


 一義としては優勝になんらの価値も見出してはいなかったが、表彰式によって並んでいる貴族やアリーナの観客たちは納得いかな気な視線で一義を見ていた。


 誰にも気づかれないほど小さく苦笑する一義にディアナが声をかけた。


「よくやりました一義」


「偏に女王陛下の御威光の賜物です」


「素晴らしい剣技の冴え、見事という他ありません」


「恐縮です」


「優勝とはある意味で大きな武勲です。それに見合った褒章が必要でしょう。私は一義に王属騎士……ロイヤルナイトの称号を与えたいと思います。どうでしょう?」


 ちなみにこの会話もテレパシストによって観客や貴族に伝わっている。


 衆人環視が信じがたいとばかりにどよめいた。


 エルフ……東夷が王属騎士など大陸西方ではありえない人事だったからだ。


 ディアナの正気を疑い一義に言葉にはしないものの憎しみさえぶつける衆人環視。


 そんな衆人環視に迎合したわけではないが、


「身に余る光栄ですが辞退させていただきます」


 一義はディアナの申し出を却下した。


「私では不服ですか」


「不服です」


 と率直に言えば極刑になるだろうから、


「そんなことはありませんが僕は王立魔法学院の魔術師……魔術の研鑽にこそ身を費やしたいのです。断ること恐れ多くはありますが、どうか自由の身をお許しください」


 遠回しに一義は断るのだった。


 観衆はそんな一義の言葉にホッとしたりむず痒そうに顔をしかめたりした。


 一義が王属騎士にならなかったことに安心する反面、一義がディアナの申し出を軽んじたことに不満がある。


 そんな二律背反の感情が会場の空気を奇妙なものに変じるのだった。


 聡い一義はその空気を感じ取っていたが、


「…………」


 気にする風もなく飄々としている。


「では何をもって優勝の褒章としましょう?」


 首を傾げるディアナに、


「では……」


 と意地悪く笑って、


「ほっぺにチューでもしてくれればいいですよ」


 戯言をのたまう一義だった。


 そして本当にそうなった。

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