第45話 カウンター04

「う……うわあああああああああああああああああっ!!!」


 と叫んだ自身の悲鳴によって覚醒し、一義の上半身だけがガバリと起き上がった。


 見慣れた部屋模様。


 窓から見える月。


 そこは一義がかしまし娘とともに買い取った宿舎の一つだった。


 その宿舎の私室にて一義は目を覚ましたのだった。


 時間は日をまたぐソレ。


 月子との思い出を強烈な悪夢として見た一義は、


「うう……! 月子……! 月子……!」


 自らを抱きしめてさめざめと泣くのだった。


「旦那様……泣いているのかい?」


 一義と同じベッドで寝ていた花々がいつの間にやら起きて、そう心配してきた。


「月子が死んだ……! 月子が……!」


 月子の最後……大鬼の戦斧によって断ち切られた姿を思い出して一義が泣く。


「旦那様……悲しいのかい?」


 一義を抱擁しながら花々が問う。


 大きな胸に一義の頭部を押し込んで花々が問う。


「悲しいさ! 決まってる! 月子は僕にとっての光だった! 僕は……月子を……助けられなかった……!」


「助けたよ」


 花々はこんこんと言う。


「旦那様は月子様を助けたよ。それだけは間違いない……」


 豊満な胸で一義の頭部を包み込んで花々が言う。


「だって旦那様がいなければ月子様は生きる意味を見いだせなかった」


「それでもいいよ! 月子が死ぬより絶望する方がまだいい!」


「しかして旦那様はフェイの絶望よりフェイの死を選んだよ? なれば月子様の絶望より月子様の死を尊ぶべきじゃないかな?」


「僕が……魔術なんて教えたから……。僕が……魔術なんて認めたから……。だから……月子は死んだ……!」


「見解の相違だね。あたしは旦那様の判断に間違いがあったとは思えない。たしかに月子様は救われて、それ故に旦那様は今ここにいる」


「詭弁だよ……それは……」


「でも事実でもある」


 花々は断言する。


「旦那様……そんなに自分を責めないでくれよ。旦那様は月子様を救ったじゃないか。カウンターインテリジェンスじゃない……護衛じゃない……只一人の愛しい人として月子様を救ったじゃないか」


「救えてないよ……! 僕のせいで……月子は死んだ……!」


「…………」


「僕は……無様だ……」


「違うよ旦那様」


「僕は……無用だ……」


「違うよ旦那様」


「僕は……無能だ……」


「違うよ旦那様」


「僕は……無力だ……」


「違うよ旦那様」


「僕は……」


「そんなに自分自身を責めないでくれないか? 旦那様が悲しいとあたしたちまで悲しくなる。何より旦那様は月子様の心を救った。月子様の孤独を救った。月子様の排斥を救った。一人だった月子様に『月子は一人じゃないよ』って言ってあげた。それがどれほどの幸せだったか……。旦那様はわかってない……」


「僕はただ……月子が生きて笑っていてくれればそれでよかったのに……。僕はただ……月子が幸福に生きていてくれればそれでよかったのに……」


「なればこそ……月子様も旦那様のソレを天頂からの望んでいらっしゃるとはお思いにならないのかい?」


「僕の……ソレ……?」


「旦那様が月子様を想っているように……月子様も旦那様を想っているんだろうよ。ならば月子様に対して無力だと思う旦那様は月子様の死を侮辱している」


「そんなことはわかってるよう!」


 花々の胸の中で泣き叫ぶ一義。


「そんなことは……わかってるよう……。でもさぁ……? でもねぇ……?」


「それでも月子様を助けられなかった自分が憎いかい?」


「当たり前じゃないか……!」


 一義は断言する。


「なら泣けばいいさ。涙枯れるまで泣けばいいさ。あたしは……あたしと姫々と音々は……そのためにいるのだから……」


「うええええええっ! うえええええええええええええええええええっ!!」


 滂沱の涙を流しながら花々に抱きつく一義であった。


「うええええええええええええええええええええええっ!!!」


「旦那様は悪くない。それは確信を持って言えるよ。旦那様……」


 泣き続ける一義を抱きしめて、その豊満な胸に溺れさせて、花々は言う。


「旦那様は悪くないよ」


「でも……僕が月子を追い込んだ……! 僕が月子を殺した……!」


「そんなことないって言わなかったかな? 旦那様はあの城の中で唯一月子様の味方であった。それは即ち……月子様の唯一の味方であることを意味する。なればこそ……であるからに……旦那様は月子を孤独から解放したメシアだった……」


「でもさぁ……でもよぅ……」


「悲しいんだね……旦那様……」


「悲しくないわけないじゃないか……。月子が死んだんだ……。死んだんだよ……。うえええええええええっ! うええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!」


 花々の胸の中でなく一義。


「うん。その気持ちはわかるよ。あたしとて旦那様を失えばどんな気持ちになることか……想像もできないほどの悲しみに襲われるだろう……。でもね……旦那様には立ち上がってほしいんだ……。旦那様に……悲しみの螺旋に囚われて欲しくないんだ……」


「無理だよ……。月子は……僕の一部で……僕の大切な人で……僕の幸せだった……」


「わかっているよ。わかっているんだ。だからこそあたしたちはここにいる。あたしたちは月子様の代替だ。いや……代わりにすらならないか……。でもね……それでも旦那様にはその悲しみをあたしたちを使って少しだけでも慰めてほしいんだ……」


「無理だって言ってるじゃないか!」


 花々の胸の中で一義は絶叫する。


「月子の代わりなんていない……!」


「うん。わかってる」


「月子の代わりなんていらない……!」


「うん。わかってる」


「月子の代わりなんて必要ない……!」


「うん。わかってる」


「月子の代わりなんて……うう……うえええええええええええっ!」


 花々の胸の中で、涙を流して悲しむ一義を、


「わかってるよ……旦那様……」


 花々はギュッと抱きしめるのだった。

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