3-9「これの仕業じゃな?」

 二つのグループに別れ、修善寺さんとお祭り会場を散策することになった。

 辺りの露店からは香ばしい匂いが流れ、嗅覚が刺激される。お腹も空いてきたし、何か食べておきたい。


 修善寺さんは時々起こる大きな音や声が鳴り響くたびに握る手の力を強めていた。そう、俺は今堂庭に代わって修善寺さんと手を繋いでいるのだ。理由は『不良に絡まれたら怖い』ということらしいが、イマイチ理由になっていないと思う。


「そういえば、こんなの一ヶ月ぶり位だよな」


 堂庭の策略によって修善寺さんとデートをしたあの日から一ヶ月。まさかまたこうして彼女と二人きりになるとは思わなかった。


「ほほん、お主、また童とデートできて嬉しいと思っておるな?」

「げっ!? 何故バレたし……」

「何故ってなにも、その顔を見れば誰だって分かるじゃろ」


 俺の顔を覗きこんで小悪魔的な笑みを見せる修善寺さん。僅かに漏れた頬の緩みを見逃さなかったか。やはり彼女の目は鋭い。


「そりゃ男ですし、女の子とデートしたくないなんて思うわけないじゃんか」

「ふむふむ。女の子と、ねぇ」


 うんうんと頷いて、一つ間を置いた修善寺さんが問う。


「なら、瑛美殿とデートできたらお主は嬉しいのか?」

「え? 堂庭と!?」


 堂庭とデート……? いや、あいつは幼馴染みだし枠の外というかなんというか……。


「いや、堂庭は幼馴染みという付き合いがあるからデートとか、そういうのは想像すらできないな」

「そうか。まあお主ならそう答えると思っていたがな。……じゃあ彼女に恋愛感情はない、という事じゃな?」

「れ、恋愛!?」


 じっと俺の顔を見つめながら返答を待つ修善寺さん。俺は何と答えたら良いか分からず動揺していると


「うむ。もうこの質問には答えなくてよい。……大体分かったのじゃ」


 眉を八の字にして、苦笑いを浮かべながらそう言った。


「あはは……。何か悪いな。俺、ちょっと緊張してるみたいで……」


 堂庭とデートや恋愛感情といった妙な事を考えていたら頭がボーッとなり、手汗も出てきてしまっていた。


「ふむ。それはもしかしてこれじゃな。これの仕業じゃな?」


 そう言って修善寺さんは俺と繋ぐ手を勢いよく上に掲げる。


「あ、まあそれも一理あるな。こんな人前で恥ずかしいし」


 前回の横浜デートでは手を繋がなかったので、彼女の手を握るのは今回が初めてなのである。緊張する原因の一つには違いないが修善寺さんはどう思っているのだろう……。


「わしなんかで照れるでない。もっと体の力を抜いて。そう、ゆっくりと深呼吸をして」

「お、おう……。すぅー、はぁー……」

「うむ! これでバッチリなのじゃ!」


 何故か修善寺さんに落ち着かされる。

 と、その時遠くで大きく野太い叫び声が聞こえた。


「ひゃあああぁぁぁ!? 一体なんなのじゃあああぁぁぁ!!」

「おい! 修善寺さん落ち着け!」


 彼女にはまず自分の心配をしてもらいたいと思う。




「修善寺さん、何か食べたい物はある?」

「うむ……そうじゃな……」


 この後予定されているライブに行く前に腹を満たしておこうと修善寺さんに声を掛ける。

 先ほどからだが、彼女は立ち並ぶ露店を珍しそうに眺めていた。


「もしかしてこういうお祭りに来たの初めて?」

「うむ、左様。何分学園の外に出ないものじゃからな」


 遠い目をして答える。彼女にとってこのような庶民的なイベントは新鮮に感じるのかもしれない。


「まあ気になった奴があったら言ってくれ」

「そうさせてもらうのじゃ……あ、宮ヶ谷殿!」


 ぐいぐいと手を引っ張る修善寺さん。早速何か見つけたようだ。


「あのチョコバナナっていうのを食べてみたいのじゃ!」

「おう、あれか」


 指差す先には綺麗に並べられたチョコバナナの露店があった。まあ妥当、というか定番の一品であろう。


「な! 一本三百円だと!? 余裕で一房買える値段ではないか!」

「ちょっ、店の前でそういう事言わない」


 確かに露店の商品の価格はインフレし過ぎていると感じるが……意外にも修善寺さんの金銭感覚は俺たちに近いんだな。


「すみません、一本下さい」

「はいまいど。三百円ね」


 恰幅のいい店のおじさんに小銭を渡す。


「宮ヶ谷殿も食べるのかえ?」

「いや俺は大丈夫。ほら、早く選びな」

「え……? あ、わしのためにお金を出してくれたのじゃな! 感謝するぞ宮ヶ谷殿!」


 笑顔でそう言われ少し恥ずかしくなってしまったが、男である以上これくらい当然、と俺は思う。

 一方修善寺さんは目を輝かせてどれを選ぶか見回していた。それを見ていた店のおじさんは大きな笑い声の後に


「いやぁお二人さんラブラブだねぇー! 俺もあと三十年若ければなぁー!」

「いえ別にそういう関係じゃないんですが……」

「はっはっは。そんな隠す必要はないんだぜ? 青春というモノはあっという間に過ぎていくものだからなぁ!」


 店のおじさんに変な誤解をされてしまった。まあ手も繋いじゃってるし、傍から見たら仲睦まじいカップルにしか見えないのだろう。

 軽く一礼をした後、店を離れる。修善寺さんは手にしたチョコバナナに夢中でおじさんの冷やかしは耳に入っていないようだった。


「今更じゃが、お主のデートの誘い方はレベルが高かったのう」

「ちょっ!? これは意見が割れたから別行動になっているだけであって、決してデートとかそういう疚しい気持ちがあった訳じゃないからな!」

「ほう? 童の前で照れ隠しはいらないのじゃぞ。ほら、お主も瑛美殿のようににならなくちゃ人生勿体無いぞ」

「俺はただ事実を言っているだけでそんな……」


 ニヤニヤと疑いの目を修善寺さんに向けられる。


「そういう頑固な所、瑛美殿とそっくりなのじゃ」

「堂庭と……?」

「そうじゃ。……はぁ、似た者同士なのに難しい二人じゃのう」


 目尻を下げ、呆れたような声でそう言われた。

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