卒業編「仲直り」

 各々の注文を済ませた後、堂庭の一言を皮切りに俺達は進路の話題で盛り上がっていた。


「それにしても修善寺あんたが就職するとはね。ちょっと予想外だったわ」

「これ以上親のすねかじる訳にはいかないからのう。生活費くらい自分で稼がないと」


 聞いた話によれば修善寺さんは働きたい会社があったらしくて、つい先日その会社から採用通知が届いたそうだ。確か横須賀にある証券会社って言ってたけど……彼女のイメージと違っていたから少し驚いたんだよな。


「しっかしあんたを採用した会社も会社よね。こんな偉そうな素振りをする人材を雇おうだなんて逆に感心するわ」

「ふふ、好きなだけ嘆くが良い。片田舎の短大で背伸びしたお主よりは幾分マシじゃ」

「何ですって? あたしはあの学校に行きたかったのよ! 将来の進路もちゃんと決めてあるんだから」


 またしても論争が始まりそうな予感。堂庭の煽り耐性がゼロなせいでゆっくり水も飲めない。


「ところでお兄さんってどうして緑大りょくだいにしたんですか?」


 論争を止めようとしたのか、はたまた諦めてしまったのか、桜ちゃんは俺に質問を投げかけてきた。


「そうだな……経営学部があればどこでも良かったんだけど、自分の成績と見比べて決めた感じかな」


 実際は相当無理して受験したんだけどね。けれども猛勉強の末、俺は都内にキャンパスを構える緑抹りょくまつ大学に入学することが決まっている。

 因みに経営学部を希望した理由は堂庭との兼ね合いである。将来のプランを二人で相談した結果なのだが詳細はまあ……説明しなくとも後々分かってくるだろう。


「うわぁ、流石お兄さん。堅実的ですね!」

「はは、まぁな……」


 堂庭と付き合ってなければ全く違う進路になっていただろうけど。下手すれば進学も就職もしないでニート生活を送っていき、しまいにはトラックに轢かれてあらぬ場所に転生していたかもしれない。


「そういえば桜ちゃんはもう進路決まってるのか?」

「え、私ですか……?」


 桜ちゃんにはまだ猶予があるが四月からは高校三年生。多少早とちりかもしれないけど、計画的な彼女なら既に決めてあってもおかしくないだろう。


「そうですね……これはまだお姉ちゃんにも言ってないんですけど……」


 指同士を絡めながらもじもじと恥ずかしそうな様子の桜ちゃん。ひょっとして俺は聞いてはいけない事をしてしまったのか………?


「ごめん。無理して言わなくていいから」

「いえ、大丈夫です。その……少々私には見合わないというか、私らしくない夢なので言いづらいのですが……」


 桜ちゃんらしくない……? となると真面目で清純なイメージではない夢になるのだろうか。しかも言いづらいってまさか…………夜のおs――


「漫画家になりたいんです。実は少し前に素敵なイラストを描く絵師さんを見つけまして……私も描きたいって思ったんです」

「なるほどね……まあ意外だと思うけど」


 確かに意外である。楽器が好きで部活も吹奏楽一筋だったから、てっきりその道に進むのだと思っていた。だが……


「そんな恥ずかしがる必要は無いんじゃないか? 立派な夢だと思うし寧ろ堂々とするべきだよ」


 もしかしたら桜ちゃんは現実味を帯びてないという点で言いづらかったのかもしれない。漫画家で飯を食っていくのは相当な狭き門をくぐらなければいけないと思うが、だからこその夢なのだと思う。現に俺だって無茶な夢を掲げて大学進学を決めたのだから……。


「ありがとうございます。ただ、恐らくお兄さんが考えている漫画家とは多分違うと思います」

「というと……?」

「それは……」


 やはり躊躇ためらいがちになる桜ちゃん。漫画家にも種類があるのだろうか……。


 一呼吸を置いた桜ちゃんが口を開いた。しかしその時――


「お待たせしました! こちらヌガーフリュイデポワとモンブランです」


 トレーを手にした店員さんがハツラツな声で俺と桜ちゃんの間に入る。

 堂庭達の言い争いも収まり、話題はリセットされてしまった。続きが気になるけど恥ずかしそうだったし、無理して聞いたら駄目だよな。また機会があれば聞いてみよう。



 ◆



「うま!? 何これめっちゃうまいんだけど!」


 ケーキを口にした堂庭が騒いでいる。どうやら相当美味しかったようだ。実に分かりやすい態度である。


「瑛美殿。ここは田舎の駄菓子屋じゃないのだから、そんな下品な口をしたら駄目じゃろう」

「はぁ? 別に良いでしょ美味いんだから」

「お主は腐っても富豪じゃろう。前々から思っていたがテーブルマナーというものをだな……」

「うるさいわねぇ。あんたの余計な一言で飯が不味くなるのよ。それこそマナー違反でしょ」


 隣ではまたしても舌戦が繰り広げられようとしている。ったく、この二人はどうにかならないのかよ。俺はやれやれと思いつつ仲裁も兼ねて一つ質問をしてみることにした。


「なあ、お前達はその……仲直りはしないのか?」


 以前桜ちゃんから堂庭と修善寺さんの関係について聞いていた。

 その話によると、二人はかつて親友だったらしいが小学生の頃に起こした大喧嘩により絶縁状態に陥ったという。月日はそのまま流れ、修善寺さんが封書を送り付けたあの騒動により再会を果たしたが、親友だった頃の関係は取り戻せていないように見える。


 俺としては二人には仲良くなってもらいたいし、何より堂庭を怒らせたくない。堂庭こいつを落ち着かせるのは結構面倒なのだ。


「仲直り……?」

「はて……何のことじゃ?」


 二人は目を丸くしてこちらを見つめている。


「いやいや、だってお前らまだ仲悪いんだろ? 口を開けば喧嘩ばっかしてるし……」

「あら、あたしはこの馬鹿姫と喧嘩した覚えはないのだけど」

「わしも同感じゃ。単なるお遊びじゃよ。こんな遊び甲斐があるおもちゃ……じゃなくて友人なんて隅に置けないからのう」

「ちょ、今あたしを馬鹿にしなかった!?」

「馬鹿にはしてないぞ。寧ろ尊敬しておる。ここまで忠実に挑発に乗る奴もいないじゃろう」

「なんですってぇぇぇ!」


 だから言い争いはやめろって。これじゃまともに話が進まないな。


「なら二人はお互いをどう思っているんだ? やっぱ嫌いなのか?」

「ふんっ! ええそうよ、あたしはこんな奴大きら――」

「わしは好きじゃぞ」


 流れを一刀両断するかのように修善寺さんがポツリと一言。衝撃的だったのか、堂庭は開いた口が塞がっていない。


「な、な、あんた何言って……!」

「そんな驚くことかえ? わしは昔からお主が大好きじゃが」

「え、えぇぇぇぇぇ!?」


 叫ぶ堂庭、うるさい。

 しかしながら修善寺さんは堂庭を嫌っていなかったのか。でもそうだよな。本当に嫌いだったらわざわざ遊びに誘うことも無いだろうし。

 だがそうなると誘いに乗ったコイツはどうなるのだろうか……?



 ぎゅっ。


 突然堂庭が俺の腕に身体ごと絡みついてきた。おいおい、公衆の面前で恥ずかしいじゃないか。嬉しいけど。


「ごめん修善寺。気持ちは有難いけどあたしには今彼氏がいるから!」


 更に「ねー!」と俺に同意を求めてくる堂庭。まさかこいつ……修善寺さんが言った「好き」をガチな告白と勘違いしてるんじゃないだろうか……?


「おまっ、お主は何か誤解をしているのではないのか? わ、わしはそういう意味で言った訳じゃ……」


 修善寺さんは手を忙しく動かしながら焦っている様子。こんな姿を見るのは初めてだ。いつもは何事も冷静に対処するというのに。


「良い…………良いですね……」


 ふと視線をずらすと、てっきり蚊帳の外だと思っていた桜ちゃんがブツブツと呟いていた。顔も少し紅潮しているように見えるが……。


「先輩の大胆な告白にお姉ちゃんが落ちて……ムフフ、舞い降りちゃったかも」


 独り言なのだろうか。若干危ない発言にも聞こえたけど……。


「桜ちゃん……? 今のって」

「ひょ、ひょえ!? な、何ですか!?」


 声を掛けた瞬間、ビクッと肩を震わせる桜ちゃん。顔はまるで林檎のように真っ赤だ。これはあれだ、深く聞いてはいけないヤツだ。


「いや……何でもないよ」

「あぁぁぁぁ聞こえてたんですねぇぇぇ。もうお嫁に行けない……」


 ついに両手で顔を覆ってしまって半べそ状態になってしまった。くっ……俺は見て見ぬフリをすべきだったのだろうか……。



「分かりづらい言い方をするあんたが悪いでしょ! 謝りなさい!」

「はて……玩具に謝る人間がこの世におるのじゃろうか……」

「もう、あんたって奴はぁぁぁ!」


 一方、堂庭達は桜の様子を気に留めることなく戦いを再開していた。

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