2-2「やってくれるじゃない」
「何なんだよこれ……」
「…………」
堂庭は口を閉じたまま体を震わせていた。
無理もない。堂庭の秘密が何者かに知られていたのだから。
封筒に入れて送りつけるなんて手間までして……。
一体誰がこんな事をしたんだ。
動揺する俺と堂庭。
一方、本村部長は探偵のように手を顎に当てて犯人の推理をする。
「この封筒には切手が貼ってあり、消印まで押されている。つまり、外部から届いた書面ということだ。差出人も恐らく外部の人間だと思われる」
確かにそうだ。仮に校内の生徒の仕業なら誰も見ていない隙に封筒を置いておけばいい話で、わざわざ郵送する意味が無い。
でも校内の人間で無ければ一体誰が……?
「ふふ、ふふふ」
堂庭は突然不適な笑みを浮かべる。もしかしてこいつ、動揺し過ぎて頭のネジが取れちゃったか?
「……やってくれるじゃない。あの馬鹿令嬢め」
堂庭は隣にいる俺だけに聞こえる位の小さな声で呟いた。
まさか、犯人を知っている?
「新聞部の皆さん。犯人は多分あたしの知人です。それに、この写真と紙に書いてある内容は全部出鱈目ですので。まあ端なる悪戯でしょう」
堂庭は早口気味で話す。声も若干上擦っており、焦りを感じているのが俺には分かった。
「それではあたし、用があるので帰ります。今日はありがとうございました」
「おい、ちょっと待てって」
堂庭は吐き捨てるように言った後、鞄を手にとって部屋から出て行ってしまった。
あいつ、今日用事なんて無いはずなのに……。
沈黙が訪れる空間。都筑も先輩たちも気まずそうな顔をしている。
「そう、だよね。こんなのただの悪戯だよね。……瑛美りんはそんな人じゃ、無いもんね」
最初に口を開いた都筑は、言葉を噛み締めるようにゆっくりと呟いた。
堂庭を学校でしか見ていない人間にとっては、彼女が小児性愛者――ロリコンだなんて信じるはずがないだろう。
なんせ堂庭はクラス委員長だし、人脈もあるのだ。
だからこそこの事実が広まる恐れは無いと思われるが、堂庭を良く思ってない人間がいるという新たな事実も見つかった。
堂庭の知人というと、俺が知っている人なのだろうか。
大黒先輩は机に並べられた写真を眺めていたが、やがて柔らかく微笑んでこう言った。
「しかしこの写真を見てると、お二人さんはえらい幸せ者に思えるんやけど、ほんまに結婚してないん?」
「してませんよ!」
突然何を言い出すんだこの人は!
大体、俺は十六歳だしまだ結婚はできない。
でも堂庭は結婚できるのか……。法的には一応、ということだが。
一方、都筑は写真を一枚手にとって不思議な顔をしてこう言う。
「瑛美りんが小児性愛者ってのは有り得ないと思うけど、この写真も出鱈目なの? 加工してあるようには見えないけど」
「いや、身に覚え無いし加工だよきっと」
この抱きつき写真が事実だなんて言える訳が無い。
俺は堂庭がロリコンである事を知られるよりも、この写真が流出されないかどうか心配でならなかった。
「宮ヶ谷君、この写真が本当に撮られたものなのかどうか、私の手にかかれば検証する事もできるんだぞ」
本村部長が身を乗り出して答える。
「え。……そんな事できるんですか?」
「あぁ。我々は新聞部。真実である情報を届ける部活だ。写真の解析くらい、お茶の子さいさいなのだよ」
「……香凜の知り合いにパソコンオタクがいるんよ。その子、理系でめっちゃ頭良くて」
「わ、わかりました。この写真は出鱈目ですけど、解析は勘弁して下さい」
危ねぇ。ガチで調べられたら、俺と堂庭の人生は終わってしまうぞ。
「そうか。まあ私の直感だとこの写真の真実が分かる日はいずれやってくるはずだ」
本村部長は静かにそう言って意味深に微笑んだ。この人には何かを読まれた気がする。……やっぱり色々怖い人なのかもしれない。
「本村部長に、大黒先輩。その、今日はありがとうございました。この事は誰にも言わないでもらえると助かります」
「もちろんだ。真実か確認できない情報は一切流さないというのも、我々新聞部のポリシーだからな」
「人が悲しむような事はうちらはせんから安心しといてなぁ」
「宮ヶ谷君と瑛美りんの激アツ現場画像なんてお宝過ぎて、誰にも言いたくないしね!」
「だからこれは全部出鱈目って言ってるだろ」
最初はどうなるのかと思ったが、都筑も先輩も堂庭がロリコンという事実を信じていないようで良かった。
俺に直接関係ある内容ではないが、少しほっとした。
「では、俺はもう帰ろうと思いますので。あとこの件は俺に任せてもらえませんか?」
「うむ、構わん。だがこれも何かの縁だ。困ったらいつでも相談に来るといい」
「正直に言うと暇だから、遊びに来てほしいっていうだけなんよ」
「おいいずみ! 一言余計だ」
本村部長が慌てて大黒先輩を制する。
新聞部。今日この部室に来たのも送りつけられた封筒があったからこそなのだ。確かに何かの縁があるかもしれない。今度暇なときに遊びに行ってもいいかもな。
「最後に宮ヶ谷君に言っておくね! 夫婦間の問題は夫婦で解決しなきゃ駄目だよ!」
あぁ。都筑という面倒そうな奴がいたんだったな。やっぱり遊びに行くのはやめておこうか。
「では、失礼します」
引き戸をガラガラ鳴らし、俺は家に向かって歩き出した。
「……はい」
「えっと、宮ヶ谷ですけどー」
「あ、お兄さんですね! 今扉開けに行きます」
堂庭がさっさと部室から出て行ってしまったため、俺は一人で帰っていた。
だが俺は自宅に入らずに通り過ぎて、二つ隣の幼馴染みの家の入口に立つ。
堂庭は用が有るから先に帰ると言ったが、あれは嘘だ。奴は間違いなくこの家の中にいる。
そして堂庭は何か気付いている。俺はそれを知りたかった。
大きな扉がゆっくり開き、桜ちゃんが出迎えてくれた。
「こんにちはー。お姉ちゃんから聞きましたよ。……面倒な事になりましたよね」
はは、と苦笑いをする桜ちゃん。
「お姉ちゃんも待ってますから。さ、中へ上がって下さい」
「え? 俺はここに来るなんて言ってなかったと思うけど……」
「ふふ。あいつなら言わなくても勝手に来るってお姉ちゃん得意気になってましたよ」
桜ちゃんはクスクス笑っている。
そうか。俺が堂庭の思考をある程度分かるように、堂庭も俺の考えてる事は理解しているんだな。
「じゃあ、お邪魔します」
「どうぞどうぞ。お姉ちゃんの部屋はこっちです!」
桜ちゃんの後に続いて、堂庭の部屋に向かった。
「遅い!」
堂庭は開口一番、俺に向けて怒りの言葉をぶつけた。
「来てやったのに遅いとは失礼な」
「うっさい。あたしはずっと待ってたんだから。いいから適当に座りなさい。桜もね」
偉そうにふんぞり返る堂庭が気に障るものの、俺と桜ちゃんは堂庭と向き合うように腰を下ろす。
今思ったが、堂庭の部屋に入るのも約十年振りだ。
場所は多分同じだ。あの壁掛け時計も前から変わっていない。
だが何故だろう……。大体の家具は昔の記憶と相違ないのだが、部屋の雰囲気が全く違う気がする。
いや、原因はもうほぼ分かってるんだけどね。あのフィギュアとか明らかに女子の部屋に置いてはいけない代物だし。
「なぁ堂庭。お前いつからロリオタになったんだ?」
「う、うるさいわね。それはまた後で話しましょ。今はそれどころの問題じゃないんだから」
堂庭の顔が赤くなる。何を今更恥ずかしくなってんだか。
「いい? 分かってると思うけど、まずはさっきの写真を送った犯人について話すわよ」
堂庭は一旦咳払いをして話を続ける。
「犯人は
「修善寺、雫?」
俺が訪ねると、隣に座る桜ちゃんが指を立てて答える。
「修善寺先輩は鶴岡学園では有名なお嬢様でお姉ちゃんとは同じ寮の同じ班だったんです」
続いて、腕を組んだ堂庭が溜息混じりに愚痴をこぼす。
「修善寺財閥のご令嬢だか知らないけど、あの姫様みたいな口調と態度が気に食わないのよね」
なるほど。要するに仲が悪い相手に仕返しされたって事かな?
「紙に書かれた字を見て確信したの。あんな綺麗な字を書くのはあの馬鹿しかいないからね」
「褒めてるんだか侮蔑してるんだかはっきりしろよ……」
思わず苦笑い。
堂庭の推測が正しければの話だが、犯人は確定した。
あとはこれ以上の被害が出ないように何か策を打たねばならないよな。
学園に連絡するか……。でもそれだと大事になるかもしれないし、噂が広まって逆効果になる恐れがあるよな。
うーん、どうしようか……。
腕を組んで考えていると、堂庭は胸を張って意気揚々にこう言った。
「黙って見過ごす程あたしは仏じゃないわ。やられたらやり返す! あのアホを黙らせるとっておきのお仕置きがあるの!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます