2-7「お主に一つ教えておこう」
「よし。修善寺さんが俺を怖がって無い事はわかった」
わざとらしく咳払いをして話を仕切り直す。
「そんな改まった顔をしてどうしたのじゃ?」
「いやどうしたもこうしたも大問題だろ!」
「大問題……?」
はて、と頭の上にクエスチョンマークが見えそうな位、綺麗に首を傾げる修善寺さん。
もしかして気付いてないのか? 俺を怖がらない時点で今日集まった意味は無いということを。
「修善寺さん、今日は何でここに来ているのか分かってるよね?」
「そりゃもちろん。宮ヶ谷殿と遊ぶために決まってるじゃろう」
「でもそれは怖い俺と行動を共にするお仕置きという目的があったからだよね?」
「ふむ、確かにそうじゃな」
「しかし俺の本性がバレた以上、お仕置きにはならない。……つまりデートする意味は無くなったんだよ!」
こうも丁寧に説明しないと分からないのか……。
修善寺さんは俺の話に耳を傾けていたが、やはりどこか納得がいかないような顔をしている。
「童へのお仕置きでは無くなったが、遊ぶ意味が無いというのはちょっと違うと思うぞ」
「いやだから……」
「目的は失われても
周囲を見渡しながら話す修善寺さん。
確かにこのままとんぼ返りするのも勿体ない気はするが……。
「修善寺さんは大丈夫なの?」
「む? 何がじゃ?」
「いや、俺と二人で遊ぶ事……」
俺は別に修善寺さんとデートすることは構わない。寧ろ大歓迎。
こんなギャップ萌えがある女の子と純粋に二人きりで遊べるなんて夢のようではないか。
だが修善寺さんはどう思う?
昨日初めて顔を合わせた男と遊びたいと思うか?
――答えは否だろう。
恐る恐る尋ねた俺だが、彼女の返答は予想外な内容だった。
「わしはお主とデートしたいと思っておるぞ」
「え? ……マジで?」
「ふふ、ここで嘘をついてどうする。それに宮ヶ谷殿について聞きたい事は山ほどあるからのう」
修善寺さんは俺の服に興味を示していた時のように、好奇の目で見つめてくる。
まさか了承してくれるとは思わなかった。
だが問題はまだ残っている。
「堂庭にはなんて言い訳するか……」
「む? 何を言い訳するのじゃ?」
「いやだから俺の不良設定がバレた事だよ」
「はて、どういう意味じゃ?」
分からんのかコイツは!
溜め息混じりに仕方なく説明しようとすると、修善寺さんの方から先に話し始めた。
「お主が不良を演じてデートしろと瑛美殿は言ったのかえ?」
「……え?」
「昨日、瑛美殿はデートしなさいとしか言ってないじゃろう。そもそもお主は下手に演じる必要は無かったのじゃ」
「いやでもお仕置きって」
「宮ヶ谷殿、お主に一つ教えておこう」
言いかけた俺の言葉を遮り、修善寺さんはニヤリと口角を上げて話し始める。
「
口を引きつらせ不穏な笑顔を見せた修善寺さんは、すぐさま後方に振り返って歩き出す。
今の言葉……どういう意味だろう……。
「あの修善寺さん、どこ行くの?」
「どこって改札口に決まってるじゃろう」
「いやそっち何もないんだけど……」
はっと気付いた修善寺さんはこちらに向き直って恥ずかしそうに俯く。
「お、お主が案内しておくれ。……ついて行くからのう」
「あ、あぁ分かった」
早くも修善寺さんの新たな一面が見えた気がするな。
かくして、俺の人生初デートの幕が上げるのだった。
ホームから見上げる程の高さがあるエスカレーターに乗り、地上の出口を目指す。
「なんかこの駅って映画館みたいな感じがするな」
「……映画館?」
俺は周りを見渡す。
駅構内はコンクリート壁で囲まれ、モダンな雰囲気を醸し出していた。
「映画館ってこんな感じ、なのじゃ?」
「え? あ、あぁこの暗い感じとか……」
「そ、そうなのか。ふむふむ」
修善寺さんは辺りを見回しながら俺の話を興味深そうに聞いていた。
「もしかして修善寺さん、映画館行った事無い?」
「……あぁその通りじゃ。興味はあるんじゃがのう」
遠い目をしてポツリと呟く。
まあお嬢様なのだがら、家に専用のシアタールームでもあるのだろう。
わざわざ映画館に出向く必要はないんだろうな。
そしてエスカレーターから降りて少し進んだ所で、隣を歩いていた修善寺さんがふと立ち止まる。
「一緒に……観てはもらえぬか?」
弱々しく一言。
「童と一緒に、映画館に行かないか?」
「ん!? あ、あぁ」
か細い声と上目遣いで見つめてくる修善寺さん。
俺は途端に心臓の鼓動が速くなっているのを感じた。
そんないきなり子犬のような目で見つめないでくれ。俺の身が持たないから!
「じ、時間があったら、な」
「うむ……。確かにそうじゃな」
納得した修善寺さんの顔を見て思わず一息。
実際問題、映画を観るとなるとかなりの時間を消費することになる。今日の予定に組み込むのは正直厳しい。
そして俺は再度歩を進めようと踏み出したが、修善寺さんにぎゅっとシャツの裾を掴まれた。
「宮ヶ谷殿。先程の童にえらく動揺しておったじゃろ」
今度は悪戯っぽく笑う修善寺さん。
「い、いや全然そんな事無いし……」
「ほほ、嘘をつくのは泥棒の始まりというがのう。それに素直なお主の方がわしは好きじゃぞ?」
「す、すっ!?」
驚いて裏声を上げる。突然何を言い出すんだこの子は!
修善寺さんはそんな俺の様子を見てけらけらと笑う。
「お主は実に分かりやすい奴じゃのう。一度でも不良だと信じた童が馬鹿みたいじゃ」
「わ、悪かったな」
俺は全てを見透かされた気分になった。どうやら修善寺さんの前では下手な行動はできないようである。
「とりあえず、最初の目的地に向かおうか」
一刻も早くこの恥ずかしい状況から抜け出したい。
話し掛けながら、俺はスマホを手に取りメールの内容を再確認する。
『まずは中華街でランチ! あたしのオススメは
いやまだランチの時間じゃないし。
開幕早々、昼飯という謎行程になっていたが、一応修善寺さんの意見も聞こうと俺は彼女に目を向ける。
「修善寺さん、行程だといきなり飯になってるけどどうす――」
「早よう行こうではないか!」
修善寺さんの目は輝いていた。どうやらこの謎スケジュールに満足しているらしい。というか表情豊かな奴だなぁ。
「……お腹とかもう空いてるの?」
「童は朝食をとらない主義だからのう。もうお腹ペコペコじゃ」
修善寺さんは両手でお腹を抑えながら、にこやかに話す。
「そ、そっか……」
朝飯を食べなければよかったと反省しつつ、俺たちは行程通り堂庭が勧めるお店に向かうことにした。
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