3-10「宮……城君だっけ?」

「こんな見た目なのに六百円じゃと……! ぼったくりにも程があるんじゃないのか?」

「まあお祭りだから許されるんだよ。現に売れている訳だしさ」


 道端で俺が今食べている焼きそば(目玉焼き乗せ)を修善寺さんはじっと見つめていた。


「……それ、美味いのかえ?」

「ん、あぁ、美味いぞ」

「ほう。……なら童に一口食べさせておくれ」


 よしじゃあ一口……って箸は一つしかないんだが。修善寺さんも分かってて言ったよね?


「いや、でも箸一つしかないし……。俺のじゃ、嫌でしょ?」

「む? 別にわしは構わんぞ」


 あっさり答える修善寺さん。

 いやいやこれって……一応間接キスになるぞ。少しは躊躇ってもらわないと異性としてショックである。

 俺は苦笑いを浮かべつつ、手元の焼きそばを差し出す。


「はいどうぞ。一口と言わず、食べたいだけ食べていいぞ」

「…………?」


 修善寺さんは何故か受け取ろうとしなかった。


「わしは食べさせておくれと言ったはずじゃぞ。……つまりここじゃ」


 口をあーん、と大きく開けて、中を指差しながら答える。

 まさか文字通り俺が食べさせると言いたいのか!?

 待て待て。こんな人の行き交う場所でそれはマズいだろ。


 戸惑う俺に修善寺さんは更に言葉を重ねる。


「わしは別に構わんのじゃが……」

「俺が構うわ!」


 目の前を人が流れる中、堂々と食べさせるとかどんなバカップルだよ。


「これは練習も兼ねているのじゃぞ。……さぁ遠慮なくわしの口にそれを入れるのじゃ」

「意味深な風に言うんじゃないよ、恥ずかしい……」


 練習という言葉が気になったが、修善寺さんは既に口を開けて待機状態に入っている。

 断る理由は見つからないし、嫌だと言ったら修善寺さんに申し訳ない気がする。

 諦めた俺は箸に手をかけ


「はい、どうぞ」

「ぅあぁーん」


 ぱくっと一口。

 満足そうな顔をする修善寺さんを見て、やれやれと腕を引き上げようとすると彼女の後ろを通り過ぎる人影に目が留まった。


「なっ…………」


 驚きの余り硬直する俺。

 その人影には見覚えがあった。


 黒髪ロングにくりくりとした大きな瞳に艶やかな唇。

 愛川理沙。同級生で学校では有名な美人だ。またあの平沼を一言でフった張本人である。


「う、うわあああぁぁぁ!」


 黙っていればいいのに動揺して叫んでしまった。

 周囲の視線が一気に集まり、愛川さんも同様に振り向く。


 そして目が合う。終わった……。彼女との面識はないが、今後学校内ですれ違った時はきっと冷ややかな目で見られるのだろう。

 だって俺は今、可憐なお嬢様に「あーんっ」をしているのだから。

 浮かれたリア充と思われても仕方ない。


「むぐむぐぅぐぅ!!」


 箸ごと咥えたままの修善寺さんが何か訴えているが、それどころではない。


「…………」

「もしかしてあなた……」

「っ!?」


 見つめる先……愛川さんが俺に話しかける。

 今なんて……。俺の事を知っているのか? 話したことすらないのに?


「あなた堂庭さんの旦那さんよね?」

「ぶぅっ……!」


 体の硬直が一気に解ける。

 校内では有名人である愛川さんがまさか俺を知っていたとは。

 しかも堂庭の旦那って……。平沼の野郎が腹いせにチクったのか?


「宮……城君だっけ?」

「宮ヶ谷です」


 即答する俺に愛川さんはごめんなさいと微笑む。

 あぁ、美しい。笑顔が映える人だ、本当に。


「その、宮ヶ谷君? 凄く動揺しているみたいだけど、ごめんね。初めましてみたいなものだし、この事は誰にも言わないから」

「え、何が……?」

「いや、だってその人……」


 愛川さんの視線は俺が持つ箸の先……修善寺さんに変わる。


「あ、いやこれは違うんだ! 誤解だ!」


 急いで箸を抜く。今更遅いと思うけど……。


「これは場の流れというか何というか……。その、決して浮気というかそういうのじゃなくて、別に変な関係でもないし……」

「ふーん。そっか~」


 納得してくれたか……? まあ一件落着ってとこかな?


 ……待てよ。俺の今の発言ってマズくないか?

 浮気じゃないって言い訳は既に夫婦関係がある人間が使う言葉だろう。

 やばい、今すぐ発言の撤回を……。


「むぐ、っくん。ふぅ、どなたか存じないがそなたに一つ申しておこう。わしは宮ヶ谷殿の愛人ではなく、瑛美殿との愛の糸を結ぶ仲人のような立場の者じゃ」

「こら! 追い打ちをかけるな!」


 言いたい放題過ぎだろ……。くそ、話がどんどんややこしくなる。


「そうだったんだ! やっぱ宮ヶ谷君と堂庭さんは噂通りラブラブなんだね。その、さっきは疑ってごめんね!」


 デマを信じ切った愛川さんが安堵の表情を浮かべる。

 ってか噂って何だよ。もしかしてこれ、暗に広まってたりするのか?

 だとしたら俺はこれからエセリア充として生活しなくてはいけないじゃないか! 嫌だよそんな息苦しい毎日は……。

 頭を抱えて溜め息をつく。


「そんなことより、二人にちょっと聞きたい事があるんだけど!」


 俺の運命を変える重大な問題を愛川さんは一言で流し、新たな話を切り出した。


「私の妹見なかったかしら? さっきはぐれちゃって……」


 妹……はぐれた……? どうやらこちらも中々の問題らしい。


「えっと、何歳ぐらいの子?」

「四歳だよ。赤色の浴衣を着ていて帯は黄色。おさげ髪が特徴なんだけど見かけなかったかな?」

「そうだな……見た覚えはないな……」

「童も同じじゃ」


 四歳の女の子か。堂庭だったらドストライクなゾーンである。

 しかし随分と年の離れた姉妹なんだな。まぁ色々と事情があるのかもしれない。


「今日は家族で来ていて、手分けして探している最中だったの。だからもし見かけたら私に連絡ちょうだい」

「ん、あぁ」


 言われるがままに答えるが、ここである事に気付く。


「ちょっと待って。俺、愛川さんの連絡先知らないんだけど」

「あ、そっか!」


 今日初めて話したんだし知らなくて当然。寧ろ知っていたら怖い。


 とはいえこの流れは連絡先の交換だよな。まさかの展開で学園のアイドルのメアドゲットか?

 災い転じて福となすとはまさにこの事を言うのだろう。


「これも何かの縁だし、連絡先交換しよっかっ!」

「そうだな。じゃあ俺のは……」


 意気揚々とスマホを取り出す。


「ふるふるでいいかな?」

「おぅ、そうじゃな」


 …………あれ?


「あ、きたきた! 雫ちゃんって名前なの?」

「そうじゃ。お主は理沙というのじゃな」


 あれあれおかしいな。何で俺じゃなくて修善寺さんの所へ行ってるの?


「同い年だったんだ! これからよろしくね、雫ちゃん!」

「おぅ。とりあえず、妹さんを見かけたら連絡するからのう」


 仲良く笑う二人。……いや待ておかしいだろこの流れ!


「ちょっと愛川さん! 俺は? ねぇ俺は!」

「えっと……宮ヶ谷君?」


 はて、と首を傾げる愛川さん。


「俺の連絡先は!? 俺と交換しないの、連絡先!」

「はぁ……」


 はぁ、じゃないでしょ!


「結愛を見つけたら私に電話してね! じゃあね!」


 な、流された。華麗にスルーされた、だと!?


 俺はスマホを手に抱えたまま、立ち去る愛川さんを呆然と眺めていた。

 彼女は間違いない。……腹黒い奴だ。

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