第87話 一義の憂鬱04

 一義は姫々と音々と花々とアイリーンとビアンカとジンジャーとハーモニーを連れて霧の国の軍事拠点シダラ……その持つ王立魔法学院に登校した。


 一義が入学して六ヶ月の時が経ったのだ。


 ぞろぞろと銀色と黒色と赤色と金色と青色と燈色と桃色の美少女をハーレムとして連れて歩く白色の東夷……一義は嫉妬や侮蔑の視線を向けられたが、その視線の数はいつもより目減りしていた。


 ガシガシと後頭部を掻く。


 言葉にはせず、


「しょうがないか」


 と一義は納得する。


 少なくとも大多数の魔法学院生は今日という日をプレッシャーに迎えられて受け止めたことだろう。


 地面を見つめながらブツブツと呪文を呟いている生徒がいる。


 学院の芝生の庭に寝っ転がって瞑想している生徒がいる。


 ライティング……明かりの魔法をポツポツと浮かべる生徒がいる。


 今日は年に四度しかない昇進試験期の初日だった。


 一過生は二過生に。


 二過生は三過生に。


 三過生は四過生に。


 あるいは一過生でありながら四過生を狙う生徒もいる。


 一義たちの住まう霧の国はその国境を鳥の国と鉄の国に接している。


 前者の鳥の国とは山脈が事実上の国境となっており不可侵が暗黙の了解だ。


 後者の鉄の国とは国境の線引きを争って小規模の喧嘩をしているのが常である。


 それを人は戦争と呼ぶのだろうが一義にしてみれば、


「些細ないがみ合いだ。妥協すれば死人が出ずに済みますよ」


 と言う他なかった。


 そしてシダラは大都市としては鉄の国に最も近い場所に位置しているのだ。


 故に軍事拠点。


 故に王立魔法学院は攻撃的な魔術を欲する。


 鉄の国との国境の線引きを定義しうる強力な魔術を欲するのだ。


 実際のところ難攻不落で知られた鉄の国の鉄血砦を半日で消滅させた矛盾の魔術師という滅茶苦茶な人間がいたが、そのような強力な魔術師がいればこそ鉄の国の進行を阻害できるのである。


 一義にしてみれば、


「勝手にやっていろ」


 ということになるのだが。


 そんなこんなで学院の昇進試験期間である。


 定義は簡単だ。


 魔術を使えない生徒が一過生。


 ライティングやあまり攻撃的じゃない魔術を覚えた生徒が二過生。


 ファイヤーボールなど見られる四大元素をファクターとしたポピュラーな戦闘魔術を覚えた生徒が三過生。


 そして強力あるいは独自性を持った戦闘魔術を覚えた生徒が四過生となる。


 例えば炎剣の魔術師……ハーモニーの持つ魔術レーヴァテインは火の属性に位置するが強力である点だけを鑑みれば四過生相当となる。


 もっともハーモニーは学院の特別顧問なので四過生も何もそもそも生徒ですらないのだが……。


 閑話休題。


 そんなわけで一義のことより自分のこと……ハーレムのことより魔術のこと。


 昇進試験に精神と興味を割くのが学院生の正しいあり方なのだった。


 一義はというとハーレムを学院で解散させて自身はアリーナへと向かう。




    *




 さて、戦闘における強力な魔術を覚えれば昇進できる王立魔法学院において一義は少々特殊な環境にいた。


 斥力……それが一義の魔術の根幹である。


 ただし劣等生と比べても尚のこと才能の無い一義の斥力の魔術は人一人の体重を一瞬だけ弾く程度の魔術でしかない。


 その斥力場によって防御や移動に使うのが精々なのだが、一義は魔術ではなく脳の機能に豊かな才能を持っていた。


 パワーレールガン。


 それが一義の唯一の攻撃魔術である。


 プラスとマイナスの磁場を連続的に発生させて超音速を実現させるのがレールガンであるが、一義はそれを斥力場で代用するのだった。


 斥力によるレールガン。


 故にパワーレールガンと一義は呼んでいる。


 閑話休題。


 二過生である一義はさくじつの決闘によってパワーレールガンを披露しており、四過生への昇進が確実視されていた。


 もっとも……そうでなくともとある理由によって四過生は確実視されていたのだが。


 一義にしてみれば、


「力を持つのは選択の幅を減らすだけだ」


 と云う心情があり、一言で表すならば、


「鬱陶しい」


 ということになる。


 しかしてともあれ能力は能力である。


 魔術は魔術である。


 一義は昇進試験を受けることにした。


 強力な攻撃魔術が賛美される学院においてパワーレールガンは有益な魔術と言えた。


 アリーナにて。


 少し離れた目標に向けて姫々からもらった銃弾を斥力場の連続発動の結果として超音速にまで加速して射抜くのだった。


 ワッと喝采が鳴る。


 劣等生と呼ぶには劣等生に失礼なほど魔術の才能の無い一義の存在は魔術師を志す者にとっての希望だった。


「それに単純に兵士を無力化するだけなら他に方法があるしね」


 一義は肩をすくめてそう言う。


 それが何かと問う審査員に一義は魔術で応えた。


 即ち目標である案山子に連続的な斥力場で干渉し上空高く飛ばしたのである。


 高く高く中空に放り投げられた案山子は重力の手に引かれ落下して地面と激突する。


 案山子だからこそソレで済んだのであって、仮に人間ならば血肉によるフリカッセとなっていただろう。


 人間をパワーレールガンによって上空高くに放り投げる魔術。


 ある意味で必殺の魔術。


 少なくとも空を飛べない人間にとっては驚異的だ。


 そして一義は審判に判定され四過生へと昇進するのだった。


 紫色のネクタイを巻く。


 誰にも否定できない攻性魔術師の証であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る