第88話 一義の憂鬱05
特別棟。
そこは王立魔法学院の中央にある真白な建物だ。
学院長や学院の重鎮が身を置く場所でもある。
そして王立魔法学院の特別顧問であるアイリーンとハーモニーも特別棟に居場所を宛がわれていた。
二人の顧問は隣同士の部屋を与えられていたが、とある理由により隔てる壁を消去……結果として二部屋をぶち抜いて作られた広いスペースを我が物としていたのだった。
理由は単純。
一義のハーレムを全員入れるためである。
「なんだかなぁ」
と一義は思う。
言葉にしたりはしないが。
ともあれ昇進試験も終わり一義とそのハーレムたちは特別棟の顧問室でまったりとしていた。
一義の首に巻かれているのは紫色のネクタイ。
霧の国の攻撃手段となった証だ。
一義にしてみれば、
「首輪だね」
とも言えるのだが。
「力がある」
ということに関して一義はメリットを感じる必要をもってはいなかった。
力があればソレに頼ってしまう。
力が無いからこそ穏便に物事を進められる。
そんな思考形態を一義は持っていた。
無論、割り切っているわけではない。
力を行使するべきと弁えたなら、そを振るうに躊躇が無いのも一義の側面だ。
そうやってアイリーンを救ったのが他ならぬ一義なのだから。
ともあれ、
「何だかなぁ……」
と呟いて一義は紅茶を飲む。
大陸西方では茶葉は発酵させて淹れるものだと決まっている。
一義の出身である和の国では緑茶が主だったし、宿舎に帰れば緑茶はあるが、顧問室では紅茶で妥協するしかない。
「ともあれ」
と金色の美少女……アイリーンがニコリと笑う。
「四過生への昇進。おめでとうございますわ」
それは単純な称賛だった。
「嫌味か」
と思っても言わない一義。
「まぁこれで霧の国の軍属ですよ僕は」
うんざりと言う。
「それでも……」
これは姫々。
「それでもご主人様が評価されるのは嬉しいことです……」
その言葉に濁りは一切無い。
「うん! お兄ちゃんが評価されて音々も嬉しいな!」
「そういうことだよ旦那様」
音々と花々も追従する。
そしてクイとティーカップを傾けた。
「僕としては劣等生でいいんだけどねぇ」
一義もカップを傾ける。
「評価を気になされないので?」
訝しむアイリーンに、
「要するに人を殺す魔術を覚えたからこその四過生でしょう? つまり兵器としての扱いだ。そんなものに価値は見出せないよ」
まぎれもない一義の本心。
力を持てばしがらみが増える。
力無い者の希望をへし折るのが力だと一義は悟っていた。
力を求める概念は理解しても、それを称賛する気にはなれないのだ。
「でも私は一義の力に救われました」
アイリーンが反論する。
「うん。まぁね」
一義の反応は鈍い。
力が無ければ状況を変革しえない現実と自身の価値観との心理的摩擦に精神をすり減らしているのだ。
不機嫌に紅茶を飲む。
「…………」
クイとハーモニーが一義の袖を引っ張る。
元炎剣騎士団の団長は一義の機嫌を気にしているようだった。
桃色の瞳に憂いを乗せる。
「大丈夫だよ」
一義は白い瞳を柔和に細めてハーモニーの髪をクシャクシャと撫ぜる。
「要するに僕が戦わなければいいだけだから」
ある意味で不遜な言葉を一義は口にする。
「…………」
ハーモニーは納得したのかしなかったのか。
ともあれ一義の制服の袖から手を離した。
「そもそもさ」
これは一義。
真白な髪を揺らして言う。
「鉄血砦が無くなったんだから鉄の国は足がかりを失くしたんじゃないの?」
ある意味で事実だ。
詭弁ではあるが。
「それで決着がつく霧の国と鉄の国ではあるまいよ」
赤色の美少女……花々が言う。
「むしろ国境の定義を争って活発化してるね!」
黒色の美幼女……音々が言う。
「砦を建てるの建てないのでいざこざが起きていますしね……」
銀色の美少女……姫々が言う。
「矛盾の魔術師のせいでむしろ霧と鉄の国は険悪になったとも言えますわね」
青色の美少女……ビアンカが言う。
「無論わかってはいるんですよね?」
金色の美少女……アイリーンが言う。
「…………」
不機嫌に一義は紅茶を飲んだ。
反論のしようがない。
一分一厘無い。
そもそもにして原因は矛盾の魔術師にあるのだ。
一義はガシガシと後頭部を掻くのだった。
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