7-2「約束しよ……」

 電車に揺られ、平塚駅に着いたと思ったら堂庭に引っ張られるかのようにブック〇フに連行され、お目当てのフィギュアを買ったと思ったらお腹が空いたと言われ、近くのカフェで食事をしたと思ったら好きなラノベの最新刊が欲しいと言われ、近くの本屋でラノベを買ったと思ったら行きたかった洋服屋があると言われ、その店で何点かの商品を買ったと思ったら……また何か言いたそうな顔をしていた。


 控えめに言おう。いい加減にしてくれ。


「まだ何か用があるのか? でも俺はもう帰るからな。いつまでもお前の我儘に付き合ってやる暇は無いんだよ」

「待って! これで最後だから……。少し話をしましょ? 例の神社で」


 例の神社……。平塚市内にある|人気(ひとけ)の少ないとある神社で俺や堂庭は馴染みのある場所だ。最近だと七夕祭りの帰りに立ち寄ったんだよな。

 俺は既に帰りたくて仕方が無かったが、出掛ける前に意味深な表情で話があると言われたし、これが本来の目的かもしれないと考えると断ることができなかった。


「本当に最後だからな? これ以上我儘言ったらマジで帰るから」

「えへへ、分かってるよぉ」


 堂庭はにへらと笑いながら俺の背中を叩いてくる。俺はついつい子供を甘やかしてしまう親のような……そんな気持ちになった。



 ◆



 とりとめのない雑談をしながら二人並んで歩き、茂みに半分くらい侵食された小さな鳥居の前に着いた。

 境内はやはり誰もいないのか、風によって葉が掠れる音とカラスのどこか切ない鳴き声だけが響き渡っていた。まだ太陽の光が眩しい日中だというのに、木々に被われているため辺りは暗い。そのせいで寒さも倍増だ。何を話すのか知らんが早く撤退したいな……。


「あそこのベンチに座ろっか」

「おぅ……」


 頬を赤らめた堂庭が近くにある木製のベンチを指差す。何やら恥ずかしそうにしているが、これはあれだ。視線の先に映るベンチは七夕祭りの夜、行方不明になった堂庭を探し出した後に二人で座ったやつだったのだ。

 浴衣姿の堂庭は、珍しく弱気で俺の肩に頭を預けながら夜空を見上げたんだっけ。

 華奢な身体から伝わるほのかな温かさとシャンプーの甘い香りも相俟って、俺は変な衝動に駆られそうになったんだよな。異性として見てしまうというか何というか……って俺まで恥ずかしくなってきた。


「やっぱここに来ると落ち着くよね」


 一歩先を歩いていた堂庭が先に座る。かなり朽ちているベンチだが、彼女の体重程度では何の問題もないようだった。

 俺は適当に相槌を打って隣に座る。同時にミシミシっという音がベンチから鳴った。壊れたりしない……よな?


「今日のお前、薄着だけど寒くないのか?」

「大丈夫。あたし寒いのは割と平気だから」


 堂庭は正面に広がる景色を見つめたまま答える。


「そうか……」


 俺は返事だけして視線を前に向けた。

 高台に位置するこの神社からは郊外の落ち着いた街並みを一望することができる。境内には数多くの木々達が生えているが、この辺りだけは開けた場所になっているため、展望台のように眺めは良いのだ。


 天気は快晴で眼下には澄み切った青空が広がっている。家に閉じこもっているのも良いが、こんな天気なら外で日向ぼっこをするのも悪くないと思った。

 流れる風の音と小鳥のさえずりを聞きながらしばらく経った頃、堂庭が沈黙を破った。


「あたし達……もう高三になるんだよね……」

「…………だな」


 目線は変えぬまま声だけで会話する。

 今は一月。だけどあっという間に三月になり、春休みを迎えて高校生としては最後の学年を迎えることになるのだろう。何気無い日常の繰り返しだったが、こうして考えると時の流れは本当に速いと思う。


「進路とか……さ、色々忙しくなってこんな風にのんびりできる時間も少なくなると思うんだよね。あたしもそろそろ本気ださなきゃって……思ってるし……」


 本気……?

 堂庭が口にした言葉が引っかかった。

 進路についての意味だろうか。でも目指している目標とか夢などは無いように見えるしな……。そもそも幼女らしさを極めるこいつが将来を気にする事自体珍しいよな。


「だから……言っておきたい事、言っておくね。後悔はしたくないから……」


 視線を隣に移す。ベンチに座った時よりも堂庭との距離が縮まっているような気がした。少しでも身体を傾ければ肩が当たってしまいそうな距離になっている。

 俺はまた恥ずかしくなって目を逸らそうとした時、一呼吸置いた堂庭が口を開いた。


「…………晴流には感謝しているんだよ。行き過ぎた行動をしたら止めてくれるし、ロリコンがバレそうになったら真剣に対策を考えてくれるし、迷子になっても必ず最初に見つけてくれるし、風邪を引いたら看病してくれるし、ピンチの時は絶対に守ってくれるし、こんなどうしようもないあたしに優しくしてくれて…………本当にありがとう」

「そ、そんな、別に俺は大したことは……」


 返事はこれが精一杯だった。

 裏表の無い純度百パーセントの笑顔で「ありがとう」だなんて言われたら直視できないじゃないか。

 心臓の鼓動が不規則になっている。柄にもない事を言うんじゃないよ、大人らしく振る舞うんじゃないよ、堂庭……。


「でもさ、どうしてそこまでして助けてくれるのかなって思ってるの。晴流がいい人なのは知ってるけど……。やっぱり……あたしが晴流の居眠りを注意してあげたり、だらしなさを直そうとしてあげてるから?」

「それは…………」


 俺はどうして堂庭を助けているのか。この疑問に関しては度々考えさせられて、そして未だに明確な答えが出ていない。

 幼馴染みだから、友達だからという理由は間違ってないだろう。しかし時折その範疇を超えた行動をしていると思っているのだ。

 堂庭には世話になっているからお返しをしているだけ――自分にはそうやって言い聞かせていたけれど、これが本心ではない事も分かっている。

 でも答えは分からない。俺は堂庭に対してどういった感情を抱いているのか分からない。自分の心なのに…………全く分からない。


「あたしが助けてあげてるから……晴流は守ってくれるの?」

「…………そう、かもな」


 またしても自分に嘘をついてしまった。

 言葉に表せないから俺は逃げることしかできない。でも悔しい。堂庭の考えや仕草などは分かるのに自分の感情が分からないなんて……。


「そっか……分かった」


 一人頷いた堂庭はベンチから立ち上がって俺に背を向けた。高校生とは思えない小柄な体が小刻みに震えている。


「晴流……約束しよ……」


 声まで震えていた。

 堂庭の様子は明らかにおかしい。苦しくて悲しい……そういった感情が汲み取れるが、俺の返事でどうしてそうなるのか理解できなかった。


 強めの風が吹き、彼女のツインテールが大きく揺れた。シャンプーの香りは漂ってこない。


 しばらく沈黙が続いたが、やがて堂庭が低めの声で淡々と言い放った。


「晴流があたしに構ってくれるのが単なるお返しだというのなら、もうこの関係はやめましょ。あたしはもうあんたを助けないから」

「え…………」


 衝撃の発言に思考が停止する。

 だが落ち着く猶予を与える間も無く、堂庭は最後の矢を解き放った。



「あと……あたし好きな人がいるから」



 俺に背を向けたまま彼女は神社の出口に向かって歩き出した。体は震えたままだった。

 一方、俺は追いかけることもできなければ、声を上げることもできずその場でただただ硬直していた。

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