第46話 カウンター05

 ある朝。


 場所はいつもの宿舎の一義の部屋。


 王都ミストからシダラまで帰ってきて二日が過ぎていた。


「旦那様、起きて。旦那様……」


 花々が眠っている一義を揺さぶり起こしていた。


 一義は不愉快気に眉を寄せて、


「ううん。まだ寝る……」


 と布団に潜り込んでしまう。


「はぁ。しょうがないね」


 嘆息をつく花々に、


「うん。しょうがないね」


 夢うつつにそう言う一義。


「しょうがないから無理やりにでも目を覚まさせてもらうよ」


 そう宣言した花々は一義の体を掴んで無造作に空中へと放り投げると自らの両肩に一義を乗せて、


「ばっくぶりいかあ」


 と異世界でいうところのアルゼンチンバンクブリーカーをかました。


「ぎゃああああああああっ!」


 と痛みによって完全に覚醒する一義。


「ちょ、花々……! 痛い痛い!」


「そうかい? 軽くやっているのだがね」


「金剛の魔術がかかっておいて軽くも何もないでしょ!」


「ともあれ朝食をとるよ。このまま旦那様をダイニングまで運ぶ」


「姫々と音々はどうしたのさ!」


「姫々は朝食の準備中。音々はお茶を淹れている。それに昨夜はあたしの番だった。だったらあたしが起こすのが道理だろう?」


「わかった。歩く。歩くから。バックブリーカーは止めて」


「はっはっは。断るよ」


 そうしてグイグイとアルゼンチンバックブリーカーをかましながら花々は一義をダイニングへと連れていった。


 ダイニングについてようやく安寧を得る一義。


 そんな一義に、


「お兄ちゃん! おはよう!」


 と緑茶を飲んでいる黒髪ロリータこと音々が声をかけ、


「おはようございます一義」


 と緑茶を飲んでいる金色の美少女ことアイリーンが声をかけ、


「おはようございますわ一義」


 と紅茶を飲んでいる青色の美少女ことビアンカが声をかけ、


「おはよう一義。斬新な現れ方だね」


 と緑茶を飲んでいる緑色の美少女ことシャルロットが声をかける。


 そして全員分の食事を用意しながらメイド服を着た銀色の美少女こと姫々が一義に気付いて、


「おはようございます……ご主人様……」


 と一義に声をかけた。


 一義は全ての挨拶を束ねて一つにし、


「おはよう」


 と全員に返す。


 そして朝食が始まった。


 今日はトーストとオムレツと味噌汁だった。


 一義とかしまし娘は味噌汁については当然の食文化だが、大陸西方ハーレム……つまりアイリーンとビアンカとシャルロットは味噌汁が空前のブームであった。


 味噌と出汁という大陸東方の文化を取り込んだ味噌汁を西方ハーレムはいたく気に入ったのだ。


「一義……」


 とこれはアイリーン。


「何?」


「今日の味噌汁……どうですか?」


「ん。美味しいよ?」


「そっか……えへへ……」


 照れたように笑うアイリーン。


 そこに姫々が補足する。


「今日の味噌汁を作ったのはアイリーン様なんですよ……」


「へえ……。うん……いい味出してるよ」


 ニッコリ笑って一義は称賛する。


「一義は料理のできる女性を高く評価しますの?」


 と、これは味噌汁を飲みながらビアンカ。


「うん……まぁ……そうだね……。やっぱり料理のできる女の子ってポイント高いよ。特に『味噌汁を毎日作ってくれ』って言うのは和の国でのプロポーズだしね。味噌汁を美味しく作れる女の子は魅力的かもね」


「そうですの……。では姫々、わたくしにも味噌汁の作り方を教えなさいな」


「ビアンカ様が仰るのであれば……」


 丁寧に頷く姫々だった。


「でも大変でしたよ? 鰹節を削るところから始めて沸騰したお湯に最適な時間だけ浸けて出汁をとるのは熟練の技だってことを思い知らされました」


 アイリーンがそんな感想を口にする。


「雑味が出ないタイミングを見計らうのも技の一つだしね!」


 とこれは音々。


「まぁ西方人には理解しがたい料理かもしれないね」


 とこれは花々。


「僕は美味しい味噌汁なら何でもいいけどね」


 とシャルロットが言う。


 それからあーだこーだと味噌汁談義をしながら全員が朝食を食べ終わると、一義は洗面所で白い髪を音々に梳いてもらい、花々によって王立魔法学院の制服に着替えさせられ、同時に制服に着替えたかしまし娘とビアンカ……それからスーツ姿になったアイリーンとシャルロットを連れて王立魔法学院へと登校した。


 王都への旅路から帰って日の浅い登校日だった。


 一義は姫々と音々と花々とアイリーンとビアンカとシャルロットを連れて王立魔法学院に登校する。


 美少女をぞろぞろ連れての登校に、


「ドラゴンバスターバスターは今日も絶好調だな」


「ドラゴンバスターバスターって何者?」


「なんでビアンカ様はドラゴンバスターバスターなんかに……」


 そんな衆人環視の悪意の声を聞く一義は、反論をしないまま大講義室へと足を運んだ。


 一義とかしまし娘とビアンカは王立魔法学院の生徒であるし……アイリーンは王立魔法学院の特別顧問で……シャルロットは客分である。


 そんなこんなで一義と六人の美少女は基礎魔術理論の講義を受けるのだった。


 基礎魔術理論の講師は淡々と講義を進める。


「知っての通り魔術とは脳の機能を破壊することから始まります。世界に投影できるほどの強烈なイメージを具現化するために脳を破壊するわけですね。それを最も簡単に行えるのが麻薬であり、王立魔法学院でも麻薬の一種である幻覚剤たる《ドラッグ》を生徒に配っています。これを服用し、脳の機能に異常をきたし、強烈なパワーイメージを得るのが一般的な魔術の習得方法です。しかしてこれには落とし穴があることも念にいれておかねばなりません。今日はマジカルカウンターについて講義することにしましょう。マジカルカウンターとはその名の通り魔術に対する反動です。魔術師に一生ついて回る自滅願望の表れ……とでも云うべきでしょうか。薬によって汚染された脳が見る強迫観念が具現化し、術者本人を襲うケースが多数報告されています。つまり恐怖のパワーイメージを具現化して、それによって自滅する……というのがマジカルカウンターというわけですね。このマジカルカウンターにも種類があり……」


 そんな講師の言葉に嘔吐感を覚える一義。


 それは即ち自身のトラウマだからだ。


 一義が愛した美少女……月子が辿った結末こそマジカルカウンターだったからである。


 麻薬によって脳をやられ、恐怖心故に大鬼を生み出し、その大鬼に殺された……。


 昨晩見た月子との夢を思い出して憂鬱な気分になる一義。


 そんな一義を見かねたかしまし娘が一義を講義室から外へと導いた。


 涙を流す一義をベンチに座らせてかしまし娘はアレやコレやと世話をやく。


 一義は滂沱の涙を流しながら音々を抱きしめる。


 ギュッと……ギュッと抱きしめる。


「お兄ちゃん、悲しいの?」


「うん……」


「お兄ちゃん、辛いの?」


「うん……」


「お兄ちゃん、口惜しいの?」


「うん……」


「なら音々を好きに使っていいよ? 音々はお兄ちゃんのモノだから。お兄ちゃんを慰めるために音々たちは存在するんだから」


「でも音々は月子じゃない……!」


 音々を抱きしめながら一義。


「うん。わかってる。だからこれは代償行為なんだよね? でもいいじゃない。代償行為でも。お兄ちゃんの心の闇は晴れないけど、少しだけ……ほんの少しだけでも忘れられるなら音々も姫々も花々もいつでもお兄ちゃんを受け入れるよ?」


「ありがとう……。ごめん……。でもさぁ……。でもねぇ……」


 一義は、月子との思い出を反芻して涙を流すのだった。


 そしてそれを慰めるのがかしまし娘の仕事だった。

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