第129話 剣劇武闘会15

 ギアをもう一つ上げる。


 風を従えて観客の注視から消えるのだった。


 目にもとまらぬ速さ。


 そをもってルイズへと間合いを潰す。


 一閃、二閃、三閃。


 速度相応に刀が振るわれる。


「……っ!」


 驚愕しながらルイズは一義の刀を受け止める。


 ルイズもまた無意識に……一義につられるようにギアを上げたのだ。


 超速の丁々発止。


 一義の刀をルイズが弾く。


 ルイズの剣を一義が弾く。


 木刀と木剣が踊る様に空間を侵食して、相手を犯そうと襲い掛かった。


 その速度は観客の認識をとうに超えている。


 有利なのは一義だった。


 実際はどうあれ体格は男と女という時点で決している。


 一義が水平に木刀を振るった。


 垂直に立てた木剣でソレを受け止めたルイズはそのまま弾かれる。


「……っ!」


 ズザザッと砂地を滑るように後退して再度剣を構えるルイズ。


「やるね」


「そっちこそ」


 互いに互いが剣劇武闘会最強の相手と認識した瞬間だった。


「少し話をしていいかな?」


 油断なく剣を構えながらルイズがそう言った。


「構わないよ」


 頷く一義。


「僕は化け物なんだ」


「人間にしか見えないけど」


「うん。まぁ。見た目はね」


 苦笑するルイズ。


「医者は僕のことをこう呼んだ。ミュータント……と」


「突然変異ってこと?」


 問う一義に、


「だね」


 ルイズは頷く。


「筋肉の質が一般人とはかけ離れているらしいんだ」


「どゆことよ?」


「僕の筋肉は一般人に比べて耐性や軟性や含まれる膂力が絶望的なまでに高いんだって」


「それで?」


「その膂力を用いて全力でいくけど大丈夫?」


「どうぞ」


 一義に気負いは無い。


「ありがとう」


 ルイズは泣きそうな表情で微笑むと、一義の視界から消えた。


 その速度は神速。


 アイリーンの持つ速度だ。


 対して一義もギアを上げて神速で体を駆動させる。


 一瞬にして背後にまわったルイズの剣を一義は易々と受け止める。


「な……っ!」


 驚愕したのはルイズ。


 まさかついてこられると思っていなかったのだろう。


 しかして一義にしてみれば当然。


 忍として育てられた一義にとって神速は基礎だ。


「っ!」


 神速の剣を振るうルイズに神速の対応をする一義。


 神速の丁々発止。


 既に観客など置いてけぼりだ。


 神速の剣と神速の刀。


 それらは互いに互いを犯そうと振るわれる。


 音すら置き去りにする速度の剣は互いを襲い互いを弾く。


「これだよ!」


 ルイズの顔には歓喜が映されていた。


「こんな戦いがしたかったんだ!」


 疾速のルイズ。


 突然変異で未知数の膂力を有するルイズ。


 故に自身の全力についてこられる相手をルイズは本能的に探していたのだ。


 そしてそれは叶った。


 一義という存在によって。


 振るわれるルイズの神速の剣を一義はことごとく受け止めて、なおかつ神速で反撃まで返す。


「あははははっ!」


 キャッキャとルイズは喜ぶ。


 ルイズの剣はじわじわとその速度を上げていく。


 限界すら超えて振るわれる木剣。


 だが一義は冷静にその剣に対処する。


 次の瞬間、ありえないことが起こった。


 一義の木刀が明確にルイズの木剣を弾き、その喉元に剣先を突きつけたのだ。


「……っ!」


 観客は当然、ルイズにも認識できない速度だった。


 超神速。


 一義が持つ最大速度だ。


 ルイズの手から木剣は離れていた。


 一義の超神速の木刀が弾いたのだ。


 そして喉元に突きつけられた剣先。


 勝敗は誰の目にも明らかだった。


「…………」


 一義を除く誰もがポカンとした。


 ルイズも含めて。


「決着?」


 観客が狼狽えるのもしょうがない。


 それほどの……感知不可能な速度を見せた一義だったのだから。


 審判がハッとして、


「それまで!」


 と決着を告げた。


「…………」


 一義は素直に木刀を引く。


 そして、


「どう? 納得した?」


 ルイズに意地悪く問う。


「そんな速度……どこで……?」


 呆然とするルイズに、


「ま、僕にも色々あってね」


 お茶を濁す一義。


「もっと自らを鍛錬することだね。今回の件で自身が最強だっていう幻想はぶっ壊れたわけだし」


 くつくつと笑う。


「速度で僕が負けた……?」


 信じられないとルイズ。


「完敗でしょ?」


 一義は容赦なく言葉を放つ。


「君は一体なんだ?」


「ただの東夷だよ」


 謙虚というには一義の表情は皮肉に満ちている。


「エルフは皆そうなの?」


「まさか。一部だけさ」


 否定する。


 そんなわけで此度の剣劇武闘会は一義の優勝で幕を閉じた。


 当人の憂鬱など知ったこっちゃないとばかりに。


 それが少しだけ一義には不満だった。

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