なんちゃって新婚旅行 ～箱根編〜 パート2
車窓の眺めは、溢れる観光客から郊外の街並み、そしてのどかな田園風景から山道へと差し掛かってきた。
出発から一時間を待たずして、俺は堂庭との新婚旅行(？)の場所を予想付けることができた。つまり、堂庭が言っていた「場所を当てたらなんでも言うことを聞く」というクイズに正解する自信があるということである。
しかしながら彼女の発言も大胆だ。
もちろん真面目な俺にそんな卑猥な考えはないが「なんでも」という無限の可能性を秘めたワードを最大限に利用すれば如何わしいことだって……できるかもしれないのだ。
幼女しか頭に無い堂庭にはきっとそんな裏があるとは知らず、軽い気持ちで言ったのだろう。だから俺は「子供らしいぞ」と心の中で呟きながら、右隣でぐっすりと眠る堂庭の髪を優しく撫でた。
「あら、お嬢様ったらもう寝てしまったんですか」
ハンドルを握るメアリーさんが、まるで我が子を愛でる親のように、落ち着いた声音で言った。
「はい。……しかしこいつは車に乗るとすぐ寝ますよね。昔から変わってないな……」
本当に小学生……いや、幼女みたいである。でも俺はそんな堂庭が愛おしく思えてしまっている。……ロリコンじゃないけど。
「確かに瑛美お嬢様は昔からよく眠る子でしたからねぇ。寝顔の可愛らしさも変わってないです」
ルームミラーにメアリーさんの柔らかな表情が写る。その視線の先、すやすやと眠る堂庭を見るとやはり彼女は可愛かった。リスとかハムスターとか、そういう小動物系の可愛さも持ち合わせていると思う。守りたい、この寝顔。
「あの、メアリーさん」
「……はい？」
堂庭を起こさないように声のボリュームを下げて問う。俺はどうしても聞きたいことがあった。
「メアリーさんは俺と堂庭の事、悪く思ってないですか？」
堂庭と付き合い始めてから俺は気になっていた。
メアリーさんは堂庭家のメイドとして長年働いており、堂庭や桜ちゃんの子育ても担当していたそうだ。そんな育ての親とも呼ぶべき人が俺達の恋仲を反対していたとしたら、将来的に困るのは火を見るより明らか。
表面上は賛成しているように見えるけど、内心はどう思っているか分からないし、今のうちに甲乙を付けたかったのだ。
俺が質問した後、メアリーさんは一呼吸置いてから返事をした。
「瑛美お嬢様の本望であれば、私は悪く思いませんよ」
「…………本当ですか？」
「ええ、本当です。娘の幸せを喜べない親なんていないですから。……まあ、私は親ではありませんが」
そうか……。やはりメアリーさんは大人だ。メイドという立場にありながらも堂庭の成長を最後まで見届けてくれる。それなのに、もしやと疑ってしまった俺はなんだか馬鹿みたいだ。
「メアリーさんは立派なお母さんだと思いますよ。こんな面倒臭い奴を育て上げるくらいですし」
「ふふ、私はあくまで自分の仕事をしただけですよ。お嬢様をここまで可愛らしく育てたのはご主人様と奥様のお陰です」
「……そうかもですね」
親は大変だ。見た目は成長しないし、ワガママで変な性癖を持ち合わせていたとしても責任を持って一人前に躾なければならない。
もし自分が親の立場になったら、果たしてそれができるだろうか。どんな子供が産まれても、我が子として愛することができるのだろうか……。
――って話が飛躍し過ぎたな。
窓の外の景色を眺めながら溜め息をこぼす。
「宮ヶ谷君。もし貴方が瑛美お嬢様とご結婚されたら、必ず私に報告してくださいね。私が堂庭家から離れたとしても……絶対に報告してください」
「当たり前じゃないですか。母親に報告しない夫婦なんて恥ずかしくて出来ませんよ」
「ふふ、だから私は親じゃないですってば」
可笑しそうに笑うメアリーさん。
将来の事なんてまだ全然分からないけど、その時になったら俺はきっと俺なりの行動をしているはずだ。そして後悔しないような人生を送っているはず。
だから今の俺は目の前だけを見ていよう。
「へくちっ！」
突如繰り出された堂庭の可愛すぎるくしゃみに驚く。
「寒いのかな……」
体を丸めて眠るその姿に思わず見惚れそうになったが、俺は羽織っていたカーディガンを一枚脱いで堂庭の肩に掛けてあげた。
すると堂庭は少しだけ微笑んだような……気がした。
◆
|箱根町(はこねまち)。
神奈川県の西端に位置する山間の小さな町であるが、町全体が国立公園の中に存在しており、温泉街と富士山の絶景で有名な場所だ。
また、お正月の定番である箱根駅伝の経路にもなっていることから、全国的な知名度も抜群に高いのではないだろうか。
そんな観光名所の玄関口とも言える箱根|湯本(ゆもと)駅の前に着き、メアリーさんによる案内はここまでということで俺達は車から降りることになった。因みに堂庭は到着寸前まで爆睡していたので彼女の言っていた「旅行の場所を当てたら何でも言うことを聞く」という提案は実質無効となってしまったが、天使のような寝顔を俺は見ることができたので十分満足しているのである。
「瑛美お嬢様。こちらが本日の宿の場所を記した地図になります。詳細は昨日お伝えしましたが、くれぐれもお怪我のないように楽しんでお過ごしくださいね」
「うん、ありがとメアちゃん！ 明日もここで待ち合わせでいいの？」
「はい。お帰りの際もこちらでお待ちしておりますよ」
「りょかーい！」
こうした会話のやり取りを抜き取ると、堂庭が大富豪の娘のように見えてしまう。
まあ事実ではあるのだが、気品が全く無い彼女とどう見ても子供である召使いの会話なので第三者からするとお嬢様ごっこをしているんだなという印象を持つのが限界だろう。良くも悪くも見た目は大事なのだ。
「宮ヶ谷君もお気をつけて。お嬢様の旦那役としてしっかりとエスコートしてあげてくださいね」
「あはは……頑張ります」
旦那役、か。
普段と変わらないような気がするけれど、それっぽい事はしてみようかな。……って特に思いつかないけど。
「それでは私は失礼します。何かあったらすぐに電話してください」
そう言ってメアリーさんは一礼すると、そそくさと車へ戻っていった。
「ふっふっふ……。晴流！ 今日は楽しむわよ！」
「おぅ、なんかすげぇ張り切ってるな」
移動中に眠っていた分がチャージされたのかは分からないが、普段よりもテンションが高いように見える。――まあ、俺も凄くワクワクしているんだけど。
だって大好きな彼女と丸一日デートが出来るのだから。それを喜ばない彼氏なんて世の中には存在しないじゃないか。
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