なんちゃって新婚旅行 ~箱根編〜 パート3

「じゃあ、案内よろしくねっ!」


 メアリーさんが堂庭へ渡した行程表はそのまま俺に流れてきた。

 堂庭は方向音痴だから俺が道案内する方が適切というのは分かるが、さも当然のような素振りをされても困るのである。


「なあ、たまにはお前がガイドしたらどうだ?」

「……遭難するかもしれないけど良いの?」

「前言撤回。今日は俺に付いてこい」


 そういえば箱根は山々に囲まれた町だった。彼女に任せたら本当に遭難しかねない。冗談でも言うべき事じゃなかったな。


「ふふ、頼もしいねぇ」

「お前がポンコツ過ぎなんだよ」

「うるさい! 成績ならあたしの方が勝ってるでしょ!」


 背中にグーパンチを食らう。でも明らかに力加減をしており痛くは無かった。これぞ、愛のパンチ。


「まあまあ落ち着こうぜ。怒ってばかりじゃ幸せが逃げるぞ?」

「むぅ、なんか晴流に言われると納得がいかないけど……今日はその通りにさせてもらうわ」


 不服そうな顔を浮かべる堂庭だが、これもこれで可愛げがあるな。


「よし、じゃあ最初は船を見に行くか」


 行程表には各観光名所への行き方と滞在時間等が丁寧に記されている。

 目的地へ向かうバスはまもなく発車するらしいので俺達は早足で停留所まで向かった。



 ◆



 到着した場所は|芦ノ湖(あしのこ)。そこそこのスケールを持つ湖であるが、どうやら神奈川県最大の規模を誇っているらしい。同県民でありながら目の前の案内看板を見るまでは知る|由(よし)もなかったので、覚えていなくても全く問題ないはずだが、一応雑学として頭の片隅に置いておくことにした。


「ねぇ晴流、富士山が綺麗だよ。写真撮ろ?」


 一方、雑学なんて興味無いぜと言わんばかりの堂庭は目前に広がる景色について小学生並みのコメント。というかこのセリフ、クリスマスの時にも聞いたような……。


「別に富士山なんて鎌倉からでも綺麗に見られるだろ」

「いやいや、こういうのは雰囲気が大事でしょ?」

「そういうもんかなぁ……」

「ほら、ぐずくずしてないでこっち来て!」


 手を握られ体ごと引き寄せられる。左肩に堂庭の頭がぶつかった。


「ちょ、近いって……」

「頭下げてよ、カメラに映らないじゃない」


 文句と共にバッグからスマホを取り出す堂庭。どうやら自撮り写真を撮りたいらしい。


「っと……このくらいか?」


 腰を曲げて堂庭の視線に合わせる。しかし微妙な中腰になっている今の体勢は非常に辛かった。もういっそのこと膝立ちにした方が楽かもしれない。身長差があるカップルって大変なんだな……。


「じゃあいくよ〜。はい、チーズ!」


 澄んだ色の湖と富士山を背景に一枚。

 堂庭は屈託の無い笑顔を浮かべていたが、俺は体勢が辛いせいで若干引きつった笑顔になってしまった。


「晴流見てあれ! すごい大きい船が来てるよ!」


 俺の苦労も知らず、すぐさま次のブツへ目移りする堂庭。年齢にそぐわず、子供のようにはしゃいでいるが、楽しそうにしてるので良しとしよう。


「あれは……海賊船だな」


 段々とその姿を大きくしているのは赤塗りの派手な船体。海賊船である事に間違いないが、別に麦わら帽子を被った少年や白い髭のおっちゃんが乗っている訳では無い。そもそも湖という時点でお察しだと思うが、これは実在の戦艦を模して建造された遊覧船なのである。


「海賊……ってヤバくない? 晴流、どうしよう……」

「いや、これはただの――」

「逃げなくちゃ! この町も襲われちゃうかも!」


 わたわたと慌て始める堂庭。どうやらガチの海賊が来たと思っているようだ。事実を教えてあげようと思ったが、面白そうなので暫く様子を見てみることにする。


「乗ってみるか?」

「え、晴流正気なの!? いくらなんでも敵地に乗り込むのは止めた方が良いと思うわ」

「じゃあ写真でも撮るか。記念になるし」

「だからなんでそんな悠長にしてるの! あたしはまだ死にたくないわよ……」


 堂庭の声は焦りと不安によって徐々に弱くなっていく。そのうち泣きそうな勢いだ。幼稚園児かよ。


「大丈夫だ、俺が守ってやる。だからお前は先に逃げるんだ」

「え……。あたしだけ逃げるなんて……出来る訳ないじゃない!」

「安心しろ。必ず戻ってくるからさ。少しだけ待っていてくれないか?」

「晴流……」

「俺があのチンピラ共をやっつけたら結婚しよう」


 ――流石に調子に乗り過ぎたかな? 最後なんて誰が聞いても分かる死亡フラグだし。


「うん……分かった。あたし待ってるからね」


 しかし堂庭は俺の演技を完全に信じ切っているようだった。いや、素直な子は嫌いじゃないし可愛いと思うけどさ、ここまで疑いの余地も無いとなると心配になるんだが。架空請求にまんまと引っかかっちゃうタイプだよこれ。


「堂庭……ごめん。まさかお前がそこまで純粋な子だとは思わなかった」

「えっと、どういう事?」

「その……。今のは全部嘘だ」

「………………は?」


 口をポカンと開けたまま硬直する堂庭。嫌な予感がするが、このままネタバラシを続ける。


「あれは海賊船だけどただの遊覧船だ。乗っている人も皆観光客なんだよ」

「じゃあ…………海賊はいないの?」

「もちろんだ。大体、湖に海賊がいるわけないだろ」

「…………なんでもっと早く教えてくれなかったの?」


 ギロリと睨まれる。まあ、こうなるよな普通は……。


「いや、完璧に信じてるお前を見てたらなんか……面白くてさ」

「…………面白い?」

「ちがっ、その……子供みたいで可愛いなって思って……」

「ふぅーん」


 さあどうなるか。今のセリフ、大抵の女子なら「子供みたいって馬鹿にしてるの!?」とガチギレされる案件だが……。


「…………そんな褒め方であたしが喜ぶなんて大間違いなんだからねっ」


 堂庭は顔を俯かせながらボソッと呟いた。幼い見た目に誇りを持っている彼女にとって「子供みたい」という罵倒は十分過ぎる褒め言葉なのである。

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