RESTART
三塚章
第1話
アスファルトが割れ、雑草が所々飛び出している道を、一台のジープが走っていた。
道の両端の電柱は、倒れたり傾いたりしている物がほとんどだ。ちぎれて落ちた電線は、とっくの昔に何かに使うために持って行かれてしまったようだった。周りのビルや建物はすべて窓が割れ、壁にはツタが建物の崩壊を防ごうとしているように絡みついていた。
ジープの行く先には、竿と布で作った旗が立てられていた。その旗にはこう書かれていた。
『ヒナタノ村』
人が住んでいる証拠に、その旗の奥に建つ建物の間には所々縄が渡され、万国旗のように洗濯物がひるがえっているのが見えた。
道路の亀裂に乗り上げたジープが大きく跳ねる。そして旗までもう少し、という所で止まってしまった。
「ありゃ」
運転席から出てきたのは、見た目からすると二十歳すぎの男だった。黒い髪は中途半端に伸びていて、どこにでもあるような服に、布を継ぎ合せて作った砂避けのマントをポンチョ風に体に巻き付けている。穏やかな茶色の目をしていて、香水の香りをさせていた。
「客人か? 珍しいな」
車に気付いた村人の一人が車に近付き、声をかけてきた。
二人は軽く挨拶を交わした。村人はエムディという名らしい。
「いやあ、騙し騙し走らせてたんだけど、急に止まっちまってね」
マントの旅人は、ボンネットを開けた。
「どうやら、円陣がやられちまったらしい。ここに、技術者はいるかい?」
ボンネットの中には、魔法陣を刻み付けた鉄の板がコードに繋がれていた。本来全体が光っていなければいけない魔法陣の線が、所々すり減って途切れている。
「ああ、これはひどいな」
一緒に円陣をのぞきこんでいたエムディが言う。
「村の長老なら直せるはずだ。あんた、運がいいぜ。人里から離れていたところでエンコしてたら死んでたし、人里でも技術者のいない村か町だったら車(こいつ)をあきらめないとならなかったろうよ」
大昔の人間は、魔法と機械の技術を融合させて、繁栄を欲しいままにしていたという。
だが百数年も前に起きた戦争のときに使われた『兵器』で、九割の人間が死に絶え、魔法も技術もほぼ失われてしまった。生き残った人間は未だに命を繋ぐのに精一杯で、建物も廃墟のままだ。
戦争直後はそれでも遠くの声を聴く箱が、村全体を明るくするランプが残っていたらしい。だが、それを直せる魔法使いや技術者のほとんどが戦争で死んだため、一度壊れたらそれきりにするしかなかった。
知識はだんだんと忘れ去られてきている。戦争前の道具を扱うことができる人間は貴重だった。
「直してもらえるなら助かる。迷惑ついでにこいつが直るまでこの村に厄介になりたいんだが。俺と、それからこいつ」
開け放ったままの車の窓から、銀色の光が飛び出してきた。機械でできたハトが、アレイルの肩にとまる。「珍しいだろ? こいつはカナフ。淋しい旅を慰めてくれる相棒だよ。食べ物も食べない、糞もしない、いい奴だ」
アレイルは指で鳥の首筋をなでた。古(いにしえ)の技術で作られた証拠に、銀鱗のような羽毛の下には、光る五傍星が刻まれている。
「ああ、そいつの名前は分かったが、お前さんは……?」
エムディは、そこでほんの少し観察するような目をむけた。
そこで初めて旅人はさっきあいさつしたとき、名乗り忘れていたのに気がついた。
「ああ、俺の名前は……」
「アレイル! アレイルか!」
名乗ろうとした名前を、村から出てきた老人が叫んだ。
旅人はしばらく相手が誰か考えてから、思い当ってぱっと顔を輝かせる。
「ひょっとしてローベルか! 久しぶりだな!」
親しげな二人の会話に、エムディが驚いた顔で旅人を見た。
カナフまで懐いているらしく、主人腕からローベルの肩へ移っていって、シワの寄った顔に擦り寄った。
「旅人さん、お前長老のことを知っているのか」
「ああ。昔ちょっとな。他の村で。それにしてもお前が長老かよ。こりゃいいや! ローベル、少しシワが増えたんじゃないか?」
「私に言わせりゃお前はまだハナ垂れ小僧のままだよ」
老人はそう言って微笑んだ。
「これ、重いぞ」とやさしく肩から退かされて、カナフは近くの枝へと移っていった。
「それにしても、お前さんはまだ旅を続けているのか?」
「ああ。おかげで相変わらずの大荷物だよ」
アレイルは視線でジープを指した。砂とホコリで汚れた窓から、人が座る隙間もないくらいに荷物が積み込まれた後部座席が見える。
薬草や食べ物のビン詰め、パンパンに膨らんだ布袋、紐で閉じられた分厚い紙束、干した果物などなど。
特定の場所に埋もれるのを嫌い、集落や村々を回る者は若い者に多い。戦争前の遺蹟や他の村から手に入れた物を物々交換して暮らすのだ。頼まれれば他の場所に住む者に伝言を伝えたり、情報を運んだりもする。
何より他の土地の珍しい話は村人達の格好の娯楽だ。アレイルも、そんな旅人の一人だった。
「で、この村に来たのは何か理由があるのか? それとも風のむくままに?」
「うん、理由というか、うん、まあ、そんなところだ」
なんとなく歯切れの悪いアレイルの言葉だった。
実は、明確な目的があって来たのだが、下手に伝えたらパニックになりそうだ。
そんな気持ちを薄々察したのだろう。ローベルはそれ以上聞かずに、「まあ、なんだ。積る話は家でしようや」と微笑んだ。
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