第120話 剣劇武闘会06

 夜も更け月が昇る頃。


 一義は宿舎の玄関に立っていた。


「行ってらっしゃいませご主人様……」


 姫々が見送る。


「先に寝てていいよ」


「茶を用意してお待ちしております……」


「ん。ありがと」


 姫々が提案をはねつけることなど一義には慣れたものだった。


 姫々はメイドさんだ。


 一義より早く寝ないで一義より遅く起きない。


 常にご主人様……一義の先手を取る。


 それが好意故だとわかっているから一義は気にせず外に出た。


 一義の趣味である夜歩きだ。


「天の海に雲の波たち月の舟星の林にこぎ隠る見ゆ……か」


 月の見える夜は夜歩きするのが一義の習慣だ。


 和の国において永遠を司り、霧に国において闇を表す天体。


 即ち月。


 一義はそんな夜の空に映し出される魔法陣のような風景に灰かぶりの姫を重ねるのだった。


「月子」


 古傷がジクリと痛む。


 だが対照的に暖かな気持ちにもなる。


 一義にとって月子とは心的外傷であると同時に心の支えでもあるのだ。


 この二律背反の感情に決着はつけられていないし、一義自身も決着をつけるつもりは毛頭ない。


 仮に月子への想いを整理する場面にあたるとするならばソレは、


「月子を忘れる時だ」


 と一義は思っている。


 迷い。


 それはそう呼ばれる感情だ。


「結局自分は今は亡き月子を言い訳にうずくまっているだけではないのか?」


 そんな思いもある。


「それでも自分が月子を忘れれば誰も月子を思い出せなくなる」


 そんな思いもある。


 先にも言ったがそれは迷いであり、そしてそんな二律背反を一義は心地よく思う。


 夜風にあたりながら感傷に浸り月を見上げて月子を想う。


 それは一義のレゾンデートルに根差したモノだった。


 無論のこと、それだけではなかったが。


 一義は小路を歩き、治安の悪い方へと足を向けた。


 意図的にだ。


 麻薬の匂いを感じ、畏怖の感情を受け止め、しかして一義は足を止めない。


 治安の悪い方へと足を向けるがチンピラに絡まれることはなかった。


「東夷には手を出すな」


 それがスラム街に布かれたルールだからだ。


 逆らった者は例え貴族であれ殺されても文句は言えない。


 事実一義の逆鱗に触れたマフィアの一角が取引していた貴族ごと滅ぼされたのは耳に新しい。


 故に一義は悠々とスラム街を進む。


 そしてある程度歩くとピタリと立ち止まった。


「つけるにしても不器用だね。出てきたら?」


 一義は月光の冴えわたる夜の虚空に言葉を発した。


 それは無為徒労とはならなかった。


 言葉に応じて現れる者がいたのだ。


 そは宗教的模様の描かれた仮面をつけ体にフィットする黒い装束を身に纏っていた。


「狙いはアイリーン? それともエレナ?」


 ファンダメンタリストかエレナへの暗殺者か……それを一義は問うたのだが、刺客は無言を貫いた。


「将を射んと欲すれば……か」


 皮肉気にくつくつと一義は笑う。


 絶防の音々と金剛の花々がいる限りアイリーンにもエレナにも手出しは出来ないのだ。


 一義が死ねばその限りではないが。


 ともあれ隠す気もない刺客の殺気を浴びながら一義は袖に隠していた暗器……クナイを両手に持って構えた。


 対して刺客は毒ナイフを構える。


 開始の合図は無い。


 間合いは一瞬で埋まった。


 コマ落としかと疑うような速度で一義と刺客は接触する。


 刺客のナイフを片方のクナイで受け止めて、もう片方のクナイを一閃。


 すげなく避けられる。


 刺客は蹴りを繰り出したが、一義は上空に跳ぶことでこれを躱す。


 そして無詠唱ノーアクションで斥力の魔術を行使し、刺客の頭上に位置取りクナイを振るう。


 身を低くしてクナイを避けると刺客は間合いを取る。


 一義と刺客の間合いが広がる。


「手合せから鑑みるに王都の浴場で襲ってきた刺客とは別人だね。君の方が動きが洗練されている」


 賛辞を送る一義だったが返ってきたのは無言だった。


 まったくもって何を語ろうともしない刺客。


 これではアイリーンとエレナのどっちに放たれた刺客かわかったものではない。


 困ってしまってガシガシと一義は後頭部を掻く。


 それから沈思黙考。


 後に、


「まぁいいか」


 と自己完結してパワーレールガンを発動させた。


 弾丸は無いが弾丸の代わりは有った。


 刺客自身の肉体である。


 ハイスピードスイッチによる多段的な斥力の作用によって超音速で吹っ飛ばされる刺客。


 刺客は建物の壁にぶつかりソレを壊して更に彼方へと吹っ飛ばされる。


 破砕音が響きわたり刺客は幾つもの建物の壁を突き破って一義の視界から消え失せた。


 普通なら死んで当然の現象だ。


 だが一義は勝利に酔ったりはしなかった。


 問題は一向に解決していないのだ。


 刺客を殺しても新たな刺客が現れるだけである。


 根本的な解決にはなっていない。


 しかして今夜はここまでだと悟って一義は夜歩きを再開した。


 空には月。


 地には明かり。


 二つの光が一義を照らしている。


 それらが一義を暗闇から救っていた。

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