第2話

用事があるというエムディと別れ、ローベルの案内でアレイルは村の中を歩いていく。

 村を走る道路の一部はアスファルトがはがされ、畑となっている。畑にはそれなりに緑がそよいでいた。

 小石を取り除け、花壇や庭などにわずかに残った土を足し、こうやってニンジンやネギがとれるまでになるまでどれだけの時間と手間がかかったのだろう。どこかで鶏のケンカの声がする。

 ローベルは、朽ちかけたアパートへ入って行く。

 漆喰がはげ落ち、ヒビが入った壁には木の柱が組まれ、崩れないように補強されていた。床はコンクリートがむきだしになり、歩くと時々溜まった砂がかすかな音を立てた。

 歩きながら、アレイルは大事な車(あし)が止まってしまったことをローベルに話した。

「エムディがあんたなら直せるって言ってたけど。できるかぎりのお礼はするから、直してくれないかな?」

「ああ、もちろんだ。ただ、その代わりと言ってはなんだが……」 

 ローベルが言葉の最後を言い終わる前に、並ぶ扉の一つが開いた。

 扉の隙間からのぞいたのは、十歳ほどの少年だった。栗色の髪で、利発そうな感じだが、不機嫌というか、落ち込んでいるような様子なのがアレイルには少し気になった。

「おじいちゃん、お帰り。誰? お客さん?」

「ああ、おじいちゃんの友達だよ。こいつは孫のラルシュ」

「へえ! 孫かぁ!」

 アレイルが笑いかけると、ラルシュは恥ずかしそうに扉の影へ身を隠した。

 通されたローベルの居間は、よく整頓されていた。フタの取れた冷蔵庫には服がきちんと整えられて収められている。テーブル代わりのさびたドラム缶にはビンに生けた花が飾られていた。部屋の奥に見える台所に、修理されて本来の機能で使われているらしいレンジがある所をみると、確かにローベルはどこかで魔法と科学を学んだらしい。

「本当はもう一人孫がいるんだが、ずっと長いこと患っていてね」

 そこで老人はただでさえ深い眉間のシワをさらに深くした。隣に見える閉じたドアに視線を向ける。  

「なるほど。さっきあんたが言い掛けてたのはこれだな。円陣見る代わりに孫を診てくれって? バカだな、そんな取引みたいなことしなくてもいいのに。もっとも力になれるかどうか分からないけど」

 経年劣化で戦争前の橋は落ち、交通機関は死に、村同士はほとんど交流をなくしていた。

それは情報が他の地へ流れていかないことを意味する。

 例えばある村で厄介な病が流行っていて、他の村でその病を治す薬があったとしても、互いにその事実を知ることはできないのだ。

 運よく、さまざまな村や集落でさまざまな知識を貯えてくる旅人が通りかからないかぎりは。

 おそらくその孫の病気は長引いていて、ローベルはアレイルが治す方法を知っている可

能性に賭けただろう。

 それでラルシュが憂欝そうな顔をしていたのも分かった。弟の病が心配なのだ。

「どれ、診せてくれ」

 アレイルが部屋に入ると、六歳ほどの少年が木の箱に置いたふとんに横たわっていた。髪の茶色と眉の感じがラルシュとローベルそっくりだった。

 その傍らには、彼の母親らしい女性がイスに座っている。彼女はへこんだボウルに入った水で布を濡らし、子供の額を冷やしてあげていた。そうやって貴重な水が使われているところ、病の重さを感じさせた。

「パルシュというんだ。小さいのにこんな状態なのが不憫(ふびん)でな」

 ローベルは沈んだ声で言った。

 眠っているのかおきているのか、アレイルが顔を覗きこんでも、パルシュは苦しそうに顔をしかめ、目を閉じたままだ。長い間病んでいるせいで、少しやつれて見える。熱のせいか、顔は青ざめているというよりのぼせたように赤くなっていた。そして肌に浮かぶ黄色い発疹。

「ああ、これはレコン病だ。治らない病気じゃない」

「本当?」

 いつの間にか部屋についてきていたラルシュの声は、期待が込められているというより疑っているようだった。

「ああ。車の中に薬があるはずだ。もっとも、この分じゃ治るまで時間かかるだろう。持ってる分だけじゃ足りないから、なくなる前に作らないといけないけど、作り方もメモってある」

「さすがあちこち飛び回っているだけあるな」

 いきなり知らない奴からもらった薬を飲ませる、というのに抵抗があるのだろう、母親が問うような視線をローベルにむけた。

「大丈夫だ、この人なら信用できる」

「おじい様がそう言うのなら」

「んじゃさっそく薬を取って来る……おっと!」

 アレイルの横を通り抜けるようにして、ラルシュが外へ駆け出していった。ひどく不安そうな顔をしていた。

「おい、あまり遠くに行くんじゃないぞ」

 ローベルの声にもラルシュは答えなかった。

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