5-8「優しさが逆に辛く感じて」

 東羽高校で十月初旬に開かれる毎年恒例のビッグイベントといえば『球技大会』である。

 創立以来絶えることなく受け継がれてきたと言われるこの行事は、生徒の肉体や精神力を鍛え、仲間との結束力を高める重要なイベントとして長年大切に守られてきたのだそう。

 そんな大義名分が掲げられていたという事実を先日、大会のスケジュールが書かれたパンフレットを見て知り、当日に至る。


 開会式を終え、各種目の会場へ移動した俺達は試合開始までの間に各自準備体操やキャッチボール等を行う。

 因みに俺の選んだドッジボールは他と比べて最も選手数が多い種目だ。バスケやサッカーはある程度の技術が求められるがドッジボールは誰でも気軽にできるスポーツ。

 それらの中からどれか一つだけ参加すれば良いため、運動が苦手な者が比較的多く流れてくるのもドッジボールなのである。

 都筑、堂庭、修善寺さんもドッジボールの参加となっていた。その為、この近くにいるはずだ。

 一人では寂しいので誰か一緒にキャッチボールでもしようかと思い、周囲を見回してみる。すると、集団から少し外れた場所で一人でストレッチをしている修善寺さんが目に入った。すかさず声を掛ける。


「キャッチボールしない?」

「うひょあわあぁ!?」


 よく分からない悲鳴を上げられた。急に声を掛けて驚かせてしまったか?


「ごめん修善寺さん、俺だよ」

「あぁ宮ヶ谷殿であったか。いきなり誘われたからてっきり不良のナンパと勘違いしたではないか」


 まあ「この後お茶しない?」位の軽いノリで言ったけど……。この状況下でナンパは普通無いだろう。


「悪かった。……準備運動しておくか。試合で体痛めると大変だし」

「う、うむ。そうじゃな……」


 腕や足を伸ばして軽いストレッチを始める。


「慣れない環境だとやっぱり色々難しいよな……」


 俺は修善寺さんが転入してから彼女が孤立していないかどうか心配だった。

 本当の友達が欲しいという願いに協力すると言った手前、俺には状況を把握しておく権利があると考えていた。

 しかし、さりげなく聞いてみたもののデリケートな質問。緊張で体が強張っているのを感じた。


「皆優しく話し掛けてはくれるのじゃ。童が億劫である事が馬鹿馬鹿しく思えるほどにな。じゃが……その優しさが逆に辛く感じてのう」


 遠目になった修善寺さんが続ける。


「きっと変わり者として童を見ているのじゃろう。決して貶そうとか追い出そうとかそういった思いが無いのは分かるのじゃが対等に見てくれないのが虚しくて……」


 最後は空気にかき消されそうな程小さな声だった。

 仲間としては見なす。でも自分の友達とは一線を画す。修善寺さんの言い分が俺にはよく分かった。

 俺も最初は修善寺さんを警戒していた。もしかしたら自分も気付かぬ間に彼女を傷つけていた事もあったかもしれない。

 優しさは時に鋭いナイフに変化する。俺はそう思った。


「悪気があるわけじゃないから辛いよな。でも本当の修善寺さんを見ようとしない連中は切り捨てていいと思うぞ。それで最終的に残った連中が本当の友達だと俺は思うな」


 なんかキザな発言しちゃったか俺!?

 途端に恥ずかしくなり顔が熱くなるのを感じた。


「宮ヶ谷殿……たまには的を得た回答をするんじゃな」

「何……!? それだと俺がいつもトンチンカンな事を言っているみたいじゃないか」

「ほっほっほ。じゃがお主の発言で童がここまで元気付けられたのは初めてじゃぞ?」

「そ、そうなのか……?」


 にこやかに笑う修善寺さんを見て俺は少し安心する。


「確かに上っ面だけで人を判断する人間は早急に切り捨てた方が良い。こんな当たり前な事を童は何故忘れておったのかのう」


 虚空を見つめながら修善寺さんは馬鹿じゃのうと呟く。

 何にせよ修善寺さんの調子が戻ったようで良かった。少しは俺も彼女の力になれたのかな?


「準備運動、始めよっか。時間も少ないし」

「うむ。そうしよう!」


 返事は今日一番の力強い声だった。



 ◆



 ドッジボールの試合会場であるグラウンドは異様な空気に包まれていた。

 俺達のクラスである二年B組対三年A組の対戦が行われるコートに人集ひとだかりができており、更に二年B組側のベンチとなっているエリアには謎の集団が声を合わせて叫んでいた。


「堂庭ちゃん頑張れー!」

「体操着姿の堂庭ちゃんも似合ってるぅ!」


 何だよあの変態ロリコン軍団は。

 謎の声援を受けている当の本人、堂庭は背中を見せたまま無視を貫いていた。アイツも影で苦労してたりするのかもな。

 一方俺は冷めた視線を変態ロリコン軍団に送っていた。すると横から都筑が声を掛けてきた。


「加勢してこないの?」

「する訳ねぇだろ。寧ろ一網打尽にしてやりてぇよ」

「おぉ! 流石宮ヶ谷君。愛する妻を横取ろうとする醜い獣どもが許せないのかな?」

「そうじゃねぇよ。大体あんなやかましい連中がいたら俺達も迷惑だろ。試合に集中できないし」


 堂庭の親衛隊なのか知らんが試合中に叫ばれたらたまったもんじゃない。多分奴等は俺達のクラスの勝敗なんて関係なくて堂庭だけを応援しているはずだ。一刻も早く排除しないと……。


「あれ? 宮ヶ谷君、あの中に平沼君いない?」


 都筑に指摘され、親衛隊(?)のメンバーの顔をよく見てみる。集団のセンターでペンライトを両手にオタ芸を披露している平沼を見つけた。


「あの馬鹿野郎は今すぐ抹消してくる。都筑、後はよろしく」

「はいはーい。試合開始までに戻ってくるんだよー」


 今年の球技大会は始まりから面倒くさいな。

 まだ朝なのに疲れてしまいそうだ。

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