第118話 剣劇武闘会04

「う~ん~。美味しいねぇ。城での食事は盛大ではあったけどやっぱり姫々の地に足つけた料理の方が僕の心には響くなぁ」


 久方ぶりの……というのも城では客分のため宮仕えの料理しか食べられなかったのである……姫々の料理を食べながら一義は「美味い美味い」と連呼していた。


 姫々が作った料理は大陸東方の……その中でもまた異端とされる和の国の食事だ。


 菜と芋と肉の煮物。


 菜のおひたし。


 厚揚げに生姜。


 白米。


 味噌汁。


 全て一義の大好物だ。


「恐縮です……ご主人様……」


 姫々はニコニコとしながら上機嫌に謙遜した。


「姫々……あなたの料理の技術はある種の魔術ですわね。押し付けがましくなく、胃に優しい。まるで姫々みたいな料理ですわ」


「和の国の伝統料理ですよビアンカ様。誰でも作りえて、わたくしが特別なわけではありません」


「でも完成度の高さは姫々ならではだと思う。少なくとも私にはこんな料理は作れないし、アイリーンもまだ無理なんじゃない?」


「しかしてジンジャー様……アイリーン様はわたくしとは違う大陸西方の料理に秀でております故……そを比べるのは不毛かと……」


 やはり謙虚な姫々だった。


「…………! …………!」


 ハーモニーは無言のまま桃色の瞳に喜悦を映し、大量の白米と煮物を口に入れては胃へと送り込んでいた。


 その小さな体の何処に入るのか。


 それは誰にもわからない。


 時間は夜。


 夕食だ。


 今一義の宿舎にいるのは一義と姫々とビアンカとジンジャーとハーモニーだけである。


 ハーモニーが五人分くらいは食べるため実際の料理の量はもう少し増えるのだが。


 ともあれ音々と花々とアイリーンとディアナとエレナとジャスミンはここにはいない。


 理由は単純。


 エレナの護衛のためである。


 ディアナとエレナは王立魔法学院の特別棟にある王族専用の生活空間に身を置くのが一番安全だということで、少なくとも剣劇武闘会が終わるまでは学院の特別棟にて寝泊りするのが当然の帰結だ。


 ジャスミンは王属騎士としてディアナを護衛する身である。


 音々は斥力結界の魔術でエレナを護衛するためエレナの傍にいる。


 花々は超感覚で不届き者を察知するためにエレナの傍にいなくてはならない。


 アイリーンは最悪エレナが暗殺されても良いように保険としてエレナの傍にいなければならない。


 というわけで一義と姫々だけが久方ぶりに宿舎へと戻ってビアンカとジンジャーとハーモニーに顔を見せ、姫々の料理を食べるのだった。


「お姉ちゃんは来なかったんだね」


 これはジンジャー。


 姉とは雷帝アイオンのことである。


「剣劇武闘会に興味がなさそうだったしね」


 食後の茶を飲みながら一義が答える。


 無論、姫々の淹れた茶だ。


「そっかぁ。お姉ちゃんがいればご教授願おうかと思ってたんだけど……」


「何を?」


「魔術」


 きっぱりとジンジャーは答えた。


「技術の進歩は順調かな?」


「うん。見てて」


 そう言うとジンジャーはテーブルの一義の反対側で両手を胸の高さまで掲げ何もない空間を持ち上げるように間を開く。


 そして、


「サンダー……!」


 と熱した声で呪文を唱える。


 詠唱によって魔術を世界に投影したのだった。


 右手と左手との間に電撃が迸った。


 バチチッと雷鳴が響く。


 全ては一時のことだった。


「へぇ。雷撃の魔術か」


 一義は感心したように言う。


 何より驚くべきはジンジャーが薬の力に頼らず魔術を発動させた件についてだ。


 ジンジャーの魔術師としての自信がこの結果を導いたのだと一義が推察し正解したことはある種の当然だった。


「雷撃のイメージは掴めたんだよ。後はこれを段階的に強力にしていって雷撃および雷速を身につけたいと思ってる」


「二人目の雷帝にでもなる気?」


「お姉ちゃんが雷帝を名乗っているから私は二つ名を持つなら《雷皇》って名乗ろうかと思ってる」


「雷皇ね……」


 ホッと茶を飲んで吐息をつく。


「しかしてそんな仰々しい名前を持つならそれなりの能力が必要だよ?」


「だから努力してるんじゃない」


「然り」


 茶を飲む一義。


「一義、それよりさ」


「何でがしょ?」


「蛇炎の騎士ジャスミンが一義のハーレムに入ったこと……記事にしていい? ちょうど次の新聞のネタが無くて……」


 ちなみにジンジャーは学院の新聞部に所属している。


 ハーレムで唯一部活に入っているのがジンジャーなのであった。


「…………まぁいいけどさ」


 しぶしぶ一義は肯定。


 自身がネタにされることに喜びを覚えるタイプではない。


 ましてそのネタは学院の生徒が持つ一義への反感をさらに増幅させる類のものである。


 が、


「ジンジャーならしょうがない」


 と悟っているのもまた事実。


 そもそもにして亜人たる東夷……エルフに話しかけてくれた友人後に恋人候補となったのがジンジャーだ。


 多少なりとも融通をきかせるのは自然な流れだ。


 ズズと一義は湯呑みを傾けて茶を飲み、心の中にて納得をもって反論を制することに苦心した。

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