第110話 エレナという王女16

「ジャスミンは僕に惚れたの?」


「惚れたのはお前の方だろう? 俺としてはしぶしぶと……仕方なくお前とつがいになることを選んだだけだ」


 ゴホンゴホンとジャスミンは咳をする。


 照れ隠しの一端だ。


「まぁお前がどうしても俺を好きだというのなら仕方なく結婚してやろうと言うのだ。あくまで仕方なくだが」


「まぁそっちが乗り気じゃないなら別に破棄してもいいよね」


「何! 貴様、俺を蔑にする気か!」


「だって仕方なくで結婚してもどっちも不幸でしょ?」


「うう……」


 言葉を失うジャスミン。


「しかして貴様は俺をお姫様抱っこしただろう? アレは愛し合う男女がするモノだ。俺としては不本意だがお前の気持ちを汲むのも致し方ないと言っているのだ」


 まずます一義を見るハーレムたちの視線が険しくなる。


「ご主人様は天然ジゴロですね……」


「お兄ちゃんはまた……」


「ま、旦那様らしいね」


 かしまし娘がそれぞれの感情を吐露する。


「一義はまた……」


 これはアイリーン。


「一義様はある意味で見事なモノです」


 これはディアナ。


「…………」


 遠慮がちにエレナは紅茶を飲む。


「それで?」


 ジャスミンが問う。


「式は何時にする?」


「勘弁してください」


 一義はティーカップを受け皿に戻すと両手を挙げた。


 ハンズアップ。


 つまり降参の意思表示だ。


「……っ!」


 驚愕したのはジャスミンだ。


「お前は俺のことが好きなんだろう……!」


「別に」


 飄々と一義。


「そん……な……」


 この世の終わりでも来たかのようにジャスミンは脱力する。


「じゃあなんで俺のことを可愛いと言った!」


「可愛いからだよ」


 飄々と一義。


「つまり貴様は俺のことが好きなんだろう?」


「それは違う」


「じゃあなんで俺をお姫様抱っこした!」


「怪我させるのもなんだし」


 飄々と一義。


「それとも高所からの落下で骨折ぐらいしたかったかな?」


 皮肉気な一義の言葉に、


「それは……!」


 ジャスミンが言葉を失う。


「じゃあ一義……貴様は……」


「うん。別に君に惚れているわけじゃないね」


 とどめを刺す一義だった。


「う……うう……」


 悔しげにジャスミンはうなる。


 その紺色の瞳には悲しみが湛えられていた。


「俺を可愛いと言ったくせに……!」


「まぁそうだね」


「俺をお姫様抱っこしたくせに……!」


「まぁそうだね」


「全て茶番とでも言うのか……!」


「まぁそうだね」


「俺は……どうすればいい……!」


「僕を慕うか新しい恋に生きればいいんじゃない?」


 清々しく言って紅茶を飲む一義。


 そこには遠慮も配慮も存在しない。


 元より複数の女の子の慕情を受け止める身だ。


 一人追加されても何ほどのこともない。


 少なくとも一義はそう捉えていた。


「何ならジャスミンもハーレムに入ればいいんじゃないですか?」


 そう提案したのはディアナ。


「本気ですか……?」


「本気?」


「正気かい?」


「本気なの?」


 かしまし娘とアイリーンがディアナを責めるように問い返す。


「だって私たち同様にジャスミンも一義様に惚れたのでしょう? ならばライバルです。そのためには装置を用意せねば」


 あっさりとディアナが述べる。


「むぅ……」


 と呻くかしまし娘にアイリーン。


「ハーレムとは何ぞ?」


 そうジャスミンが問う。


「ああ、つまりですね……」


 ディアナは一義とそのハーレムについて語る。


「つまり一義は俺の他に幾多もの女性と関係を築いているわけか……!」


「そういうことだね。つまりジャスミンだけが特別じゃない。もし僕を狙いたいというのならハーレムに入ることをお勧めするよ」


 やはり飄々と。


「その後は君の頑張り次第。僕が君に惚れるように尽力すればいい。叶うかどうかは別として……ね」


「ううむ……」


 ジャスミンは呻った。


 一義のことは好きだがハーレムという十把一絡げに括られるのも容認しがたいといった様子だ。


 しかして観念したのだろう。


「ハーレムに入れば一義は俺に構ってくれるのだな?」


 そう確認するジャスミン。


「そりゃまぁハーレムじゃない人間に比べれば贔屓はするけどね」


「十分だ」


 こうしてジャスミンも一義のハーレムに入るのだった。

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